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苦手な方はご注意ください。

幻想ロック~転生聖女は人に戻りたい~

作者: れとると

百合ハイファンものです。15000字ほど、お付き合いくださいませ。

――――――――――――――――――――


~-1.『幻想』の魔法使い~


――――――――――――――――――――



 右の拳に、固い感触。


 目をつぶったまま、膝、腰、肩を回し――――腕を振るう。



「ぶるわぁぁぁぁぁぁ!?」



 面白い悲鳴が聞こえ、口元が自然、歪む。だがボクは不機嫌絶頂だ。


 カフェでうたた寝中に、周囲に多数の殺気を感じた。


 気配の数は9……今一つ減って、8だ。



 ――――敵襲とみなす。殲滅まで、容赦はなしだ。



 瞳を開く。


 普段から青に近い黒の、ボクの目は、今。


 緑色に、輝いているだろう。



 魔力の、光だ。



「こ、こいつ魔法使い!? じゃなくて今のお前のつ――――」



 体が声に反応し、一足にて接近。


 左拳を握り込んで、雑に振り回す。


 大柄の男の、右胸のあたりに突き刺さる。



 革……おそらく魔物革の柔軟で頑丈な感触があったが、そのまま踏み込んで。


 ものを投げ飛ばすように、力を込めて、拳を振り抜いた。


 そいつはオープンテラスの木柵を乗り越え、盛大に吹っ飛んだ。



「ごばぁぁぁぁ!!」



 悲鳴から少しの間を置き、重い音が二回、響く。


 人間大のものが二つ、砂地の通りに落ちた音だ。


 一回目、全力で振り抜いから……かなり遠くに飛んだな。見えないや。



 少しの伸びをし、姿勢を正す。


 自分のジャケットや、ロングのキュロットをはたいて埃を払い、しわを伸ばした。


 徐々に目も冴え、頭も回ってくる。



 うむ。あいさつ代わりの良い殴打だった。


 いや、せっかくだから自己紹介したほうがよかったかね?


 「魔法使い」だとは気づかれたみたいだし。それなら話を聞いてもよさそうだ。



 大陸西部じゃ魔法使いは珍しい。


 瞳の色を見ただけでそれと気づく人間は、限られている。


 ……何か知っているかもしれない。



 ボクは首から下がった鎖の先で揺れる、銀製の装飾を右手でつまむ。


 そして彼らに、見せびらかした。



「龍の紋章! アカデミーがどうしてここに!!」



 おお、良い反応が返ってきたよ嬉しいねぇ。



 尖塔に龍が絡みついた紋章の銀細工。


 これを見せびらかすときは、いつも非常に気分がいい。


 さる光圀公のアレの気分がよぉーくわかるってもんだ。



「仕事さ。君たち、『固い空気(ハード・エア)』って知らない?」



 ボクが言って見渡すと、六人の男のうち……奥の一人が笑い声をあげた。


 大きく、品がなく、癇に障る。


 何がおかしいのさ。



「『固い空気(ハード・エア)』のことを聞いて回る魔法使い! 『幻想』か!」



 おや、ちょっとこの辺で聞き込みしすぎたかな?


 西部くんだりまで二つ名が売れてしまうとは、ボクらってば有名人だねぇ。


 ……それにしてもこれは、当たりかな?



「野郎ども、『幻想』は魔法が使えねぇクズ魔法使いだ!」



 お? 情報知ってそうなのはいいがね、君。でも。


 ()()()()()()



