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「新しく来たリノア・トランド先輩はもう有名人だそうですわよ」



百合姉、もといヒロインのリノア・トランドが転校してきて三日後、休み時間にそう言ったのは、アリッサ様である。案外情報通だな、と思いつつ、そうなんですか、と頷いた。



「まあ、可憐な容姿且つ身分を自身の才能で乗り越えて通う特待生ですものね」


「それだけではないわ。あの生徒会の副会長と書記の双子は彼女にお熱だそうよ」



「……わああ」



流石百合姉、もう攻略完了してやがる。っていうか三日って早いな。たしかに百合姉は前世でもモテモテ美少女を地で行くタイプだったけど。

感心している私をよそに、アリッサ様は憂い顔のままため息を吐いた。




「生徒会の皆様って、皆に凄い人気があるでしょう?きっと親衛隊が黙ってはいませんわ。問題が起きなければいいのですが…」


「………親衛隊?」



思わず目を見開いて聞き返す。

親衛隊ってあれか、ファンクラブみたいなもんか、アイドルとかアーティストによくあるあれ?

……生徒会すごいな。私の前世の記憶だと生徒会って事務とか雑用ばっかだって友達が嘆いてた気がする。アイドルやら権力者みたいな風潮は決してなかったと思うんだけど、すごいな漫画かよ。…乙女ゲームだった。しかも比喩表現でもなんでもない一国の王子様が生徒会長してるなんつーファンタジー中のファンタジーだった、愚問でしたねすみません。




「……知らないのですか?そういえばアスカ様はこういったことに興味をもたれない方でしたわね」


「………すみません」



「謝らないでくださいな、ゴシップや噂話に身を入れず偏見を持たないことは貴女の美点だと思いますわよ」




謝る私ににっこりと笑うアリッサ様まじ女神。

いや決してそんなんじゃないんですけどね。ただほら…なんか生徒会とかあの辺って別世界すぎてついてけないっていうか。流石メイドイン乙ゲーなだけはある。




「……ですが、王子殿下にはさく…ローゼリア様が婚約者としているでしょう?それは親衛隊の方々的によろしいんですの?」


「あら。それは妹分の貴女がよくご存知でしょう?」




不思議そうにこてり、と首を傾げるアリッサ様は普段大人びている分、その仕草は大変可愛らしい。が…なんのことだが、さっぱりわからない。

疑問符を頭上に飛ばす私に、彼女ははっきりと言った。




「かの有名な公爵家のご令嬢であり、常にトップの成績を修め、立ち振る舞いからその容姿まで文句のつけようのないお方ですわよ。彼女に不満を言える人間がいるとお思いで?」



ぴしゃん!と雷に打たれた衝撃を覚え、自然と両手を口元に当てた。

………さ、朔姉すげえ……!

いや、噂には聞いていたけど!特に取り巻きでもなく接点もないアリッサ様にここまで言わせるとは、とその凄さは改めて思い知ったっていうか!

…たしかに、朔姉は美人で何でもできるタイプだし、前世も周囲から持て囃されたけど。



………っていうか百合姉も朔姉も、そんだけ勝ち組要素あるなら、もう逆ハーレムとかよくない?お金持ちで優秀な学校一のイケメンにモテモテ!とはいかなくても、それなりに素敵だと思う数多の男性を夢中にさせるくらいにはモテてんだからもうよくない?一人ステータスの低い元妹は涙目ですよ。……とか拗ねたくなるのをぐっと我慢する。朔姉や百合姉だってただただチートなわけではない。本人たちの努力あっての今なのだ。――その努力の理由がお互いを蹴落とすためだろうが、努力には変わりない。


