家出少年を保護しました
細かい設定は読み飛ばしてもらっても支障ありません。
昔、大陸中心の大砂漠に古代遺跡が発見された。
今日では迷宮と称される古代遺跡は、瞬く間に脚光を浴びた。
人智を超越した摩訶不思議な品々、生物、技術はすべて迷宮発祥である。
近代社会の到来を控え、不安定な世界情勢に緊張が走る各国は、国力を挙げて迷宮探索に乗り出した。
それが、赤い砂漠を介して近隣国家群とも遠く離れたこの土地、世界各国から選りすぐりの人材、技術、資本が集積する最先端都市だ。
しかし、世界の縮図となった繁栄極める迷宮都市では、闇と表裏一体でもある。
幾多もの組織勢力が蠢き合い、富、名声、力、ありとあらゆるものが世界最高水準でしのぎを削る魔窟と化している。
迷宮都市の歴史は深い。
当初は出土する魔法品や金銀財宝を求めて宿場街が形成された。
前哨基地に過ぎない程度の集落だったが、国家が富国強兵の手段として着目し始めたことで、迷宮探索の依頼を受ける冒険者、商機を求めて集いし商人と、指数関数的に人口を増長させたのだ。
そして現代では、高度な統治機構と自由市場基盤が確立されている。
世界各国ならびに有力者が公平な統治を求め、議会制民主主義が制定された。
世界初の国際機関の誕生である。
ただし、一般市民には選挙権がない。
普通選挙を望む声は多いが、迷宮都市の成立過程上、一部有力者の制限選挙が導入されている。
普通選挙を実現するには、迷宮都市が単なる国際機関から創造の共同体になる必要があるのだが、それには時代がまだ追いついていなかった。
それだけに政治は重要なのだ。
死と隣り合わせの迷宮探索依頼を受ける者たちは、自らの基本的権利のため団結し、摩訶不思議な道具や生物を持ち帰り、研究を行う冒険者組合へと発展を遂げた。
迷宮都市には他にも、細分化された同職組合――つまりギルドが存在し、これら組織が政府に働きかける複雑な政治体制となっている。
もちろん、歳に暮らす大多数市民にとっては、政治など無縁の話である。
しかし、ここは世界各国の思惑と欲望が混ざるカオスな空間―――迷宮都市なのだ。
****
シャルロット・デュポンはそんな迷宮都市の冒険者である。
とはいえ彼女は一介の冒険者ではない。
この地の有力商人の娘として生まれ、あくまで父親の意向で冒険者稼業に就いている。
迷宮都市における、名誉職は政府高官でも豪商でもない。
都市に恵みをもたらす冒険者たちなのだ。
そのため、高官や豪商たちは自分の子息らを冒険者として迷宮に通わせ、世間体や名誉を保っている。
酷い話だが、その分我が子には手厚い支援を欠かすことはなく、シャルロットも例に溺れない。
冒険者として名誉と経験を積ませつつも、死なないよう経験豊富なパーティに加盟させている。
もちろん、僧侶である彼女自身の実力があってのことだが。
そんな彼女は、今日は敬虔な修道女として教会に足を運んでいる。
一ヵ月にも及んだ迷宮探索を終え、地上へ帰還後の初週末。
本日は礼拝日なのである。
彼女の役目は後方支援だが、迷宮探索は常に死と隣り合わせだ。こうやって無事生還できている自体に感謝を捧げねばならない。
また今回の探索は一癖あった。
詳細は省くが、訳あって魔法使いを一名新規で探しているのだ。
礼拝には敬虔な信者の他にも、魔法が使える僧侶たちも集う。
その中で有望な者がいたら勧誘してみればいい。
そう思いながら、シャルロットは教会関係者が通る礼拝堂の裏口へと足を運んだ。
「できれば女よりも殿方がいいんですけどね」
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ファム・ファタ―ルの計画は完璧であった。
妹に脱走劇を目撃されたという点を加味しても、追手を無事蒔き、幾重もの馬車の荷台を経由して迷宮都市まで辿り着くことができた。
さすがに砂漠地帯は暑さと喉の渇きで死ぬかと思ったが、忍び込んだ商業キャラバンの見習い少女に助けてもらった。
少女は妹と同じ年頃で、隠れて彼に革水筒を渡してくれたうえ、忍び込みも大人に秘密にしてくれた。
馬車を降り別れる際、笑顔でお礼に何かしたいと申出たら、顔を赤めてハグしてほしいというものだからハグをした。
そしたら本当にしてくれると思ってなかったと、トマトみたいに耳まで真っ赤になってしまった。
おかしな子った。男女逆ならともかく、男の価値なんて低いだろうに。
迷宮都市に到着してからは、真っ先に教会へ向かった。
計画では教会で修道孤児として過ごし、迷宮都市の環境調査と状況整理に努める。
冒険者になるのはそれが落ち着いてからだ。なに焦ることは無い。
迷宮はその魅力とは裏腹に、駆け出し冒険者の死亡率が異様に高い。
逆に中堅以降の冒険者の死亡率はガクッと下がっているが、選抜済みというわけだ。
せっかく自由の身になったのに死に急ぐことはなかろう。
教会修道院は彼を孤児として受け入れてくれた。
ただ受入れの際、理事長の中年修道女の目が少し怖かったのが気になる。
終始笑顔なのだが、一目俺を見るや否や眼を見開いて応接間に入れてくれたし、お茶菓子まで出してくれた。
普通孤児にそこまでするだろうか?