 ボクは殺気があると目を覚ます。習慣でね。


 そしてボクの相棒は、『幻想は魔法が使えない』って言われると。



 死んでたって、起きてくるんだよ。



「やっちまぐぶらああああああ!」



 背の高い男の顔面を、横合いから棒が薙ぎ払った。


 それは彼女の発明品の一つ。『如意金箍棒(にょいきんこんぼう)』。


 変幻・伸縮自在の優れものだ。



 オープンテラスから吹っ飛ばされた男の背後、通りの向こうに棒が縮んで戻っていく。


 戻り先には、一人の女性。


 砂塵を含んだ風が、彼女の長いフレアスカートのすそと、縦に巻いた金の髪を揺らす。



「誤情報を訂正しなくては」



 手の中に棒をおさめた彼女が、悠然とこちらに向かって歩いてくる。


 周りの男たちは全員彼女に体を向け、注目し……警戒しだした。



「一つ。『幻想』は魔法を使える。魔法の在り方が、少し違うだけです」



 彼女の瞳が、赤く爛々と輝いている。


 ……おこだ。普段は青紫の目が、めっちゃ光ってる。



「二つ。そこの彼女を指して『幻想』と言うのは間違いです。なぜなら」



 女性は服の襟元から鎖を引き出し、その先の飾りを見せた。


 龍の紋章。



「『幻想』は二人で一組。わたくしたちに与えられた二つ名です」



 彼女は飾りをまた服の中に落とすと。


 手の中の細い棒を、オーケストラを指揮するように振り回した。


 その棒は一瞬でこう……ミニガンっていうの? 機関銃みたいな図太いものに成り果てた。



 棒の先にはでかい穴が空いており、全体が横回転して弾丸とか秒間何千発も吐き出しそうに見える。



「三つ。クズは貴様らだ」



 ……銃口、明らかにこっち狙ってるんだけど。



「ねぇロール! なんでボクにも向いてんのそれ!?」



 ボクの相棒は、曲がっていたあごに手を添えて、こきりと直した。


 そして両の手で機関銃を支え……明らかに魔力こめてる。


 緑の雷光に包まれたそれは、猛然と回転を始めた。



「あごの分です。もってけロック」



 …………ああ。


 最初に殴り飛ばしたの、君か。



「……ごめんて、相棒」



 ロールはにっこりと笑った。


 魔力の緑の光が猛り狂う。



「くそくらえ、相棒」



 轟音を立てながら、銃口から無数の小さな棒が飛び出した。


 なんでさ、謝ったのに!?





――――――――――――――――――――


~-2.『固い空気』~


――――――――――――――――――――




 しばらくして。


 ボクらは今、近くにとってる宿の部屋で、テーブルを囲んでいる。


 所狭しと並べられた料理をボクがつまみ、ロールと女の子が話をしている。



 彼女は、あのカフェの店員。


 どうも連中に絡まれてた、らしいんだよね。さっき聞いた。


 そこをロールがかばって、一触即発の雰囲気に。殺気に当てられて、ボクが目を覚まして。



 御覧の有様、と。



 あの時のロールの狙いは正確で、カフェと従業員、お客は無事だった。


 被害はならずもの連中と、ボクのあごだけ。


 痛かった。何発もぶち込みやがって。



 けど結局連中は、官憲に連れてかれてしまった。


 何も聞き出せなかったのは、残念だ。



 ボクらはカフェの人の口添えもあって、事情だけ聴かれてすぐ解放。


 向こうからのお礼と……こちらが話を聞きたいのもあって。


 ウェイトレスさんにこうして付き合ってもらってる、わけだけど。



 ……彼女、目が明らかにハートだ。


 大丈夫かよロール。君、女難の相出てる系だぞ?


 実家だって、そういうトラブルで追い出されたくせに。



「さすがですね! ロール様は。私なんて……」



 ほら、様とかもうついてるし。


 ロールはなぜか、女の子にすごい好かれる。


 もう呪われてんだろ、それ。逢ったばかりやぞ。



 ボクにはさっぱり効かないから、よくわからんのやけど。



「はつらつとして、いい接客でした。卑下するようなことは」


「違うんです、ロール様! あ、その」


「……よければ、話してごらんなさい」



 君、なに親身になろうとしとるんや。


 そういうことするからなつかれるんやで?



「実は……」



 ウェイトレスのアイシアさん曰く。



 ご両親は体に結晶ができ、体力が落ちてあまり働けないのだそうだ。


 だからアイシアさんと、お兄さんがあのカフェで働いて稼いでいると。


 彼女、まだボクらより……幼く見えるのに。13、4歳くらいじゃないの?



「兄は私よりがんばってて、少し心配で」


「心配、とは? 体が丈夫でないのですか?」


「いえ、兄は元気です。ただ、教会に出入りしていて」



 ……こんなところで繋がるとは。


 ボクはガラス窓の外を見る。ここは二階で、少し遠くまで良く見えた。


 町の中央付近に、豪奢な建物がある。



 精霊教の教会だが……西部の辺鄙な町で建つ規模のものではない。



「マロッソ司教のお世話をさせていただいている、らしくて。


 それ自体は名誉なこと、なのですけど。噂が……」


「それはどんな」



 俯くアイシアさんに気づかれないくらいに、だが。


 ロールが、前のめりになっている。



「…………司教の世話係が何人か、帰ってこない、らしくて」



 ロールがそっとボクの方を見た。


 彼女の青紫に近い瞳が、ボクに何かを訴えかけている。


 ボクもまた、静かにまばたきして、応えた。



 ()()()()



