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リナは寝返りとともに目が覚めた。
知らない天井に、記憶をたどるがあまり頭が働かない。
部屋はうす暗く、外から入ってくる太陽は沈みかけている。
自分の左側が暖かいのに気が付いて、そちらにころんと転がった。
そこで暖かさの原因が、すうすうと寝息を立てているのを何度か聞いて、少し意識が覚醒した。
「へ?」
自分はしっかりと手を握られていて、布団をかけられていた。
横にはがっしりとした体格の、背の高い男が窮屈そうに眠っている。
熱を発しているのかと思うくらい暖かい。
その暖かさにまた微睡みそうになったころ、頭頂部にぐりぐり頬ずりされた。
「起きたのか?」
「あ、あ。はい」
男はくわっとあくびをしながら、起きようとするリナを抱きしめてベッドに戻す。
「腹減ったか?」
「えっと……」
抱きしめられている緊張で、何を言っていいのかわからない。
男性とこんなに密着したのは人生で初めてのことだ。
「遠慮するな。食事の用意もしてある」
「じゃあ、あの、お腹減りました」
「わかった」
くわっとまたあくびをしながら男は立ち上がり、つないだ手を引っ張ってリナを起こして抱き上げた。
部屋は小さくベッドに簡易的なテーブル。
そこに食事のトレーがちょこんと乗っている。
「とりあえずスープと、食べられそうなら他にも用意する」
男はリナを抱いたまま、自分が座った膝の上にすとんとリナを座らせた。
「え?あの…!これ!なんで?」
「自分で食べられるのか?そんなに力が抜けてて」
確かに、寝起きのせいか、疲れのせいか、リナは男のするがまま、力が抜けきっている。
全身が鉛のように重苦しいのだ。
「た、たしかに」
「じゃあ、問題ないな」
男はニコッと笑ってリナを抱きしめたまま、スープの皿を引き寄せて器を指でトントンと叩いた。
その瞬間、冷めていたはずのスープから湯気が立つ。
「?!」
「温めたんだ。魔法、知らないのか?」
ふうふうと木の匙ですくったスープを冷まして、リナの口元まで運ぶ。
おずおずと口をつけたが、それはしっかりと鶏の出汁がしみる澄んだスープだった。
「おいひぃ」
「よかった。まだあるから。具も食べれそうか?」
「はい」
丸一日ツナマヨおにぎりしか食べてなかったようなものだ。スープが胃の中に落ちて行ったら空腹が加速した。
小さくした人参、ジャガイモ、鶏肉と、ちまちま口に運ばれてくるのをパクパク食べる。
そのたびに男は嬉しそうだ。
リナはスープと、合間に食べさせてもらった小ぶりなパンひとつを食べて、やっとお腹が落ち着いた。
「遠慮しなくていいんだぞ?」
「いえ、普段からこれくらいなので。ありがとうございます」
リナが遠慮していないとわかったのか、男は眉間のしわを深くした。
「お前。名前は?」
「リナです。遠野リナと言います」
「敬語はいい。リナか。俺はレオナルド。レオと」
「はい、レオさん」
「さんもいらない」
「はい」
「敬語」
「はい、じゃなくて、うん?」
それでいい、というように満足そうにレオが頷く。少し眉間のしわが和らいでいる。
短くした黒髪に、茶色の瞳。
顔立ちははっきりしてるし強面だ。それが笑ったり気が抜けるとふっと和らぐ。30代くらいか。
渋いしイケメンだ。
そうだ。この人に連れられて、馬に乗ったんだった。
リナの記憶がやっと戻ってきた。
それで、気が遠くなって、おなか減ってて、えっと、えっと……。
(そもそも、ここはどこで、何があって、私なんでここにいるのかとか、きかないと……)
お腹が満ちたからか、リナの目がとろんとまた閉じそうになる。
「リナ。我慢しなくていい。話はまた起きてからにしよう。一緒にいるから」
「う…ん」
リナはレオの膝の上で心地よい暖かさを感じながら、夢の世界に沈み込むように眠ってしまった。
レオはゆっくりリナを抱き上げると、静かに、慎重に、ベッドへと運んで自分も隣へ横になる。
つないでいる手を離すのがもったいないと感じる。
リナは確実にレオの魔力を満たしている。
(それで天使に狙われたのか)
レオはリナの寝顔を見ながら、空から降ってきた天使の群れを思い出して、忌々し気に眉間にしわを寄せた。
(莫大な魔力の塊に、魅せられたんだろう)
リナは純粋な魔力を作り出している。
あまり食べないでいられるのも、魔力が食事での栄養補給を補填しているせいだろう。
それも最低限のことだ。
リナはやせっぽっちで顔色も悪く、柔らかな色素の薄い髪と瞳で、空気に溶けてしまいそうな雰囲気である。
レオはもうこの純粋な魔力から離れられない運命を感じた。
まるでかけたものがぴたりと補われたように、満たされているのだ。
甘やかしたい。
レオの心にその欲がむくむくと湧いてくる。
雛の様に小さな口でスープを飲む姿は可愛かった。
もっと見たい。
もともと子供が好きではあったが、レオは人生で初めて、父性を目覚めさせてしまったのだった。
ころりと転がってきたリナを、懐に閉じ込めた。
(誰かと一緒に寝るなんて、信じられないな)
リナの眠気がレオにも移ったのか、目を閉じるとすぐに眠ることが出来た。




