第一話
その町は旅人や商人が行き交い、様々な文化が交差する。名をフライエルというその町は、今日を賑やかに商人は商いをし、旅人は普段見かけない文化や品々を次から次へと見回っていた。
彼女がこのクラスに転校してきたのは、10月。町は、鮮やかな紅に染まり、旅人、商人が、珍しいもの見たさにモミジ狩りがてら、立ち寄る。秋という季節で、それなりに冷たい風がこの都市に吹いていた。
学校の外では商人が行き交い、今日も市が開かれているのか、賑やかな声が響いてくる。しかし、外の賑やかさよりも、目の前のたった一人の転校生に、クラスは釘付けだった。
烏羽色の髪の毛は腰の辺りまで下ろしてあり、その黒とは対して肌は雪のように白く、でも、決して不快ではなかった。むしろ、黒と白が調和していた。瞳には鮮やかな翠が輝いていた。
「はい、それじゃあ自己紹介。お願いできるかな。」
担任がそう言うと、その少女は黒板に名前を書き始めた。
『シオリ』とだけかかれた黒板には、クラスのみんなが同じ疑問を持っただろう。それだけか、と。
人の名前をどうこう言うつもりはないが、殆どの、しかも、ここらの出身ならば、苗字と名前、姓と名があり、自らを知ってもらうためには、どちらも紹介するのではないか。
疑問はすぐさま言葉で具現化された。
「はいはいはい、質問しま~す。名前ってそれだけですかぁ。」
右隣、赤銅色の髪の女子、シュミットの少しとぼけたような質問に、転校生は律儀に答えた。
「私の住んでいた国では、身分が相当高い人でないと、姓を名乗ることが出来ないんです。なのではい、シオリだけです。」
わぁ、丁寧な返し。と一人感心をすると同時に、転校生質問攻めタイムとなった。このクラスは他から見ると、超が付くほどの問題児クラスだと思う。こうなったら、先生も誰も止めれず、止めるのはHR終了のチャイムしかいない。早々に先生は諦め、時の流れに身を任せたらしい、ため息をふっとついた。先生も大変だなぁ。
一限目、いつも通りの、なんら興味の湧かない授業が始まる。適当にテキストとノートを広げ、とりあえず黒板を写す。
結局、チャイムは鳴り、質問ラッシュは強制終了した。さて、転校生は何処へと思うと、僕の後ろに座り、丁寧にお辞儀をした。クラス中の興味を独り占めしている彼女は、視線が恥ずかしいのか、顔を伏せる。それを横目に、僕は先生に呼び出された。
「ティーチさん、僕なんかやらかしましたっけ?」
「あぁ、いやいや。まだなんもやってない。」
まだ、が凄く引っ掛かるがまぁいいか。
「学校でティーチさんは止めてくれ。そうじゃなくて、シオリの事なんだが。」
そういい、耳を貸せのジェスチャーをする。
「放課後でいい、町の案内を頼まれてくれ。お前が一番知ってるだろ。」
「その程度なら、今すぐにでも。」
「早速問題を起こさんでくれ。毎回報告書を書く身にもなれよ。」
あのときは了解したが、正直、今になって少し不安にもなる。全く面識のない人間を、しかも町を案内して回る。確かに詳しいが、基本一人の僕は少し難題だと思う。
色々考え事をしながら手を動かす。外で展開されている市は、未だ賑やかさを落とすことはない。少し外を覗こうかと、体を浮かせると、シュミレットが右手をペンで突き刺してくるので、最近は覗きを働いていないが、気分は今すぐにでも飛び出したい。
外の賑やかさー他のやつはうるさいだけだと言っているーに誇りを持っている僕は、転校生がどう思っているのか、確認するため、先生の目を盗み、後ろを振り向く。
そこには、意外にも僕と恐らく同じであろう感情の転校生の姿があった。翠の瞳は外の景色のみを捉え、その姿は、どこか懐かしさを醸し出していた。
はっと、こちらの視線に気づいた彼女は、顔を僅かに赤くし、黒板を写す作業に没頭した。
驚いた。まさか、自分以外にも町に見惚れる者がいるとは。
いつも以上に、今日は放課後を待ち遠しい。期待と興奮を内に秘めた、自分がいる。