「ならよければ、わたくしたちがお話をうかがってきましょう」


「ほんとですか、ロール様!」


「ええ。わたくしたちは、大陸魔法学機構(アカデミー)からの依頼を受けていて。


 この西部で、未登録の聖人に話を聞いて回っているのです。


 マロッソ司教は癒しの御業を使う、聖人ではないか、と噂を聞きまして」



 精霊教の中央教会(セントラル)は、聖人という……強く精霊の加護を受けた人物を、囲っている。


 だが、在野にこれがあらわれることがあるため、随時情報を募っているのだ。


 教会と協力関係にある大学(アカデミー)でも、情報収集を行っている。



「あれ? 聖人様を探している、のですか?


 かたい……空気? のことをお知りになりたい、のでは?」



 アイシアさんが、拍子が抜けたように言う。


 ロールがなぜか、ボクを睨んだ。


 ……ん~? ボクこの子には言ってないぞ? あの連中の前では言ったけど。



 アイシアさんはテラスの奥、店のそばにいたはずだ。聞こえるわけがない。


 おっぱじめる前に、ロールがそっちに逃がした……らしいから。



 覚えがないので、ボクは肩をすくめる。


 ロールはアイシアさんに向き直った。



「それもアカデミーの収集事項の一つですが。まずは司教様にご挨拶したいのです」


「はい、兄に話を聞いてみますね! あ、それなら早速……」


「いいのですか? 今日は疲れていらっしゃるのでは」


「いえ! ではロール様、また来ます!」



 アイシアさんは慌しく席を立ち、一礼して部屋を出て行った。


 ボクは彼女の座っていたあたりを見る。


 ロールもまた同じところを見て……何かもの言いたげだ。



「食べて良いわよ」


「……二人で食べようよ。それ、君も好物だろ」


「……そうね」



 アイシアさんのところだけ、料理が手つかずだった。




 ◇ ◇ ◇




 で、小一時間ほど後。



 ボクらはアイシアさんに連れられて、町のど真ん中の豪奢な教会に案内された。


 入り口の大きな扉を潜ると、すぐ礼拝堂。


 奥の檀上には、痩せておかっぱ頭の、法衣の男がいて。



「これはこれは、アカデミーの魔法使い様。それもかの『幻想』がお目見えとは」



 天井が高く、広い空間に、男の声が朗々とよく響き渡る。


 歓迎というより、待ち構えられていた、という雰囲気だ。



「ボクらはアイシアさんには、二つ名を名乗っていないはずなんだけど?」



 ボクが尋ねると、司教の後ろ……奥の扉が開いて、そこから人が出て来た。


 魔物革の鎧をまとった男たち。


 さっきのカフェの奴らだ。



「なるほど、互助会ともご協力なさってるようで」



 ロールが呆れたように言う。



 互助会というのは、地域間移動互助会(キャラバン)、のこと。


 ならずものが日銭を稼ぐために、雇われていることが多い。


 けど、魔物革の装備はめちゃくちゃ高い。互助会員でも、買えるのは一握りのはずだ。



 司教が私兵として雇い、装備を買い与えているということだろうとは思うけど。


 その上、官憲も買収して早々に引き取ったのか?


 どんだけ金回りいいんだよ。



 そも昼間に倒したばかりの彼らは、本来なら二~三日は寝込んで動けないはずだ。


 回復魔法で治療したということになるが……それなら金の出所は一つか。



 精霊の力の薄いこの辺で、魔法なんて普通の人間は使えない。


 アカデミーの魔法使いか、教会の認めた聖人か。


 あるいは、()()()()()()()()()



「アカデミーとも協力できたら、と思うのですがな」



 司教は、柔和な表情だが。


 張り付いたような笑顔で、不気味だ。



「お近づきのしるしに、こんなものはいかがです?」



 彼は、手の中のものをこちらに見せて来た。


 緑の、球体。素材は革か、ある種の内蔵のようでもある。


 細い管が表面を這っていて、脈打つさまはやはり臓器を思わせる。



 それを目にした途端。


 ボクの瞳が、緑に強く輝いた。


 ()()()



