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もうすぐ下校時間が回ろうとしているその頃、私は図書室で勉強を進めていた。近々中間テストがある。幼い頃から家庭教師がいた皆さんとはちがい、我が家が家庭教師を雇ったのはつい最近である。そもそも物覚えがいいと胸を張って言えない私にとっては余裕なんて言葉は常に存在しない。


ちなみに、私の勉強スタイルはひたすらノートに要点を書き続ける。効率が悪いかもしれないが、色んな方法を試した結果、この方法が私にとって一番だと前世で確信した。姉二人にそのノートを見られて、精神的な病気ではないかと心配されたことがある。いや心身共に健康ですけど。というか空想のイケメンに取り合われる私!な妄想ノートを持っている二人に言われたくない。




そんなほろ苦い思い出をぼんやりと思い出しつつ、廊下を歩いていると「ちょっといいですか?」と声をかけられた。鈴を転がすような甘い声。なんかどっかで聞いたことがある、気が、



「いきなりごめんなさいっ、図書室を探して、て……………飛鳥?」


「…百合姉?」



空のような青い瞳と、絹のように流れる金色の髪は見知らぬものだが、その庇護欲を駆り立てるような美少女を私は知っている。


前世で一番上の姉である、百合姉であった。



彼女は私を見つめ、ふるふるとしばらく震えていたが、



「っ飛鳥ぁ!」



そんな甘い声を出したと同時に朔姉と同様、タックルしてくる百合姉にぐえ、と小さな声をあげながらも抱き留める。相変わらず朔姉と同様いい匂いがする、とか変態じみたことを考えつつ、その背中をポンポンと撫でた。




「ほんと?ほんとに飛鳥なの?」


「うん、私だよ、百合姉。…久しぶりだね」




言えば、ぱっちりした瞳はチワワが如く忽ち潤み始め、その小さな身体で私に擦り寄ってくる。

うん、相変わらず完璧な美少女力だな、これはもてない方がおかしい。



「会いたかったよぉ…」


「うん、私も」


「天使の囁きの世界のヒロインになりたいって願ったけど…っ…後々飛鳥に会えないって気付いてぇ…!」


「じゃあ私が来世でも百合姉に会いたいって思ったからだね」


「すきぃいい…!」




ひくひくとしゃくりをあげながらも号泣する百合姉の背中を撫でる。ほんの少し、私も釣られて泣きそうになった。





さて、なんとかして泣き止むと、彼女は私の手を引いて空き教室に行こうと誘った。



「百合姉、図書室はいいの?」


「いいの!リュードの攻略イベントがあったけど逆ハーエンドには必需じゃないし、だったら用無しよ!気兼ねなく飛鳥とお喋りしたいもんっ!」



「…ありがとー」





うん、相変わらずだ。鼻歌を可愛らしく歌う彼女の発言は、割と天真爛漫とは逆の場所にあるものである。




そして彼女から聞いた話だと、百合姉も朔姉と同じく天使の囁きのキャラと(立場はちがえど)イチャイチャちやほやされたくてこの世界への転生を望んだらしい。いや本当にこの二人、なんで仲良くできないんだろう。

私よりずっと趣味は合うし、系統の違う美少女二人が仲睦まじい様は老若男女問わず目の保養になると思うのに。


遠い目をしながらそんなことを思いつつ、引き摺られるようにして辿り着いたのは空き教室。

そこでお互いの現状報告をしあった。


わかったことは、百合姉も死ぬ間際に例の謎の声を聞き、その願いは『ヒロインとなって天使の囁きの世界へ行く』であった。現在は原作のヒロインと同様に平民の身でありながら、特待生として明日からこの学校に通うのだと言う。


