第14話「小説に打ち込むテスト期間」
5月20日。
『無料ギャンブラー』を書き始めて、今日でちょうど2週間が経った。
あれから毎日、コンスタントに2500字ほど執筆して、投稿サイトに更新し続けている。
けれど、未成年でギャンブル経験のない僕にとって、
この小説のテーマは無謀ともいえる挑戦だった。
知識を身につけるためにギャンブル漫画を読み漁り、
スロットや競馬の仕組み、パチンコ中毒者のエッセイなんかも、ネットで調べては読んだ。
読んで、理解して、物語に落とし込んでいく。
だけど、「脳汁が出る感覚」とか「賭けの快感」とか、
やっぱり“本物”の感覚は分からない。
結局のところ、すべてを想像だけで書くしかなかった。
それに、一つのテーマだけで10万字も書けるのか。
読者は飽きずについてきてくれるのか。
物語にもっと厚みを持たせたい。
でも、どう広げればいいのかが分からない。
そんな悩みが、ずっと頭の片隅にあった。
そんな中、学校では一学期最初のテスト期間が始まっていた。
多くの部活や同好会は活動を休止していたけれど、
僕たちは変わらず、放課後は部室に集まり、他愛もない話をしていた。
「先輩って、テスト期間中もバイトしてるんですか?」
僕がふと尋ねると、先輩は当たり前のようにうなずいた。
「してるよ。当たり前じゃん」
推しのためなら、テスト期間も関係ないらしい。
相変わらず、推しへの愛がすごい。
「曲も作らないといけないしさ。
正直、テスト勉強なんてやってる場合じゃないよね」
「まぁ、それもそうですね」
僕も似たようなものだ。
今は小説を書かなければいけないし、
正直、テスト勉強なんてやってる場合じゃない。
「後輩くん、小説は順調?」
「順調は順調ですけど……PV数が全然伸びなくて」
「そっか。俺は『無料ギャンブラー』、面白いと思うけどなぁ」
その言葉だけで、救われた気持ちになる。
先輩に「面白い」と言われたら、それだけで頑張れる気がした。
でも、今の悩みはPV数だけじゃない。
物語そのものに、どこか薄さを感じてる。
どうすれば、この作品に厚みを持たせられるのか分からない。
——そうだ。
先輩に相談してみよう。
きっと、何かヒントをくれるはず。
「……あの、先輩——」
***
「……なるほどね」
僕の話を聞き終えると、先輩は少しだけ顎に手を当てて考え込んだ。
「どうすれば話を広げられるか、分からなくて……」
「うーん、じゃあさ——
今度は異世界人を転生させてみれば?」
先輩は、あっさりとそう言った。
「異世界から……現代に、ですか?」
「そうそう。
今ってさ、主人公が現代から異世界に行って、ギャンブルを広めてるんでしょ?
だったら今度は逆に、異世界でギャンブルを覚えた誰かが現代に転生して、
『あの男……まさかこの世界から転生してきたのか!?』
みたいな展開にしたら面白くない?」
それを聞いた瞬間、目から鱗が落ちたようだった。
そんな逆の構造、考えたこともなかった。
物語に深みが出る。
スケールも広がる。
なにより、読者をワクワクさせられる。
本当に、どうしてこんなにも独創的な発想が、自然に出てくるんだろう。
できることなら、先輩にこの小説を書いてもらった方が、ずっと面白くなるんじゃないか。
そんなふうに思ってしまうほどだった。
「先輩、さすがすぎます……」
思わずそう呟いていた。
でもその直後、
僕はそっと目を伏せ、ふと冷静に考えた。
……これって、なんか、ずるいんじゃないか?
このアイデアを、そのまま使っていいんだろうか?
これは先輩の発想であって、僕のものではない。
そんな思いが、心の中で引っかかった。
「……すみません、この展開、やっぱり使わないことにします」
「え?」
「これは先輩のアイデアですし、僕の発想じゃないから……
この作品は自分の力で最後まで書きたいと思います」
先輩は気軽な口調でこう返した。
「え、全然使っていいのに。
むしろ使ってほしいくらいだよ」
「でも……最初の設定だって、先輩が何気なく言った一言から思いついたもので……
先輩の力に頼りすぎるのもなぁ、って」
そのとき、先輩は少し真面目な顔で、こう言った。
「でもさ、
創作ってそういうものじゃない?
アイデアなんて、誰かの言葉から生まれることもあるし、誰かの影響で形になることもある。
今ある名作だって、過去の作品からの影響を受けてることなんて、いくらでもあるだろうし。
だから、気にしなくていいんだよ。
俺の発想があろうと、これは“後輩くんの作品”だから。
それにさ、
唯一俺についてきてくれた後輩が、こうやって頼ってくれることが、俺は一番嬉しい。
そして、俺の“何か”を継いで作品を創りあげてほしい。
俺の継承者、“三郎イズム”を受け継ぐ——
“三郎二号”として」
先輩の言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。
こんなにも天才的な人に、そう言ってもらえたことが、ただただ嬉しかった。
***
夜、先輩からもらったアイデアをもとに、
ノートを広げてプロットを練り直し、
そのプロットに沿って、ひたすら文字を打ち込んでいった。
時刻は23時。
気づいたら、4000字も書いていた。
1話分を2000字前後にまとめて投稿する。
新しいエピソードが、静かにネットの海に流れていった。
明日のPV数どうとか、あまり考えていなかった。
今はただ、まだ描いていない続きを紡ぐのが楽しみだ。