 しかし駆けだそうとしたボクの前に、ロールが背を向けて立ちふさがる。



「『固い空気(ハード・エア)(ハート)』。生産に成功していたのですね」



 精霊の乏しい土地で、魔法を使うことは困難だ。


 強力な魔法使いや聖人を除けば、人々は魔法なしで恵み少ない荒野を生きることになる。


 『固い空気(ハード・エア)』は精霊の固まりとも言われ、使用者に力をもたらすという。



 本物ならば、死して精霊に成り果てた人間を、蘇らせるほどに。



 それを作り、売ることができれば……巨万の富を得ることができるだろう。



「その通り! おひとつ、いかがです?」



 ボクの左半身大部分が……()()()()()()()()()()()()


 目の前にある希望に、自身を保てない……!



 あれがあれば! ボクは人に戻れるかもしれない!



「落ち着きなさいロック!」



 ボクの様子に気づいたロールが、慌てた様子で叫ぶ。


 その向こうには、身を引きどよめく男たちと。


 顔に喜色を浮かべる、司教の姿があった。



「すばらしい! 噂は本当だったか!」



 彼は檀上から降りながら、続ける。



「アカデミー主席で二つ名を持ちながら、教会の指定を受けた聖女!」



 左足がほとんど霊体になり、立つのがつらくなってきた。力が入らない。


 司教の持つ緑のアレが、近づいてくるからだ。


 影響を……強く受けている。



「精霊の教えに背いて存在する、異界からの召喚者!!」



 司教が、通路の向こうで立ち止まり、こちらを向く。


 張り付いた笑顔が。


 憤怒のそれに、変わる。



「我らが主、精霊の怨敵め! やれ!!」



 ボクの右の脇腹に。


 背後下方から抉り込むようにして。


 冷たい何かが差し込まれた。とても、熱い。



 首を回して、後ろを見ると。


 間近に、人の頭があった。


 顔を上げた彼女と。


 

 アイシアさんと、目が合う。



「ロール様から離れろ、化け物」



 ……ボクが何したって言うのさ。




――――――――――――――――――――


~-3.『聖女』は人に戻りたい~


――――――――――――――――――――




「ロック!!」



 前に立つ相棒(ロール)の声は、ほとんど悲鳴だ。


 ボクが力なく右手を振るうと、アイシアさんはそのまま離れた。


 脇腹に……緑に光る、刃を残して。



 これ、『固い空気(ハード・エア)』で作ったナイフか!



「過剰な魔力で、魔法使いや聖人には毒となるそうで。


 あなたのような化け物には、よく効くでしょう。


 ふふ。こんなものを作れるとは……魔法とはまさに恵み。


 すばらしい」



 司教の顔が、また張り付いた笑顔に戻っている。むかつく。



 確かに、体がかき乱されるような感触がある。


 でも、これは。


 ()()()()()()



「……ざけやがって」



 ボクは透けた左半身に、力を込める。


 光が集まり、しかし実体にはならず、激しく明滅する。


 その刃から流れ込む声に、怒りが収まらない。



「こんなまがい物を作るために、貴様らッ!!」


「まがい物だなどと……なに?」



 司教の手の中の、緑の球体が。


 ひび割れ、一気に砕ける。


 ボクの脇腹に刺さったナイフも、砕け散った。



 そして光だけが霧散せず、ボクに集まる。


 ()()()()()()者たちの、光が。


 ……その中には、アリシアさんを心配する、声もある。



「精霊を! 魔法を! 何だと思ってやがるんだ!!」



 ボクは叫び、一歩踏み出す。


 気迫に圧されたのか、司教がたじろぎ、下がる。



「ま、魔法など! 私の願いを叶える道具に過ぎぬ!!


 化け物に説教される筋合いは、ない!!」



 それが精霊の教えを信じる者の言うことか――――!!



