#3 表裏
「おい、雀...あの子って...」
亮が口をぱくぱくさせながら、ドアから入ってきた生徒を指差した。
「ん...?」
雀も亮に呼ばれて振り返り、少し驚いた様子を見せる。ドアの前に立っていたのは、入学式で新入生代表で挨拶をし、全校男子の注目を集めた、あの女子生徒だった。
「天木...楓...どうしてここに?」
雀が口を開いた。楓は自分の名前を呼び捨てた雀を一瞬睨み付けたが、すぐに向き直り、四宮に近づいていった。四宮も突然やって来た女子生徒に雀達が驚いていたのを見て、少し戸惑っていたが少し経つと、成る程といった顔をした。
「君も体験入部―」
「入部届です。これからよろしくお願いします」
四宮の言葉を遮って、楓が取り出したのは丁寧に書かれた入部届だった。
「―。別に構わないが、体験しておかなくていいのか?入部してからつまらないと思っても遅いぞ」
四宮が入部届に目をとおしながら楓に話した。
「大丈夫です。それに私はあそこの二人とは違って、中学から『戦争』をやっていました。技術もそれなりにあると自負しています」
雀を再び睨みながら楓がいった。この状況にどうすればいいか分からず視線をさまよわせていた雀と目が合うと楓は、ふんと鼻をならしそっぽを向いた。
「...分かった。天木楓君。統羽高校戦争部にようこそ」
四宮は一通り書類に目を通すとそう言って、楓に判子を押した書類を渡した。
「うちの顧問は書類管理が苦手でな。俺が代わりにしているんだ」
そう言うと四宮は時計に目をやった。
「残念なことに、どうやら実際に体験出来るのは明日になりそうだ。天木君、『戦闘服』は持っているか?」
「はい」
「では、明日はそれを持ってきてくれ。九条と藤田もその気があるなら、入部届を持ってきてくれ」
「分かりました」「はい」
「よし、では本日の部活動体験は終了だ。待っているぞ」
そうして、雀たち1年生三人は部室をあとにした。三人が出てからも部室の中からは時折、武器と武器がぶつかる激しい金属音が聞こえてきた。
「いや~、スゴかったね雀!」
「あぁ。初めて見たけど、結構楽しそうだったな」
雀と亮が話ながら校門へむかっていると、その横を楓が通り抜けた。
「あ!天木さん!」
亮がそれに気づき楓を呼び止めた。楓は足を止めるとゆっくりと振り返った。
「何?」
「入学式での挨拶、かっこよかったよ!まさか同じ部活に入ることになるなんてね!」
亮が持ち前の明るさで楓に話しかけていく。
「これからよろしくね!」
亮が握手をしようと楓に手を差し出した。すると、楓の清楚な雰囲気が急に荒いものにかわった。
「アンタ達さ...」
「へ?」
楓の口から放たれた「アンタ達」というワードに亮は口をあんぐりと開けて驚いた。
「アンタ達、『戦争』をやったこともないのに統羽の戦争部に入るの?」
「まぁ、そう、だね」
「ふざけないで!統羽は『戦争』の名門なのよ!?なのにアンタ達みたいなド素人が統羽の戦争部でやっていけると思ってるわけ?」
楓は人差し指で亮の胸をトントンと叩きながら吐き捨てるように言った。そして次に楓は雀を睨むと近づいていった。
「何よりもアンタよ!なにちゃっかり私のこと呼び捨てにしてんのよ?」
「あ...いや...その...」
「それに、アイツと違ってアンタは『戦争』の事なんも知らないって言うじゃない!」
「まぁ、はい。すんません」
楓は雀に顔をぐいっと近づけると更に続けた。
「別に、アンタ達が入部するのは構わないけど。私は統羽で世界一になるんだから。足ひっぱらないでよね」
そう言うと楓は早足で帰っていった。
「何だったんだろうな、アイツ」
「さぁ?僕たちはなにもしてないからほっといて良いんじゃないかな?」
雀と亮は楓のあの態度に困惑しながらもそれぞれの家路についた。
「じゃあね、雀!入部届、忘れるなよ~」
雀は亮と別れ、しばらく歩いた。遅い時間とはいえ、暗い夜道に誰もいないというのはよく知る道であってもなかなか気味が悪い。すると、反対側の歩道に今朝会った四宮沙綾が立っているのを見つけた。
「四宮さん!」
