悪役令嬢に生まれ直したのですが、なんか義兄が優しいです?
生まれる前からの記憶がある。
こんなことを言えば周囲は奇異な目で私を見るだろう。
だが、お腹の中にいた頃からの記憶がずっとある。
さらに言えば、お母様のお腹の中に宿る前…前世の記憶もある。
だからわたくしには分かる。
「ここ、乙女ゲームの世界ですわ」
「そして…」
「わたくしは、悪役令嬢イゾルテですわ」
そう、前世でよく遊んでいた乙女ゲームの世界に…わたくしは転生したのだ。
前世の死因は「老衰」。
そう、わたくしは前世では天寿をまっとうした。
可愛いひ孫や孫、子どもたちに看取られて幸せに死んだのだ。
心残りといえば、部屋にある乙女ゲーム各種を片付けられなかったこと…それも、ちょっと恥ずかしいなくらいで幸せな最期だった。
「なのに何故詰みの悪役令嬢に転生するかな」
わからない。
わからないが、元の悪役令嬢を乗っ取ったとかではなく最初からお母様のお腹に宿っていたのは幸いだ。
可哀想な元の身体の持ち主、なんていないから。
「とはいえ、ねぇ」
こうなると、迷うのは将来についてだ。
まず先に言うと、わたくしは悪役令嬢の中でも可哀想な部類の悪役令嬢…のはずだ。
本来なら、両親にも兄にも婚約者にも関心を持たれない可哀想な子。
そこから、誰からも愛される平民出身の聖女になにもかも奪われる。
婚約者も聖女を愛して、家族は「わたくし」をあっさり捨てて、それどころか聖女を養子にして後ろ盾となり「わたくし」の『元』婚約者との結婚を後押しする。
捨てられたわたくしは野垂れ死ぬらしい。
「となると、元の悪役令嬢を演じてヒロインを応援するか、わたくしが幸せになる道を模索するか…」
正直、野垂れ死ぬのはどうでもいい。
だって前世が十分過ぎるほど幸せだったし、一度死んだから死ぬのは怖くないし。
むしろそれで周りが全員幸せになるなら、それも悪くない。
それこそが「わたくし」に求められる役割なのだから。
けれど…。
「なんか、本来わたくしを見捨てるはずのお兄様が妙に優しいんですのよね」
公爵令息、ランスロット。
公爵家を継ぐために選ばれた、叔父の息子…従兄だ。
彼はわたくしに妙に優しい。
わたくしの婚約者のトリスタンより優しい。
あ、ちなみにトリスタンは侯爵令息だ。
そして「わたくし」の婚約者は必ずヒロインのお相手となる。
ヒロインのお相手が「わたくし」の婚約者となるとも言える。
…なのだが。
「おい、イゾルテ」
「お兄様」
「どこへ行く」
「ちょっと城下へ買い物に」
「ならば俺も行こう」
兄は、何故か本編と違い優しい。
兄は、何故か本編と違い過保護だ。
兄は、何故かわたくしを気に入っているらしい。
「えっと、お兄様。わたくし、そんな大層な買い物はしませんのよ」
「そうか、ならば兄様が追加でいくつかお前に似合う品を買ってやろう」
「お兄様、大丈夫ですわ。わたくし、一人でも買い物は出来ますのよ」
「行きや帰りに事故にでもあったらどうする?俺がいた方が安全だ」
「それはそうですけれど…」
とまあこのように、わたくしを溺愛する兄になってしまったのだ。
原因はいくつかある。
わたくしが一歳の時。
すなわちこの世界の言語を理解しはじめて、たどたどしくも少しばかり言葉を喋れるようになった時。
そして、この世界の文字を少しずつ読めるようになってきた時。
さらに、わたくしが歩けるようになった時。
そんな頃のことだ。
わたくしは勉強以外の自由時間なのに、わざわざ自主勉強している兄に言った。
「お兄様、ここ、違う」
「は?」
「ケアレスミス、見て」
「………本当だな。お前、もう算術を理解しているのか」
「ふんす」
胸を張るわたくしに、兄様は滅多に笑うことがない人のはずなのに爆笑していた。
わたくしが二歳の時。
あの算術の指摘をした時以降、勉強の時間以外は兄はわたくしを構うようになった。
さらに勉強の時間にも、わたくしを側におくようになった。
家庭教師の先生も、それを止めずに一緒に授業してくれた。
兄の成績は下がるどころか鰻登り。
先生の出すテストでも常に満点。
「妹君とお勉強し始めて以来、素晴らしい成績の向上ですね」
「間違って覚えてしまっても、妹が指摘してくれますから」
「家庭教師としては、妹君に嫉妬してしまいますね」
「なにを仰る。そもそも先生のご指導があってこそです」
「それは嬉しいですね。それに、可愛らしい姫君にも一足先にお勉強をさせられてとても楽しいですし。妹君は本当に理解力が高い。一度で全て理解してしまわれる」
兄と先生に褒められ撫でられて、とりあえずニコニコしておいたあの時のわたくし。
そんなわたくしは、ある日言った。
「先生、お兄様、掛け算はしないの?」
「掛け算とはなんですか?」
「急にどうした」
「わたくし、教える」
算術の勉強はいつまで経っても足す引くばかりだったので、掛け算と割り算を二人に教えた。
先生は吠えた。
「…て、天才だー!?」