「違います」



 凛とした涼やかな声が響く。


 少し冷たい彼女の右手が、ボクの左の……光となった手をとった。



 ……彼女は、霊体となったボクに、触れることができる。


 冷たいのに……とても、温かい。


 指が絡められる。気持ちが、落ち着いていく。



 ロール。


 君だけが。


 ボクを人に、戻してくれる。



「魔法とは何か、未だ定義されていない。科学されていない」



 彼女は左手に棒……如意金箍棒(にょいきんこんぼう)を取り出して。


 それを器用に回しながら、続ける。



「貴様如きが、勝手に貶めていいものではありません。それから」



 棒先を真っ直ぐ、司教に突き付けた。



「――――わたくしの精霊(ロック)を愚弄するな!」



 棒が伸び……司教の前に立ちふさがった、何かに当たる。



 あっれ、アイシアさん!? いつの間に。


 彼女の腕に防がれた如意棒は、そこから先に伸びられない。


 かなりの力で押してるはずなのに……彼女、やっぱり。



「司教様、ここは私が」


「アイシア! お前たちもかかれ! その防具なら遅れはとらんだろう!」



 アイシアさんに言われ、司教が指示を出す。


 見ているだけだった男たちが、動き出した。



「しょうがねぇ、やってやるか。おい、マジとガジはボスをお送りしろ」


「「へい」」



 男が二人、腰の抜けたらしい司教を抱えて奥の扉に向かう。


 長椅子の並ぶ部屋の中、残りの者たちはボクらを取り囲みに回った。



「退きなさい、アイシア。あなたはただ、利用されているだけでしょう」



 棒を引き、構え直してロールが語り掛ける。



「……ええ、その通り。でも、もう遅いのです。三週間、ほどは」



 彼女の答えに、ロールが目を見開き、そして口を引き結んだ。


 食事をとらなかった時点でそうかと疑いはしたが、やはりか。



 つまり彼女がボクらに語った苦境は、三週間ほど前のこと。


 その後に、彼女の兄は固い空気(ハード・エア)に変えられて。


 彼女自身はおそらく、固い空気(ハード・エア)を埋め込まれたのだろう。



 西部を旅するうちに幾度か遭遇した、危険な者たち。


 人造魔法使い(ハード・コア)。精霊に近き人。


 あれと同じものに、されたのだ。



 強力な力を持つ代わりに、どこか精神が不安定だった。


 依存性があったり、支離滅裂だったり。


 誰かの命令に、絶対服従だったり。



「私はもう、司教様につき従うしかない――――覚悟!」



 アイシアさんが掲げた手から、鋭い氷の塊が伸びる。


 それをロールは。


 身一つ動かさず、そのまま受けた。



「!? なぜ、避けないのです!」



 アイシアさんも、同時に飛び掛かろうとした周りの男たちも、動きが止まる。


 ボクの手を握るロールの体は、あっという間に凍り付き。



「ふんっ」



 しかして、氷は気合い一つで完全に砕け散った。



 そりゃそうだ。ロールにゃ魔法なんて効かない。


 剣も、槍も、毒も、何もかも。


 効き目があるの、ボクの拳くらいじゃないかな?



 彼女は肩にかかったドリル髪を払って。


 ボクを見て、不敵に笑った。



「行きますよロック! 聖人指定No.007(ダブルオー・セブン)! 解放申請(リクエスト)!」



<――――不壊聖女(アンブレイカブル)解放承認(リリース)



 ロールの高らかな宣言に、世界の言葉(システムメッセージ)が応える。


 彼女が持っていた赤い棒と同じものが、幾本もボクらの周りに現れた。


 棒は2mくらいの長さで、ボクらの周囲3mほどのところを取り囲んで、立って浮いている。



「さぁロック! 順番(シークエンス)が詰まってますから!」


「それを言うんなら、そもボクが先だろー?」



 ボクらが悠長に話していたら、敵さんも我に返ったみたいだ。


 幾人か、剣や槍を片手に突っ込んで来るが、棒に阻まれている。



「どきなさい! これで!!」



 アイシアさんがの声に、男たちが下がる。


 彼女は魔力をこめ、腕を振るった。


 天井付近に雲のような氷が出現し、つららが降り注いだ。



 だが氷は、棒の高さのあたりまでくると、見えない壁に当たって弾けた。


 不壊聖女(アンブレイカブル)の特性は、そもそもロールに宿るもの。


 解放によって、今はそれの範疇が広がっているのだ。



 しかしほんと、いいのかねぇ。


 過剰戦力だと思うんだけどなぁ、これ。


 ま、相棒は派手にやりたいみたいだし、期待に応えておこうか。



 君のために。


 今、ひとときだけ。


 ボクは人間を、辞める。



「聖人指定、No.006(ダブルオー・シックス)! 解放申請(リクエスト)!」



<――――完全聖女(パーフェクト)解放承認(リリース)



 世界の言葉(システムメッセージ)の承認を受け、ボクの体が書き換わる。


 

