第二話
この学校は、朝から昼にかけて風向きが変わる。海のすぐ側に属しており、朝に海側から吹いた風は昼、海へ戻る。僕はこの風に乗って海へ戻る町の喧騒と暖かさを感じるのが日課になっていた。
四階への階段を上ると、今は誰も寄り付かなくなった小休憩室が目の前に現れる。学校の校舎は四階建てではあるが、実質使われているのは三階まで。四階は僕以外には、暇を持て余した奴か、見回りの人しか来ない。
憩いの場としてこの場を設けた祖父は、暇な時間があると、この場所にいた。町を一望することができるし、仕事の合間のいい息抜きの場所だったのではと思う。いつからか、僕も真似事をするようになった。
祖父は、二年前に死んだ。旅に出る、と出ていったきり、帰っては来なかった。祖父の死は、当時同行していた祖父の友人に教えてもらった。最期は現地の人々に看取られたらしい。僕に一通の遺書を託し、そのまま行きを引き取った。
遺書の字形は歪み、文字はかすれ、それでも想いを伝えようと必死に書き表されていた。あの人は僕の憧れのまま、はっきりと、でも雲のように消えた。
遺書を机の上に置き、飲めないブラックコーヒーの代わりに、紅茶を淹れ、一息つく。
あの人の見ていた景色を見たくて、少しでも近づきたくて、僕は今日もここから町を眺める。…はずだった。
「やはり貴方も好きなんですね、この場所」
背後から聞こえてきた声は、まだ記憶に新しかった。落ち着きを見せながら、どこか気分を高揚させるその声の持ち主は、今朝の転校生の声だ。
「貴方もって、どういうことだ……ですか?」
彼女はクスクスと笑ってみせる。
「わざわざ敬語を使わなくて結構ですよ。」
「でも、初対面だから。それに図々しいだ…でしよ?」
だめだ、普段あまり敬語を使わないから変だ。
「律儀なんですから。やっぱりそこも似てますね。」
「…さっきから、誰と比べてるんだ?」
「あ、それで良いです。そっちが貴方の性に合うんじゃないですか?」
「まぁ、そうだけど…それより、俺の質問を。」
ああ、そうでした。と言うと彼女は服の内側からいくつか写真を取り出した。写っているのは…
「全部…町の写真か…?」
「そうです。ある人から貰ったんです。貴方のお話と一緒に。」
僕を知っていて、町の写真を持っている。しかも、この写真、すべてこの町のものが撮られている。この写真の持ち主は…
「わかりましたか?この写真の持ち主。貴方のおじいさん、クリエさんの物です。」