兄は言った。
「俺の妹は、愛いだけでなく賢い」
わたくしはその後、王家から勲章を与えられた。
わたくしが三歳の時、兄が隠れて泣いていたのを見た。
「誰も、俺のことなど見ない…公爵家の跡取りとしての価値しか、俺にはない…妹が生まれて、義母上がもう子を産めない身体になったから引き取られただけの俺に、価値なんてないも同然なんだ…」
何があったのかは知らない。
もしかしたら、子どもたちの集まるお茶会の席でなにか悔しいことを言われて、言い返せなかったとか…。
ともかく、泣いてる子供を放っておくわけにも行かずわたくしは側に寄り添った。
「兄様」
「………お前か。なんだ」
「兄様には、わたくしがいるよ。それじゃあ価値にならない?」
「…?」
「わたくしは兄様が好きだよ。その好きは価値にならない?」
その時初めて、兄からのハグを受けた。
わたくしが四歳になった時。
兄様は大分わたくしを構うようになっていたが、まだ溺愛までは行かなかった。
だが、決定的なことが起こる。
魔術の授業を家庭教師の先生から受けている時。
わたくしは魔力が多すぎると分かり、魔力放出をしないとどんどん肥え太ると分かった。
だから原作の本編では、あんなに太ましかったのだ。
だから魔力放出を勉強し始めた…のだが、今度は魔力放出のしすぎで魔力欠乏症になってしまった。
倒れたわたくしを見て、兄は先生を責めなかったがわたくしに対して過保護になった。
ついでに先生も。
ということで、わたくしは義兄に溺愛されまくっているのだけど。
「お前などより余程イゾルデの方が僕に相応しい!」
イゾルデ。
平民出身の聖女。
イゾルテ。
わたくし本人、悪役令嬢。
だけれどわたくしは、結局イゾルデに対して嫌がらせはしなかった。
それだけれども、婚約者はわたくしよりイゾルデの味方だ。
そしてわたくしは今、一方的な婚約破棄宣言を受けている。
「ではどうしろと」
「大人しく身を引け!そして僕とイゾルデが結婚できるように後押ししろ!」
「うーん…」
いや、別に後押しも婚約破棄もいいんだけどさ。
君はどうしてそんなに偉そうなのさ。
「いいですけど…」
「よし、言質は取ったぞ」
「何が言質は取ったぞだ、痴れ者め」
「あ、お兄様」
「あっ…」
お兄様を見て婚約者が震える。
「妹をよくも傷つけたな」
「え、お兄様わたくし傷ついてない」
「その手足を切り落とし、だるまにして親元に返してやろうか」
「ひっ…」
「お兄様、言い過ぎ」
お兄様は今にも実行しそうな体勢なので、お兄様に抱きつく。
「もう、お兄様やめて!むしろそんな浮気者と婚約破棄できるなんてわたくし万々歳だから!」
「………そうか」
お兄様は怒りを鎮める。
その隙に元婚約者は逃げ帰った。
とんとん拍子でわたくしのトリスタンとの婚約は破談となった。
また兄の方も、婚約が破談となった。
理由はそのお相手が聖女を、わたくしの代わりかのように虐め倒したから。
聖女は元婚約者と婚約したはいいものの、元婚約者は今回の件で「こいつはダメだ」と両親に判断されて廃嫡。
ただの平民の男との婚約に、聖女は駄々を捏ねるも後の祭りだった、らしい。
そして、わたくしは。
「イゾルテ。俺と結婚しろ」
「…お兄様?なんて?」
「俺の婚約者となれ、イゾルテ」
わたくしは思わず宇宙猫になった。
「俺たちは従兄弟だから、ギリギリ結婚できる」
「まあそうですけど」
「その方が俺も後継として色々やりやすい」
「へぇ」
「それに、お前を愛している」
わたくしは、宇宙猫から戻れない。
「…なんで?」
「お前が俺を救ってくれたから」
「なにが?」
「昔のことだ、お前が覚えていなくてもしょうがない。ただお前は、俺を救ってくれた。それからどうしようもなくお前が好きだ」
「前の婚約者は?」
そっと目を逸らされた。
「…お前がトリスタンと上手くやっていけるなら、身を引くつもりでいた。あの女ともそれなりに交流していたし、あの女と結婚する気持ちもあった。だが、お前はあの男に捨てられた。そしてあの女も隙を見せた。だから…」
んー、怖い。
隙を見せたら即切り捨てにかかる義兄が怖い。
青ざめたわたくしを見て、兄が慌てて言う。
「お前にはそんなことはしない!」
「いやでも」
「お前は心の底から大切にする!」
「いやでも」
「愛してるんだ、本当に、心から!」
…。
……。
………。
「まあ…他に同年代で優良物件もないし、いいですけど」
そう、現実的に考えて一番いいのは「この人」だ。
断る理由がない。
「そ、そうか!では義母上と義父上に許可を取りに行こう!」
ワクワク顔の義兄…いや、ランスロット様に手を引かれて両親の元へ連れていかれる。
両親も断る理由がなく即決で婚約が決定。
わたくしは、ランスロット様の婚約者となった。
結果的に今まで以上にめちゃくちゃ溺愛され、幸せになったのは言うまでもなく。
わたくしは悪役令嬢ではなく、ただの幸せな女の子となった。