初めての決闘
その日、王都の空気はいつもより重かった。
王城の一角、古い石造りの回廊に面した会議室。そこに集められたのは、王国でも指折りの家柄を誇る貴族たちだった。彼らは皆、共通して一つの言葉を口にしないまま、しかし同じ対象を意識していた。
――ハイド。
名も素性も曖昧な、鉱山から拾い上げられた男。
女王シャルロットが目をかけ、鉄騎に乗せ、ついには「近衛騎士にする」と言い出した存在。
「……馬鹿げている」
最初に沈黙を破ったのは、白髪混じりの壮年の貴族だった。
レオポルト・グランヴィル侯爵。保守派の筆頭格であり、代々王国軍の中枢を担ってきた名門である。
「教育も礼儀も知らぬ男を、女王直属の近衛に? 冗談ではない」
同席する貴族たちも、無言のまま頷く。
彼らにとって近衛騎士とは、単なる武装要員ではない。
それは血統と教育、家格によって選ばれる“王国そのものの象徴”だった。
ましてや今度設立されるという学園――
貴族の長子を集め、次代の支配者と鉄騎操縦者を育てる施設。
そこに「ハイドを入れる」という話は、彼らの価値観を根底から踏みにじるものだった。
「女王陛下は、感情で国を動かしておられる」
若い伯爵がそう言うと、別の者が苦々しく続ける。
「暗殺を防いだ功績は認めよう。だが、それと“近衛”は別だ」
「鉄騎に乗れるだけで貴族になれるなら、我々は何のために代々教育を施してきた?」
会議室には、怒りというよりも“恐れ”が満ちていた。
ハイドの存在は、彼らの正当性を揺るがす。
血ではなく、実力で選ばれるという前例を作ってしまえば――
次は自分たちの子供が、無名の誰かに居場所を奪われるかもしれない。
「だからこそ、決闘だ」
レオポルト侯爵が低く言った。
「女王陛下は、こちらの反対を承知の上で“決闘”を認められた」
「勝てば、あの男は近衛になる。負ければ――話は終わりだ」
それは、表向きは古き慣習に則った公平な判断。
だが彼らは知っていた。
決闘とは、形式を整えた処刑にもなり得るということを。
「相手は誰が出る?」
誰かが問うと、侯爵は一瞬だけ視線を伏せた。
「我が家の次男だ。
量産型鉄騎サクス型の操縦経験は十分。模擬戦も実戦もこなしている」
ざわめきが走る。
サクス型は量産機とはいえ、マスタースレイブ式の制御を理解していなければ扱えない。
射撃時は自動制御とはいえ、照準と状況判断は完全にパイロットの責任だ。
「拾い物の男に、勝てるはずがない」
誰かがそう言った。
しかし、その言葉にはどこか自分に言い聞かせるような響きがあった。
彼らは既に知っている。
ハイドが、訓練を受けていないにもかかわらず、異常な適応力を見せていることを。
だからこそ、恐れている。
会議が終わり、貴族たちはそれぞれの屋敷へと戻っていった。
だがその背中には、かつてない不安が張り付いていた。
⸻
一方、別室。
若い騎士服の男が、静かに剣の手入れをしていた。
グランヴィル侯爵家次男、アルベルト。
彼は父ほど激情的ではなかった。
むしろ冷静で、理知的な青年だった。
「……ハイド、か」
名を口にした瞬間、胸の奥がわずかに軋む。
彼は知っていた。
あの男がどんな環境で生きてきたのか。
どんな傷を身体に刻んでいるのか。
それでも、決闘に出ることを拒まなかった。
それが貴族としての役目であり、
そして――自分自身が、試される場でもあるからだ。
「勝たねばならない」
アルベルトは呟く。
だがそれは、ハイドを見下す言葉ではなかった。
「もし負ければ……
この国は、本当に変わる」
剣を鞘に収め、立ち上がる。
決闘は、ただの私闘ではない。
旧い王国と、新しい王国の境目なのだ。
そのことを、彼は誰よりも理解していた。
夜の王城の向こうで、
まだ何も知らぬハイドが眠っている。
そして女王シャルロットは、
すべてを承知の上で、この一戦を用意した。
運命の歯車は、もう戻らないところまで回り始めていた。
了解しました。
王城外縁に設けられた決闘場は、元は鉄騎の試験用区画だった。
円形に切り出された岩盤、周囲を取り囲む観測席、そして中央に設置された二基分の機体係留ポイント。ここは「騎士の名誉」を賭けるには過剰なほど無骨で、だが鉄騎同士をぶつけるには相応しい場所だった。
早朝にもかかわらず、場内には既に多くの貴族が集まっていた。
保守派を中心とした彼らは、興奮と不安、そしてわずかな苛立ちを胸に抱えていた。
理由は一つ。
「……見たか?」
