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大分落ち着いた雰囲気の中会話してわかったことだが、メイリー・ラットウィル先輩は私と同じ男爵家のご令嬢だった。

ただ、我が家とはちがって由緒正しき貴族の家系で、彼女も相当な箱入り娘である。

だが、成り上がりの私や我が家にも礼儀を欠かさず、なんと私の勉強まで教えてくれた。

見た目も可愛くて性格も優しいって本当に完璧じゃないか?会ったこともない彼女の婚約者の生徒が憎たらしくなってきた。




「アスカ様は吸収が早いですわね」


「いえ、メイリー先輩の教え方がお上手なんですよ」




私のノートを見ながらメイリー先輩は首を左右に振り、柔らかく微笑む。



「このノートもよく書き込んでありますもの、すべてはアスカ様の努力の賜物ですわ」


「そんな……恐縮です」





謙遜ではなく本心から言えば、彼女はふわり、と微笑んだ。天使だ。天使がおる。この世界の顔面偏差値どうなってるんだ。

アリッサ様も女神だし、今日お茶会した先輩方や仲良くしてくださる他の皆様も、『私アイドルです!』と言えば充分納得できる顔立ちだ。百合姉や朔姉なんてその偏差値をバカみたいに高くしていく代表だし。乙女ゲームの世界は男女共に美形しか存在しちゃいけない法則でもあるんだろうか。




そんな馬鹿みたいなことを考えていたところ、扉が静かにノックされ、そちらを振り返る。




「お母様、どうなさったの?」


「お話中ごめんなさいね。メイリー様、遣いの方がいらしましたよ」




普段の庶民モードのスイッチは切った私に、母も同じ様に答える。

ちなみに使用人がいないことに最初メイリー様はきょとんとしていたが、「我が家は最低限しか雇わないのです。その方々もちょうど今出払ってますの」で何とか納得いただいた。「お貴族様連れてくんなら事前に連絡よこさんかゴルァ」な母の目を私はしばらく忘れない。本当にごめんなさい、あとで謝ります。



そんなことがあったなど嘘のように、優美に微笑む母。流石、前世であの二人を生んだだけあって、娘の私から見ても美人である。




「失礼します。お嬢様、お着替えなどもお持ちいたしました」



そう言って入ってきたのは、きっちりと軽装の鎧を着込んでおり、短い焦げ茶色の髪と、鷹のような鋭い金色の目を持つ青年だった。身長も高く、細身ではあるが筋肉質なのは鎧を着ていてもよくわかる。目が鋭いせいで些か威圧感が強く、攻略キャラクターのような華やかさはないが、充分整った顔立ちである。



「まあ、ありがとう。アスカ様、紹介いたしますわね。彼は我が家の護衛騎士、ラウル・ブラックですわ」


「はじめまして、ラウル・ブラックと申します。此度はお嬢様の護衛として参りました」


「はじめまして。アスカ・オギノと申します」



騎士らしく膝をついて頭を下げる彼に、私も貴族の礼節に則ってドレスの端を軽く指先で摘んで頭を下げた。

じ、と彼が私を見つめるその様に、「ラウル」と窘めるようにメイリー様が名前を呼ぶ。そうすると、ラウル様はすぐに頭を下げた。

じろり、と睨むメイリー様だが、どことなく弟の世話を焼く姉のように感じる。




「淑女をまじまじと見るなんて失礼ですわよ」


「は、申し訳ありません」


「いいえ、お気になさらないでくださいな。……その、ですが、私の顔に何かついておりましたか?」


「…いえ、ヤマト国の方は初めてお見えしたので、つい」



ああ、と納得する。

この国の人の髪色は金髪や茶髪、赤髪はもちろん緑や青、ピンクやオレンジ、なんてパステルカラーも当たり前のようにある。だが、どうしたことか黒髪だけはいないのだ。いたとしても殿下のようにうっすらちがう色が混ざっていたり、色素が薄かったりする。


しかも目まで同じ黒、というのは基本的にないらしく、ヤマト国民は一目で区別がつくのだ。



「この国では少々珍しいですものね。ブラック様は海外に興味がおありですの?」


「はい。海外、というより…ヤマト国に」


「まあ、初めて聞きましたわ」


「ええ、お話する機会があまりなかったので。…では、ご歓談中お邪魔して申し訳ありません。自分は廊下で待機しています」




そう言って一礼をするブラック様は、静かに部屋を出て行った。キビキビとしたあの動き、まさに騎士といった感じだ。




「ブラック様は優秀な方なのでしょうね」


「ふふ、我が家の自慢ですわ。とは言っても現在はまだ新人なのですわよ。騎士学校も今年卒業したばかりですし…アスカ様と同じ年ですわ」


「えっ!?」


「見えないですわよね?私も自分より年下とは思いませんでしたわ。ただ、本人にとってはコンプレックスのようなので秘密にしてくださいませ」



思わず声をあげる私に、メイリー様も苦笑しながら頷いた。そうか…いやでも、あれは老けてる云々ってより、「まーしっかりしてるわねー」って誉められるタイプだと思うけどな。




