第17話「藍色の推し」
「望月くん。来週のシフト、平日の朝から希望出してるけど、学校は大丈夫なの?」
「はい、全然大丈夫ですよ。課題提出さえすれば単位取れるので」
「……大丈夫ならいいけど」
——まぁ本当は、停学処分を受けたから朝から入れるんだけどね。
藍歌ちゃんのために、たくさん稼がなければ。
***
出会いは、1年前の夏だった。
何気なくスマホでショート動画を流していたとき、ふと目にとまったのは、
藍色の瞳で、ジト目で、金髪ボブの女の子。
自分もジト目だからなのか、どこかシンパシーを感じた。
調べてみると、
彼女の名前は、御影藍歌。
“りこれくしょん。”という地下アイドルグループのメンバーだった。
気づけば僕は、彼女のライブに足を運んでいた。
りこれくしょん。は、決して有名なグループじゃなかった。
でもその分、小さなライブハウスの前の方で、ステージを間近に見ることができた。
そして——
藍歌ちゃんの歌声を聴いた瞬間、胸を撃ち抜かれた。
あの動画で感じた印象なんて比にならない。
落ち着いた雰囲気からは想像もできない迫力のある歌声に、衝撃が走った。
その日から僕は、完全に藍歌ちゃんのファンになった。
「この子に、たくさん貢ぎたい」——
そう思って、アルバイトを始めた。
時給がそこそこ良い飲食店を選んだ。
だけど、仕事は遅いし、愛想もない。
店長やパートのおばさんたちには陰でいろいろ文句を言われていたが、正直どうでもよかった。
僕にとってこのバイトは、
藍歌ちゃんに貢ぐための手段でしかない。
だから、お金さえ稼げれば、それでいい。
そう割り切って、黙々と働いていた。
バイト代が入ると、僕は初めて特典会に行った。
特典会というのは、ライブのあとに行われる、アイドルと交流できる時間だ。
CDやグッズを買うと「特典券」がもらえて、
それを使ってチェキを撮ったり、短いトークを楽しめたりする。
僕はCDを4枚購入した。
CD1枚につき特典券が1枚ついてくる仕組みなので、特典券は全部で4枚手に入った。
そのうち1枚をチェキ撮影に使い、残りの3枚をトークに使った。
トークは特典券1枚につき15秒なので、藍歌ちゃんと約45秒間話すことができた。
推しと初めて喋るというのは、想像以上に緊張する。
列に並んでいる間、ずっと手汗が止まらなかった。
「藍歌ちゃん、はじめまして」
「あー、はじめまして。君なんて名前なの?」
毒舌塩対応キャラで知られる藍歌ちゃんは、淡々とした口調でそう言った。
「三郎と言います」
「へー、三郎って言うんだ。
……まぁ、明日には忘れてると思うけど、よろしく」
名前を呼ばれた瞬間、意識がふわっと浮かぶような感覚になった。
ただ名前を呼ばれただけなのに、こんなにも嬉しいものなんだ。
ライブや特典会に通うだけじゃなく、SNSでの応援も始めた。
「#あいのつぶやき」——
藍歌ちゃんのファンは、このハッシュタグをつけて、応援メッセージやチェキの写真を投稿する。
藍歌ちゃんはエゴサをしてくれて、たまに“いいね”を押してくれる。
そのいいね一つで、なんでも頑張れる気がした。
***
それから僕は、りこれくしょん。のライブにほぼ毎回参加するようになった。
藍歌ちゃんの歌声が響き始めるたびに、胸がぎゅっと締めつけられる。
あの日、初めて惚れたあの歌声は、回を重ねるごとにどんどん進化していた。
歌もダンスも、見るたびに洗練されてる。
きっと誰よりも努力してるんだろうな。
そんな努力家な藍歌ちゃんを、ライブのたびにもっと好きになっていった。
もちろん、SNSでの応援も欠かさなかった。
ライブの感想やチェキの写真、感情をそのまま綴った短い言葉を投稿していた。
だけど——それだけじゃ足りなかった。
もっと、藍歌ちゃんに想いを届けたい。
もっと、僕と言う存在を知っていほしい。
「この人、他のファンと違うな」って、思われたい。
ただ「ありがとう」とか「かわいい」とか「大好き」とか、
そんなありきたりな言葉だけでは、ただのファンと一緒だ。
もっと、自分だけのオリジナリティを出さなければ。
でも、何をすればいい?
そんなことを考えていたある日。
同好会の部室で、ふとギターが目に入った。
——これだ。
音楽で届けよう。
藍歌ちゃんのためだけに作る、オリジナル曲で。
歌は得意ではないため、ギターの音だけで曲を作ることにした。
最初は全然弾けなかった。
それでも、藍歌ちゃんに届けたい一心で、毎日練習を重ねた。
ある程度弾けるようになった頃、
30秒ほどの曲をひとつ作り、「#あいのつぶやき」に添えて投稿してみた。
すると、藍歌ちゃんから“いいね”がついた。
飛び上がるほど嬉しかった。
というか、実際に家の中で飛んで喜んでた。
***
次の特典会。
「藍歌ちゃん。この間、俺の曲にいいねしてくれてありがとう!」
「あー、あれね。ギター弾けるんだ、すごいじゃん」
特典会では、いつもの棒読み塩対応で、さらっと褒めてもらえた。
最低でも1週間に1曲。
藍歌ちゃんに似合うメロディってなんだろう?
頭の中でひたすら妄想を広げていった。
藍歌ちゃんがステージでこの曲を歌ってくれたら——
そんな夢みたいな場面まで妄想しながら作っていた。
でも、妄想すればするほど、ギターだけでは表現が縛られる。
伝えたいことが、どうしても物足りない。
もっと音の幅を広げよう。
そう思って、僕はDTMソフトをインストールした。
打ち込みでドラムやベース、シンセサイザーやSEも加えて、曲の世界観を広げていった。
「#あいのつぶやき」と共に投稿する。
毎回いいねがつくわけではないが、藍歌ちゃんに届いてると信じて投稿し続けていた。
そんなふうにして、
僕の毎日は藍歌ちゃんを中心に回るようになっていた。
学校が終わればバイトに行き、稼いだお金はライブと特典会に全投資。
空いた時間で作曲し、SNSの通知が鳴れば即反応。
藍歌ちゃんの存在は、生きがいそのものだった。