 ボクは、半分が人。半分が精霊。


 そのすべてが霊体……完全なる精霊に変わり。


 しかして実体を持ち、安定する。



 緑にほのかに輝く右手を掲げ、次へと進んだ。



「『炎神、全開(I’m Ifrit)』」



 これはボクの魔法。ものまね、のようなものだ。


 さる魔法使い(イフリータ)の御業を真似、体を炎に変える。


 でもそれだけ。



 ボクはただの、機関部だ。



「『魔神、駆動(I’m Evil)』」



 ロールの魔法に応え、如意棒たちが変形していく。


 大きくなり、複雑に形を変え、腕に、脚に、体になって。


 2.5m大の人型ロボットが、ボクとロールの身を包んだ。



 彼女がこの、赤い機械の鎧を動かす。


 ボクはその、動力になる。


 ……けどさ。



<やっぱりこれ、過剰戦力だって。何する気だよ、ロール>


「そんなもの、決まっているでしょう。わたくしたちはいつだって!」



 彼女は右の拳を掲げた。


 男たちとアイシアさんが、警戒し、下がる。



「魔法を、科学するのよ!」



 機械の拳が振り下ろされて。


 床が思いっきり砕かれて。


 そりゃあもうびっくりするくらい、深く深く穴が空いた。



 …………これ、科学かんけいなくない?


 じゃなくて。



<ぴやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??>



 ボクらはその穴に、真っ逆さまに落ちて行った。





――――――――――――――――――――


~-4.『聖女』はその人を取り戻したい~


――――――――――――――――――――




 暗闇の底に落ちたボクら。


 床が近くなったのを検知したのか……ボクらの身を包む魔神の姿勢が、変わる。


 一瞬ふわりと浮いて、無事に足から着地した。



 魔神はロールの魔法製だけあって、いろいろと便利だ。


 例えば……これだけ真っ暗でも、周りを認識するのには問題がない。



「やはり、ここでしたか」



 人ひとりが入れそうな水槽のようなものが……たくさん並んでいる。


 水が濁っているためか、中はよく見えないが。


 魔神のセンサーは、水の奥に生きた人間がいると捉えているようだ。



 ……これはやはり、『固い空気(ハード・エア)』を作っているのか。


 人は死んで精霊になると、すぐ霧散してしまう。


 もし人から『固い空気(ハード・エア)』を作ろうと思ったら、それをどう固めるかが問題になる。



 元となる人間を生かしたまま、そのエネルギーを抽出すればいい、と考えたわけか。


 ……これまで見た中では、比較的穏当な方だな。



 で。なんでボクの相棒は、地下にこんなのがあるって知ってたんだか。



 魔神は地下施設の床を、滑るように歩き始めた。


 周囲状況を確認しつつ……データを集めている。


 ひとまず考えねばならないのは、この人たちの解放だな。



<……今回の件。ロールは、だいたい何もかも分かってたってこと?>



 ボクの方は暇なので、ロールの様子を見つつ声をかけた。


 彼女は操作・情報収集・解析に忙しそうだが。



「おおむね」



 こともなげに、そう答えた。



<いつから?>


「西部で多数の魔法使いが確認されている、と大学(アカデミー)で聞いた時点で」



 大学……大陸魔法学機構(アカデミー)から受けた依頼は、聖人探しではない。


 そちらは常に中央教会(セントラル)で言われてるし、ただの方便。


 ボクらが受けた話は、ロールが言った内容についての……調査だ。



<ほー。だから出る前に、熱心に昔の地図とか調べてたんか>


「『固い空気(ハード・エア)』の生産施設があるなら、地下でしょうから。


 大規模な設備を置ける空間があるところに目星をつけて、回っていました」



 長年の水源の推移から、地下の状況を予測。


 大空洞がある土地を探し出した、ということかな。


 そういう西部の町を回り……8回目でようやくあたりを引いた、と。



<なーんでボクには事前に言わないのさ?>


「こうしてネタ晴らししたときの反応が、可愛らしいからです」



 そういうこと言うなし。天然たらしめ。


 ……たまには反撃しちゃろう。



<君、他所の子に愛想振りまきすぎると、エイドさんに逃げられるよ?>



 ロールは、押し黙った。


 ……さすがに軽率だったかな。



 エイドというのは、ボクの生身の体の、持ち主。


 ロールの婚約者で……結晶が多数できた自身の体を治すため、禁忌に手を出した人。


 ボクは彼の使った魔法によって、地球からこの世界に呼び込まれた、転生者。



 元の名は、川口(かわぐち) 六美(ろくみ)


