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憧れのせんせい

 グラナード王国の西北に位置する小さな半島の中腹に、ドミナという町がある。王国北部の玄関口として、昼夜日時を問わず、活気にあふれている港町である。

「賑やかでいいですねぇ」

 その日も多数の人が行き来する表通りを、小柄で華奢な少女が一人歩いていた。腰まで伸びる艶やかな黒髪を、赤いリボンで一つにまとめており、歩くたびにふさふさと左右に揺れている。

「ケッ。いつもなら、喧しいって言うくせに」

 少女の言葉に異を唱える声がした。たくさんの人々が行き来しているとはいえ、少女と並んで歩く人物は見当たらない。にも関わらず、少女は何事もなかったかのようにその声に答える。

「たまには良いものなのです。人ごみに一緒に混じっていると、自分も賑やかになった気持ちになるのです」

「ケッ。寂しいやつだな」

 少女は黙って右手を頭の後ろにやり、髪の毛を結ぶリボンをぎゅっと掴んだ。

「痛てぇっ。てめぇこの、何しやがるっ」

「お店に入るから少し黙っていてくださいね」

 周りが賑やかなので、つい話し相手にでもと連れてきたけど逆効果だったかもしれない。少女――ミリアは後悔しつつ、一軒の料理屋の前で足を止めた。

 時刻は、お昼時をかなり過ぎた辺り。店内に人は少ない。

 それを確認して、ミリアは中に入った。

「いらっしゃい……ってミリアちゃん、久しぶり! よく来たねぇ」

「ヴィオおばさん、お久しぶりです」

 テーブルを拭いていた女主人とあいさつを交わして、ミリアは奥の席に座った。

「いつものカデナ亭シチューをいただけますか」

「あいよ。ミリアちゃんは食べっぷりがいいから作りがいがあるよ」

 カナデ亭を女手一人で切り盛りするヴィオは笑顔を残して、厨房へと消えた。

 ミリアは出されたレモン水をちびちびと飲みつつ、頬杖をついてぼんやり窓の外を行き来する人波を眺める。こういうぼんやりとした時間が、ミリアは好きなのである。

 しばらくして、湯気の立ったデミグラスソースが香ばしいシチューが運ばれてきた。

「いただます」

「はいよ。召し上がれ」

 ミリアは小食だが、食べ物を口にするときには幸せそうな顔を見せる。それを見るのが、ヴィオの楽しみでもあった。

 ヴィオはその姿を眺めつつ、レモン水をコップにつぎ足しながら、ミリアに話しかけた。

「食べ終わったら、レ・トルト頼めるかい? ハンバーグのストックが切れてこのところ大変なんだよ」

 ミリアは定職についてなく、余計な路銀は持たない。その代わり、たまに街に出ては、ちょっとした仕事を請け負って報酬を受け取ったり、生活必需品を手に入れたりしている。

 その一つとして、ここカナデ亭では、ヴィオが作った特製ハンバーグをレ・トルト保存する仕事を請け負っている。ちなみに、レ・トルトとは、料理を袋に詰めてその中の時間を止めることによって、料理を長期間保存できるという、ミリアオリジナルの魔法である。

 ヴィオ一人で切り盛りしているお店としては、特製ハンバーグを作り置きできるのは大助かりである。そして、その見返りとして、ミリアはレトルトしたハンバーグの一部を無償で分けてもらって、自身の食事に充てているのだ。

「そのつもりで来ました。けれどヴィオおばさん。私は進化したのです。ハンバーグ以外でも、レ・トルトしてみせるのです」

「そうかい。それじゃ今からたくさん作らないといけないから、逆に忙しくなるね。はっはっは」

 ヴィオが豪快に笑って厨房に向かおうとした時だった。二階の方からどたばたとした足音が響いてきた。その音を聞いて、ヴィオはため息をついた。

「すまないねー。ミリアちゃん」

「いえ」

 ミリアは軽く微笑んだ。

「ねぇねぇ。ミリア先生きているんでしょ。どうして教えてくれないのよっ」

「クレラ! ミリアちゃんは食事中なのよっ」

「いいじゃん。終わってからでいいからー」

 顔を出したのは、年の頃17、8歳の少女だった。

 ヴィオの一人娘、クレラである。母親のゆずりの赤髪を、耳の両脇で止めている活発そうな娘である。スタイルがよく、小柄で華奢なミリアと並ぶと、どっちが年上か分からないくらいだ。

「クレラちゃん。お久しぶりです。前に渡した課題は終わりましたか?」

「うん。この通り」

 クレラは小脇に抱えたノートをミリアに見せた。中を見るとびっしりと文字が記入されていた。内容は国の歴史から、有名小説の模写など、統一性はなく、文字も綺麗だったり雑だったりと、ばらばらである。

 ミリアが与えた課題は、内容は関係なく、文字でノートを埋めることだった。

「どう、すごいでしょ。頑張って全部埋めたんだよ」

 クレラが胸を張って答える。

 ぺらぺらとページをめくっていたミリアは、ノートを開いたまま机の上に置き、手のひらをかざした。彼女が小さくつぶやくと、文字がすうっと消えて、ノートが白紙へと戻った。

