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男嫌いの男体好き


「はぁ、男ってやつは本当に碌でもないッ!」


 フランツ・フェルディナンドは酒杯を片手に怒りをぶつける。

 叩きつけられた机の悲鳴が、同席する仲間二人を驚かせるが、彼女は酔いで気にも留めない。

 その怒りの矛先は、先日臨時で加入した魔法使いの男だ。

 魔法使いながら程よく筋力もあり、顔も程々に整っていたと思う。

 それでいて冒険者として中堅に位置するのだから、かなりモテるのだろう。

 まあ性格は最悪だったが。

 先日は奴のせいで死にかけた思いをしたのだ。


 大体、男という生き物は、女から無条件でチヤホヤされる。

 それを良いことに、無神経で身勝手な輩が多い。一般的にモテる部類の男なら殊更だ。

 優越的な立場を背景に、多少の我儘や自己中心的な言動も許されてしまうのだろう。

 もちろん、身体目的で煽てる女が多いのが、男たちの自意識醸成の原因を担っているわけだが。

 

 同じ女として魅力的な男体に寄せられる気持ちは分からなくもないさ。

 しかし、とはいえ―――


「命が懸かってんのはダメだろぉ」


 実際、今回の迷宮探索は踏んだり蹴ったりであった。

 そもそも準備段階から前途多難の予感がした。

 あの魔法使いが迷宮探索に必須の重装備を拒否したのだ。


 なんで魔法使いの俺が重い荷物を抱えねばならんのだ。

 大事な局面で魔力切れを起こしてもいいのか。

 俺は男だぞ。

 メンバーなんて幾らでも選べるのに、お前らがどうしてもと言うから加入してやったんだ。等々。


 おまけに最悪なのは、奴は迷宮の罠にとことん引っかかるのだ。

 本当に中堅冒険者なのかと疑いたくなるが、以前までのパーティでは王子プレイされていたのだろう。

 不用意に触って炎を噴出させるわ、魔物に見つかる危険性がある場所なのに大声で喋りかけて群れに襲われるし、薄暗い通路で狭い暑い、早く進めと言って私の背中を押してくるのだ。

 危うく死一直線の落とし穴に落ちかけた。

 まったく。今回の探索で、前衛の私が一体どれだけ死にかけたことやら...。


「命がいくつあっても足りたもんじゃにゃい。たとえ顔が良くてもなぁ、わたしゃ、あんなやつ、にどとごめんだからなぁ」


 そう、朝っぱらから酒でも飲まないとやってられないのだ。

 呂律も回らないくらい飲まなければ、気分は晴れない。


「まァ、そう言うなって。こうして生きてんだからよ。探索は長期戦なんだから華が欲しくなるだろ?」

「うるさいッ!大体な!盗賊のお前がしっかり探知できてれば、わ、わたしはこんな目に...」


 勢いで席を立ったは良いものの、実際イブの仕事は悪くない。

 出まかせの言葉を紡ぐが、結局言葉尻を濁すしかない。

 ああ、だめだ。なんか泣きそうになってきた。


 フランツは怒りの矛先は行き場をなくし、勢い消沈にして椅子にストンと落ち着く。

 他方、狐獣人のイブ・サンローランは、またフランツの癇癪が始まったかと呆れる。

 確かに彼女はパーティメンバーで罠発見・解除やマッピングを担当する盗賊職だ。

 そしてフランツの怒りは命の天秤を考えれば当然である。

 しかし、その矛先は急加入した男魔法使いに対するもので、自分に向けられるのはお門違いなのだ。


「うぅ... 私は悪くないんだ」


 彼女は卓上の皿を退けてスペースを作ると、机に伏しきってしまった。

 それにしても酒に飲まれすぎた。


「ったく。ただでさえ女所帯でむさ苦しいんだから、我慢しろよな。多少の危険ぐらいどうだ。おれらでも手が届きそうな華が近くにいるってだけで、むしろ死の覚悟が決まるってもんじゃねェか」

