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私が入学して一週間が経った。

朔姉…もといローゼリア・ライグロス公爵令嬢はこの学校の女帝的存在らしく、そんな彼女に熱い抱擁を受けた上に妹分宣言された私は、VIP対応を受けていた。



「オギノ様ごきげんよう」


「まあアスカ様、おはようございます」


「オギノ様、何かありましたらなんなりとお申し付けください」



「ご入学してまだ日も浅いですから、どうか御無理はなさらないでくださいませ」




それこそ、先輩や同級生、地位なんて関係なく丁寧に接してくる方々に、思わず頭が痛くなった。

いや、本当に自分そんなえらい存在じゃないんで止めてください。


「すごいですわねえ」


「アリッサ様…」



そう言ったのは茶髪をボブカットにした大人びた少女、同じクラスで親しくなったアリッサ・ブロワール様だ。いい意味で貴族らしくない方で、この学校で唯一私に気さくに話しかけてくださる貴重な方である。




「それにしても、ライグロス先輩の妹分なんて、一体どこでそんなに仲良くなったんですの?」


「ええと、父と王宮に出かけた時にお会いしまして、その時に色々お話させていただきました」




前世で血の繋がった姉妹でした、と当然言えるわけもなく、事前打ち合わせで決めた事柄で答えれば、アリッサ様は納得したらしく小さく頷く。……嘘を吐くのは忍びないけれど、頭おかしいと思われて友人を無くしたくはない。ごめんなさいアリッサ様。




「今年は貴女含め、この学校には変わった方々が集まるようですわね」


「変わった方、ですか」


「ええ、私たちより一つ上の学年に、貴族ではないにも関わらず特待生が来るそうよ」




アリッサ様の言葉に思わず体が硬くなる。入学してから朔姉から嫌と言うほど聞いた。



『その転校生はヒロインだけれど…いい?飛鳥。もしその転校生に絡まれるようなら即座に逃げなさい。もしくは必ず私に知らせること。その女は自分をお姫様だと勘違いしているおめでたい存在よ。同性のことは都合のいい駒にしか思っていないわ。……原作でもそんな性格なのか?そうね、たしかに原作ではおめでたい頭なのは変わりないけどそこまで毒はないわ。でも悪役令嬢である私がこうして転生をしている以上、逆ハーレムを狙った性悪にはちがいないのよ、だから――』



………いや、私を心配してくれるのはよくわかる。だが本当に何言ってるんですかねこの人理論を小一時間聞かされた私の気持ちは大変複雑だ。これで悪意ないお嬢さんだったらどうするんだろうか。

たしかに朔姉は彼女の希望でその悪役令嬢とかいうのになったようだが、かといってヒロインが敵意を向けてくると決まったわけではないし。…そもそも逆ハーレム(意味は朔姉に聞いて知った)を狙うってそこまで重罪なのか。イケメンにちやほやされたいって女子はそれなりにいると思うんだけど。……ぶっちゃけ朔姉だってそれを夢見ている節があるし。本人に言ったら怒られそうだから黙っておくが。




そんなことを思っていると教員が入ってきたので口を閉ざす。




この学校で学ぶことは一般教養と貴族として必要な処世術、魔法と大きく分けて三つのジャンルに分類される。

前世では一応成人していたし、魔法以外の科目は簡単――なわけがない。そもそもこの世界での常識は前世の世界と一致しないし、処世術は貴族の社交界で使うものだがつい最近までを含めて一般庶民だった私がそんなもん知るわけがない。というか、もしこの世界が前世と変わりない世界でも出来る気がしない。人間は使わない知識がどんどん消えていくのだ。



というわけで、私は予習、復習は必ず行うし、授業だって熱心に聞く、良い言い方をすれば勉強熱心な生徒、悪い言い方をするとがり勉となっている。……いや、がり勉じゃないはずだ、誘っていただけたらお茶会とかにきちんと参加しているし。……そう思いたい。



「……勤勉ですね」



休み時間、教師にわからないところを聞いて戻ってきた私に、隣の席の少年が呟いた。私の手にも彼の手にも、この間の簡単なテスト用紙が握られている。

グレーに近い銀色の髪を肩まで伸ばす、まだ幼さの残るくりっとした緑色の瞳の美少年。身長は私より低いか同じくらいだろう。そんな彼の名はサフィエル・ライグロス。

朔姉、もといローゼリアの弟であり、攻略キャラの一人らしい。そして現在、私の隣の席である。


無口であるのか挨拶程度にしか口をきいたことがないので、彼に声をかけられたと理解するのに数秒かかった。



「……物覚えが悪いので、皆様の何倍も努力しないと追いつけないのです」


「ご謙遜を」


「いえ、…ライグロス殿こそ、入試はトップでしょう?」


「ご存知でしたか」


「ええ、さく…ローゼリア様から伺いました」




私の言葉にそれまで無表情だった美少年の表情が嬉しそうに綻ぶ。

…もしかして朔姉のこと、結構好きなんだろうか。




「姉が…そうですか」



しかし次の瞬間、真顔で私を見つめる。美形なだけあって少し怖いのだが、何とか見つめ返した。



「貴女は姉に好かれているのですね」


「仲良くさせていただいています」


「…姉はとても優秀です。皆に平等で気品があって知性的で、美しい。…ただ、あの方は誰に対しても隔たりなく接する代わりに、特別は作らない。孤高の人だ」



「……」



「だから僕は、あの人の特別である貴女が羨ましい」




うん…なんていうか、よかったね朔姉。朔姉の理想像をこの弟君はほぼ完璧に感じ取ってくれているよ。つーかこれどう見ても嫉妬だよね、好きっていうかシスコンよねこれ。

彼より二点ほど高い点数が書かれたテスト用紙と私の顔を交互に見る弟君の眼差しは羨望と嫉妬。

他の教科は私が負けてるんだけど、もしや完全勝利じゃないとだめなんだろうか。だとしたら偉いなあ……。



まあでも、朔姉を好きでいてくれるのは、大変いいことなんだと思う。

彼女はドロドロの渦中に巻き込まれる気満々のようだし、となれば味方は一人でも多い方がいいだろう。……とか、大人ぶってみたが、正直なところ、



「……朔姉は私のお姉ちゃんだもん」


「?何か?」


「いえ」



現在血の繋がりがないことから、今世では彼女の弟であるライグロス殿に嫉妬してしまう辺り、私も結構なシスコンかもしれない。



意外な彼との共通点を見つけつつ、とりあえず次の授業の教科書を開いた。次の授業は魔法である、楽しみだ。



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