15
「レオ。今日は私がリナちゃんと一緒にいるわ」
「すまないな」
「レオ……どこ行くの?」
マリーナがリナを抱きしめてくれるが、レオがピリピリとした雰囲気のままだ。
「ギャリーも泊ってるのか?」
「今は厩にいると思う」
「リナの護衛に」
「わかったわ」
「レオ!」
勝手に話が進むのが怖い。
思い切ってリナはレオの名前を強く呼んだ。
「レオ。そばにいて!」
「リナ」
「わけわかんないよ。なに?さっきの?」
「リナ。すまない。きちんと説明したいんだが…」
「私、子供じゃないったら」
少し震えているが、目がしっかりしてきた。
リナは自分の身に起きたことをきちんと理解しようとしている。
しかし、レオはリナの身の上話を聞いた時に、ほとんど暴力のない世界から来たことを聞いている。
普通に生きていれば他人から叩かれること、命の取り合いがほとんどない世界。
こことは違う世界。こんな暴力が起こらない世界。
「レオ。腕がたつんでしょ?私のこと守ってくれるって言ったじゃない」
じわりと涙がまたにじむ。
「そばにいて守ってよ。ちゃんと、守って」
「わかった。悪かった」
レオはリナを優しく抱きしめた。
「おーおー。すっかり手綱を握られてるみたいだ」
グリッドが入り口からへらへら笑って顔を出した。
ストン
壁にナイフが刺さった。
グリッドが顔を出した位置だったが、グリッドもそれを読んでいたのかさっと避ける。
「ちょっと!私の部屋に穴開けないで!」
マリーナはブリブリ怒りながらナイフを力いっぱい抜いた。
「グリッド。ここに来ていいなんて言ってないわよ」
一応、ここはマリーナの使っている部屋で、宿の客が出入りしていい場所じゃない。
「緊急事態だろ?いいじゃねえか」
「レオはいま、気が立ってるから、やめて頂戴」
マリーナは手に持ったナイフをフリフリ、グリッドに忠告する。
「グリッド、それ以上、無駄口を開くな」
リナを膝に乗せて大事に大事に抱きしめたレオは、グリッドを睨んだ。
「誰かに、リナが1人になるよう、指示されたのか?」
ぎゅうとリナを抱く。
「リナを攫うと、話を聞かされていたか?」
リナはトクントクンという規則正しいレオの鼓動の音を聞いて、少し安心してきた。
レオが落ち着いている。リナも段々と落ち着いてきた。
「おいおい。そういうと思ったから来たんだよ」
慌てて弁明するグリッド。
「誰があのレオナルドの養い子に手を出すような真似するかよ。ドラゴンの卵ひとりで取りに行くよりやべえよ」
グリッドはぶるるっと体を震わせた。
「レオナルドの代わりに俺が相手をつぶしてやってもいいぜ?」
嬉しそうに提案する。
「何故?」
「俺が捕まえたら潔白の証明になるだろ?」
「ならない」
「ならんか……」
グリッドは残念そうにつぶやいた。
「とりあえず、部屋はきれいなんだろ?入らせてくれよ」
グリッドは嬉しそうにレオの部屋に向かって行った。
「リナちゃん。今は落ち着いてレオとここにいて。レオが動かないなら二人でいるほうが安全よ」
「あの!マリーナさん!」
「どうしたの?」
「あの、あの、コップ、割っちゃって。ごめんなさい」
立ち上がって謝る。
「やだ。いいのよそんなの。気にしないで。リナちゃんが無事でよかったわ」
マリーナが優しく抱きしめてくれる。
そこでやっと、リナの感情がほどけてこぼれた。
「うっ。うう~~~」
「あらあら。レオ。ちゃんと慰めてあげてね」
1度きゅうっと抱いてから、リナをレオに渡した。
「リナ。リナ……」
座っている膝の上に、ちょこちょこ歩いてきたリナが座る。
おでこに。頬に。鼻に。レオはキスをする。
「怖がらせてすまなかった」
「こ、こわかった…。急に、部屋の中に人いて…」
「ああ」
「わかんなかったの。誰かいるって。気が付いたら、捕まってて…」
「ああ」
「荷物、私のバッグ、ぐちゃぐちゃ……」
「バッグ?」
「うん。この、世界に持ってきた、私のバッグ…中身全部出てたの……」
「あとで無くなったものがないか確認しよう」
「うん」
リナはベッドに横になり、ぐしぐしと涙を拭く。
「目が腫れる。擦るな」
レオは横に肘をついて、顔を隠して泣くリナを慰める。
あとからあとからこぼれるリナの涙は宝石のようにコロコロとこぼれる。
「マリーナさんたちにも迷惑かけちゃった……」
「迷惑じゃない」
「だって、コップも割っちゃったし、私が狙われてたんでしょ?ここに来なければ……」
「リナ。迷惑じゃない」
レオははっきりと言葉にした。
「何度も言う。迷惑じゃない」
コップを割ってしまっただけで、こんなに落ち込むリナ。
なにかを意図的に壊したことなどないのだろう。
善良な人間だ。
レオの心にあるのは、こんなにもリナを泣かせた相手にどうやって報復するかだけだ。
リナを傷つけようとしたのか、攫おうとしたのか。物盗りだとは思えない。
どれにしたってレオがやることは決まっている。
2度とレオやリナに手を出そうなんて考えられないようにするだけだ。
レオの瞳がギラギラと光っていた。




