第1話「薔薇園の少女」
薔薇の花びらが朝陽に赤く染まる。
その香りの中で、一人の少女は微笑んでいた。エリザベータ・ローゼンブルート。十六歳の少女に見えるが、その瞳は何百年もの時を映していた。
村人たちは口々に彼女の名を讃えた。「病に苦しむ子供を救ってくれたのは、あなただった」「この村の希望だ」
しかし、希望は時に最も残酷な形で裏切られる。疫病が村を襲い、不作が続くと、人々の心は恐怖と嫉妬に染まった。彼らはささやく。「あの美しい少女が悪魔と契約しているのではないか」と。
ある夜、村の広場に火が灯った。松明の光に照らされ、数十の村人が恐怖と怒りで顔を歪めていた。
「魔女め!」
叫び声とともに、エリザベータは石段に押し出された。薔薇園の少女が、処刑台の前に立つ。
その瞬間、冷たい風が吹いた。石畳に咲く血のように赤い薔薇は、まるで彼女の運命を嘲笑うかのように揺れていた。
「待って……お願い……」
愛する村人たち、幼馴染、家族――誰もが絶望に泣き叫ぶ。だが、法と宗教の名の下で、処刑は止まらない。
絶望の淵で、エリザベータは目を閉じる。
そして、静かに囁いた――
「私を……助けて、アザゼル……」
夜空に黒い翼がひとひら舞った。漆黒の悪魔、アザゼルが現れた。
「契約か……愚かな人間たちよ」
美しくも冷酷な声が耳元で響く。
瞬間、世界は変わった。炎と悲鳴の中、少女の身体は光に包まれ、血塗られた処刑台の前から忽然と消えた。
目を開けると、そこは無傷の薔薇園。だが、愛する者たちはすべて失われていた。彼女は不死となり、永遠に愛する者を失い続ける運命を背負った。
「……これが、私の代償……」
薔薇の香りの中で、少女は静かに、だが確かな意志を胸に立ち上がった。
「救えなくても……それでも、私は立ち向かう」
時の流れを超え、愛と絶望の物語は、ここから始まる。