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お持ち帰りさせてください

 冒険者組合は、迷宮都市で初めて設立された象徴的なギルドである。

 その成立過程は、他都市から迷宮都市に集いし荒くれ者やならず者達が、自らの権利獲得のため団結した歴史に端を発している。

 現在では迷宮から謎多き遺物を持ち帰って研究する組織へと発展したが、当初の設立理念通り、迷宮探索を行う冒険者たちへの全面的な支援は欠かさない。


 この迷宮都市において、冒険者組合が政府から独占、参入を許可されている領域は多岐にわたる。

 一例を挙げるだけでも、迷宮探索の許認可、魔法具に関する研究、冒険者支援――安定した衣食住環境の提供――等々である。

 そのため、都市の至る場所に施設があるが、サービスを利用できるのは原則組合員に限られる。

 一応冒険者以外も準組合員として加盟できるのだが、いずれの場合も申請は本部でのみ受け付けており、採血・指紋登録を以て可能となるのだ。

 門戸は広いが、身分登録は厳格である。


 また冒険者という荒くれ者を管理するため、指紋登録を行うのは非常に合理的である。

 もし犯罪を犯した場合に身元の特定が容易になるうえ、この都市でライフラインを握る組合を避けて生活することは不可能である。

 よって、生活痕跡から自ずと炙り出されて逮捕へと至るのが容易というわけだ。


 さらに常に他都市から多種多様な人材流入があるこの都市では、強力な統治機能が必要となる。

 そこで政府は冒険者組合に目を付けた。

 組合に特定市場の独占権を与えるのと引き換えに、他市場への参入制限を掛け、持ちつ持たれつの関係を維持する準政府組織として制御可能にするのだ。

 これにより、迷宮都市政府は他国から侵略された際の予備選力が期待でき、組合員は特権が得られる。

 なんとも合理化されたシステムである。

 