すなわち、私の努力不足。うん、仕方ないね!私は私のペースで頑張ろう。




「…アスカ様?」


「あ、失礼しました」



そんなふうに前世から続けてる言葉を自分に投げかけていると、アリッサ様は不思議そうに首を傾げた。こいつ頭やばい、って思われるのはごめんであるためにすぐに謝った。



「いいえ、私はそろそろ帰りますけれど…アスカ様は?」


「あ、私は一度参考書を図書室に返してから帰ります」


「ではまた明日、ですわね。ごきげんよう」


「はい、ごきげんよう」





ふわりとドレスのような制服を翻した彼女は、お迎えの馬車の中に消えていく。凄まじいお嬢様力だ。やっぱり天然ものはちがうな、と感じながら私は図書室への歩みを進めた。





「貴女、些かご自分の立場を理解していないのではなくて?」




その道中、空き教室から神経質そうな声が聞こえ、反射的に私はその教室を覗き込んだ。




「そんな…私…」



「言い訳は結構」


「そうよ、たかが平民風情がどうして生徒会の三人をたぶらかしているのかしら?」


「どうせ媚びを売ってすり寄ろうという魂胆なんでしょう」


「いやだわ、穢らわしい」




…早速アリッサ様のいやな予感は的中した。中にいるのは百合姉こと、リノア・トランド先輩と複数の女子生徒。…もしかして、彼女らが例の親衛隊なんだろうか。そうなると先程の台詞も理解できる。

そしてそうなるとほぼ悪いのは百合姉だと思う。いやだって、好きな人に近寄らないでほしいっていう彼女らの言い分はわかるし、近付いてる百合姉は友情目的でもなく、ましてや彼らが一途に好きなわけでなく、逆ハー要員をイケメンで固めたいだけである。どっちが悪いか、と聞かれたらそれはもう百合姉だと思うのだ。



だが。



複数人が一人を詰り、しかもその内容が本人はどうしようもない理由からの罵りとあらば、それはいじめとなるのではないか。

いじめ、ダメ絶対。


そしてどんなに彼女が悪くとも、百合姉は私の大切な姉である。身内贔屓をどうか許してほしい。




「リノア先輩、少しお話が……あの、お取り込み中ですか?」




空き教室に飛び込んだ私は、無言で輪に近付いてやんわりとその手をとる。目を見開く百合姉と、眉を寄せる女子生徒の一人。あ、今気が付いたけど、この人たち先輩だ。




「…飛鳥?」


私の名前を呼ぶ百合姉に、もう大丈夫という意味も含めてにっこりと笑った。



「ちょっと貴女、なんなのよ」


「邪魔しないでちょうだい」


「あ、貴女たち止めなさい!彼女は…!」




当然私に対して不満のある先輩方に棘のある声をあげるが、一人の先輩が慌てて彼女らを制止する。あれ?なんで?




「この一年生が何か…、……あ……オギノ様…!」


「そ、それってローゼリア様が寵愛なさってる…!」


「し、し、失礼致しました!」



……本日二度目だが言わせてほしい。

朔姉すげええええ!!!この紋所が目に云々!をやった後みたいになってるんですけど!




「お顔をあげてください」



「ですが…!」



「……私はただ、リノア先輩とお話したいだけなので、その、構いませんか?」


「勿論です!」





虎の威を狩る狐を全力で実演してしまったようで良心が痛む。何者ですか朔姉。あと私について何と説明したんですか。



先輩の中の一人が思い切り後ずさった結果、靴が脱げたので私は誤魔化したい一心で近寄り、彼女の小さな脚に靴を嵌めた。いやほんと、これぐらい平気でしちゃう平民なんですよ、だから逃げないでください。



「も、申し訳ありませんっ」


「いいえ、お怪我は?」


「ありませんので、あの、」



「よかった………こうしてると、お姫様みたいですね」




あれ、自分でも何言ってんのかよくわからないぞ。

誤魔化すためにひきつらないよう必死に堪えながらにこりと笑って顔を上げれば、彼女は顔を背ける。ついでに周囲の先輩方も口元を手で覆った。……私の学校生活終了のお知らせらしい。



「ご機嫌よう!」と走り去っていく先輩方にご機嫌よう、と固まった笑顔で見送り、ため息を吐く。……まあ、あれだ。私がドン引きされようが、百合姉が無事ならそれでいい。




「…………なにあれ」



のに、なんでそんな怒った顔するんですかね?