「えー。せっかく書いたのに」

「ダメですよ。真面目に魔法で書いたのは最初の三枚だけで、あとはずるをしましたね」

「わぁ。すごい。さすが先生。分かるんだー」

「はい。分かるのです」

 少し叱る口調で言ったのに、逆に目を輝かすクレラを見て、ミリアは苦笑いをする。

「良いですか? 魔法で字を書くから意味があるのですよ」

 シチューを食べていたスプーンを置いて、ミリアはたしなめるように語る。

 魔法に必要なのは、魔法を組み立てるための知識と、組み立てた魔法を発動するための魔力である。

 魔法の組み立て方――構成には、公式があっても、それが一つとは限らない。たとえば、光をともす魔法の場合、太陽の原理を利用する方法、光ゴケや蛍の原理を利用する方法、炎の明りを利用する方法など、様々な手段が存在する。それらはすでに先人が編み出したものである。魔法を使うものはそれらの公式のうち自分にとって楽なものを利用しているが、、他にも光が生まれる原理を知っていれば、それを利用することも可能である。

 だが、そられの知識を持ち合わせて、魔法を組み立てられても、それを再現する力がなければ、ただの妄想に終わってしまう。その力が、魔力と呼ばれている。火をともし続けるにも、燃料(魔力)がなくてはならないのだ。

「だって。疲れるしつまんないんだもん」

 クレラは口を尖らせた。

 魔法を使うことによって、インクを買わなくても文字が書ける。

 一見素晴らしいことに感じるが、ノート半分くらい記入したら魔力が尽きて息切れし、疲れもたまってしまう。それなら、普通にインクを買ってペンで書いたほうが早くて楽だったりする。

 魔法とはそういうものである。

「疲れないコツがあるのです。そういうときは、こうやって、ぱーっとやって、ぽいっとするといいですよ」

 ミリアが指先を軽く動かすと、空中に色鮮やかな「ぱーっとやってぽいっとする」という文字が浮かんだ。

「せんせい。すごいんだけど……よく分からないよ」

「ったく……こいつは、教えるというのに向いていないんだろ」

 後ろ髪を縛るリボンから、呆れた声がした。

 膨大な魔力を持ち、感覚で出来てしまうため、一般レベルの立場で教えるのが苦手という典型的な例である。

「うん。そうかな……って、髪の毛が喋ったぁっ?」

「うっせーな。髪じゃねーよ。リボンが喋ってんだよ」

「わぁっ。なにこれ? 腹話術じゃないよねっ。これも魔法なの、口はどこにあるの」

「ふはは。女よ。この俺様に興味を持ったか。ならば教え――」

 ミリアは無言で後ろ髪をまとめるリボンをぎゅっと掴んで、それからクレラを一瞥して、告げた。

「あの……クレラちゃん。シチューが冷めてしまうので……あとでね」

「はっ、はい――」

 ミリアの迫力に、クレラはおびえた様子ですごすごと奥へと下がっていった。


 ☆☆☆


「……私としては、怪しい世界に足を突っ込むより、カナデ亭を継いでほしいのですけどねぇ。ヴィオおばさんも一人では大変ですし」

「でもでも、せんせいみたいに、有名な魔法使いになりたいんだもんっ」

 大型船が停泊する港の公園を歩きながら、ミリアはこっそりとため息をついた。


 食事を終え、クレラが引っ込んでいるうちにヴィオとレ・トルトの作業をしていたのだが、彼女に見つかってしまい、ミリアは早々に仕事を切り上げ、あとでレ・トルトした食事をとりに行くとヴィオに告げて店を出た。

 そのあとを、当然のようにクレラが付いてくる。

 ミリアはクレラを苦手としていた。それはリボンが言っていたように、教えるのが苦手というのもあるし、今しがた口にしたように、魔法なんかを使うようになるより、カナデ亭の味を継いでほしい気持ちの方が強い。

 だが、クレラは「北の谷の魔女」にあこがれて、たまたま店にやってきたミリアに弟子入りというか、魔法の指南を申し出てきたのである。

「この世界は、そんなに甘いものではないですよ」

「はは。この女のだらけきった生活を見たら、そうは思わねえだろなぁ」

 またリボンから声が発せられた。

「ねぇ。ところでこのリボンは何なの?」

「リボンではないのです。『ヒモ』なのです」

 クレラが尋ねると、ミリアがきっぱりと答えた。

「……え、ひも?」

 リボンも紐も似たようなものだが、ミリアがやけに断言したので、クレラは首をかしげた。それを見て、ミリアはぽんと手を打った。――これは、彼女に魔法使いになる危険性を教えるチャンスかもしれないと。

