第9話「バンドを辞める日にタイムリープした私」
目が覚めると、部屋の天井が違っていた。
見慣れたマンションの天井ではない。
いつものより、ほんの少し色が違う。
ゆっくりと身体を起こし、あたりを見回す。
そして、思わず息を呑んだ。
「……え?」
ここ……前に住んでた、シェアハウスじゃん。
無造作に積まれた音楽雑誌。
ハンガーにかかったライブTシャツやパーカー。
コルクボードに飾られた、バンド仲間との写真。
頭が混乱する。
これは夢?
それとも、記憶のフラッシュバック?
だけど、頬をつねった感触と痛みは、しっかり現実のものだった。
心臓が、ドクドクとうるさいほど鳴っている。
疑問だらけのままスマホを手に取り、
ロック画面に表示された日付を確認すると——
『3月15日』
一瞬、動きが止まった。
3月15日って、今日じゃん。
だけど、私はシェアハウスにいる。
まさか——
タイムリープしてる……!?
いやいやいや、なにこれ。
トラックに轢かれて死んだと思ったら過去に戻ってるって、
そんなことある!?
この日って、何の日だっけ?
ていうか、何年前の3月15日だ??
どうして、こんなことが起きてるの???
状況が飲み込めずにいると、
部屋のドアの向こうから声がした。
「由希ー、起きてる?」
瑠奈の声だ。
玲奈がいる……?
ってことは、本当にあの頃?
「……あー、うん。起きてるよ」
「入っていい?」
「うん」
「由希、ちょっと話したいことがあって」
「何?」
「由希はさ、まだバンド続けたい?」
——このときかー。
この瞬間。
この空気。
この会話。
間違いない。
2024年の3月15日。
私たちのバンド、“音坂ロック”が解散する日。
つまり、ちょうど1年前にタイムリープしている。
いやいや、ちょっと待って。
ほんとに、なんでタイムリープしてんのよ。
アニメや漫画じゃあるまいし。
普通こういうのって、もっと特別な人がするものでしょ。
ヒロインを救うためとか、
未解決事件を解決するためとか。
タイムリープって、なにか“目的”があってするものじゃないの?
私、ただの元バンドマン、現カラオケ店員女なんですけど?
そんな私の目的って、なに?
だけど……
考えているうちに、ある仮説が浮かんだ。
——これは、もう一度音楽をやれってことなんじゃないか?
私は高校1年の頃にバンドを始めた。
夢中で音楽をやって、注目されて、
「もしかしたら売れるかも」なんて、浮かれていた。
だけど、現実はそんなに甘くなくて、
それでも、いつか売れると信じてなんとなく続けて、
ようやく軌道に乗りかけたと思ったら、それで満足しちゃって、
モチベーションが落ちて、活動休止して、
そのまま解散。
音楽を仕事にしたいなんて夢は叶わず、
私は逃げるように音楽から離れてしまった。
そして今、ここに戻ってきた。
これは、あの頃の夢を叶えるためのチャンスを与えられたってことなんじゃないか。
正直、運命とか信じるタイプじゃない。
でも今回は、そんな運命論者みたいな考えをするしかなかった。
——だって、意味わかんないんだもん!
みんな、タイムリープしたことある?
ないでしょ?
普通の人間がタイムリープしたら、こういう思考回路になるから!
そんなことを思いながら、
私は決意した。
だったら——
やってやるよ。
今度こそ、本気で音楽と向き合って、
このタイムリープの意味を、成してみせる。
(第1章 元バンドマン編 完)
(最終章 バンドマン編へつづく)