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炭鉱奴隷の俺が、伝説の鉄騎を掘り当てて女王に拾われるまで  作者: お湯
序章

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11/17

公表

しばらく、という言葉がどれくらいの長さを指すのか、

ハイドにはよく分からなかった。


炭鉱では、「しばらく待て」と言われたら、

それは数秒か、数分か、あるいは永遠だった。

待っている間に殴られることもあったし、

忘れられて放置されることもあった。


だが城では、

時間は鐘で区切られる。


朝は鐘で起き、

昼も鐘で知らされ、

夕方にはまた別の音が鳴る。


音は同じなのに、

意味が違う。


鐘で起き、

字を書き、

立ち方を直され、

食器を使い、

床に描かれた図で鉄騎を見る。


それを、何度か繰り返す。


何度、という数え方も、

ハイドには曖昧だった。


昨日と今日の区別はつく。

だが、三日前と五日前の違いは、

身体の疲れ方でしか判断できない。


「前よりは、できるようになっています」


そう言われるようになった。


だが、自分では何も変わった気がしない。


文字は、まだ読めない。

線をなぞれば形になるが、

それが何を意味するのかは、頭に入らない。


椅子に座ると、

時々、無意識に床を探す。

足の裏で、

冷たい石の感触を探してしまう。


食事の匂いを嗅ぐと、

考える前に、口が動きそうになる。

手を伸ばすより先に、

身体が前に出ようとする。


それでも、殴られない。

怒鳴られない。

怒号の代わりに、静かな声が飛んでくるだけだ。


「大丈夫です」

「ゆっくりで構いません」

「今は覚えなくていい」


その言葉が、

逆に、落ち着かなかった。


何かを失敗しても、

代償が来ない。


代わりに、

次の鐘が鳴る。


それだけで、日々は流れていった。


その日も、

朝の教育が終わり、

部屋に戻ろうとしていた時だった。


廊下の向こうが、

やけに騒がしかった。


普段は、

足音は少ない。

人は必要な時しか動かない。


だが今日は違う。


足音が多い。

しかも、重い。


革靴の音。

金属が擦れる音。

鎧が触れ合う、鈍い響き。


抑えきれないざわめきが、

石造りの廊下に反響している。


「……なんか、ある?」


ハイドが呟くと、

すぐ隣を歩くイーリスが答える。


「本日、王都全域に向けた公式発表があります」


「……こうしき?」


言葉の意味が、まだ曖昧だ。


「国としての決定事項です」


それだけで、

空気の重さが伝わってきた。


城の中庭に出ると、

すでに人が集められていた。


貴族。

騎士。

文官。


衣装の違いで、

役割が分かる。


遠巻きに、

城に勤める者たち。

調理係。

書記。

雑務を担う者。


誰もが、

落ち着かない顔をしている。


普段は静かな中庭が、

人の気配で満ちていた。


ハイドは、その端に立たされた。


前に出ろとは言われない。

だが、下がれとも言われない。


視線の置き場に困る。


自分は、

ここにいていいのか。

それとも、

見えない場所に行くべきなのか。


判断できないまま、

立っているしかなかった。


しばらくして、

高台に女王が現れる。


シャルロット女王。


白い衣装。

装飾は控えめだが、

線が整っている。


背筋を伸ばし、

群衆を見下ろすその姿は、

炭鉱で見た監督官とは、

似ても似つかない。


監督官は、

力で上に立っていた。


女王は、

位置で上に立っている。


女王が手を上げると、

ざわめきが、

まるで布を被せたように引いた。


「皆に告げます」


声は、

遠くまで届く。


怒鳴ってはいない。

だが、逆らう余地がない。


「我が国は、新たな教育機関を設立します」


一瞬の沈黙。


誰もが、

続きを待っている。


「貴族の長子を集め、

 文字、計算、歴史、

 そして鉄騎の操縦を含む、

 体系的な教育を施す学園です」


言葉は、

選ばれていた。


曖昧さがない。


ハイドは、

内容よりも、

その断定の仕方に圧倒された。


これは、

相談ではない。

議論でもない。


決定だ。


「これより先、

 鉄騎は血筋や偶然で動かすものではありません」


その一言で、

空気が一段、重くなる。


何人かの貴族が、

無意識に姿勢を変えた。


「量産型鉄騎は、すでに我々の手にあります。

 特にサクス型は、

 マスタースレイブ式の制御を採用し、

 射撃時、腕部は自動制御されます」


専門的な話を、

女王は公の場で語る。


それ自体が、

意思表示だった。


「つまり、操縦者に求められるのは、

 力ではなく、判断です」


判断。


その言葉に、

はっきりとした緊張が走る。


「だからこそ、

 学びが必要です」


女王の視線が、

一瞬だけ、

ハイドの方へ流れた。


ほんの一瞬。

だが、確かに。


「生まれによって、

 学ぶ者と、学ばされない者を分ける時代は終わります」


ざわめきが、

不満の色を帯びる。


「これは、王命です」


その一言で、

反論は終わった。


ハイドは、

胸の奥が、

わずかにざわつくのを感じた。


自分のことを、

言われている気がした。


だが、分からない。


学園。

教育。

判断。


どれも、

まだ自分には遠い。


発表が終わると、

人々は小声で話しながら散っていく。


「貴族だけだぞ」

「長子限定だ」

「操縦訓練まで含めるのか……」


断片的な言葉が、

耳に残る。


自分は、

そこに含まれていない。


それだけは、

感覚的に分かった。


部屋へ戻る途中、

ハイドはイーリスに聞いた。


「……俺、関係ある?」


イーリスは、

わずかに間を置いた。


「直接的には、ありません」


「……そっか」


胸の中に、

何かが落ちる。


安堵なのか、

落胆なのか、

自分でも分からない。


「ですが」


イーリスは続けた。


「この学園は、

 あなたの存在を前提に設計されています」


ハイドは、

足を止めた。


「……俺、何もしてない」


「はい」


即答。


「あなたは、選ばれただけです」


その言い方が、

少しだけ重かった。


部屋に戻り、

ハイドは椅子に座る。


前より、

自然に。


外では、

国が動いている。


学園ができる。

人が集められる。

鉄騎を動かすために。


だが、ハイドはまだ、

字をなぞることしかできない。


「……遠いな」


ぽつりと呟く。


イーリスは、

何も返さなかった。


学園設立は公表された。


それは、

この国が、

元には戻らないという宣言だった。


ハイドはまだ知らない。


この場所が、

やがて彼自身を、

否応なく中心に据えることを。


鐘は、

明日も鳴る。

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