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炭鉱奴隷の俺が、伝説の鉄騎を掘り当てて女王に拾われるまで  作者: お湯
序章

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12/18

急な決定

その日の終わりは、静かに、しかし確実に訪れようとしていた。


学園設立の公表が終わり、城内には微妙な緊張感が残ったまま、夕刻の光が大きな窓から差し込んでいた。

白い壁は柔らかい光を反射しているのに、空気は冷たく、重く、何かが押し付けるように感じられる。廊下を歩く人々の足音はいつもより静かで、誰もが言葉を選びながら、ある種の沈黙のルールに従っているようだった。


ハイドは自室にいた。小さな木の机の前に腰を下ろし、紙と筆を手に、文字の練習を続けていた。

線はまだゆがんでいる。まっすぐとは程遠く、何度も筆を置き、書き直すたびに手が震えた。

だが、最初に比べれば、確かに進歩していた。文字の形が紙の上で、わずかに意味を持ち始めている。


「……これ、字なんだよな」


小さな独り言が口から漏れる。自分でも、あまり意味のない言葉だと思った。

しかし、その声は、自室の静けさの中で、確かに響いた。


「はい」


返事は即座だった。声の主は、イーリス。

今日もいつもの場所に、静かに立っている。姿勢を崩さず、視線だけをこちらに向け、無言の圧を感じさせる。

彼女の存在は、もはや背後の空気の一部のようであり、しかし目の前にある現実の鋭さを示していた。


その瞬間、扉がノックされた。

軽く、だがためらいのない、確信を持った音。

ハイドの胸が一瞬、跳ねる。


「ハイド」


女王シャルロットの声だった。

いつも穏やかさや威厳の混ざった声とは違い、どこか鋭い響きがあった。


胸が、きゅっと縮む。

呼吸が、一瞬止まった気がした。


「……はい」


自然と返事が出る。無意識のうちに背筋が伸びる。

そして、扉が静かに開かれ、女王が一人で入ってきた。


護衛は、いない。

この城で、女王が単身で部屋に入ることは異例中の異例だった。それだけで、ただ事ではないということが、ハイドには理解できた。


「急で悪いのだけれど」


女王は、淡々と、しかしはっきりと言った。


「今日中に、あなたの立場を決めます」


その言葉の重さに、ハイドは言葉を失った。


「……たちば?」


「ええ」


女王は、迷いなく続ける。


「あなたを、私の近衛騎士とするかどうか」


騎士。

剣を持つ者。命じる側の人間。

炭鉱で、頭を下げるしかなかった自分とは、まったく逆の存在だ。


「……俺、無理だと思う」


正直な言葉が、口から漏れた。

剣の持ち方も知らない。礼儀もわからない。文字すら、まだ完全には読めない。

そんな自分に、騎士になる資格などあるはずがなかった。


女王は、その返答を予想していたかのように、表情を変えなかった。

彼女の目は、冷静に、しかし確実にハイドを見据えていた。


「ええ。普通に考えれば、無理でしょう」


否定ではなく、ただ事実を述べるだけ。

だが、その言葉は、不思議と重く、胸にのしかかった。


「だからこそ、反対する者がいます」


女王は窓の外に視線を移す。

夕暮れの光が、彼女の横顔を淡く照らしていた。


「保守派の貴族たちです。

 彼らは、あなたが近衛騎士になることにも、学園に関わることにも、強く反対しています」


「……俺のせい?」


「いいえ」


即答された。言葉には迷いも、含みもない。


「彼らが守りたいのは、身分と既得権です」


女王は、淡々と告げる。

その声の中に、怒りや苛立ちはない。ただ、確かな事実としての説明があるだけだった。


「ですが、彼らの言い分も形式上は正しい。

 あなたは、身分も教育も、騎士に相応しくない」


胸が、きゅうっと痛む。

分かっていたことだ。

分かっていたことを、改めて口にされただけなのだ。


「……じゃあ、どうするの」


女王は、ここで初めて、わずかに笑った。

