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ラウル視点でお送りします。


突然ではあるが、俺の前世は日本人で、極々普通の男子高校生だった。いやまあギャルゲーや他のゲームをこよなく愛するオタクではあったが、それでもオタク大国日本ではそんなに珍しくもないだろう。

そんな俺も齢18で友達との悪ふざけで階段から落ちて死んでしまった。今思えばアホであったが、過ぎてしまったことはもう仕方ない。



死ぬ間際、『次の生まれに希望はあるか?』と聞かれ、とっさに『恋愛ゲームで可愛い女の子といちゃつきたい』と答えた。生涯どうて…いやいや純潔でいたオタクの闇は深い。



世の中には輪廻転生というのは本当にあるらしく、生まれ変わった俺は幼少期に前世の記憶を取り戻した。……そして気付いたのだ。



「恋愛ゲームは恋愛ゲームでも乙ゲーじゃねえか!!!死ね!!!」



訓練中に叫んだ俺に、ちょうど俺の訓練についてくれた父がびくっと震えていた。しかもタイミング悪く手合わせで吹っ飛ばされた直後だった故に、頭の打ち所が悪かったのではないかとその日は訓練が休みとなった。まあ、幼児、しかも息子がいきなり訳わからない単語を並べ立てたと思ったら、言うことに欠いて死ね、である。父の判断は正しいのだろう。

ちなみに俺が乙女ゲームとわかった理由はネットで二次創作が蔓延していて、それを何回か読んだからである。「乙女じゃねーなこれ昼ドラだわ」とか爆笑しながらもちょっとクセになったので覚えている。



記憶を思い出してちょっと詐欺にあった気持ちを抱きながらも、俺は生まれた通り騎士として学校に通い、おそらくゲーム内ではモブであるラットウィル男爵家に仕えることとなった。


幸い、代々我が家が御仕えするラットウィル家は大変穏やかな人格者で、ひとまずブラック企業に勤めるような目には合わないようで安心した。

前世より断然運動神経に恵まれている上に、幼少期からみっちり作法も覚えさせられたおかげで仕事に困ることもなさそうだ。



まあ今世で唯一悩みがあるとすれば、何故か職務放棄した表情筋である。ただでさえ前世の人相悪い顔を引き継いでいるのに。

おかげで寄宿舎でよくびびられるのだ。畜生、どこにいった俺の表情筋。




まあそれでも、何とか同年代の友人もできたし騎士団の皆さんには弟のように可愛がってもらえている。主の男爵家にもこの鉄仮面がただの生れつきとご理解いただけているらしく、何かと気にかけていただいた。特にメイリーお嬢様は年下と知るや否や、俺の世話を甲斐甲斐しく焼いてくださる。天使系美少女が俺に、である。

神様死ねとか言ってごめんなさい、ありがとう。



とまあ、こんな風に順風満帆に人生を歩んできた俺である。未プレイで二次創作しか見てない俺からしたら、こいつらよく今まで生きてこれたな、という攻略キャラやら実は吐き気を催すレベルの性悪ヒロインがいるという印象しかなく、波乱の予感しかしなかったが、なんといってもラットウィルなんて名前はおそらく原作には出ていない。


ならば本当にそんなことが起きても俺にもラットウィル家にも害はないだろう。……とか、考えていた。今日までは。



「……お嬢様がご学友のお屋敷に泊まられる?」


「ええ。本当に珍しいわ…遊びに行くならばまだしも、その方のお屋敷にお泊まりだなんて。よっぽど仲良くなったのね」


「……さようでございますね」



おっとり微笑む奥様だが、俺の心の中にべったりとした粘着質のものが隅々まで広がるような不快感を感じていた。



……本当に、ただ仲良くなったからだろうか。



たしかにラットウィルは王族に比べたら小規模な家だ。その分自由が利く。お嬢様ほどの年になれば連絡さえ入ればご友人の住まいに泊まる、ぐらいは許していただける。


だが、いきなりすぎやしないだろうか?

