君を好きになるには、私は遅すぎた
男性:40代前半。落ち着いた性格で、恋愛にはやや臆病。女性よりかなり年上。彼女を大切に思っているが、「自分が恋愛対象になる」とは考えていない。女性からの好意にもかなり鈍感。
女性:20代前半。自分の気持ちには素直。男性に対して明確な好意を持っている。露骨に迫るのではなく、日常の中で少しずつ距離を縮めようとする。
私は40を過ぎた辺りで恋愛とは胡乱なものとしていた。
これまでの人生において、女性との付き合いもそこまでなく、むしろ積極的な一面を見せつけられたことで少し臆病にもなっている。
だからなのか、職場でも合コンのような企画をする上司や後輩に誘われるが拒否してしまっていた。
女性と関わるのが嫌いというわけではない。ただ、私が臆病なだけなのだ。
「さて、仕事も終わったからいつものところで夕食をとろう」
仕事を終わらせて向かう先は、昔ながらの喫茶店。今働いている会社からもそこまで遠くない距離。ここで夕食をとり、ゆっくりするのがいい。
扉を開けば呼び鈴がチリンと鳴り、マスターが短く「いらっしゃい」と迎えてくれる。カウンターの席に着く。ふと、奥のカウンターを見ると女性が1人。私と目が合うと軽く会釈をする。思わず私も会釈を返す。社会人の癖でどうにも直せない。そこからはマスターと注文のやりとりをして夕食を摂り終えてから趣味である小説を少しずつ読む。ある程度時間が経ったら帰る
ある雨の日。いつも通り仕事を終わらせてから喫茶店に寄る。この日はいつもより喫茶店が混みあっていて、いつものカウンター席も他のお客に座られていた。マスターは私に気付くと「いらっしゃい、空いている席に座ってくれ」とてきぱきとした手さばきで注文されたメニューを作っている。
空いている席と言われてもほとんどの席が埋まっている。相席するのも忍びないし、相席される側も迷惑かもしれない。ここは一旦退散しよう……と、踵を返そうとしたところでテーブルの席で手を挙げている人がいることに気付いた。
「よろしければ相席でもかまいませんよ」
相席を許してくれたのはいつも喫茶店にいる女性であった。普段会話をしない女性だが、喫茶店にいつもいることから自然と相席を許してくれている気がした。
「ありがとうございます。では、失礼して……」
腰を下ろして初めて女性と対面する。私にも会釈をするあたり、感じのいい若い子だなぁという印象。相席を許してくれたのもそういうことなのだろう。
「よくオムライスとコーヒーを頼んでますよね」
どうやら、私がいつも頼んでいるメニューも知られているようだ。まぁよく喫茶店に会うこともあるから当然といえば当然か。
「ええ、今日もオムライスを頼もうと思いましたが、マスターが大変そうだから簡単なもので済まそうかと」
「ふふっ、やさしいですね。いつもこの時間にくるんですか?」
「ええ、仕事を終えてからここで夕食をとるのがルーティンになっているといいますかなんといいますか……」
「いいですね、そういうの」
その日は他愛のない会話をしながら過ごした。
それからというのも、喫茶店を訪れるたびに女性が度々私にあいさつをかわすようになってきた。きっかけが相席だったのはわかるが、私なんかと会話をしてもそこまで楽しくないだろうに……。
女性と会話をするようになってから何週間、何ヶ月と続いたが、その日はとある仕事で残業を頼まれてしまい喫茶店へ向かうことができなかった。その次の日に喫茶店に訪れると決まって女性がいるのだ。少しムスゥとしていたようにも見える。
「昨日は来なかったんですね」
「……待ってたの?」
「別に。たまたまです」
マスターもほくそ笑んだ表情をしているだけでなにも教えてくれそうになかった。はて……
しばらくして、私が席を立つと女性は少し声音を変えて私に言う。
「あの、また一緒に帰りませんか?」
このやりとりを繰り返しているうちに私と女性は何度か帰路を同じくして電車で別れるといったことをするようになっていた。電車までであれば私も特段、気にすることはないので「いいですよ」と軽く告げる。
