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炭鉱奴隷の俺、古代兵器「鉄騎」を発掘してしまい女王に利用される  作者: お湯
学園編

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16/18

馬車の速度


 朝は、まだ冷えていた。


 城門の前に並ぶ馬車は、全部で三台。

 どれも装飾は控えめだが、造りは頑丈で、車輪も太い。


 中に乗っているのは、学園へ送られる貴族の子供たちだと聞かされている。


 ハイドは、その馬車を見下ろしていた。


 正確には――

 鉄騎の操縦席から。


 デュークは、城門の外で膝を軽く曲げ、待機している。

 直立しているが、いつでも動ける姿勢。


 馬車の御者が、ちらりとこちらを見る。

 視線が合うと、すぐに逸らされた。


 無理もない。

 鉄騎は、近くに立たれるだけで圧迫感がある。


「……護衛、だよな」


 ハイドは、誰に言うでもなく呟いた。


 近衛騎士としての、最初の仕事。

 だが、敵が出るとは限らない。


 むしろ、出ない方が普通だ。


 だからこそ、この仕事が回ってきたのだと、女王は言っていた。


 ――走り過ぎるな。

 ――置いていくな。

 ――馬車の速度で動け。


 言われたことは、それだけだ。


 御者が合図を出し、馬車が動き始める。


 がらがらと音を立てて、城門を抜ける。


 ハイドは、レバーに軽く手を置いた。


 倒し過ぎない。

 力を入れ過ぎない。


 デュークの足が、ゆっくりと前に出る。


 馬車を追いかけるように走る。


 それが、最初の感覚だった。


 並走ではない。

 先行でもない。


 少し後ろ。

 少し横。


 何かあれば、すぐ前に出られる位置。


 足裏が、地面を確かに捉える。

 新調された滑り止めが、土を噛む。


 馬車道は、整備されているとは言い難い。

 石と土が混じり、ところどころ轍が深い。


 だが、デュークは崩れない。


 跳ばない。

 踏み荒らさない。


 馬車の邪魔をしない速度で、ただ走る。


 ハイドは、ふと思った。


(……速い)


 馬車の速度自体は、決して速くない。

 だが、それを保ち続けるのは、意外と難しい。


 炭鉱では、速さよりも重さが大事だった。

 一歩一歩を確実に踏むこと。


 今は違う。


 合わせる。

 相手に。


 道が緩やかに下り始める。


 馬車の速度が、少し上がる。


 ハイドは、レバーをほんのわずかに倒す。


 それだけで、デュークは応える。


 走りはするが、地面を蹴りすぎない。

 足裏が、転がるように前へ出る。


 視界の端に、別の鉄騎が映った。


 サクス型だ。


 同じく護衛として配置されている。


 四本腕のシルエット。

 四角い頭部。


 動きは、デュークとよく似ている。


 跳躍はしない。

 突進もしない。


 馬車の速度に合わせて走る。


 サクス型も、元は戦場の機体だ。

 だが、今は戦っていない。


 守っている。


 ハイドは、それが少し不思議だった。


 鉄騎は、戦うものだと思っていた。

 岩を砕き、敵を倒すものだと。


 だが、今は――


「……静かだな」


 通信装置はない。

 声は、誰にも届かない。


 だが、操縦席の中で、

 ハイドは初めて、余計なことを考えていた。


 馬車の中には、貴族の子供がいる。


 学園へ行くのだという。


 勉強をして、

 鉄騎の操縦を学び、

 王国を背負う存在になる。


(……俺は)


 炭鉱しか、知らない。


 机も、文字も、礼儀も知らない。


 ただ、地面の硬さと、

 崩れる音だけを覚えてきた。


 馬車が、少しだけ揺れる。


 御者が手綱を引き、速度を落とす。


 前方に、橋が見えた。


 木と石で組まれた、簡素な橋。


 サクス型が、一歩前に出る。


 橋の入り口に立ち、

 周囲を警戒する。


 ハイドは、その少し後ろにつく。


 デュークの足が、橋板を踏む。


 きしり、と音が鳴る。


 重さに耐えている。

 だが、問題はない。


 馬車が、一台ずつ橋を渡る。


 ハイドは、視線を下に向けた。


 川だ。


 浅いが、流れは早い。


(……落ちたら、終わりだ)


 それは、鉄騎でも同じだ。


 重すぎる。

 起き上がれない。


 だから、走る。

 跳ばない。

 無理をしない。


 全ては、馬車のためだ。


 橋を渡り切ると、

 道は再び平坦になる。


 サクス型が元の位置に戻る。


 護衛の形が、自然と整う。


 ハイドは、少しだけ息を吐いた。


(……これが、仕事か)


 敵と戦わない。

 何も起きない。


 ただ、走り続ける。


 だが、その間、

 馬車は無事で、

 誰も傷つかない。


 それでいい。


 デュークは、今日も地面をしっかり掴んでいる。


 速すぎず、遅すぎず。


 馬車の速度で走る鉄騎。


 それが、近衛騎士ハイドの、最初の仕事だった。


 道は、少しずつ細くなっていた。


 学園へ向かう馬車道は、街道ほど整備されていない。

 草が伸び、石が露出し、ところどころで道が歪んでいる。


 馬車は速度を落とし、

 それに合わせて、ハイドの鉄騎――デュークも歩幅を詰めた。


 護衛の形は変わらない。


 前方にサクス型。

 左右にそれぞれ一機ずつ。

 ハイドは、最後尾。


 馬車を追いかけるように、

 しかし決して追い抜かない距離。


 その時だった。


 前方のサクス型が、急に歩みを止めた。


 完全停止ではない。

 だが、進路を遮るような位置取り。


 ハイドは、反射的に足を止める。


 視界の先――

 道の脇、低い丘の向こうから、別の鉄騎が姿を現した。


 サクス型ではない。


 装甲は粗く、色もまちまち。

 腹部の構造は似ているが、補修の仕方が違う。


 明らかに、私有機。


 そして、開くコクピットに人影。


 鎧を着た男。


挿絵(By みてみん)


