第5話「血薔薇の夜明け」
深い霧が街を覆い、赤黒い夜明けが空を裂いた。
戦火の匂いと血の香りが混ざり、薔薇園の静けさを遠くから呑み込んでいた。
エリザベータ・ローゼンブルートは、薔薇の間を歩きながら指先に血を集める。
不死の力を手に入れて以来、彼女の心は常に孤独に縛られていた。
愛する者を救えない痛み。失われる命をただ見守るしかない絶望。
それでも、彼女は立ち続ける――
「……誰も救われなくても、私は立ち向かう」
その言葉は、自分自身に言い聞かせる誓いでもあり、歴史に抗う意思でもあった。
街外れの小屋に、彼女は倒れた少女を見つける。
貧困と疫病に苦しむその少女は、絶望の中で微かに息をしていた。
「……助けて……」
かすかな声に、エリザベータの胸は締め付けられる。
手のひらを広げ、血を流す。
赤い光が少女の体を包み込み、傷と病を癒す。
瞬間、少女は微笑み、涙を流す。
「……ありがとう……」
しかし、時は残酷に流れる。
夜が明けると、少女の体は冷たくなり、死の影が忍び寄る。
「……やはり……」
膝をつき、薔薇園を見つめるエリザベータ。
救った者は、必ず悲劇に沈む。
それが、永遠の呪い――不死の代償だった。
その時、背後から影が迫る。
黒い翼、冷たい声――アザゼル。
「また、苦悩の輪廻か。愚かな人間たちを救おうとするのは……滑稽だ」
少女は薔薇の花びらを舞わせる。
血の力を掌に集め、戦火の中に立つ。
「……滑稽でも構わない。私は立ち向かう」
瞳には揺るがぬ意志と深い悲しみが混ざって光る。
街の遠くで、戦の叫びが響く。
飢えと疫病、宗教の名の下の殺戮……歴史は彼女を試す。
だが、彼女の胸には、ただひとつの信念が残っていた。
「……それでも、私は……立ち続ける」
血の薔薇の香りに包まれ、永遠の戦いは夜明けの空に続く。
少女は美しく、凛として、残酷な運命の中で立ち上がった。
夜明けの光が、赤く血を帯びた薔薇園を照らす。
その光景は、誰にも救われない世界の象徴であり、
血と絶望の中で咲き続ける少女の孤高の美学を映していた。