第10話「奇妙な同好会に入会してしまった件」
「はい、じゃあ仮入部について説明します。
今日から2週間、いろんな部活を体験できる“仮入部期間”が始まります。
気になる部は、いくつ掛け持ちしてもOKです——」
部活か。
何に入ろうかな——
僕の名前は、川畑潤之助。
高校1年生、15歳。
将来の夢は、小説家。
中学生の頃、アニメやライトノベルにハマり、
自分でも物語を作ってみたくなった。
最近は小説投稿サイトに、自作小説をアップしたりしている。
放課後、校舎の廊下を歩いていると、
ふと、掲示板の前で足を止めた。
新入生向けの案内がずらりと並ぶ中で、ひときわ変わった一枚の紙が目に入る。
『妄想現実化同好会
あなたも妄想を現実化してみませんか?
部室は4階の第3音楽室』
「……なんだ、この同好会」
心の声が思わず声になった。
まるでライトノベルに出てきそうな、不思議な名前。
ふざけてるのか、それとも本気なのか、よく分からない。
でも、小説のアイデアが見つかるかもしれないし、
とりあえず覗いてみるのも悪くない。
そう思って、掲示されていた4階の第3音楽室へ向かった。
すると、中からギターの音が聞こえてきた。
「……ここで、合ってるよな」
そう呟いて、そっと扉を開ける。
部室の中には、先輩らしき人がひとり。
ジトッとした目をしていて、
片方の目は長い前髪に隠れているその人は、
机に座り、ギターを弾いていた。
「あの、仮入部で来たんですけど……」
僕が声をかけると、ギターの音がぴたりと止まった。
「え、マジで!?入ってくれんの!?」
予想以上に食いつかれて、思わず一歩引いてしまう。
「あ、いえ……今日は仮入部なので、いろんな部を見て回ろうかなって……」
「そうなんだ。とりあえず座りなよ!」
「はい、失礼します」
思っていたよりもずっと柔らかい声で、優しい雰囲気の人だ。
少しだけ緊張がほどける。
僕は静かに腰を下ろした。
「ここ以外にも、見て回ったの?」
ギターをそっと横に置きながら、先輩が尋ねてくる。
「いえ、ここが一発目です」
「そうなの!?なんで一発目にここを?」
驚いたように目を丸くする先輩に、僕は少しだけ言葉を選んで答えた。
「掲示板で『妄想現実化同好会』って名前を見て、気になったんです。
聞いたこともないし、ちょっと面白そうだなと思って……」
「えー、嬉しいなぁ!」
先輩の顔がぱっと明るくなる。
その素直な反応に、なんだかこちらも照れくさくなった。
「ちなみにこの同好会、一年前に俺が作ったんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
「入りたい部活がなくてさ。
だったら、自分で作っちゃえって思って。
ちょうど使ってなさそうな部屋があったから、勝手に使ってる」
「……勝手に、ですか?」
「うん」
「……いいんですか、それ?」
「さぁね。そもそもこの同好会があること自体、誰にもバレてないと思う」
軽やかな口調だけど、その語り口にはどこか寂しさが滲んでいた。
「だからさ、作ったはいいものの、誰も入ってくれなくて。
やってること、絶対面白いと思ったんだけどな……
それで最近、掲示板にポスターでも貼ってみようかなって考えたんだよね」
「……そこに僕が来たってわけですね」
「そう!だから、すごく嬉しかったよ!」
満面の笑みで言われて、なんとなく胸が温かくなる。
誰にも気づかれなかった部屋で、こうして誰かを待ち続けていたなんて。
「ていうか君、名前は?」
「あ、川畑潤之助といいます」
「覚えられそうにないから、後輩くんって呼んでいい?」
「はい、大丈夫です」
「ちなみに俺は望月三郎って言うから。覚えやすいでしょ」
「まぁ、そうですね」
「あと年齢は後輩くんの一個上。
たった一年の差だから、別に三郎って呼び捨てで呼んでもいいからね」
「いえ、先輩と呼ばせていただきます」
「あ、そ」
不思議な人ではあるけど、
喋ってみると、どこか気さくで親しみやすい先輩だ。
少し間が空いて、僕は気になったことを聞いてみた。
「ところで、先輩。この同好会って、何をするんですか?」
「名前のとおり、そのままだよ。妄想を現実化させるんだよ」
「そんなことできるんですか?」
「できるよ」
「どうすれば?」
「やり方は簡単。妄想のレベルを下げるんだよ」
「妄想のレベル?」
「そう。例えば、
“テストで全教科100点を取ってる自分”を妄想しても、レベルが高すぎて簡単には現実化しないでしょ?」
「そうですね」
「そこでレベルを下げるんだ。
“全教科30点以上取ってる自分”を妄想する。これならどう?」
「確かに、それならいけそうな気がします」
「でしょ?これが妄想の現実化だよ」
先輩の話を聞きながら、僕はふと思い付いたことを口にしてみた。
「じゃあ、先輩」
「どうした?」
「先輩は今、4階の部室にいますよね?」
「そうだけど?」
「先輩はこの部室の窓から飛び降りたいと思いますか?」
「思わないよ、急にどうしたの?」
突然の問いに、先輩は目を丸くしていた。
「妄想を現実化したんですよ」
「……え?」
「僕は今、“先輩が窓から飛び降りないでほしい”と妄想しました。
そして、それが現実になった。
つまり、これが妄想の現実化ですよね?」
一瞬の沈黙のあと——
「……後輩くん!!」
「は、はい!?」
先輩は突然立ち上がり、僕の肩をガシッと掴んだ。
「妄想現実化同好会に入らないか?
いや、入ってくれ!!
この同好会には、後輩くんが必要だ!!!」
その迫力に圧倒されながら、僕は思わず言ってしまった。
「……そこまで言うなら、入ります」
「ありがとう!」
先輩は軽く笑って、ふわっと手を振った。
「じゃあ、今日はここまで。また明日ね!」
「え、もう終わりなんですか?」
「うん。俺、このあとバイトだから」
「あぁ、そうなんですね」
「お疲れー」
「はい、お疲れ様です」
こうして僕は、
“妄想現実化同好会”に入会することになった。