まさか実家の捜索の手がここまで届いているのか。
だとしたら長居はできないが、他に行く当てもない。
かと言って何の下準備もなしに迷宮特攻は自殺行為だろう。
そもそも孤児とはいえ齢10歳はなかなか成長しすぎているのではないか。
なぜ受入れてくれたのだろうか。
魔法も一切使ってないはずだが、無意識に溢れ出る品格を感じて只者ではないと悟られたか...?
全てが疑心暗鬼で、計画に綻びが出ているかもしれない―――。
そう頭を悩ませているうちに早1か月が経過した。
幸い、現時点では実家に返戻される気配はないが、唐突にお迎えが来てもおかしくない状況である。
想定外だが、予定よりも早く冒険者に転身する必要があるようだった。だが当てはない。
どうするか―――。
「ファムさん。明日の朝礼拝が終わったら院長室に来てください」
「はい、マザー」
ある日の晩、理事長に呼び止められた。嫌な気配がした。
俺は翌朝の礼拝時間、孤児院を抜け出すことに決めた。
この一ヵ月で最低限の迷宮都市知識は手に入れたのだ。
冒険者の地位が保障されている以上、駆け出し冒険者でもとにかく自立することが先決だと思った。
さすがに迷宮に潜っている間は実家も手出しができないはず。
そうして俺は礼拝時間が始まる前、そっと礼拝堂を裏口から抜け出した。
齢数年にして人生二度目の脱走だった。
****
「ふげっ」
勢いよく開かれた扉に、シャルロットは頭を強打して思わず座り込む。
冒険者として情けない声が出るが、迷宮探索時の緊張を解いて緩みきっていたからと自分を慰める。
「あっ。ごめんなさい、大丈夫ですか?」
「えっ、ええ。何とか...大丈夫です..」
弱々しい声で答えるが、まだおでこがジンジンしている。
まったく見通しの悪い開き戸をなんで振り切るのかなあ。
最近の修道孤児教育はどうなってるんだ。
一言申し入れてやろうかと、屈みながら顔を見上げた時だった。
「ぁ」
絶世の美少年がそこにいた。
「―――?」
えー、なになにこの美少年。
これやべえです。こんな子、どんな女子でも一目で惚れます。
超絶タイプなんですけど、とりあえず起き上がるついでにお手を拝借しても良いかな??
ああ。なんかもう、身体の下腹部が急激に引き締まるのを感じてしまう。
こんなの初めてなのに。
「あのう、本当に大丈夫ですか?」
「えっ、あ、はい!大丈夫です、もうぴんぴんしてますので!」
結局、動揺して美少年に触ることなど畏れ多くも出来なかった。
ただ冷めぬ興奮と対比して、冒険者としての彼女の頭がフル回転する。
彼は衣服から推測して修道児のようだが、どうにも違和感を覚えた。
第一に、ここは良家の子女らが預けられる修道院とは異なること。
第二に、彼からは気品を感じるし、こんなに端麗な顔立ちで少年の年ごろだったら、どこかの良家から身受けの話でも来ているはずである。
けれども修道児として抱え込まれ、逃げるように修道院の勝手口を押し開けた―――。
それはなぜか。
数秒黙り込んだ後、シャルロットは点と点が繋がるようにハッとした。
噂には聞いたことがあるが、おそらく修道院の闇の側面だ。
容姿端麗で物覚えも優秀な孤児は、闇ルートで都市権力者の変態女たちに売られるのだと。
そこでの末路は様々だが、少なくとも性の魔の手からは逃れられないだろう。
こんなにも可憐な美少年を、変態共にむざむざ喰わせるわけには絶対いかない。
彼女はここに来た理由を思い出し、勇気を振り絞って提案することにした。
「あのさ、もし良かったらなんだけどね。あ、いやなら全然断ってくれても良いんだけどさ。その、冒険者って興味あるかな?」
「―――!」
シャルロットは、早くこの場から立ち去りたそうで焦燥感のある顔が、一転したのを見逃さなかった。
そこからの行動は早い。
一刻も早く修道院から飛び出して冒険者になりたいファム。
迷宮探索のための魔法使い募集中のシャルロット。しかも、相手は超絶美少年ときた。
テンションが上がらないはずがない。
シャルロットはファムに警戒心を抱かせないよう淑女の振る舞いと世間話をしつつ、彼を連れてパーティメンバーが待つ冒険者組合の宿場兼酒場へと蜻蛉帰りするのであった。
しかしファムと話せば話すほど、この子がどれだけ汚れてないピュアな存在か分かってくる。
本当に孤児だったのかと疑いたくなるが、きっと幼い頃から孤児院に守られてきたのだろう。
女性にちやほやされるのが当たり前の男性は、往々にして警戒心や悪態をつくことが多いが、彼には一切それがない。
この世界では男性数が極端に少なく、男性が貴重な存在であることをまるで自覚してないようだった。
これなら男なんてパーティに入れるなと、悪態をのたまっていたフランツも納得してくれるだろう。
「お姉さん。これからよろしくお願いします」
「こちらこそだよ~」
彼の純真無垢なこの笑顔、守りたくなる。
胸がドキドキする高揚と、下腹部のキュンキュンが止まらない。
父から冒険者稼業に身を置けと言われた時は、人生に暗黒が差し掛かったように思えた。
しかし、こうして素敵な出会いに恵まれたことに、いまは感謝感激である。
ありがとう、お父様。
こうしてファム・ファタ―ルは、冒険者事情を手取り足取り詳細に教えてくれる僧侶のお姉さん(16)にお持ち帰りされてしまった。
余談ですが、ファムファタ―ルはフランス語で「男を破滅させる魔性の女」を意味します。この世界では意味が逆転して「女を破滅させる魔性の男」です。