お嬢様は真面目で楚々とした性格だ。そんな彼女がご両親や使用人に直前まで連絡を入れず、いきなり他者の屋敷に泊まる…だなんて果たしてあるのだろうか。



「ラウル、申し訳ないのだけれど、あの子に泊まるにおいて必要な衣類一式と泊まり先の御家族にお詫びの品を届けていただけないかしら」


「喜んで承ります」




申し訳なさそうに「お願いね」と言ってくる奥様に深く頭を下げてから俺は踵を返して足を進める。


――所詮あれはファンの【二次創作】だ。そんなことを企む輩がいる可能性自体低いのだし、いたとしてもゲーム上モブとして過ごすお嬢様が巻き込まれる可能性は皆無に等しい。

…ただ、もしその皆無に等しい可能性に食い込むことであったら、と考えて俺は手をきつく握った。



辿り着いたのは立派な門構えが特徴の大きな日本屋敷だ。日本を舞台としたヤマト国から来た商人が暮らしているらしく、先輩はそこの娘と仲良くなったそうだ。

……恐らく、その人物はヒロインでも悪役令嬢でもないだろう。原作こそ未プレイだがどちらもヤマト国とは無縁の生まれだったはずだ。

俺が魔法でできた呼び鈴を鳴らせば、中から大和撫子美人といった男爵夫人が出てきた。黒髪黒目は久しぶりに見る。




「私はラットウィルからの遣いです。此度はお嬢様をお招きいただき、誠にありがとうございます。こちらはラットウィル夫人からの贈り物でございます、どうかお受け取りください」


「まあ…お気になさらなくていいのに。お初目にかかります、私はキキョウ・オギノと申します。では中へお通しいたしますわね」




そう言ってどうぞこちらへ、とにこやかに案内してくださった。俺は一礼してから靴を脱ぎ、屋敷へと入る。畳を踏む感触が懐かしい、と思うのだがそれ以上に疑問を感じた。……使用人の姿が見当たらない。

たしかオギノはその働きぶりが陛下に認められ、男爵という爵位を譲り受けたはずだ。それなのに何故…?



疑問を感じているうちに、オギノ夫人は一つの部屋の前で立ち止まる。中からは可愛らしい少女の声と、凛とした少女の声が聞こえる。前者はお嬢様のもの、後者は恐らく、オギノ男爵令嬢のものだろう。



扉が開けば、そこにはお嬢様と…真っ直ぐな肩までの髪と、二重の涼しげな瞳を持つ中性的な美少女がいた。日本人だとすぐにわかる彼女は、ひとまず挨拶をした俺に淡い笑みを浮かべる。



「はじめまして。アスカ・オギノと申します」



年頃の少女より落ち着いた声は好感が持てる。本当にここ乙女ゲームの世界か。美少女しかいないんだけど、…と本来ならば嬉しいやら恐れ多いやらの気分を味わっていたところだ。……そう、本来ならば。


問題なのは、お嬢様の顔色だ。今は楽しそうに笑っているものの、その目元は泣きはらした後だとすぐわかる。



オギノ嬢は…何か知っているのか?そもそも本当に無害なのか?

様々な疑惑に思わず凝視すれば、お嬢様に注意された。


当たり前だ、たかが一介の新米騎士が不躾に貴族のご令嬢を見つめるなど、下手をすれば俺だけの問題ではなくなる。慌てて謝れば、幸いにも寛大だったらしいオギノ嬢はすぐに首を左右に振り、まったく気にしていないことを俺に伝える。それどころか、疑いの目を向けた俺に深く頭を下げて、お嬢様に害さないということを信じ、尚且つお嬢様の心の支えでいてほしいと言われた。

その凛とした態度や礼儀正しさ、公平さに思わず息を飲む。



正直に言ってしまえば、中性的ということもあって異性としての魅力とあらばメイリー様のほうが上だと思う。



だが、それを飛び越えた清涼な水のような魅力を感じた俺はしばらく言葉が出ずにいた。そう、俺はまさにオギノ嬢に魅了されていたのだろう。初めての経験だが、今ならばはっきりとわかる。