「さ、着きましたね」


 冒険者組合本部は、迷宮入口がある広場にあり、迷宮の真正面に鎮座する形だ。

 本部建物はパルテノン神殿のような純白かつ重厚な建築様式が採用されており、装飾美がすごい。


 俺たちは受付を済ませて個室へ案内されると、さっそく俺の採血と指紋登録の作業に移った。

 職員が手際よく処理を進めるので特別珍しいこともないが、採血時に注射器の存在を見聞すると、この世界の文明レベルは高いことを認識する。

 前世で流行っていた中世ファンタジー世界とは少々異なるようだ。


「はい、こちらが組合章です」

「ありがとうございます」


 俺は銅色に輝く飾り気のない指輪と無骨な鎖を受け取った。

 案外簡素だなと思っていると、すぐ隣から顔を覗かせたシャルロットお姉さんが説明してくれる。


 まず冒険者として登録すると、等級ごとに割り振られた色の指輪が渡される。

 それを指輪もしくはネックレスとして身に付けるようだ。

 ちなみに等級は、銅 < 銀 < 金 < 白金(プラチナ)神銀(ミスリル)らしい。


「まずは銅級だけど、ファムくんなら絶対すぐ昇格できるよ~」

「はい、みなさんに貢献できるよう頑張ります」


 お姉さんが優しく励ましてくれるが、別に落ち込んでいるわけでない。

 けれど迷惑が掛からないように、雑用でもなんでも率先して熟さねばなるまい。


「ちなみに皆さんは何級なんですか?」


 ふと、気になって訊いてみた。

 今更だが、パーティの水準を知りたかったのだ。

 あまりにも等級が上だと、俺が付いていけるか不安だったし。


「私は銀級だよ~」


 お姉さんは僧侶服の首元を開き、銀色に輝る指輪を見せてくれた。

 俺は普段は隠されているだろう綺麗な首筋に少しドキッとする。


「おれらは金級だぜ」


 イブさんも細くしなやかな指に輝く、装飾付きの金ピカ指輪を見せてくれる。

 フランツさんは無言で白手袋を外し、金色指輪を見せてくれるが、微妙に装飾が異なっていた。

 疑問に思い、それも質問してみた。 


「一定等級になると探索深度が上がるだろ。だから死亡証明、通称ドッグタグ代わりになるんだ」


 なるほど、等級が上がれば色だけでなく、個人に合わせて装飾が施されるのか。

 迷宮内で死亡した際は指輪が個人特定を容易にする。

 良く出来た仕組みだ。

 日常的に身に着けるものだからこそ、死を身近に意識して恐ろしくもあるが。


「怖がっても仕方ねェよ。当面はおれらが守ってやるからさ」

「殊勝な心掛けだが、そう言ってるお前が死ぬなよ」

「わーってるよ」


 二人の掛け合いが冒険者の命の軽さを物語る。

 この迷宮都市で冒険者の地位が保障され、移住者や多種族にも寛容な理由は、間違いなく冒険者が危険な仕事であるからだ。

 全ては都市の発展のために。

 迷宮都市が一つの有機的構成体だとすれば、冒険者とは使い潰される哀れな労働者に違いない。


「あのう、お話中申し訳ございません。最後にこちらの書面の確認をお願いします」


 等級制度について確認していると、職員のお姉さんが一枚の書面を差し出してくる。

 どうやらそれはパーティ結成に関する連名書であり、既に各々の氏名が記載されている。

 末端には俺の氏名もあった。それもフルネームで。


「ん?」 


 はて、俺は血筋をばらすわけにいかないので、家族名を口にした覚えはないのだが。

 にも拘わらず、なぜかファム・ファタ―ルと確かにフルネームで連ねられている。

 疑問に思って質問したところ、どうやら採血した血液を用いて個人特定を行うらしい。

 冒険者組合と各国が共同で管理する国際データベースなる魔法具が存在するのだとか。

 まるで国際戸籍制度だ。


 流石は迷宮都市。

 こんなハイテクな魔法具が存在するなら、各国が血眼になって迷宮都市に注力する理由にもなる。

 しかし、感嘆している場合ではない。

 一同は連名書を見て、驚愕していた。


「えっ!?ファムくん、あのファタ―ル家なの?」

「―――やっぱりか」

「ん。ファタ―ルって何だ?」


 一名にはバレてないようだったが、仲間の反応はマチマチだ。

 どこか納得して興奮しているお姉さん。

 苦悩の表情を浮かべるフランツさん。

 首をかしげて頭に?を浮かべるイブさん。


 各々の反応を受けるが、今後は危険な迷宮で命を預ける仲間たちである。

 隠し事はなしだ。

 それにデータベースにアクセスした時点で、俺の存在は実家にバレた可能性が高い。

 ならば、これ以上隠す理由もなかろう。

 俺は、貴族出自で家出の末に迷宮都市を訪れたことを自白した。


 しかし、彼女らの反応は予想と異なった。

 むしろ貴族生まれ納得の代物だ。

 それよりもファタ―ル家なのが強烈なインパクトを与えたと。

 え、そうなの?