「実はこの中には、悪魔が封じられているのです」

「悪魔?」

「はい。北の谷の奥に住んでおり、私の命を何度か狙って来たので、返り討ちにして封じたのです」

「――けっ」

 リボンから苦々しげな声が漏れる。

「男の方でしたので、せっかくですからと、女に養われると言われる『ヒモ男』にしてみたのです」

「ちっ。養うって、普段は箱に入れられ放置してるだけだろがっ」

「毎日だとやかましいのです」

 そんなやりとりを聞いて、クレラは感心した風にうなずいた。

「へぇ。よく分からないけど、やっぱりせんせいってすごいねー」

 その反応を見て、ミリアはしゅんとうつむいた。

「……怖がらせようとしたのですが。作戦失敗なのです……」

「って、今のどこが怖がらせようとしたんだよおい」

 リボン(ヒモ)から抗議の声が上がったが、ミリアはきっぱりと無視した。

「悪魔を封印しちゃうし、山賊も撃退しちゃうし、私もせんせいみたいな凄い魔法使いになりたいなー」

「クレラちゃんは、私の噂を知っているのですか」

「うんっ。たった一人で壊滅させて追い返したんだよね。格好良いよねっ」

「はい。壊滅させました。それはつまり、私が、賊とはいえ、たくさんの人を殺したということなのですよ」

「でも戦いって、そういうものでしょ」

 クレラはあっけらかんと答えた。

 その答えにミリアは絶句した。

「……ったく、一度こいつの前で、人を殺して見せてやればいいんじゃね?」

 リボン(ヒモ)が呟く。

「それもいいかもしれませんね……」

「ん? なんか言った?」

 ミリアとリボン(ヒモ)のやり取りを聞いて、クレラが振り返る。ミリアはそんな彼女の瞳をじっと覗き込むように見つめ、ぽつりと言った。

「せっかくですから、そうしましょうか」


  ☆☆☆


「……え?」

 ミリアが何を言ったのか分からず、クレラはぽかんとした。

 そんな彼女に背を向けるようにミリアは奥の路地を見つめる。その先には、抜身のナイフを携えた二人組の男が見えた。

「北の谷の魔女……だな?」

 二人組の片割れの口から、重く冷たい声が発せられる。

 ミリアは何も答えない。

 代わりに、背後にいるクレラに向かって、天気の話でもするかのように言った。

「いい機会ですので、クレラちゃんにお見せしますね」

「え? 何を……」

「人を殺すということを――」

 明らかな殺意を持った二人組は、確認の言葉を発した以外はなにも語らず、無言でじりじりと距離を縮めてくる。

 ミリアが、ふっと冷たく微笑んだ。

 ただ、

 それだけで。

 男の片割れの首から上が吹き飛んだ。

 首を失った身体が、上部から大量の鮮血をまき散らしながら、ゆっくりと地面に倒れた。

「ひっ――」

 衝撃的な光景に、クレラは悲鳴さえ上げられなかった。

 ショックを受けたのは片割れの男も同様のようで、先ほどまでの殺気はどこへやら、背を向けて逃げ出そうとした。

 が、すぐにうつ伏せに倒れた。いつの間にか、彼の左足から大量の血が吹き出ていた。

 地べたを這いずり回って苦しむ男のもとに、ミリアが無言のままゆっくりと歩み寄り、手のひらを男に向けた。

 ぼしゅ、という抜けた音とともに、男が一瞬として消し炭と化した。

 ミリアがゆっくりと振り向いた。その顔はいつもと変わらない。だが彼女の白い靴は、血だまりを踏んで付いた鮮血によって赤く染まっていた。

「――クレラちゃん。分かりましたか?」

「あ……あ……っ」

「これが戦闘というものです。人を殺すというものなのです」

 クレラの口から、ただ変な声だけが漏れる。

 何か言わなくてはいけない。そんな気持ちになっても口が追い付かない。ミリアの感情のない瞳から目がそらせない。そして――クレラの意識は途絶えた。


  ☆☆☆


「……幻覚とは。またえらく面倒なことしやがったよな」

「ええ。人に直接かける魔法には神経を使います。少々疲れました」

 気を失ったクレラをこっそりと彼女の自室に戻したミリアは、そのままドミナの町を出て、荒野の上空に浮かんでいた。

「これでもう、カナデ亭にはお邪魔できませんね。レ・トルトしたハンバーグも持ち帰れませんでしたし。違うお店を探さないといけないのです」

 ぷかぷかと空を飛ぶピンク色の球体――ギャギャバーに腰かけながら、ミリアはぽつりと呟いた。

「ったく、んな面倒なことするなら、適当に魔法を教えておけばよかったんじゃね? それともアレか。女には興味がないってか。もし若い男だったら、家に連れ込む気だったとか? けけけ」

 ミリアは無言のまま後ろ髪を縛るリボン(ヒモ)を一気に引き抜いた。上空の風に舞う黒髪を手で押さえながら、ミリアはそれをギャギャバーの中に押し込んだ。

「あなたはうるさいから嫌いです。やっぱりギャギャバーのほうがいいですのです」

 ミリアはむくれると、そっと腰を下ろす球体を撫でた。

 そして、そのまま手づかみでむぎゅっと引っこ抜き、それを口にした。

「あまり美味しくないですけど、おなか膨れますし」

 下でギャギャバーが目の色を変えて暴れているのは、いつものことだった。



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