「まじ彩花」



だからってこれはないだろう俺。



彩花、とは高見彩花。前世で俺がプレイしていたギャルゲー、【どきどきめいたメモリアル】、通称どきめもの攻略キャラクターである。中性的な見た目のクーデレで、でも時々見せる女の子らしい一面のギャップが物凄く可愛い。



……いやいやいや、だからってギャルゲーキャラに例えるな自分!オギノ嬢を見てみろ、俯いてめちゃくちゃ困ってる―――


「…、いえ、申し訳ありません。なにも」



「倫子ちゃん」




内心で冷や汗をダラダラ流しながら取り繕う俺を真っ直ぐに見つめて、はっきりとした口調で言うその姿に思わず目を見開く。

倫子ちゃん…って安住倫子?あのツンデレ後輩キャラの?


頭の中が真っ白になった俺であるが、深く考える前に口を開いていた。



「っ……――唯」


「蛍」


「さつき」


「美弥」



「PQP!!」


「リメイクはPQPVISU!」





……オタクと一般人の見極め方とは大変難しい。ネットがあれば話は簡単だが、リアルで会う身近な人から探すとなるとそうもいかない。

慎重に話し、さり気なく探りを入れ、カマを掛ける。それにどれだけ神経を使うことか。





まさか、今世でこんなにあっさりと仲間が見つかるとは思わなかった。しかもただのオタクじゃない。がっつり前世を持った仲間である。





「はじめまして、アスカ・オギノ基荻野飛鳥です」


「あ、どうも。ラウル・ブラック基黒田潤です」




深夜11時。真っ暗な食堂にほんのりと魔法の灯りを灯したまま、頭を下げる荻野嬢に釣られ、俺も頭を下げる。


お嬢様と荻野嬢を部屋までお送りしたとき、別れ際に小さな紙切れをさり気なく手渡された。



『今夜11時、食堂にてお待ちします』




そして現在に至る。やはり荻野嬢も確認をしたかったのだろう。


昼間の粛然とした態度より柔らかいその雰囲気は馴染みやすいもので、確信めいたそれは完全なものとなった。



「……やっぱり貴方…ええと、黒田さんも前世持ちなんですね」


「あ、はい。高校の時に足を滑らせて」


「高校生!?若っ!うわあ…若くして…ご愁傷様でした」


「あ、いえいえこちらこそ。荻野さんはいくつで?」


「私は24ですよ」


「あ、年上だ。えっとご愁傷様でした」


「どうも」



のほほん、と二人で話す。……なんか、自分の死をお互い労うってすごく変な気分。いいのかこれ。



「……荻野さんも知ってるんすか、この世界が乙女ゲームだって」


「うん、姉二人に聞いて最近ね」


「そうっすか……ん、姉二人?」



まさか姉二人も転生者とでも言うのか。だとしたら一気に貴重感薄れるなオイ。


俺の疑問に静かに目を伏せる荻野嬢…というか荻野さん。何やら訳ありそうだ。




「ええと…二人ともゲームのファンで…ヒロインと悪役令嬢ポジで」


「はっ!?」


「……メイリー様泣かせたのは、このヒロインのほうの姉です」




はあああああ!!?



うっかり絶叫しそうになったのは口を押さえて回避する。危ない危ない。新米騎士と貴族の令嬢が夜に密会とか大事になることだった。


いやいや、だが、ちょっと、ちょっと待て!!


荻野さんの姉がそれぞれ悪役令嬢とヒロイン!?普通どっちか一つだろ!つーかやっぱりメイリーお嬢様泣かしたのは転生ヒロインか畜生!!




「………メイリー様のことに関しては本当に申し訳ないと思うわ」


「…いや、荻野さんのせいじゃ…」


「ううん、前世とはいえ私の姉だから。…だから、きっっっちりお説教するつもり」




にこ、と笑う荻野さんは綺麗だ。綺麗、なんだけど…なんでだろう、薄ら寒いものを感じる。



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