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「ああ、リナ……。大丈夫か?」
「うにゅ」
隣の町から急いで帰ってきたレオが、心配して近づいたが、とろんとした目つきに上気した頬。とろけた口調で何とか返事するリナは、全身に力が入らずバスローブ姿のまま、ベッドに寝かせられている。
「レオナルド様」
「店長。うまくいったのか?」
心配になったレオナルドは、店長に尋ねる。
「勿論です。スクラブで全身を磨き、肌への栄養塗布。髪のトリートメントを行いました。全身マッサージで体のコリをほぐし、歪みを取って、施術前より身長が2センチ伸びておられます。一番心配しておられた魔力詰りにつきましても、全身を魔力が滞りなく巡っている状態でございます」
自信満々な店長。
確かに、リナの全身は真珠の様に輝いている。
身長の2センチはよくわからないが。
「では、この状態は?」
「魔力酔い、と思われます」
「自分の魔力で酔う?」
聞いたことがなかった。
「子供などがあまりにも大きな魔力を発現させたときに、たまに起こることではあります」
それもほんの赤ちゃんの時に気分がよくなる程度ではあるらしいが、これは完全に酔っ払いだ。
「リナ。ちなみに酒を飲んだことは?」
「にゃいよ~」
リナは、うつぶせになって、足をバタバタさせながら歌うように答える。
「完全な酔っ払いだな」
「リナ様の酔いがさめるまで、こちらでお待ちになりますか?」
「そうだな。今のこの状態では服も着れないだろう」
「左様でございますね」
店長と話していたら、リナはトロンと目を開けて、じりじりとベッドの端に座るレオのところまでやってきた。
「ひざまくら」
「あ?」
「ひーざーまーくーら~~!!」
リナがレオの足を捕まえて、膝枕の格好になると、「むふん」と笑ってまた目を閉じた。
「絡み酒タイプか」
「かわいらしいことです。リナ様が安心するようなので、しばらく一緒にいてあげてください」
「すまないな」
「いいえ。それでは失礼いたします」
店長とスタッフたちは、頭を下げて部屋から出て行った。
「リナ」
すよすよと眠っているが、レオが声をかけると口角が少し上がる。
手を握ると、温かみが施術前より感じられる。
ポカポカとした体温はまるで子供そのものだ。
確かに魔力が全身をめぐっていて、滞っている様子は見られない。
有名な貴族御用達のエステを受けさせて良かった。
天使と対抗することがあった時に、魔力があるのとないのでは全く違う。
まず魔力があれば、天使に探知されにくくなる。
魔法が使えるかどうかでも違ってくる。旅をしながら魔法を使えるようになってもらわねば。
今のこの、魔力がめぐっている状態ではどうだろうか。
ふとした考えが浮かんだ。
先程、足元に蹲っていた女を思い出す。
ほんの少し、表面を撫でたようなものだったが、受け入れられなかった。
わかっていたことだ。
レオはほんの少し、大きなプールに色インクを1滴落とすような感覚で、リナに自分の魔力をゆっくりと溶け込ませた。
「う…」
リナの瞼がピクリと震えた。
「う~ん」
ころんとレオの膝の上で、転がって、太ももまで上がってきた。
そうして、あぶあぶと何かを探し、レオの手を掴むと、それをきゅうっと抱き、また眠ってしまった。
(ああ。リナ。リナ。リナ!)
間違いではなかった。
一度やって、確信していたので心配しなかったが、やっぱりだ。
リナは天使に召喚されたかもしれないが、天使に捕まらず、レオと出会ったのが本当だった。
これが正しい道だった。あるべきものがあるべき場所に嵌ったのだ。
レオはリナのすべすべになった頬を軽く撫でる。
富も名声も手に入れて、それでも一人で立たなければならなかったレオナルド。
(俺がどれだけ喜んでいるかわかるか?リナ)
心の中で、眠るリナに言葉をかける。
(リナ。俺のリナ)
つるんとしたリナのおでこにキスする。
(絶対だれにも渡さない)
ぎゅうと大切に、大切に、抱きしめた。
「あ、れ?レオ?」
「起きたか」
ランプの光に照らされたレオが、優しく微笑んでくれる。
「なんで膝枕?」
「リナがしてくれって言ったんだよ」
「うっそ~」
伸びをしながら、リナは体を起こす。
「はぁ~すっきり」
「すっきりしたのならよかった」
「うん!ありがとうね。あ!店長さんに聞いた?」
「魔力酔いか?」
「魔力酔い?それは知らないけど、私、身長伸びたんだから。なんと!2センチも!」
ベッドから飛び降りると、リナはスリッパを脱いで立ち、「どう?」と嬉しそうに笑った。
「大きくなったな」
「わかんないでしょ」
自分で言ったくせに、リナはケラケラ笑いだした。
2センチはわからんだろうと。
「なんだよ。褒めてほしそうにしたくせに」
「褒めてほしいよ。子供の成長を喜ぶお父さんみたいに」
リナは微笑んでから、レオに「お父さん。着替えるから部屋から出てくださーい」といいつつ部屋から追い出した。
レオは父親と言われたことを少しうれしく思った。
切れない縁が出来たように思ったのだ。
反対に、自分で口にしておきながら、リナは少し胸がしくんと痛んだ。
その痛みが何なのかは、よくわからなかった。