 貴族だと、一目で分かる。


 背筋の伸び方と、

 周囲を見る目の使い方が違う。


 馬車が、止まる。


 御者が、振り返る。

 中の子供たちが、ざわつく気配。


 ハイドは、胸の奥が少し重くなるのを感じた。


(……敵、か?)


 だが、武器を構えていない。


 相手の鉄騎も、

 こちらに向けて踏み込む様子はない。


 ただ、道を塞いでいる。


 サクス型の護衛が、ゆっくりと前に出る。


 両腕を広げ、威圧する姿勢。


 貴族の男が、声を張り上げた。


「その馬車を止めろ!」


 空気が、張り詰める。


「我が子を、そんな学園などに送らせるものか!」


 ハイドは、操縦席の中で、眉を寄せた。


 学園。

 貴族の長子を集め、教育する場所。


 女王が決めたことだ。


「鉄騎の操縦など、王家の私兵を育てるだけだ!」


 貴族は、続ける。


「我が家の跡継ぎを、

 そんな危険なものに関わらせるわけにはいかん!」


 サクス型の護衛は、動かない。


 代わりに、低い声が返る。


「道を開けろ。

 これは女王陛下の命による移送だ」


「ならば、力ずくで止める!」


 その言葉と同時に、

 私有の鉄騎が一歩踏み出した。


 地面が揺れる。


 だが、攻撃ではない。

 ただ、存在を誇示する動き。


 ハイドは、レバーに手をかけた。


 心臓が、少し速くなる。


(……壊すな)


 決闘とは違う。


 ここでは、倒してはいけない。

 殺しても、壊してもいけない。


 通すことが、目的だ。


 ハイドは、デュークを前に出した。


 サクス型の横に並ぶ。


 騎士のような細身の機体が、

 ゆっくりと姿を現す。


 貴族の男が、こちらを見る。


「……あれが、炭鉱上がりの近衛か」


 侮蔑が混じった声。


 ハイドは、何も言わない。


 言葉は、要らない。


 レバーを、ほんの少し倒す。


 デュークが、歩く。


 一歩。

 二歩。


 相手の鉄騎の間合いに、入る。


 その瞬間、

 相手が腕を上げた。


 殴る気だ。


 ハイドは、跳ばなかった。


 避けない。


 受け止める。


 デュークの腕を、前に出す。


 ぶつかる。


 金属同士が、鈍い音を立てる。


 だが、衝撃は殺されている。


 相手の拳は、止まった。


 ハイドは、そこで初めて力を入れた。


 押す。


 ただ、押す。


 殴らない。

 振り回さない。


 足を前に出し、

 体重をかける。


 新調された足裏が、地面を噛む。


 相手の鉄騎が、後ずさる。


「なっ……!」


 貴族の声が、揺れる。


 ハイドは、さらに一歩踏み込む。


 肩を、相手の胸部装甲に当てる。


 押し倒さない。

 だが、立て直す余地も与えない。


 バランスが、崩れる。


 相手の鉄騎が、片膝をついた。


 その瞬間、

 別のサクス型が動いた。


 四本の腕が、同時に伸びる。


 拘束。


 関節を抑え、

 動きを封じる。


 攻撃ではない。

 制圧だ。


「やめろ! やめろ!」


 貴族の男が叫ぶ。


「これは、我が家の問題だ!」


 ハイドは、そこで初めて口を開いた。


「……子供は、馬車にいる」


 声は、小さい。


 だが、鉄騎の外部スピーカーを通して、

 はっきりと響いた。


「ここで止めても、

 子供は守れない」


 沈黙。


 貴族の男は、言葉を失った。


 ハイドは、続ける。


「ここで暴れたら、

 子供は、学園に行かなくても、

 別の場所で傷つく」


 それは、脅しではない。


 事実だ。


 炭鉱で、何度も見た。

 大人の都合で、子供が壊れる場面を。


 サクス型の拘束が、強まる。


 私有鉄騎は、完全に動けない。


 貴族の男は、力なく肩を落とした。


「……分かった」


 その声は、さっきよりも小さい。


「通れ」


 道が、開く。


 サクス型が拘束を解き、

 一歩下がる。


 ハイドも、デュークを後退させた。


 馬車が、再び動き出す。


 ゆっくりと、

 何事もなかったかのように。


 ハイドは、最後尾に戻りながら、

 自分の手を見た。


 震えてはいない。


 だが、

 決闘の時とは、違う疲れがあった。


(……壊さない戦い)


 それは、

 岩を砕くより、

 敵を倒すより、

 ずっと難しい。


 馬車は、進む。


 中には、子供がいる。


 その事実だけが、

 ハイドの足を、前に出させていた。

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