第13話「何気ない会話から生まれたアイデア」
「先輩、お疲れ様です」
「……」
あれ?
いつもの「おう、後輩くん。お疲れー」がない。
先輩は真剣な表情でスマホの音楽ゲームに集中している。
気が散らないように隣には行かず、
曲が終わるまで扉の前でスマホをいじりながら待っていた。
すると——
「……汁が出た!!!」
「……びっくりした」
「あー、後輩くんいたんだ。お疲れ」
「気づいてなかったんですね……
で、急にどうしたんですか? 『汁が出た』って」
「フルコンボして脳汁が出たってことだよ。
さっきまで“ギャンブル”してたから」
「ギャンブル? 音ゲーじゃなくて?」
「そう、音ゲーのことだよ」
「……ん?」
どういうことだ?
ギャンブルなのか、音ゲーなのか。
困惑する僕を見て、先輩が口を開いた。
「あー、ごめんごめん。
さっきから俺の説明が悪かったね。
後輩くんは、“ギャンブル”って聞くと、何を思い浮かべる?」
「ギャンブルですか?
まあ、いわゆるパチンコとか、競馬とかですかね」
「うん、普通はそう考えるよね。
じゃあ、その二つが“ギャンブル”って呼ばれてる理由は、何だと思う?」
「お金を賭けるから……ですか?」
「違う。正解は、“脳汁が出るから”だよ」
「脳汁が出るから?」
「そう。脳汁——つまり、ドーパミンとか快楽物質がドバッと出ることで、ギャンブルっていうのは成立するんだ。
だから、脳汁が出るものは、すべて“ギャンブル”って言えるのさ」
「なるほど……
じゃあ、先輩が音ゲーをギャンブルって言ってたのは……」
「そう。高難易度の曲をフルコンボしたことで、ドバーッと脳汁が出たんだよ。
だから、音ゲー=ギャンブルってわけ」
「……なるほど。
つまり、お金を賭けなくても“脳汁”が出るなら、それもギャンブルになるってことですね」
「そういうこと。
音ゲーは、無料でできるギャンブルなんだよ」
わかるような、わからないような……
でも、先輩らしい理屈ではある。
「先輩との会話は、ほんと不思議な感覚になりますね」
「そう?」
「はい。
無料でできるギャンブルなんて聞いたの、初めてですし……
なんか、別の世界で生きてる人と会話してる気分です」
「あはは、なんだよそれ。
俺は異世界人なんかじゃなくて、現代人だよ」
「あはは、分かってますよ……」
そう言いかけた瞬間、ふと疑問が浮かんだ。
——もし、先輩が異世界に転生したら……どうなるんだろう。
この現実世界でさえ、先輩の存在は、
僕みたいな平凡な人間から見れば、もはや異世界人。
でも、実際には先輩はちゃんと現代人で、
僕が異世界に来たような感覚になっているだけ。
そう考えると——
むしろ異世界人なのは僕たちの方で、
何もない退屈な世界に、突飛な現代人が転生してきた。
そんな感覚だ。
その時だった。
あれこれ考えているうちに、
頭の中にアイデアがストンと降ってきた。
不思議なくらい自然で、だけど確かなひらめき。
——そうだ。
僕は思わず立ち上がり、声をあげた。
「……先輩!!!」
「……びっくりした。どうしたの?」
「小説の設定を思いつきました!」
「え、どんな設定?」
「お金をかけずに快楽を追い求めるギャンブラーが、
ある日、異世界に転生して……
“死んだらタダで異世界に行けて大当たりした”という設定です。
そして、そこから異世界でギャンブルを広めていくんです!」
「え、それめっちゃいいじゃん!
ちょっと変わった異世界系で、オリジナリティもあるし!」
「タイトルは『無料ギャンブラー』でどうですか?」
「おぉ! それいい!」
我ながら、いいアイデアが浮かんだと思う。
これまでは、どこかで見たことのあるようなベタな物語しか作れなくて、迷走していた。
でも今回の設定には、妙な自信があった。
帰宅後。
さっそく『無料ギャンブラー』の創作に取りかかった。
まず、主人公はどうしようか。
高校生でギャンブラーだと無理がある。
だったら、いっそ「30歳無職の男性」とかのほうが自然だ。
この男は、借金が100万円ある。
これ以上お金をかけられないと思った彼は、
「無料で脳汁を出す——無料ギャンブル」という独自の遊びにのめり込んでいく。
そんな彼は、
ある日、交通事故に遭い、目を覚ますと異世界にいた。
結果的に、死んだことで“無料ギャンブル”に勝った形になったのだ。
……しかし、転生できたはいいものの、
この世界には、現代のような娯楽の概念がまったく存在しない。
当然、ギャンブルなんて言葉もない。
人々は「ただ生きている」だけ。
「退屈すぎる……」
そう感じた彼は、異世界で“ギャンブル”を広めることを決意する。
第1話は、ざっくりこんな感じでいいだろう。
コンクールの応募要項は、1作品につき10万文字以上。
応募締切は7月下旬。
今が5月の初旬だから、あと2ヶ月弱はある。
1日2500文字を目標にすれば、なんとか間に合いそうだ。
アイデアも、主人公像も、世界観もある。
必要なのは、書くことだけ。
——さぁ、始めよう。