「... お前、それ本気で言ってるのか?」

「... すまん。冗談だ」


 顔を上げないままドスの効いた声音が、イブの悪ノリを反省させる。

 彼女たちは古くからの幼馴染だが、本気のキャットファイト勃発は御免だ。

 それこそ昔は、威勢の良い甲高い声とすぐ腕っぷしに走る手癖の悪さが目立っていた。

 しかし、迷宮探索に慣れ、中堅冒険者と称された頃から落ち着きを見せてきた。

 気性が荒い者が目立つ冒険者稼業だが、悪目立ちするのはほとんど新人だ。

 新人の七割程が迷宮で行方不明になり残り三割は中堅となるが、それ以降成功できるのは僅か一握り。


 いつ死ぬか分からない不安定稼業を続けて、死までの華やかで短い生涯を送るか。

 はたまたある程度の財力を得たら引退し、平凡な幸せを求めるのか。

 以前までは前者の気持ちだったが、今回の探索で後者に気持ちが揺らぐのも当然だろう。


「おれ、遊びたい盛りの17歳なんだけどなァ」

「わたしもまだ19歳なんだが」


 唐突に静寂が訪れる。正直婚期と言われてもまだ響かないお年頃である。

 しかし、女盛り真っ最中の彼女らにとって、生きるために危険な道を走り続けてきた人生を振り返ると、あまりにも男に無縁すぎた。

 男の立ち振る舞いは嫌いだが、男体には興味深々だ。

 年々湧き出す性への知的欲求も歯止めを知らない。

 されど、自分たちが出会える男たちは禄でもない性格ばかり。

 詰まるところ、彼女たちは手ごろな異性に飢えているのである。


「大体よォ。フランツは士官学校時代にワンチャンあったんじゃねェのか」

「う、うるさいなぁ!私だって好きで軍人やってたわけじゃないんだぞ!」


 そう、何を隠そうフランツ・フェルディナンドは元軍人の冒険者である。

 フランツとイブは元々貧民街の出身であった。

 貧困で育った子供が成り上がる方法は二つしかない。

 一つは男として生まれ、美貌と愛嬌、身体を使って有力者と婚姻関係を結ぶ道。

 もう一つは冒険者や軍人となり、身一つの実力で人生を切り開く道である。

 もっとも、学識も経験もコネもない貧民の駆け出し冒険者の行く末は語るまでもない。

 となれば残された道は軍人のみだ。


 しかし、軍人も非常に険しく狭き門である。

 難関試験に合格してからも、身体特徴や高ストレス耐久、協調性やカリスマ性が必須条件となる。

 幸い、女性にしてはフランツは高身長であったし、モデルのような骨格と端麗な顔立ちをしていた。

 そこで何としても彼女を軍人に仕立て上げたかった親は、フランツを男として育てることにした。

 軍人合格者は実務と名誉ともに、圧倒的に男性が多かったからである。


 その甲斐あってか見事合格したフランツであったが、決してバラ色の軍人学生生活ではなかった。

 将来の幹部候補生として期待される規律と訓練の軍人生活は厳しいうえ、自分以外の学友はどこも名家の子息や貴族、代々立派な軍人家系の出身。

 男ばかりのハーレム状態とはいえ、そんな彼らから見てフランツが恋愛対象になり得るか。

 夢を見るのは勝手だが、現実は非情である。

 ああ、思い出すだけでも泣きたくなる。


「結局誰にも相手にされず、軍に就職しても腫れ物扱い。わたしの能力を認めてもらえなかったのさ」

「んで、退職後におれと偶然再会して流浪の冒険者か。フランセスちゃんも大変だな」

「昔の名前で呼ぶな。ぶっ殺すぞ」

「いや、ごめんてば」


 一度は静寂に包まれたと思われた場は、再度賑やかに踊り出す。

 どうやら今の発言は不味かったようで、琴線に触れたらしい。

 酒で荒んだフランツの心中は、もはやイブのいつもの軽口をスルー出来なかった。

 

「あのさ、この機会だから言わせてもらうけどな。お前、隠れて夜の歓楽街に通ってるだろ」

「えっ」

「自分の報酬取分内で通うなら目を瞑ろうとはじめは思ってたんだがな、最近シャルからも金借りてるらしいじゃないか」

「... チッ。別にいいだろ」

「ああ、どこに行ったんだろうなぁ。お前の金払いで男娼店なんて行けやしないだろうし」

「... 野暮なこと聞くなよ。分かった、分かったから。シャルにはちゃんと返すよ」


 イブ・サンローランは、言動こそ粗暴であるが頭はキレる方であった。

 昔から手癖が悪かった彼女は幼い頃よりスリを繰り返し、見つかることもしばしあった。

 しかし、その持ち前の機転と引き際の良さから大事に至ることは避けてきた。

 秀才だが人付き合いが苦手なフランツとの友情が続いているのも、彼女の気配りが大きく寄与している。

 トラブルの大半は自分で蒔いた種であるが。


「はぁ。何してんだろな、わたしたち」

「まったくだ。少し飲みなおそう」


 口論をしていると酔いが醒めてしまった。

 今日はもう大人しくしっぽりと飲むことにしよう。

 そもそも、こうやって朝から集まり酒場で飲み食いしているのは、迷宮探索が彼らの本分であり、冒険者組合公認の酒場で新しい魔法使いを探すためでもある。

 あと数分後には募集の声掛けや張り紙でも張り出しに行こうか、そんな時であった―――。



「やあやあ、皆さんお揃いで。聞いて驚くな、見て驚くことなかれ。優秀なシャルちゃんが新しい魔法使いを連れてきましたよ~」


 教会に祈りを捧げに行ったはずのシャルロットが、超絶美少年を誘拐してきた。



フランツの本名はフランセスですが、周囲にはフランツで通してます。

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