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「甘いもの。好きか?」
「うん。好き」
という会話から、レオとリナは二人でカフェに行くことになった。
ここも客のほとんどが女性で、男性はレオ1人のように見える。
それでもレオは平気そうだ。
「レオ」
「決まったか?」
「メニューが読めない」
「え?」
改めて、メニューを渡されて、文字というものに向かい合ってみたリナ。
読めないのだ。
言葉は問題なく聞き取れて、話も通じている。
しかし、文字は読めない。
見なことがない記号のような文字だ。
「問題なく話せてるから、文字も読めるもんだと思ってた」
「実は、値札もよくわからなかったの」
数字も記号のようだった。
リナは一体いまいくらくらいレオに負債があるんだろう。
「そうだったか」
レオはさっと手を挙げて、店員を呼んだ。
「はい。おきまりですか?」
「この店の人気のメニューを説明してくれるか?」
「うちは果物を使った季節のタルトが人気ですよ。今は夏のフルーツをたくさん使ったタルトです」
ウェイトレスはにこにこと説明してくれる。
レオがリナに「どうだ?」と合図してくれた。
「私、それにします」
「俺はパンケーキ。3段で」
「お飲み物はいかがですか?」
「タルトに合いそうなハーブティーはありますか?」
「ええ」
「じゃあそれを」
「ふたつだ」
「ありがとうございます」
ウェイトレスさんが去ったあと、リナは少し考えた。
そもそも私はこの世界の言葉をなぜ話せるのか。
いや、話せているのか?
日本語がどこかで変換されているのか?
「リナ。なに考えてる?」
「うーん。みんながあの文字の言葉をしゃべってるなら、どうして私の言葉が通じるのかなって」
「この世界へやってきた、なにか特典みたいなのがあるのかもしれないな」
リナはじっとレオの唇を見つめた。
日本語として聞こえているが、この世界の言葉をしゃべっているのなら唇と言葉に差異が出るはずだ。
「どうした?」
「レオ。なにか話して。ゆっくり」
「なにかって……」
「見えるもの、順番にしゃべっていくでもいいよ」
レオはリナをじっと見た。
「リナが見える。きょうは化粧して大人っぽい。あー。きれいだな。髪のリボンも似合ってる。店のやつも言ってたが、透明感ってやつか?リナは空気に溶けそうなんだよ。手を離したら飛んでいきそうって思っちまって。俺は手を離すのが嫌なんだ」
思わぬレオの心の声がほろりほろりと唇からこぼれてきて、リナは唇の動きを見るどころではなくなってしまった。
「な、なにいってるのよ!」
「なんだよ。見たもの言えって言うから言ったんだよ」
レオは不服そうだ。
「どうだ?」
「レオったら褒めるの上手。…恥ずかしくって、唇見るの忘れちゃったわよ」
「なんだよ、恥ずかしいって。本当のことしか言ってないってのに」
「あ。ありがと」
少しもじもじしていたところにケーキが運ばれてきた。
「はい。こちらが季節のタルトです」
「ありがとう」
「パンケーキ3段とハーブティーです。ごゆっくり―」
ウェイトレスはにこにこでケーキを置いて行ったが、2人の会話、聞こえてたんじゃないだろうか。
奥でキャッキャする声が聞こえなくもない。
タルトは宝石のようにたくさんの果物がモリモリと乗せられている。
「美味しそう!」
「ああ。俺のも食いたかったらやるよ」
「すごいね。座布団みたい」
特大パンケーキにバターがとろりととろけている。
それが3枚も。
「俺を育てたばあさんが、腹が減ったというとこれを作ってくれた。たまに食べたくなるんだ」
「思い出の味なのね」
「そうだな」
シロップをかけて、ちまっと切った一口目を、リナに差し出す。
「ほら。シロップがこぼれる」
「あ、もう」
食べなきゃしょうがない。
リナは口を開けてレオのパンケーキを食べる。
ふんわりしっとりだが、端っこはさっくり。甘いシロップとミルクを飲んだ時にも思ったが、ミルクの質もいいのだろう。リッチなバターの味が口いっぱいに広がる。
「おいしい!」
「よかったな」
「じゃあ、レオも食べて」
「え?」
「ほら、こぼれるから」
レオは眉間のしわを深くして、リナのカットしたタルトを一口食べた。
「ああ。フルーツが多いから、甘すぎないんだな」
「美味しい?」
「うまいな」
レオは強面だが、表情が和らぐと、持ち前のイケメン度合いが前面に出てくるのだ。
リナは目に優しいイケメンはいいなぁと、ぼんやり考えながらタルトを食べた。
有名人らしいし。お金もある。モテないわけないと思うんだけどなぁ…とかなんとか思いながら、ハーブティーを飲む。
なぜこんなにも、レオの恋愛事情が気になるのかはよくわからないが、リナは『自分が邪魔にならないように、早めにこの世界のこと学んで独り立ちしなければ』と心に決めた。
レオが『一生リナを手放さない』と心に決めていることを知らずに。
そしてこのタイミングで神様はいたずらをする。
「レオナルドじゃない」
入口の方から女の声が響いた。




