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「ぷは」
リナは食べすぎたお腹を撫でて、レオの部屋の椅子に座った。
「大丈夫か?」
「ちょっと食べすぎちゃった」
「そうか。小鳥みたいな量しか食べてなかったが」
「小鳥って」
そんなこと言われたことないのでリナはくすくすと笑った。
リナが笑うとレオも嬉しそうな顔をする。
レオは笑えばいい男なのだ。ぶすっとした顔をしてれば目つきが悪いのが目立つが。
リナは少しドキリとする。いい男だと改めて知ってしまった。
レオは巨体に見合った量の食事を猛スピードで食べていた。
そら、その巨体を維持しようとしたらそれくらい食べるだろうなぁ、というような量を。あっというまに。
「さあ、腹は満たされた。落ち着いて話そう」
ハーブティーを2人分入れてテーブルに置き、レオが向かいの椅子に座った。
「あの、突拍子もない話だと思うんだけど、驚かないでね」
ハーブティーの礼を言って、慎重に話を始める。
「まあ。驚くくらいはするかもしれない」
真面目な返答だ。
「えっと、私、この世界の人間じゃないの」
「そうか」
ハーブティーを一口飲んで、レオは落ち着いて返事した。
「驚かないの?」
「驚いてるさ。だが、そうだろうなとは思った。リナを拾った場所はよく異世界人が見つかる場所だ」
「!!」
今度はリナが驚かされる番だ。
「異世界の人、他にもいたの?」
「そうだな。100年に1人?もっとか?そんな単位で見つかる。たいてい天使が召喚してる」
「召喚…。天使って、なに?」
「天使ってのは天空都市に住んでる羽の生えた生きもんだよ。純粋な魔力を持たない人間を好んで、気に入れば天空都市に連れていく」
「誘拐じゃん!!」
「そうだ。誘拐だ」
リナは手がわなわなと震えていることに気が付くが、止めることが出来ない。
「リナ。大丈夫だ。落ち着け」
「お、ちつける、わけ……」
心臓が早鐘を打ち、呼吸が乱れる。誘拐。それも世界を超えた誘拐だなんて!!
「か、帰れる、よね?」
レオは凛々しい眉毛を下げた。
「召喚は、天使の領分で、帰還できるのかどうかは俺たちには方法が分からない」
さっとリナの顔色が悪くなる。
「大丈夫だ。俺がいる」
正義の味方みたいなセリフを言いながら、レオは素早く立ち上がってリナを抱きしめた。
「俺がリナの面倒をみる。一生」
まるでプロポーズだと思ったが、リナは乱れた呼吸に手こずって返事が出来ない。
「リナ、落ち着いて」
レオはリナをお姫様抱っこして、ベッドに腰かけた。
「落ち着いて息をするんだ」
「ひぃ……ひぃっく……」
「……泣いてもいいぞ」
レオは落ち着いて泣いてもいいと言ってくれたが、驚きと、恐怖と、怒りやらなんやらで、リナの情緒はおかしくなっていた。
泣くに泣けないとはこういうことか。
「ふう。ふう…。うん。ごめん。もう平気」
「そうか」
しばらくかかったが、リナは呼吸を整えて何とかここまでの話を頭に落とし込んだ。
(じゃあ、あの、圏外でかかってきた電話って、もしかしなくても天使だった?)
リナはベッドの向こうに置かれている自分のカバンをちらりと見て、ぞっとした。
(明るい声で迎えに行くって言ってた。私の名前を知ってて、両親のことも知ってるみたいだった…)
リナはこちらの世界に迷い込んでからのことを思い出していた。
これはレオに話すべきかどうか、わからない。
「なんか考えてることがあるんなら、全部話しちまっていいぞ」
ドキッとした。考えてることを当てられたからだ。
「さっきも言ったが、お前の面倒は俺が見る。自分一人で抱えなくていい。……まだ出会ったばっかりで信用できないかもしれないが」
気まずそうな顔でレオがつぶやく。
そうだ。出会ったばっかりなのだ。
なのに。一緒のベッドで寝て、お姫様抱っこでいまも話してる。
嫌悪感がない。変だ。異世界に来て、リナの警戒心がバグっているとしか思えない。
「リナも感じてないか?」
レオはリナの頭にすりすりと頬ずりした。
「俺のこと、信用できないか?」
信用してる。
信用してしまっている。
でも、それを口にするのは怖い。
「俺はすっかりリナを信用して、大事に思ってる。何者からも守りたい」
心地いい。
引っ付いてるせいで、レオの声が体に響くように伝わってくる。
「ゆっくりでいい。リナ。ゆっくり俺を知ってくれ」
異世界で出会った人がいい人だった、と喜んでいいのか、警戒し続けなければいけないのか、リナには判断ができない。
「そうだな。俺を利用する、でもいいぞ」
いいことを思いついた、というように、レオは明るい声を出した。
「俺はこれでも剣士として腕がたつ。リナの護衛をして、元の世界に帰る手段を見つけに旅する、なんてのもいいな」
にこにこと嬉しそうに話すレオを見ていると、なんだか警戒しているのがあほらしくなってくる。
「なんでそこまでしてくれるの?」
「助けたんだ。自分の意志で。最後まできちんと面倒をみる覚悟があって助けた」
野良犬を放っておけないタイプの人だったか。と思った。
「それは建前で、本音はリナが可愛いからだ。離れがたい」
レオはリナの頭頂部にちゅうと口づけを落とした。
「ち、因みに。あの、幼児趣味ということは……」
「ない」
きっぱりと言われたこの言葉は、信用してもいいものだろうかと少し悩んだ。