その笑みは、楽しげでも、優しげでもない。

どこか冷たく、鋭く、しかし計算された印象を伴っていた。


「決闘です」


その一言で、空気が変わった。

部屋の中の空気が、重く、そして鋭く、静かに波立つ。


「……けっとう?」


「ええ」


女王は、さらりと答える。

言葉の端々に、迷いはない。


「保守派の代表が一人、あなたの近衛騎士化に反対しています」


「その者と、あなたが決闘を行います」


ハイドの思考が、完全に停止した。


「……俺が?」


「はい」


「……剣とか、無理だって」


「安心なさい」


女王は、驚くほどあっさりと言った。


「剣ではありません。

 鉄騎同士の決闘です」


その瞬間、心臓が大きく鳴り、喉が乾いた。

炭鉱から逃げたあの日、量産型に追われたあの谷で捕まった時、感じた恐怖が、体の奥から蘇る。


「……勝てない」


「勝てばよいのです」


女王は、条件を告げた。


「あなたが勝てば、正式に私の近衛騎士となり、学園への入学資格を得ます」


「負ければ?」


「あなたは、城を去ることになります」


逃げ場は、存在しない。


「……今日?」


「今日です」


女王の目が、静かに、しかし鋭く、ハイドを射抜く。


「反対派が動き出す前に、既成事実を作ります」


ハイドは、思わず床を見つめる。

逃げたい気持ちはある。しかし、炭鉱に戻る選択肢も、もはや存在しない。


「……俺、操縦とか、分かんない」


女王は、ゆっくりと、しかしはっきりと言った。


「あなたは、すでに一度、鉄騎を動かしています」


「……勝手に動いた」


「それでも、生き延びたのです」


女王の目には、迷いはなく、ただ事実としての評価があるだけだった。


「それは、才能です」


才能――そんな言葉が、口に出されるのは初めてだった。

誰も、炭鉱で、教えてくれなかった言葉。


「……相手は?」


「量産型鉄騎の正規操縦者です。貴族の嫡男。訓練経験もあります」


完全に不利な条件。

ハイドの喉が渇き、手のひらに汗が滲む。


「……俺、やらされてる?」


「はい」


女王は嘘をつかない。


「ですが――」


一拍置いた。


「あなたが拒否するなら、私は別の方法を取ります」


その意味は、聞かなくても分かる。

もっと血なまぐさい、容赦のない方法だ。


ハイドは、深く息を吸った。

炭鉱では選択肢はなかった。ここでも、ない。

だが、違うのは――少なくとも、理由を説明されていることだ。


「……分かった」


小さな声。震えながらも、自分で選んだ意思のように出た言葉。


女王は、満足そうにうなずいた。


「では、今から準備に入ります」


立ち上がり、扉に向かう。

その前に、振り返った。


「ハイド」


「……なに?」


「あなたは、私の賭けです」


それだけ言って、女王は部屋を出た。

残されたのは、夕暮れの光だけが差し込む静かな空間。


ハイドはベッドに座り込んだ。手が、少し震えている。

どうしよう、どうしたらいいのか、わからない。

心臓の音だけが、部屋に響いていた。


「……どうしよう」


イーリスがすぐ横に立つ。

無表情で、しかし存在感は圧倒的だ。


「決闘に向け、必要な情報を提供しますか」


「……助けてくれる?」


イーリスは、一瞬だけ間を置いた。

そして、ゆっくりと答える。


「私は、あなたの道具です。

 あなたが望むなら、勝利の確率を最大化します」


ハイドは、窓の外を見る。

沈みかけた夕陽が、城の白い壁を赤く染めていた。


今日のうちに、自分の人生がまた変わる。

逃げ場はない。だが、今度は選ばれる側だ。


「……勝ちたい」


小さく、しかし強く、言葉を絞り出す。


イーリスは、静かにうなずいた。


「了解しました」


決闘は、今夜。

逃げる場所は、もうない。

ただ、鉄騎の上で、選択をするだけだ。

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