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第1話「過去の私」

——「ありがとうございました!」


会場には、割れんばかりの拍手と歓声が響き渡っていた。


「今日もお客さんいっぱいだったね」

「そうだね」


「やっぱり由希(ゆき)は天才だよ」

「そんなことないよ、瑠奈(るな)だってすごいよ」


お互いに笑い合い、ライブの余韻をかみしめる。

ライブハウスを出ると、夜風が火照った体を心地よく冷ました。


「あ、私ちょっとコンビニ寄って帰るよ」

「オッケー。じゃあ、また明日ね」


「うん、お疲れー」

「お疲れー」


瑠奈と別れ、ひとりで「コンビニへ向かう。

横断歩道の前で足を止めた、その瞬間——


視界の端から、トラックが突っ込んできた。


***


「……っ!?」


ガバッと目を覚まし、飛び起きた。

息が荒く、胸が大きく波打っている。


「……なんだ、夢か」 


汗ばんだ手でスマホを手に取り、日付と時刻を確認する。


『11月20日(水) 9:27』


思考が一気に現実へ引き戻された。


「……って、やばっ! 早く準備しなきゃ!」


慌てて支度を済ませ、仕事先へと向かう。


「いらっしゃいませー! 何名様ですかー?」


いつものセリフを口にしながら、ふと考える。


それにしても、なんであんな夢見ちゃったんだろう?

——バンドなんて、とっくに辞めてるのに。


***


話はさかのぼり、今年の3月。

バンド活動が10年目を迎える直前のことだった。


「由希、ちょっと話したいことがあって」 


「何?」


「由希はさ、まだバンド続けたい?」


「えっ」


一緒にバンドをやってきた友達、瑠奈から突然そう言われた。


***


話は更にさかのぼり、高校1年生の頃。

私は、友達4人とバンドを結成した。


あ、すみません、自己紹介が遅れました。

私の名前は、高橋(たかはし)由希。

私はギターボーカルを担当し、

バンド名は、“音坂ロック”。

通っていた「音坂女子学園」の名前をそのまま使った、シンプルな由来だ。


文化祭でライブをしたり、

オリジナル曲を作ってライブハウスに出演したり、

とにかくバンド活動に夢中だった。


高校生という若さもあって、それなりに周りから注目されていたと思う。

「私たち、もしかしたら売れるんじゃない?」

そんな淡い期待を抱きながら、ただただ音楽を楽しんでいた。


高校卒業後。

4人のうち、私と瑠奈だけが進学も就職もせずバンドに打ち込み、

2ピースバンドとして活動を続けることを選んだ。


瑠奈はずっと、私のことを天才だと褒めてくれて、

「これからも由希と一緒に音楽をやりたい」

と言って、ついてきてくれた。


私は昔から音楽が好きだった。

中学生の頃、親にギターを買ってもらって、毎日のように弾いていた。

好きなバンドの曲を耳コピしては弾き語りしたり、

音楽の授業では、自慢のギターをみんなの前で披露したりして、ちょっとした人気者だった。


その頃から、漠然と

「いつかバンドをやりたい」と思うようになり、

将来は音楽を仕事にしたいと本気で考えるようになった。


自分には才能があるし、きっと売れる——

そう信じて疑わなかった。


でも、現実はそんなに甘くなかった。

夢ばかり見て、具体的な計画も覚悟も足りなかった。

そんな中途半端な気持ちで、当然売れるわけもなく、

私たちはアルバイトをしながら、ダラダラとバンド活動を続ける日々を送っていた。


——さすがに、このままじゃまずい。


焦りを感じ始めた私たちは、思い切ってスタジオ付きのシェアハウスで共同生活を始めることにした。


不思議なもので、環境を変えると少しモチベーションが上がる。

曲作りやライブのクオリティにも変化が出て、少しずつ手応えを感じるようになった。


すぐに結果が出たわけではない。

それでも、バンドの人気は徐々に高まり、

活動開始から6年目にして、ついにアルバイトの給料を上回るくらいの収益を得ることができた。


とはいえ、バンドだけで生活できるほど安定していたわけではない。

収入に波があったし、将来の保証もなかった。

結局、私たちはアルバイトをしながら活動を続けていた。


今思えば、

この時が、私のピークだったのかもしれない。


「もっと売れたい」という野心よりも、

「とりあえず音楽でそこそこ稼げている」という現状に、どこかで満足してしまっていた。


その結果、次第にモチベーションが低下していった。

ライブの本数も減り、曲を作るペースも落ちていき、

バンドを始めて9年目の年。

私たちは“活動休止”という選択をした。


活動休止を決めてからは、私はほとんど音楽をやらなくなった。

楽器に触れることもなくなり、スタジオに入ることもない、

ただ、バイトに行って帰るだけの毎日。

気付けば、ほぼフリーターのような生活を送っていた。


「……私、いま何してるんだろう」


そんなことを考えることはあったけど、

深く考えるのが怖くて、気づかないふりをしていた。

そうしているうちに、時間はどんどん過ぎていき——

いつの間にか、半年が経っていた。


そんなある日。


「由希、ちょっと話したいことがあって」


「何?」


「由希はさ、まだバンド続けたい?」


「えっ」


「私たち、来月でもう10年目じゃん?

だから、このままでいいのかなって思って」


そう言われた瞬間、私はハッとした。


音楽は好きだし、続けたい気持ちもある。

だけど、このまま続けても、このバンドがこれ以上大きくなる未来が見えない。

きっと、瑠奈も同じことを感じているだろう。


それに——

私は、ずっと瑠奈の期待を裏切り続けてきたのだと思った。


瑠奈は、私を信じてついてきてくれた。

それなのに私は、サボり続けて、

何年も売れない生活に巻き込んでいたんだと思うと、胸が痛んだ。


その後、何度も話し合いを重ねて——

私たちは、バンドを解散することにした。


***


これが、今年の3月——約8ヶ月前の話。


バンド解散後、

長年共同生活していたシェアハウスを離れ、

それぞれ就職し、新しい生活を送っている。

私は、当時アルバイトをしていたカラオケ店で、そのまま正社員として働くことになった。


「お疲れさまでしたー」


職場を出ると、冷たい夜風が肌に当たった。

シェアハウスに戻ることのない帰り道にも、だいぶ慣れた。

家に帰り、服を脱いでベッドに寝転がる。


バンドを辞めた今でも、今日見た夢のように、

大勢の前でライブをする自分を、ふと妄想してしまう時がある。


——もう過去のことなのに、なぜだろう。


……まぁ、いいか。

明日も仕事だし、早く寝よう。


……と思った、その時だった。

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