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「戻って大丈夫なの?」
レオから「金の子ヤギ亭に戻る」と聞かされて、きょとんとしながらリナが確認する。
「ああ。平気だ」
部屋に荷物も置きっぱなしだし、戻るのに反対はないけれど、ヴァイオレットさんのこと、主に私兵が宿にまでやって来ていたのは大丈夫だろうか?とリナは考える。
「ま、レオがいいって言うんだから、いいか」
伸びをして、二人でエステ店を出る。少しは悩んだが、考えるのが面倒になった。
「リナ様。またのお越しをお待ちしております」
「お世話になりました」
店長はじめ、店員さん総出でお見送りだ。
いったいどれほどの金額だったのか、考えるだけで恐ろしい。
「では、行こうか」
「クロくんまた乗せてね」
リナはレオの黒馬をクロくんと呼んでいる。勝手に。名前がとても難しかったので覚えられなかったのだ。
「じゃあ行こう」
レオは颯爽とクロくんに乗り、リナを持ち上げて前に乗せ、マントで包む。
(毎度思うがすごい腕力だ)
二人はあっという間に金の子ヤギ亭に戻ってきた。
「あら、お帰りなさい」
「すまなかったな。マリーナ。ゲオルド」
金の子ヤギ亭は絶賛晩御飯の準備中だ。忙しそうにするマリーナさんが笑顔で迎えてくれる。
「いいってことよ。気にすんな」
ゲオルドは大げさに手を振ってから、ちらっとリナをみた。
「おお。魔力が安定したみたいだな」
「ほんと!これなら魔族の子供と間違っちゃいそう」
マリーナも嬉しそうにリナの髪を撫でる。
「そんなに変わりましたか?」
「ああ。前は存在があやふやな感じがしたが、今じゃ立派な魔族よ」
「そうね。街でもそんなに浮かないと思うわよ」
(ちょっとは浮くのか)
しかし、誘拐犯に狙われている身としては、紛れやすいのはいいことだとレオにも説明されている。
(エステの効果は抜群だ!めちゃめちゃこねて伸ばされて、パン生地みたいになってた瞬間あったけど)
「あ!そうだ。ドアの修理まだ終わってないのよ。部屋にあった荷物は新しい部屋に入れといたわよ」
「ありがとう」
新しい部屋の鍵を渡される。
「リナ。行こう」
「うん」
晩御飯の時間までは、荷物の確認だ。
「マリーナに文句を言ってくる」
部屋に入った途端にレオが真顔になった。
「いや、別に、文句を言うところはないのでは…?」
「問題じゃないか。リナと別々に寝るなんて」
「私、一人で寝れるけど」
同じ部屋に寝ていることにはもう何も思わない二人。
ベッドが二つ並んでいることに怒っているのはレオだけだ。
「リナ。寂しいこと言わないでくれ」
「いや、寂しいとかいう、話なのかな?」
リナはどんどん首が傾いていく。
レオが行っていることの理解はできる。納得できないだけで。
「いいんじゃない?私こっちに寝るから、レオも一緒に寝たいなら、こっちに来ていいよ」
ボスンとベッドにダイブしたら、レオが嬉しそうに笑った。
どうにか納得してもらったようだ。
わんこみたいな大男の機嫌を取るのも慣れてきた。
リナは本当にレオの魔力が好きだ。なので、一緒に寝ることも好きである。
ポカポカ体に流れ込んでくる熱。
それが眠っている間の、自分の冷えた心に流れ込んできて温めてくれるのだ。
こんなに自分のことを、子供の様に見守ってくれているレオに言うとまた困った顔をするかもしれないので、もう言わないけれど。
リナは荷物を整理して、テーブルの上に並べたスマートフォンとスマートウォッチをレオと二人で眺める。
「で、これは今は使えない状態なんだな?」
「うん。充電、あー、魔力がないから魔法が使えないみたいな感じ?」
「なるほどな」
真っ黒の画面のスマホとウォッチ。
持っててもしょうがない。あと、何らかの魔法でまた天使から連絡が来ても怖い。
「ギルドの銀行に預けるか?」
銀行には貸金庫があり、レオは口座もあるし貸金庫も持っているという。
「壊して捨ててしまうには、リナの思い入れが強いように感じる」
「レオ」
リナはスマホの写真アプリに入っている父の写真をカメラで撮ったものと、母との写真はなくしたくないと思っている。
危ないから捨てよう、と言われれば捨ててしまえるくらいの気持ちでいたが、やっぱり気持ちはちょっと沈んでいたようだ。
レオはリナのすこーしの表情の変化を読み取って、優しく提案してくれた。
「あ、ありがと、レオ」
「遠慮するなよ。言いたいことがあれば、何でも言え。叶えられるよう努力する」
ハグをされて、少し涙腺が緩む。
こんなにも無償の愛を感じたのは、いつ以来だろうか。
心がほどけて、そこにレオの魔力が、気持ちが、しみ込んでくるようだ。
リナは自分が乾いたスポンジであることを感じた。
「レオ。魔力って気持ちなのかな?」
「?」
「レオが私のこと大事に思ってくれるのが、伝わってくるよ。ありがとう」
「ああ。大事に思ってるよ、リナ」
短い、ほんの数日前に出会った人に、こんなにも大事にされているなんて。
元の世界にいた時に聞かせても、全く信じなかっただろう。
「レオ。ありがとう。大好き」
「ああ。俺もリナが好きだ」
リナはちょっと泣いて、それからレオと晩御飯を食べに1階へ降りて行った。