誰かが、低く囁いた。
決闘場の片隅、格納柵の中。
本来ならばパイロットが搭乗して初めて起動するはずの鉄騎が――
動いていた。
重々しい金属音を立て、ゆっくりと姿勢を変える機体。
関節が微調整され、頭部が左右を確認するように動く。
「搭乗者は……いないはずだろう」
「記録では、あの機体は――」
ざわめきが広がる。
それは主人公、ハイドの鉄騎。
デュークと呼ばれる機体だった。
外見は、明確に騎士を模している。
細身のフレーム、無駄を削ぎ落とした装甲線、そして人型としての均整。
量産型サクスと並べれば、その違いは一目瞭然だった。
サクス型は、いかにも「兵器」だった。
胸部から前方に突き出した、腹袋のような装甲。
頭部もまた象徴的だ。
角張った四角形、まるで鉄製のバケツを被せたかのような形状。
視界確保と装甲厚を優先した、実用一辺倒の設計。
一方、デューク。
腹部の形状そのものは、サクス型と同系統であることが分かる。
重心配置、動力ラインの取り回し――根は同じ技術だ。
だが、決定的な違いがあった。
胸から伸びる“腹”が存在しない。
装甲は胸部に収まり、前方へ突き出していない。
そのため全体が引き締まり、まるで本物の騎士が鎧を纏っているかのような印象を与える。
「同系統……だが、別物だな」
「なぜ量産型から、ここまで……」
保守派貴族たちは、無意識に距離を取っていた。
それもそのはずだ。
デュークは、パイロットなしで動いている。
機体が周囲を“観察”しているように見える。
「自律制御だと?」
「そんなもの、王国の技術水準では――」
否定の言葉は、誰の口からも続かなかった。
なぜなら、目の前で“起きている”からだ。
そこへ、静かな足音が響いた。
「……見学は、そこまでにしてくださいませ」
女王シャルロットだった。
淡い色のドレスに身を包み、だが表情は冷静そのもの。
その背後には近衛兵が控えている。
「決闘前の機体確認は、規定通り終了です」
「以降は、正式な開始時刻をお待ちください」
有無を言わせぬ声音だった。
貴族たちは渋々下がる。
だが、彼らの視線は最後までデュークから離れなかった。
⸻
決闘開始まで、あと僅か。
反対側の係留ポイントでは、サクス型が準備を整えていた。
腹のように突き出した胸部装甲の奥で、動力炉が低く唸る。
搭乗するのは、グランヴィル侯爵家次男、アルベルト。
彼は操縦席に収まり、深く息を吐いた。
「……落ち着け」
モニター越しに見るデュークは、異様だった。
細身で、洗練され、そして――どこか“生き物”めいている。
『サクス型、起動確認』
『マスタースレイブ接続正常』
『射撃系統、自動制御スタンバイ』
いつも通りの音声。
慣れ親しんだはずの感覚。
だが今日は、違う。
相手が、違う。
「搭乗者が……遅いな」
アルベルトは呟いた。
その瞬間だった。
デュークの胸部装甲が、静かに開く。
中から現れたのは、ハイドだった。
無駄な動作は一切ない。
慣れた様子で操縦席に身を収め、装甲が閉じる。
――その一連が、あまりにも自然だった。
『デューク、有人制御に移行』
『操縦系統、切替完了』
それでも、完全に“無人だった時間”の異様さは消えない。
「……やはり、普通ではない」
アルベルトは、操縦桿を握り直した。
⸻
号砲が鳴る。
『決闘を開始する』
王国の古き慣習に基づく、正式な一騎打ち。
サクス型が一歩踏み出す。
重量級の機体が地面を踏み砕き、砂塵が舞う。
対するデュークは、静かだった。
だが、次の瞬間。
滑るように動いた。
歩行ではない。
蹴り出し、踏み替え、最小限の接地。
「速い……!」
アルベルトが驚愕する。
量産型とは思えない反応速度。
いや、それ以上に――操縦の“癖”がない。
まるで、機体そのものが判断しているかのような挙動。
アルベルトは操縦桿を切り替え照準を合わせる。
サクス型の射撃腕が自動で追従し、照準線がデュークを捉える。
だが、引き金を引く直前。
デュークが、消えた。
「な――」
視界の端。
すぐそこに、デュークの影。
近接距離。
この距離では、サクス型の腹部装甲が仇になる。
「くっ……!」
アルベルトは必死に姿勢制御を行う。
その時、観測席の貴族たちは理解した。
これは単なる決闘ではない。
技術、思想、そして時代そのものの衝突だ。
そしてその中心にいるのが――
教育も、身分も持たなかった男、ハイドなのだと。
決闘は、まだ始まったばかりだった。




