大家の娘リーシェ
本名は誰も知らぬがマサヒコと呼ばれる男である。この世界には珍しい名前であり、皆は偽名だと言っているが、彼の住居にはデカデカとマサヒコ探偵事務所と書いてある。
近隣住人は彼を良く利用する。
探偵関係なしに、色々とやってくれるのである。そのため、近隣住人との関係は良好である。
良好だが、彼の力は『呪術』であったために初見では理解が出来ないようだった。
今日は馴染みの客が来ている様子だが…
「ちがう!もっと憎しみを込めないとダメだ!」
呪術らしくない明るい部屋で小さな魔法陣が描かれた紙を中心にマサヒコは依頼主に向かって声を荒げる。
「そ、そんなこと言われてもペット捜索でどうやって憎しみを込めるのよ!」
年齢は10代前半の少女も叫ぶ。だがマサヒコは渋い顔で続ける。
「『何で私の元を去ったんだ。見つけ出して殺してやる!』って思うんだ!いや、思い込め!そして憎め!」
「大事なペットを殺すなんて出来ないよ!」
「じゃあ、アレだ。『ミーちゃん憎い!名前が憎い!何がミーちゃんだボケェ!』って感じならどうだ?」
「ミーちゃんは私が付けた名前だよ!」
「ふむ。ならば『くそ!何故私のペットが猫なんだ!犬が良かった!くそー!猫と犬交換してやる!』ってのは?」
「私は犬苦手だよ!マサヒコさんも知ってるでしょ!」
「憎しみがないと居場所特定できないな。俺の呪術は万能だが全能ではない」
「はあ、マサヒコさんに今なら憎しみを向けれるよ…」
「俺に向けてどうするよ。リーシェちゃん、悪いが憎しみを向ける対象は…」
「『どうにかしたい相手』でしょ?わかってるわよ」
リーシェはマサヒコが間借りしている事務所の大家の娘である。ある程度の付き合いがあり、たまにこの様に困り事が出来た時に頼ってくる。
見た目は金髪の容姿の整った将来が楽しみな少女だが、いかんせん勝気な所が目立つお転婆少女である。
「わかってるならさっさと恨まないと…いや、まてよ?」
「!何か良い手があるの!?」
「今思いついた。リーシェちゃん。俺をペットだと思えば良いんだ」
「ぺ!ペット!?マサヒコさんを!?」
「その通り!ほら、俺って演技力あるだろ?ミーちゃんの鳴き声はこんな感じだったかな?『ニャー!ニャー?』」
リーシェの足元に猫のように転がるマサヒコ。二十歳を超えた大人の行動とは思えないが、鳴き真似のクオリティは高いのがリーシェを戦慄させた。
「うわ、マサヒコさん鳴き真似うますぎ…」
「『ニャー。ニャー♪』」
マサヒコはミーちゃんと言う猫になりきり、リーシェに甘えるように腹をみせる。なんと見苦しくも背徳的な光景であろうか。
リーシェも流石にドン引きして…おらず、何だか頬を赤らめ、触りたそうにしている。が、頭をブンブンと振り、キッと睨みつける。
「いい大人がこんな事して恥ずかしくないんですかーー!!」
リーシェの絶叫が響く。しかし、これはいつもの事。
二階の住人からの床ドンで事務所は静かになる。
「まあ、今ので粗方恨みの力は揃った。何だかんだ言って俺を一瞬ミーちゃんと思ったなチミィ〜!」
嫌らしい笑みを送るマサヒコを対象にリーシェは恥ずかしそうに拳を床に叩きつける。
「うう…まさか、マサヒコさんみたいな大人と私のミーちゃんが重なるなんて…くっ!恨めしい…」
「おうおう、恨み、憎しみの力はもういらないぞ。場所は三番街の路地裏だ。さっさと行くべし」
「くっ!」
流石に路地裏はリーシェ一人では危ないので連れ立って行くが、その間はリーシェはマサヒコが話しかけても『くっ!』としか言わず悔しそうにしていた。