そんなこんなで、話しているとあっという間に夕飯の時間となった。



「ブラック様、夕餉のお時間ですわ。どうぞご一緒に召し上がっていってくださいな」


「え?いや、しかし、…私のようなものが皆様と一緒に食事など、」



廊下に立っていたブラック様に声をかければ、彼は鋭い目を丸くして、眉を寄せる。

生真面目な彼に私は笑った。



「我が家に来たからにはブラック様もお客様ですわ。メイリー様もお待ちしております」



「……では、お邪魔いたします」



そう言う彼は私をちらりと見る。



……警戒、しているのだろうか。


それは我が家に賊がいて、彼の仕える家のご令嬢に危機を齎す、とかそんなんではない。

…おそらく、我が家…いや、私を警戒しているのだろう。



私はため息を吐いて振り返り、彼に頭を下げる。びくり、と彼の身体が震えた。



「オギノ男爵令嬢様、なにを、」


「ブラック様、此度は突然貴殿のお仕えするご令嬢を我が家にお招きし、その御心に負担をかけてしまいました。誠に申し訳ありません」



「っ」



息を飲む音がするのが聞こえたが、構わずに言葉を続ける。




「なれど、これは信じていただきたい。メイリー様は私の尊敬すべき先輩であり見習うべき淑女です。そのような御方を害するつもりはまったくありません。陛下、そして我が母国に誓って申し上げます」





睨みこそしないが、注意深く私を見つめるその目と、メイリー先輩を気遣うような目。そしてそのメイリー先輩はと言えば、うっすらと目元を赤くしていた。そんなメイリー先輩が突然泊まると言い出したのが我が家である。疑われても仕方ない。




頭上からはあ、と深いため息が聞こえる。



「頭をお上げください、私はそのような身分では、」


「……心から信じていただけるならば」


「信じます。ですからどうか」




私がゆっくりと顔を上げれば、彼は眉を寄せていた。眉間にしわを作った彼は一見怒っているようにも見えるが、その声は途方に暮れている、といった感情が見え隠れしている。



「……私の態度は、そんなにもわかりやすかったでしょうか」


「いえ。ですが…そうですわね、貴殿は騎士として完璧な態度でしたが、私に対して警戒のような色が伺えました」




この際私も隠さないほうがいいだろうと正直に伝えれば、彼は眉を寄せて、そのまま深々と頭を下げた。




「申し訳ありません」


「いえ、先輩の心の変化に気付いたのでしょう?ならばそれは仕える者として当然の考えですわ」


「………メイリーお嬢様は、お優しいものの芯の強いお方です。ですから泣くなんて滅多にない」




頭を下げたまま、ぼそぼそと自分に言い聞かせるように言うブラック様に私は苦笑した。


やはりメイリー先輩が泣いていたのは見抜いていたらしい。




「頭をお上げください」



先程のブラック様と同じ言葉を言えば、ゆっくりと頭を上げる。その表情は相変わらずの無表情だが、僅かながら複雑そうに寄せられた眉からはなんとなく心配の色が見える。

メイリー先輩愛されているなあ、とこっそり微笑ましくなったのは内緒である。




「私からは詳しく申し上げられませんが……メイリー先輩はしっかりした御方であるのは私も感じ取っています。ただ、彼女は繊細で可憐な女性です。傷付くことだってある」




彼女の婚約者が他の女の人に夢中、などとは言えない。両家の関係や評判に傷付けるような無責任なことはできない。(たとえそれが前世で私の姉だった人物だとしてもだ)

ただ、優しくて素敵な先輩にこれ以上傷付いてほしくないのは事実なのだ。



「私もできるだけサポートいたします。私に言われるまでもないとは思いますが、どうかブラック様も先輩を支えてください」


「はい」




しっかりと頷くブラック様に息を吐く。

うん、あとは百合姉を私がなんとかすればよさそうだ。




「……まじ彩花」



ぼそり、と呟いた声。


ん?とブラック様を見れば、口元を押さえていた。……あれ、今ブラック様から騎士らしくない「まじ」とかいう言葉が聞こえた?っていうか、彩花?



「…、いえ、申し訳ありません。なにも」



「倫子ちゃん」



気まずそうに言葉を紡ぐ彼を遮って私が名を呼べば、鋭い目がカッと見開いた。ちょっと怖い……じゃなくてだ。



「っ………――唯」


「蛍」


「さつき」


「美弥」



「PQP!!」



「リメイクはPQPVISU!」




端から見たらなんのことかわからないだろう。互いに無表情で単語を言い合い、しかも最後は怒鳴りつつある。

そのせいで中から心配げな表情を浮かべるメイリー先輩が出てきた。




「アスカ様、ラウルもどうしたのです?大きな声が聞こえたけれど…」



「あ、ああ、申し訳ありません」


「ヤマト国について話していたら白熱してしまい」




私とブラック様の言葉に彼女はのほほんと笑いながら「すっかり仲良しですのね」と言ってくださった。可愛い……ではなくてだ。



ラウル様を見れば、まじかよ、と口を動かすだけで声には出さず呟いた。

しかしそれは私の台詞だ。



――先程の私とブラック様が交互に叫んだその単語は、前世でプレイしたギャルゲー……【どきどきめいたメモリアル】、通称どきめもの攻略キャラとハードである。つまり、だ。最初にラウル様が呟いた彩香、というのも、その攻略キャラの一人。一瞬「アスカ」と「アヤカ」を言い間違えただけなのでは、とも思ったが、物は試しにと軽い気持ちで言ってみたらまさかのビンゴである。


どうやらブラック様は私の前世と同じ世界で生まれ、しかも記憶まできっちり残っているらしい。



……もし、もしだ。私が死んだときに聞いた謎の声の持ち主が神様だとかそんな存在だとしたらちょっと申し上げたい。




転生先の割り振り、雑すぎないですか?すごい人口密度なんですけど。


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