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炭鉱奴隷の俺、古代兵器「鉄騎」を発掘してしまい女王に利用される  作者: お湯
学園編

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18/19

学園到着


馬車が止まったのは、城からさらに外れた高台だった。


 車輪の軋む音が止まった瞬間、ふっと耳が寂しくなる。

 城下町のざわめきは、もう届かない。人の声も、商人の呼び声も、遠くに置き去りにされたみたいだった。


 代わりに聞こえてくるのは、風の音だ。

 高台特有の、遮るもののない風。布をはらませ、馬車の屋根を撫で、低く唸るように吹き抜けていく。


 私は無意識に、膝の上で指を組み直していた。


 窓の外に見えたのは、城壁に囲まれた小さな城のような建物群だった。


 最初に目についたのは、壁の高さ。

 思っていたより、ずっと低い。


 城壁として考えれば、頼りない。

 でも、その壁は「守る」ためというより、「区切る」ためにあるように見えた。


 ――ここから先は、別の場所ですよ。


 そう、静かに告げているみたいだった。


 尖塔は低く、空に突き刺さるようなものはない。

 飾り気もなく、彫刻も、家紋も、金の装飾も見当たらない。


 その代わり、すべてがきちんと配置されている。


 建物同士の距離。

 通路の幅。

 視線の抜け方。

 見張り塔の位置。


 無駄がなく、理屈で組み立てられた景色だった。


 貴族の屋敷みたいに「見せる」ためでもなく、

 軍の施設みたいに「威圧する」ためでもない。


 実用一点張り。


 それが、なんだか落ち着かなかった。


「……ここが、学園?」


 誰かが、小さく声を漏らした。


 私も、同じことを思っていた。

 けれど、口に出す勇気はなかった。


 貴族の屋敷とも違う。

 軍の駐屯地とも違う。


 どちらにも似ているのに、どちらでもない。


 貴族の屋敷にあるはずの、誇らしさがない。

 軍の施設にあるはずの、威圧感も薄い。


 それなのに、胸の奥が、ざわざわする。


 まるで、余計なものをすべて削ぎ落とした結果、

 大事な部分まで剥き出しになってしまった場所みたいだった。


 馬車の扉が開く。


 外の光が、一気に差し込んでくる。

 眩しくて、思わず目を細めた。


「到着だ。降りろ」


 近衛騎士の声は、淡々としていた。

 子供扱いするわけでも、威圧するわけでもない。


 ただ、事実を告げる声。


 それが、逆に新鮮だった。


 ――命令されるのに、嫌な感じがしない。


 そう思ってしまった自分に、少し驚く。


 地面に降り立った瞬間、私は思わず周囲を見回した。


 ――鉄騎が、並んでいる。


 学園の外壁沿いに、何機もの鉄騎が整然と立っていた。

 距離はきっちり揃えられ、向きも同じ。


 まるで、展示品みたいに。


 でも、すぐに違和感に気づいた。


「……色、変じゃない?」


 誰かが、戸惑ったように言った。


 私も、同じところを見ていた。


 オレンジ色。


 明るくて、目立つ色。

 貴族の誇りも、家柄も、歴史も感じさせない色。


 貴族の家の鉄騎は、基本的に無塗装か、家紋色だ。

 錆びさえも「積み重ねてきた時間」として大切にされる。


 こんな色で塗られるなんて、聞いたことがない。


 さらに近づいて、はっきり分かった。


 胸部装甲がない。

 肩部装甲も外されている。


 内部フレームが、そのまま露出している。


 鉄の骨組みが、剥き出しだ。


 ――なんだか、見ちゃいけないものを見ている気がする。


 血管の浮いた筋肉を、真正面から見せられているみたいで、

 思わず視線を逸らしたくなった。


「訓練用鉄騎だ」


 説明役の騎士が、感情のない声で言った。


「基本構造、駆動系、脚部、腕部は量産型サクスと同一。ただし防御装甲は省略している。見た目以外は、ほぼ同じだと思っていい」


 子供たちの間に、ざわめきが広がる。


 ――同じ。


 つまり、家にある鉄騎と、同じ系統。


 それを、「訓練用」として、ここに並べている。


 扱っている、ということは。


 触れる。

 動かす。

 ……乗る。


 喉が、きゅっと鳴った。


「それと、もう一つ」


 騎士は、間を置かずに続ける。


「これらに使われているコクピットモジュールは、セキュリティ機構が機能していない」


 一瞬、意味が分からなかった。


 頭の中で、言葉が滑る。


 でも、次の一言で、はっきり理解してしまった。


「家系認証も、所有者制限もない。

 ……要するに、誰でも乗れる」


 息を呑む音が、いくつも重なった。


 私も、その一人だった。


 鉄騎は、家の象徴だ。

 家名と結びついた、力そのもの。


 それを――誰でも?