 俺自身はファタ―ル家について、一地方貴族であることしか知らない。

 実家の教育でもそう教えられただけだ。

 だから皆の反応を踏まえても、しこりが残っていた。

 そうすると、言い辛そうにお姉さんが説明してくれた。


「あのね。もしかしたら知らないのかな。その、ファタ―ル家は呪われた一族だって噂があってさ」

「どうにも何らかの分野で異才を輩出するんだが、変わり者が多いらしい」

「そう。例えば、男性なのに色好みの当主が有名だったり、剣術や魔法で大きな武功を残すとか」

「しかも、だいたい短命だと。悪く言えば、悪魔に魂を売った家系とも揶揄されてるな」

「もう、そんな眉唾話は言うことないのに。私たちは全然そんなこと思ってないからね?」


 お姉さんが口をへの字に曲げ、眉をひそめて俺を心配そうにしてくれる。

 たしかに実家では、世の中には狼がいっぱいいると教えられた。

 だから身内以外の人間と関わる際は、常に警戒して身の安全を意識しろと言われていた。

 今までその理由は、俺が大事な子息だからと思っていた。

 しかし、家出して一つ分かったことがある。

 それは女性が多いこと。

 言い方を変えれば、男性が少ないことだ。

 うすうす感じてはいたが、この世界は男女数に偏りがある。

 その関係で貞操観念が少々ズレているようだ。


「よく分かりました。僕が居ると皆さんまで危険が及ぶかもしれません。脱退させてください」

「そんなッ!?」


 俺の申し出は、迷惑をかけられない思いからだ。

 どこかで通報されれば、彼女らにあらぬ嫌疑がかけられ、実家からの処罰が下される恐れがある。

 おまけに呪われた家族名を知られてしまった以上、普通には接してくれないかもしれない。


 みんなの反応は概ね予想通りだ。

 優しいシャルロットお姉さんは狼狽え、フランツさんもやむを得ないと腕組みしている。

 だけど、イブさんだけは近づいて来て、予想外にも俺のほっぺをプニッと両手で摘まんだ。

 そして無言で引っ張っては、むぎゅと圧縮を繰り返してくる。


「???」 

 

 呆気に固まっているのも束の間。

 しばらく子供特有のほっぺの軟らかさを堪能された後、彼女は息があたるほどに顔を近づけて。

 こう囁いてきた。


「あいつらは受け止められねェかもしれないけどな。おれは大丈夫だぜ」

「そ、それはどういう――」

「難しいこと考えずに楽しく生きようってことだ。おれはいつ死んでも良いよう今を楽しんでんだ」

 

 全然思考ができない。

 できないが、美少女狐の至近距離ショットだ。

 お日様とお酒の混ざった香りが鼻腔をつく。

 これが大人の魅力というかと、妖艶な雰囲気にクラクラしてしまうが、黙って固唾をのむ。


「だから―――後のことなんて考えてないで、今を生きようぜ」

「は、はい」


 正直、冒険者という稼業を舐めていた。

 彼女たちは死と隣合わせの環境に身を置き、覚悟を噛みしめているのだ。

 家族名がなんだ。呪いがなんだ。

 美少女がこんな俺を受け入れてくれると宣言している。

 お日様の匂いが濃くなり、なんだか心がポカポカ温かくなってきた。


「あーはいはい、もういいでしょ!離れて離れて!」


 ファムの尊敬のまなざしを受けるイブ。

 しかし、これ以上我慢できなくなったシャルロットが、イブを引き剝がしに来た。


 ところで彼女の心中は穏やかではない。

 ファムはイブの発言を何やら勘違いしているようだが、女性陣から見れば一発アウトものだ。

 だいたい、白昼堂々あんな誘惑ってアリなの? 信じられない!と。

 あのまま放置していれば、間違いなくファムの手を掴み、自分の乳房でも揉ませていたに違いない。

 純真無垢なファムにそんな下品なことをさせるようとするなんて、彼女はどうかしているのだ。

 今後はびた一文も貸してあげるものか。


 それになんだ。

 彼は私が見つけてきたんだから、私のものに決まっている。

 それを横から奪い取ろうなんて、そんなよこしまな話があるだろうか。

 まったく。ファムの許可なく、勝手に頬っぺたを弄っているのも気に食わない。

 何より、こんなにも胸中が搔き乱されたのは初めての経験だった。

 詰まるところ、シャルロットは居ても立っても居られなくなったのである。


「とはいえ、現実問題として大貴族が絡むとは。わたしたちも覚悟を決める必要があるぞ」

「そうですね。結論は既に決まってますが、加入に至るまでの過程が大事です」

「うんうん。って、え?」


 困惑するフランツを横目に、シャルロットは思考する。

 要するに、不確実性の問題だ。

 ファムをファタール家が取り戻すために、どんな手段を使ってくるのか。

 はたまた彼の主張通り、既に勘当されているのか。


 まず後者の可能性は限りなく低い。

 大貴族の跡取りがそう簡単に家出を許されるとは思えない。おまけに魔法の才もある。

 間違いなく捜索が行われているはずだ。

 