ちなみに、現在の私の立場を話せば、彼女は不思議そうに首を傾げた。



「ヤマト国はゲーム上では名前だけ聞いたけど…飛鳥みたいにヤマト国民の商人の娘が学校に通ってるなんて知らないわ、サブキャラにもいなかったはずよ」


「あー……まあ、ほら、私、作中の誰かになりたいとか思ったわけじゃないし」




私の言葉に信じられないものを見るかのように震えながら口元を押さえる百合姉。そんなにか。



「い、いくらプレイしてないからって無欲過ぎるわよ…?モブだなんて、逆ハーどころか攻略キャラ一人すら落とせないんじゃ……」



攻略なり落とすなり希望してないから。というか殿下とか隣の席の朔姉の弟見て思ったんだけど、あそこまでキラキラしたイケメンだと、恋愛やら恋人どうこうなりたいとか思えないんだよね。世界が違うんだな、と認識してしまう。



「かっこいい男の人より百合姉達に会いたかったからね」



正直に言った直後、またタックルを喰らわされて軽く後ろにのけぞる。百合姉は愛情表現がストレート且つやや攻撃的なのだ。いや、嬉しいけど。




「っ~飛鳥ぁっ、好き!可愛い!かっこいい!今まで一人にさせてごめんねっ!」



一人じゃないんだけど。――というか、百合姉には朔姉のことを話していない。どこで話したらいいのか解らなかったのだ。

…でもなあ、今言わないと後々拗れるかもしれないし……よし。


私は一度深呼吸をし、口を開いた。



「百合姉、実は、」



「飛鳥から離れなさい、この阿婆擦れ」




私の声と完全に被る、凛とした声。だがいつもは小川のせせらぎのように涼やかなその声は、今や怒りに塗り固められている。


振り返った百合姉はといえば、今までの甘い表情を無表情に変え、暗く鋭い色を瞳に覗かせた。

その鈴を鳴らすような甘やかな声だって、低く地を這うようなものに変わっている。




「……なんであんたが」


「あら、そんなこともわからないのかしら?前世とはいえ、こんな低能な女が姉だったなんて私の人生最大の汚点だわ。いいから飛鳥を放しなさい」



鼻で笑う声の主…朔姉は、氷のような温度の声で百合姉を罵倒する。これ、マゾヒストだったらご褒美なんだろうな。生憎百合姉にはそんな性癖がないのでご褒美どころか火に油なんだが。




「……ふん、わかってるわよ。どうせ貴女が悪役令嬢なんでしょ?未だに断罪とかなんでもできる自分がかっこいいと思ってる勘違い女が前世の妹だなんて私の方が恥ずかしいわ。飛鳥にそんな醜い言葉を聞かせないでくれる?」



そんな百合姉といえば、先程までのふわふわした花のような笑顔が一気に猛毒系の植物へと変わる。うしろからくっつきながら私の耳を塞ぐ姿で挑発する彼女に、朔姉は奥歯をギリッと噛み締めた。




「…言ったでしょう飛鳥、ヒロインはどうせ阿婆擦れだって。なのにどうしてこんな女についてきてしまったの?」



しかしそれも一瞬、優しく、けれど同時に、心配する気持ちから厳しく言いつける母親のような慈愛に満ち溢れたオーラで彼女は私を見つめる。



「可哀想な飛鳥…私が来るまでこんな性悪の元にいただなんて…これからはお姉ちゃんが守ってあげる」


そんな朔姉の視線を阻むように、私を前から抱きしめる為にくるり、と身を翻す彼女は、聖少女といった言葉がぴったりの笑顔を浮かべた。





「あら、馬鹿みたいなことを言わないでくれる?今や私と飛鳥の仲は学園の誰もが知っているのよ。ぽっと出の貴女の出番なんてないわ」


「な……!…ああ、なんてことなの…!私がいない間に外堀も固めて飛鳥が逃れられないようにするなんて…最低ね貴女!」




……そういえば前世で、『イケメンに取り合われるヒロイン最高!(要約)』とか二人が言っていた気がするけど………美少女に取り合われるのも結構嬉しかったりするもんなんだな。まさに両手に花だ。




「飛鳥、こっちに来なさい!」


「だめよ飛鳥!」



……嬉しいんだけど、ちょっとめんどくさい。

腕を引っ張られながらぼんやりとそう感じた。止めろって?それができたら姉二人は今こんなことになってないだろう。力不足な妹で申し訳ない。

結局その日は、警備員さんに「閉めますよ」と言われるまで姉二人に取り合われるがままだった。

警備員さん本当にありがとうございます。






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