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炭鉱奴隷の俺、古代兵器「鉄騎」を発掘してしまい女王に利用される  作者: お湯
序章

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10/18

始まる教育


朝は、鐘の音で始まった。


炭鉱では、朝は叩き起こされるものだった。蹴られ、怒鳴られ、引きずり出される。薄暗い坑道に響くのは、労働者の悲鳴と、鉄の衝突音だけだった。息も絶え絶え、身体は疲れ、骨は軋んでいた。それが朝の合図だった。


だが、城では違った。音が、先に来る。遠くで、澄んだ金属音が鳴り、それが壁を伝って、部屋に満ちてくる。朝だと気づかされるのは、足音や怒声ではなく、鐘の余韻だった。澄んだ響きは冷たくも、どこか清浄な感触を持ち、ハイドの意識を引き上げる。


ハイドはゆっくり目を開け、しばらく天井を見上げていた。白く塗られた天井。角のない光。炭鉱のように煤や埃はない。空気は重くない。だが、それがかえって不安を誘う。


「……起きる時間?」


小さく呟く。自分でも声に力がないのを感じた。昨日までなら、蹴り飛ばされ、怒鳴られ、目を開ける間もなく身体を動かさされただろう。しかし今は違う。静かな音が、確実に朝を告げている。


するとすぐ横から声が返る。


「はい」


イーリスだった。昨日と同じ位置、同じ立ち方。機械のような正確さで、体を揺らすこともなく、視線だけがこちらを捉えている。彼女の存在は、圧迫ではないが、逃げ場のない緊張を作り出していた。


「今日から、教育が始まります」


その言葉は、命令ではなく説明だった。だが、言葉の裏に、抗えない必然がある。ハイドは言葉の意味を完全には理解できなくても、逃れられないことだけは直感した。


「……きょういく?」


聞き慣れない言葉。口に出してみると、舌がこわばる。炭鉱での生活では、言葉は命令と痛みの伝達手段でしかなかった。「教育」なるものは、初めて触れる概念だ。


「生きるために必要な知識と動作を、段階的に習得していただきます」


説明は理性的で、簡潔で、無駄がない。だが、言葉に含まれる重みは、逃れられないものとしてハイドに届く。理解する必要はない。ただ従うしかない。それが、今の自分の位置だった。



最初に連れて行かれたのは、小さな部屋だった。四角い部屋に机が一つ、椅子が二つ。窓はあるが外の景色は見えず、朝の光が柔らかく差し込むだけ。壁には何かの記号がびっしりと書かれていた。無数の線、曲がりくねった印、まるで生き物のように蠢く図形。炭鉱の壁に刻まれた落書きと同じ感覚が、微かに胸をざわつかせる。


「文字です」


年配の男が言った。服装は質素だが、背筋が伸び、声に迷いがない。威圧でもなければ優しさでもない、ただの事実。言葉のひとつひとつに揺らぎがない。


「これは“字”。言葉を、形にして残すためのものです」


壁を見つめる。線と線が組み合わさり、曲線が交差する。炭鉱で落書きした壁とは似ているのに、意味が違う。意味がある。誰かの意志が込められている。それが、怖い。


「……覚えないと、だめ?」


「はい」


男の答えは即答だった。迷いも、情もない。その確定に、ハイドは思わず肩を震わせる。


机に座れと言われる。昨日よりはぎこちなく、椅子に腰を下ろす。背中がむず痒く、空いている感覚。手が震え、指が棒を握る。


「紙に線を引け」


初めて持つ道具。力加減も分からず、紙を破った。


「あ……」


炭鉱なら殴られる音だ。しかし、ここでは違う。誰も怒鳴らない。静かな、冷たい、教育の声だけが響く。


「構いません。最初は、誰でもそうです」


差し出された新しい紙。淡々とした声。だが、その冷静さが、逆に恐ろしかった。鉄や石で叩かれるよりも、心が折れる音に近い。



午前中は文字の教育だった。線を引き、形をなぞる。意味はまだ分からない。手首は疲れ、肩は痛む。だが、叩かれもしない、怒鳴られもしない。静かな、無慈悲な環境が続く。


昼前には、身体が悲鳴を上げた。同じ姿勢で座るだけで、こんなにも辛いとは思わなかった。炭鉱で鍛えられた体も、座るだけで鈍い痛みを覚える。筋肉も骨も、まだ適応できていない。


午後は、身体の教育だった。別の部屋に移され、服を脱がされる。鏡の前に立たされ、自分の身体を見る。


痩せた腕。浮き出る肋骨。無数の傷。炭鉱で刻まれた痛みの証。目を逸らしたくなるが、逸らせない。教官の視線が、静かに、全身に降り注ぐ。


「あなたの身体は、過剰な労働に適応しています。しかし、鉄騎に乗る者としては、矯正が必要です」


矯正。言葉の響きに、血の匂いが混じる気がした。立ち方、歩き方、重心の置き方。足を引きずらない、視線を下げすぎない。何度も注意される。炭鉱では下を向いていないと殴られたが、ここでは下を向くと正される。世界が、逆だ。



午後の食事。今度は、椅子に座らされ、食器の使い方を教えられる。フォークで刺す、ナイフで切る、口に運ぶ。何度も落とすたびに、肩が跳ねる。音が小さく響き、全身に緊張が走る。だが、やはり誰も殴らない。


「ゆっくりでいい」


その言葉に、ハイドの胸は微かに震えた。信じられない。だが、逃げられない。静かな圧力の中で、少しずつ学んでいくしかない。



最後に連れて行かれたのは、広い部屋だった。床には、巨大な図が描かれている。人の形。腕、脚、胴。細部まで正確で、まるで立体の影を映したかのようだ。


「鉄騎の基本構造です。量産型鉄騎、サクス型。この機体は、マスタースレイブ式です」


ハイドは意味は分からないまま、図を見つめた。四本腕の鉄騎。炭鉱で見た、弓を交互に撃つ姿。あの威圧。あの死の予兆。


「腕部は自動制御。射撃時、パイロットは照準を行うのみ」


息を呑む。勝手に動く。生き物が自分の意志で動くのではない。機械が最適化して動く。仕組みが、生死を分ける。


「だから、あなたは生きています」


運ではない。偶然ではない。仕組みの力で、命は守られる。胸に重く響く言葉。



一日の終わり、部屋に戻る。身体は重く、頭はぐちゃぐちゃだ。ベッドに腰を下ろす。床に降りようとしたが、途中で止まる。椅子。机。文字。食器。全部、まだ分からない。理解できない。しかし、受け止めるしかない。


「……これ、ずっと?」


イーリスは即答した。


「はい。しかし、あなたは適応しています。本日、教育開始初日としては、想定より高い耐性を示しています」


褒められているのか、叩かれているのか、ハイドには分からない。床に横になり、目を閉じる。炭鉱より楽なはずなのに、疲労は深い。殴られなくても、痛みは消えない。静寂もまた、圧力になりうるのだ。


逃げる必要はない。しかし、立ち止まることも許されない。世界そのものが、鞭の代わりに、身体と意識に叩き込まれる。


教育が始まった。


ハイドは眠りに落ちる。


明日も、鐘は鳴る。


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