 それでは前者について。大貴族がどんな手段を用いるのか。

 問題はそこだ。

 絶大な権力が保証されている帝国内なら露知らず、ここは迷宮都市。

 いかに財力があれど、直接的な干渉はほぼ不可能だろう。

 であれば多少のリスクヘッジは可能である。

 答えは政治。その一択しかない。


 一瞬にして結論を導き出したシャルロットもまた、恵まれた高度な教育を受けているのだ。


「私の実家がファムくんの後見人になります」

「いいのか? 厄介事を抱え込む形になるんだぞ」

「ええ。パパなら分かってくれますから」


 フランツは強情な彼女にヤレヤレと溜息を吐き、軍帽を深く被り直す。

 みんな男が絡むと盲目一直線だ。

 

 たしかに彼女の実家であれば、迷宮都市の政治に強い影響を持っている。

 シャルロット・デュポンは、何を隠そう死の商人デュポンの一人娘である。

 デュポン家は迷宮都市と他都市を繋ぐ貿易商であり、軍事用に転用可能な魔法具を取り扱っている。

 おまけに最近は、いまでは日常生活に欠かせない合成繊維や樹脂を開発し、商品力を高めているのだ。

 魔法化学の父と呼ばれるデュポン氏の後ろ盾があれば、おいそれと手出しはできまい。


「というわけだから、安心してね。ファムくん♪」


 自分のあらゆる力を使って、男を守り抜く。

 彼女の強い意志を感じ、フランツは思う。


 恋とは一種の狂気である。 

 士官候補生時代にどこかで聞き及び、自分に言い聞かせてきた言葉だ。

 

「―――これだから富裕層の甘ちゃんは」


 誰にも聞かれないよう、ボソッと独り言をこぼす。

 邂逅して数時間の間柄であるが、ここまで入れ込めるとは。

 まだイブのように身体目的なら理解もできる。

 献身の正体が劣情であれば、いざというときに代替えも可能であろう。


 しかし、シャルロットの入れ込み具合は少々心配になる。

 そうさせたのは彼女の気持ちか、はたまたファム・ファタ―ルの名に恥じない魅惑故か。

 もしくはその両方だろうか。


「いてて、飲みすぎて頭痛くなってきた」


 ああ。酔い回る頭では考え事をしたくない。

 まあ難しいことはシャルに任せよう。

 そう、最悪面倒ごとに巻き込まれそうになっても、自分たちはデュポン家に雇われただけ。

 それで切り抜けよう。


 迷宮探索から帰還して以来、久しぶりの煙草を吸いたくなってきた。

 ここは一足早く退出させてもらおうか。


「じゃ、あとは任せるわ。イブ、お前はどうする」

「ん-。おれも小難しい話になりそうだから、お昼寝してくるぜ」

「わかりました!お話がまとまったら二人にも報告しますね」

「ああ、吉報を待ってるよ」


 ひらひらと手をなびかせ、フランツとイブは去ってしまった。

 残されたシャルロットとファムは、これからどうしようかと見つめ合う。


「さてと。じゃあ、あのね。とりあえずさ、そのね」

「はい」


 シャルロットは顔を赤らめ、もじもじとしている。

 視線は明後日のほうを向き、ファムのことを直視できない。

 紡ぎ出す言葉は決まってる。だが踏み出す勇気が出ないのだ。

 けれど、この瞬間が今後において大事な気がして、一歩を踏み出してみた。


「一旦、うち来る?」

「いいんですか? 実は帰る家がないものでして。あはは」

「うん、知ってるよ! 一緒に暮らそうね♡」

 

 果たしてファムの貞操は守られるのか。

 彼女はこれから訪れる甘々な生活に胸を高まらせるのであった。

 


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