 冗談であってほしかった。

 でも、騎士の顔は真剣で、揺るぎがない。


「安心しろ。実戦用の武装は存在しない。

 制御も訓練用に制限されている。だが、操縦感覚は本物だ」


 私は、オレンジ色の鉄騎を見上げた。


 大きい。

 無骨で、冷たいはずなのに。


 胸の奥が、ざわざわする。


 怖い。

 でも、少しだけ……期待している自分もいる。


 その感情が、いちばん怖かった。


 建物の中に案内され、広間に通される。


 そこで、制服が配られた。


「……これが、学園の制服?」


 白を基調にした制服。

 布地は丈夫そうで、動きやすそうだ。


 でも、何より目につくのは――。


 家紋が、ない。


 どこにも。

 一切、示されていない。


 胸が、きゅっと縮む。


 サイズは、驚くほどぴったりだった。

 まるで、最初からここに来ることが決まっていたみたいで、落ち着かない。


「全員、平等だ」


 教官らしき人が、はっきりと言った。


「この学園では、家名は意味を持たない。

 成績と実力だけが評価基準になる」


 空気が、ざわりと揺れる。


 不満そうな顔。

 不安そうな顔。

 そして、ほんの少し、目を輝かせている子。


 私は、どれでもない顔をしていたと思う。


 着替えを終え、寮へ案内される。


 二人部屋だった。


 豪華じゃない。

 でも、清潔で、必要なものは揃っている。


 机。

 ベッド。

 収納。


 余計なものが、ない。


「……一人じゃないんだ」


 思わず、口から零れた。


 実家では、部屋はいつも一人だった。

 同年代の子と、同じ空間で眠るなんて、想像もしていなかった。


「よろしく」


 同室になった子が、少し緊張した声で言う。


「あ、うん……よろしくね」


 それだけで、どっと疲れが押し寄せた。


 荷物を置いて、窓から外を見る。


 訓練場が見えた。

 オレンジ色の鉄騎が、すでに何機も動いている。


 ぎこちなく歩くもの。

 止まりきれずに、慌てるもの。


 その中に、一機だけ、やけに落ち着いた動きをする鉄騎があった。


 護衛で見た、あの感覚。


「……ハイド、なのかな」


 姿は見えない。

 でも、なぜか分かる。


 この学園は、ただの貴族教育施設じゃない。


 鉄騎を、血筋から切り離す場所。

 操縦を、特権から技術に変える場所。


 女王が、何を考えているのか。

 少しだけ、分かった気がした。


 制服の袖を、ぎゅっと握る。


 ――逃げられない。


 でも。


 逃げなくてもいい場所かもしれない。


 窓の外で、オレンジ色の鉄騎が、夕陽を受けて静かに立っていた。



———————————————


 


 訓練場は、城の工房よりも広かった。


 地面は踏み固められた土で、ところどころに鉄板が敷かれている。

 転倒時の損傷を抑えるためだと説明されたが、見た目はほとんど野外の闘技場だ。


 視界を遮るものが少なく、すべてが見渡せる。

 逃げ場も、隠れ場もない。


 ハイドは、量産型鉄騎――サクス型のコクピットに立っていた。


 立っている。


挿絵(By みてみん)


 それだけで、違和感が強い。


(……やっぱり、違う)


 デュークは着座式だ。

 背中と腰で機体を受け止め、重さを共有する。


 だが量産型は違う。

 吊り下げ式で、身体は宙に浮いたまま。

 足裏の感覚だけが、かろうじて地面と繋がっている。


 身体の重心が、常にずれている。


 少し姿勢を誤るだけで、脚部の反応が遅れる。


「……難しいな」


 思わず、声が漏れた。


 教官の言葉が、頭をよぎる。


――量産型は、身体で乗る機体だ。

――立ち方を誤れば、どれだけ力があっても意味がない。


 最初の一歩で、それを理解した。


 踏み出した脚が、わずかに外へ流れる。

 転ぶほどではないが、感覚が合わない。


(デュークなら……)


 考えかけて、すぐに打ち消す。


 ここでは、それは関係ない。


 代わりに思い出すのは、城で受けていた訓練だ。


 背筋を正され、

 肩の角度を直され、

 ただ「立つ」ことだけを繰り返した日々。


 意味が分からなかった。

 鉄騎に乗るのに、人間の立ち方が必要だとは思えなかった。


 今は、違う。


 ハイドは、わざと一度、動きを止めた。


 足裏に意識を集中させる。

 地面にかかる圧。

 左右の偏り。


(……同じだ)


 人間の身体と、鉄騎の脚は違う。

 だが、重さの流れは似ている。


 次の一歩は、さっきより安定した。


「よし……」


 サクス型は、マスタースレイブ式。

 身体の動きをなぞるが、完全一致ではない。


 レバーも、最低限しかない。


 教官の言葉が、また浮かぶ。


――強く握るな。

――人間の力で足りる。


 理由はすぐに分かった。


 圧をかけすぎると、指が過剰に閉じる。

 最悪、自分でグリップを破損する。


 弱すぎれば、武装を落とす。


(……加減を覚えろ、ってことか)


 量産型は、力を誇示する機体じゃない。

 感覚を合わせるための機体だ。


 何度か動かすうちに、身体が慣れてくる。


 気づけば、他の生徒よりも安定していた。


「……あれ、上手いな」


 誰かの声。


 ハイドは反応しない。

 褒められることに、まだ慣れていなかった。


 その時、隣の区画が目に入る。


 イーリスだ。


 同じ訓練生。

 同じ量産型。


 だが、動きが違う。


 無駄が、ない。

 迷いも、揺れも、ない。


 次の瞬間、理解した。


(……人間の感覚で、動かしてない)


 彼女は、機体に直接触れている。


 重量分布。

 関節負荷。

 接地圧。


 すべてを即座に把握し、最適解を選ぶ。


 量産型だろうと、関係ない。

 違いは、誤差だ。


 教官たちが、言葉を失う。


「……同じ生徒、だよな?」


「規定上は、な」


 イーリスは、何事もないように列に戻る。


 特別扱いを求めず、指示を待つ。


 ハイドは、視線を戻した。


(比べるな)


 彼女は、ああいう存在だ。

 自分は、人間だ。


 それでいい。


 量産型鉄騎は、確かに動く。

 自分の立ち方で。

 自分の意思で。


 ハイドは、もう一度踏み出す。


 今度は、迷いなく。


 ここは、儀式の場じゃない。

 見せ物の舞台でもない。


 操縦を、技術に変える場所だ。


 そう理解した瞬間、

 ハイドは初めて、この学園で呼吸が楽になった。

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