眉間にしわを寄せて鋭い目で私を睨む百合姉。え?なぜ?



「飛鳥!」


「はい」


「あんな子より私の方が可愛いでしょ!?」


「……………え、うん?」



いやまあ、百合姉が美少女であることは私も周囲もよく知ってるけど、うん?まあさっきまで自分を集団でいびってきた先輩方が気にくわないのはよくわかるけど、何故にそんな不機嫌丸出しで確認するのか。



「ならなんであんな子をお姫様扱いするの!!私のほうが可愛いでしょ!?」



いや、それは私もよくわからない。テンパった結果っていうか、勢い任せっていうか……。まあ、あの先輩もかなり可愛かったけど。

癇癪を起こした子供のように金切り声をあげる百合姉。…うん。



「……いや、百合姉はそもそも私の中で一番のお姫様だけど」



文句の付けようのない美少女なのもあるけど、家族だから大切だし。ちなみにイメージで言うと朔姉は王女様である。


私がきっぱりと伝えたその瞬間、百合姉の目がぱあ!と輝いた。そして先ほどの表情が嘘のようににこにこと可憐に笑う。




「そっか…そうね!飛鳥は無自覚たらし系だし女の子に優しいんだからあんなこと言ったのね、仕方ないから許してあげるっ!」


「ああうん…ありがと」



よくわからないがままに百合姉の頭を撫でれば彼女は嬉しそうに笑った。可愛い。この庇護欲を駆り立てるその姿は、姉というより妹の方がしっくりくる。こう、年の離れたわがまま盛りの妹みたいな…本人に言ったら怒られそうだけど。…しかし無自覚たらしってなんだ。まさか私のことか。



「……百合姉、私男の人が好きなんだけど」


「?知ってるわよ」



知ってたんだ。まあ、誤解されるよりはましかもしれない。




「それにしても……カイルかあ…」


ぼそり、と残念そうに呟く百合姉に、私は聞き返した。彼女は頬を膨らませながらこう言う。




「今のはイベントの一環でね、いじめられてるヒロインを一番好感度が高いキャラが助けに入るの」


「え、なら邪魔してごめん」



「いいのよ!飛鳥かっこよかったし!……あと、一番好感度高いのはカイルだったし」


「カイル」


「ほら、副会長の」



「…ああ」



あの笑顔の似合う生徒会副会長か。たしか、宰相の息子でフルネームはカイル・アルベートだったはず。




「え、だめなの?」


「逆ハーの一員としては合格ね。ただ個人では萌えないし一番興味ない」



…おおう、ばっさり切るなあ。

身も蓋もない言葉に思わず表情がひきつる。


しかも百合姉の話では私が教室に入る前に反対の入口から覗いて今にも助けようとしていたらしい。もしかして私、百合姉より副会長に謝らなきゃならないんだろうか。馬に蹴られて死にたくない。



「……っていうか、そんなに副会長はだめなの?」


「そうね…細身すぎる身体もいやだし、あの完璧を装えてますって笑顔もいや。自分が腹黒って自覚して脅してくるところも痛々しいし、そもそも敬語キャラってあんまり萌えないのよね。それに、あの他人は皆自分より劣ってますって態度は見てて腹立ってくる。そんな感じなのに、『無理して自分を偽らないで』って一言で靡く姿とかチョロすぎて新手のギャグかと…」


「百合姉、百合姉もうやめてあげて」



いくら本人がいないといえど可哀想すぎる。っていうか、それなら逆ハー要員としてもいらないんじゃないの?そんなぼろかすに言っておいて攻略はするの?




「カイルより飛鳥のほうがずっと好きよ!だから気にしないでねっ」



……とりあえず、そんな天使みたいな笑顔でえぐすぎること言わないであげてください。





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