第2話「永遠の夜に咲く血薔薇」
夜の闇が村を覆っていた。
月光は鋭く、薔薇園の赤い花びらを銀色に染めている。
だが、その静寂は、死者たちの嘆きで満ちていた。
エリザベータは薔薇の間を歩きながら、指先で花びらを撫でる。
その掌に残る冷たさは、血の記憶。
愛する者たちを失った痛みは、時を超えても色褪せることはなかった。
「……アザゼル。私の力を貸してくれ」
声は小さく、しかし確かな意志を帯びていた。
黒い翼が庭の上に落ちるように舞い降りた。
「愚かな少女よ。お前は不死だ。死者を蘇らせることはできぬ。だが、絶望を力に変えることはできる」
悪魔の声は冷酷で、美しかった。
エリザベータは深呼吸し、薔薇の花びらを集める。
掌に吸い込む血の力を感じながら、彼女は村に足を向けた。
目に映るのは、惨劇に染まった広場。黒焦げの家々、死者の群れ、そして絶望に震える生き残りたち。
「……まだ、間に合う」
その言葉は、自らを励ますためではなく、誰かを救いたいという願いのために発せられた。
だが、瞬間、空気が裂けた。
村の外れに、飢えと恐怖に支配された群衆が現れる。
彼らは、彼女を追う宗教裁判官たちの残党に従い、血の復讐を求めていた。
「……ああ、やはり……」
エリザベータの唇から小さく吐かれた声に、悲しみが滲む。
救いたい者たちの希望は、またもや破れようとしている。
それでも、少女は立ち止まらなかった。
黒い瞳に炎が宿る。
「……ならば、私が力を示そう」
薔薇の花びらが宙に舞い、血のように赤く光る。
触れた者は癒され、絶望は一瞬だけ和らぐ。
だが、力の代償は重い。
吸血――自らの命を他者に分け与えることでしか、この魔力は維持できない。
群衆を鎮めるため、少女は自らの血を差し出した。
その痛みは、愛する者を失った痛みと同じ――いや、それ以上に深く、冷たく、胸をえぐる。
そして、救われた者たちは、後に別の悲劇に巻き込まれていく。
それが、不死の呪いの残酷なルールだった。
「……ああ……これが、永遠なのね……」
エリザベータは薔薇園に戻り、静かに膝をつく。
目の前には、散った花びらが血のように赤く、月光に光っている。
不死であること。愛する者を救えないこと。
その絶望の果てに、彼女はただ一つの決意を抱いた。
「……それでも、立ち向かう」
遠くで、黒い翼が夜空を裂く音がした。
アザゼルの影は、いつも通り冷ややかに、だが確実に彼女の傍にある。
「……楽しみだ、エリザベータ。お前の苦悩を、私が見届ける」
薔薇園に吹く夜風は、血と絶望の香りを運ぶ。
その中で、少女の瞳は光を失わず、永遠の夜に咲く血薔薇のごとく凛と立っていた。