電車までの帰路
「今度、あのお店行ってみませんか」
と、女性が指さすところは少しお洒落なレストランだ。どういった意図があるかはわからないが、休日にならいいだろうと軽く考えていた。
「(私みたいな年上と話す方が気楽なんだろう)」
若い方にもそういう考えを持っている人は少なからずいる。それに、私も会社の人との付き合いのある食事よりは気楽だ。
休日、予定どおりにお洒落なレストランを訪れる。私は年相応な無難な服装で来たが、女性は少しばかりお粧しをしていた。
「あなたと話していると、なんだか安心するんです」
「ありがとう、私もあなたとなら気楽でいいですよ」
少し女性の頬が赤かったのはお化粧のせいかもしれない。
しばらく、彼女とやりとりしていくうちに、私の中で少しずつ変化があった。去り際に微笑みながら別れたりと、何気ない仕草をしばらく見つめている自分がいた。ハッと気付いて口元に手を置いて考える。
「(私は、彼女のことが好きなのかもしれない)」
だが、この喜びを享受していいのか考え始めた。私と彼女の間には20程の歳の差がある。
「遅すぎる……」
彼女にはこれから先、いくらでも人生がある。自分と付き合うことがあれば、彼女の選択肢を狭めてしまうかもしれない。彼女だけを取り残してしまうことだってある。
喫茶店はしばらく行かないようにしようか……。
1週間ぶりに喫茶店を訪れる。相変わらずマスターは「いらっしゃい」と出迎えてくれる。カウンター席に座りコーヒーを頼む。彼女がいつもいた奥のカウンター席を見る。彼女はいなかった。それはそうだと納得した。連絡もせずに1週間も間を空けてしまったのだ。いなくてもおかしくはない
すると、呼び鈴がチリンと鳴りマスターが「いらっしゃい」と出迎えた。振り向くとそこに彼女が立っていた。私の前にゆっくりと歩み寄り、隣の席に座る。
「どうして最近、ここにきてくれなかったんですか?」
素朴な疑問、至って当然な質問だ。私がこの感情に素直になってよいものかとしばらく黙り、疑問には答えずに質問をしてしまった。
「君は……私のことを、どう思っているんだい?」
息を着く間もなく彼女は「好きです」と応えた。
「最初は食事をして読書だけしている人だなぁだったけど、マスターと気軽に話してるのが気になって、雨の日に思い切って誘ってみたんです。そしたら、すごく気さくに話題を出してくれるし、私の知らないこととかも教えてくれるいい人だなぁって」
そこから彼女は私に好意を持ってくれているのをようやく感じた。
「喫茶店での話だっていつも楽しくて、おしゃれなレストランで私のことを褒めてくれたり。とても嬉しかったんですよ」
彼女が今まで見せていた行動も、言葉も、全部が「好き」を伝えてくれていた。
「だから最近のことも私を嫌いだから離してたんじゃなくて、何か悩んでるんだって納得しました」
私が「彼女が私なんかを好きになるはずがない」と決めつけていたのだ。
それでも、私は
「君はまだ若い。私なんかじゃなくても--」
「私が誰を好きになるかまで、勝手に決めないでください」
語気を強めて、私の言葉に重ねてくる。年齢差を理由に彼女の意思まで否定していた。
口元を覆う。私は今彼女に見せれるような表情はしていないだろうから。
「君を好きになるには、私は遅すぎた」
「ふふっ、じゃあ今からでもいいじゃないですか」
恋愛を始めるのに、遅すぎるということはなかったのかもしれない。外では少し雨足が強くなったのかしきりに窓に雨が当たっている。雨音の向こうで、店の環境音が静かに音を奏でる。
私はコーヒーを一口飲んだ。少し冷めてしまったその味が、今は不思議なくらい心地よかった。
隣の彼女に言う
「もう少しだけ、ここにいてもいいかな」
「もちろんです」
--君を好きになるには、私は遅すぎた。
それでも今、君の隣にいる。
それだけで、十分だった。