「え?...あぁ!雀さん!」
雀は近くの横断歩道から沙綾のもとに向かった。
「どうしたの、こんなところで?」
「その、ちょっと兄と電話していて」
沙綾は恥ずかしそうに言った。
「それで?」
「はい。それでちょっと言い合いになってしまって...」
「そっか...理由聞いても?」
「あぁ、はい。私、高校で部活をしようと思っているんですが...」
「反対されたか」
「はい...それで...」
「へぇ。兄妹も大変何だなぁ。それで、何部に入ろうとしたの?」
沙綾は少し、間をあけると答えた。
「その...戦争部、です」
「えぇ!?」
「え?私、何かおかしな事を言いましたか?」
「あ、いやいや。その、俺も友達に誘われて戦争部に入部することになったんだ」
「そうなんですか!」
「うん。明日、入部届をもっていくんだ」
沙綾やそれを聞いて、少し考えるような素振りを見せた。
「どうした?」
「いえ...私、もう一度お兄ちゃんを説得してみます」
「う、うん」
「雀さんも入部するなら楽しいに決まってます」
沙綾が目を輝かせながら雀に言った。
「では、雀さん、私は説得に行ってきます。明日、部室で会いましょう!」
そう言って沙綾は力強く歩いていった。
(四宮さんにお兄ちゃんがいるのか...ん?そういや四宮って確か戦争部にもいたよな...まさかな)
そんなことを考えていると、交差点の角に建つ、喫茶店『ルナ·ピエーナ』が見えてきた。雀はそのまま店の扉を押し開けた。
「椿さん、ただいまです」
「お、雀。お帰り」
雀が声をかけたのは三十代前半ほどの女性だ。名前を九条 椿といい、喫茶店『ルナ·ピエーナ』の店主をしていた。雀の叔母にあたる人物で、とある事情で雀の親代わりをしている。
「どうだった高校は」
「まぁ、楽しかったです」
椿は皿を洗いながら話す。
「それで?部活は何するの?」
「亮に誘われて戦争部にしました」
「へぇ、雀が『戦争』ねぇ」
感慨深そうに椿が言った。
「兄さん...つまり、雀のお父さんも昔『戦争』の選手だったのよ」
「は!?初耳何ですけど!」
「そりゃそうよ。今初めて言ったもの」
「...父さんのこと、初めて知りました」
「そうね...」
雀は小学1年生のときに事故で両親を亡くしていた。事故の後遺症か、両親を失ったショックによるものかはわからないが、病院で目を覚ました時には、名前以外のことはほとんど記憶をなくしていた。記憶をなくした雀を親族は気味悪がり、だれも引き取ろうとしなかった。そんな雀を無理言って引き取ったのが当時大学生だった椿だ。1人暮らしで生活が苦しかったにもかかわらず雀を引き取るということに、家族に猛反対を受けたが椿は譲らなかった。そして生活費や雀の学費の確保の為に知り合いにテナントを借り、喫茶店を始めた。その結果喫茶店『ルナ·ピエーナ』がオープンし、今では「美人店主の経営するお洒落な喫茶店」として町の有名スポットの1つになっている。
「あぁ、すいません。俺、あとやっとくんで椿さん先に上がっていいですよ」
重い空気を振り払うように雀が制服の袖を捲り、厨房に入った。
「ホントに?じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「あ、それと入部届出しとくんで保護者欄のとこ、書いといて下さい」
「ぁ......」
「どうかしましたか?」
「あ、いや。私、もう雀の保護者なんだなぁって」
「何言ってんすか。椿さんは何年も前から俺のただ1人の家族ですよ」
雀の言葉に椿の顔が綻んだ。
「雀も、気づかない立派に成長してたんだなぁ」
「え?なんて?」
「何でもないわよ」
雀を抱き寄せ、思いっきり頭をなで回した。
「ちょっ!椿さん、皿!落ちる!」
「おっと、ごめん!それじゃあ、私はお風呂に入ってくるから、片付け終わったらもう店閉めといてくれる?」
「了解です」
雀に一通り伝えると椿はそのまま二階の生活スペースにひっこんでいった。
「...戦争部、かぁ」
雀は戦争部への期待や、天木楓への不安など色々な事を考えながら喫茶店の片付けをこなしていくのだった。