 ひどい名前だろう? 向こうでは名字で呼ぶように周りに拝み倒していたよ。


 こっちに来てからは、ロールがもじってつけてくれた「ロック」で通してるけど。



 なお、どうしてボクが彼の体に宿ったのか?はよくわからない。


 彼の魂がどこに行ったのか?もわからない。


 体自体は魂に合わせて変わるのか、女の子のものになってるし。何が何やら。



 ロールの表情は読めないけど……ボクは素直に謝ることにした。



<ごめんよ、無神経だった>


「いえ……」



 ロールが少し、沈んだ声で答える。



 かつてロールに聞いたところによれば。


 彼女は、この体とボクに関する謎を解き明かし。


 ボクを分離し、彼の体を取り戻したい……のだそうだ。



 ボクは、生身に戻りたい。この不安定な体は、いつ命が失われるか、怖い。


 生身にできてる石……魔結晶が、精霊化を食い止めているみたいなんだけど。


 結晶も進行性のもので、いつかは全身が完全な石になってしまう。



 ボクらは利害の一致をみて、問題を解消できる見込みのある『固い空気(ハード・エア)』を求めていた。


 あれは受肉した精霊。ゆえ、使えばきわめて高い効力の魔法を行使できる。


 先ほどアイシアさんが使っていた魔法なんか、地味に見えるがたぶん大型の魔物が一撃だ。



 でも、それでは出力が足りなかった。


 前に押収品で実験したことがあるから、間違いない。


 あれは中途半端なまがい物。



 探し求めるうち、伝説に語られる品は『固い空気(ハード・エア)』の完成品だとわかった。


 『固気(ソリッド・エア)』と言うそうだ。


 その現物も、製法も、まだ見つかってはいない。



 『固い空気(ハード・エア)』絡みに突っ込んで目にするのは、大量のまがい物と。


 関連する悲劇……アレを埋め込まれた人造魔法使い(ハード・コア)たちばかり。



<とりあえず、現物はともかく資料を持ち帰ろうか>


「……ロック。良い機会だから言っておきますが」


<ん?>



 魔神に押し込まれてる間は、彼女の様子がだいたいわかるんだけど。


 ……なぜ瞳が赤く光ってるのだね、ロール。何におこなの?



「わたくしはあなたのことで、彼に文句を言ってやりたいだけです」


<は?>



 なんだその話は、初耳だぞ。



「身勝手にもあなたを召喚し、婚約者を放って自分はさっさと死んだ。


 そんな薄情者に6年も心奪われるほど、わたくしは都合の良い女ではありません」



 うっそやろ、ずっとエイドさんをよみがえらせようとしてるんやと思ってたぞ??



<じゃあなんで、君は『固い空気(ハード・エア)』を>



 さすがに文句言いたいからって、伝説の秘宝を求めて大陸中駆けずり回らないだろ。


 どういうことだ、白状しろ相棒。



「あなたを助けたいのです、ロック」





――――――――――――――――――――


~-5.二人の『聖女』:ロック&ロール~


――――――――――――――――――――




 ボクを、助けたい?


 ロールは、確かにそう言った。


 婚約者じゃ、なくて。なんで?



「その不便な体から救い出し、可能なら……故郷に戻して差し上げたい」



 彼女の真摯な声に。


 ボクは二の句が継げなくなった。



「……これですね。まずはこの方たちの拘束を解いておきましょう」



 ロールが魔神を操作し、その右手を近くの端末らしきものに置く。


 手からは細かな線やら棒やらが伸びて繋がり、そこから直接データやコマンドのやりとりをする。


 いつ見ても、ダイナミックなハッキングだ。



 すぐに水槽から排水が始まったようだ。


 水はどこかに流れ出していき、間もなく水槽自体も正面のドアらしきものが開いた。


 中の人たちはぐったりしてはいるようだが、拘束などはされていない。



 魔神のセンサーは、彼らが健康体であることを示している。


 生命維持には、気を遣われていたようだな。


 そのうち目を覚ますだろう。



 お……ボクからいくらかの光が、彼らに帰っていく。


 さっきナイフとかから吸収した分だな。



「データも取りました。施設内を通って、上に戻りましょう」



 上、ね。中を突っ切っていくのか。


 ボクは先ほどの彼女の言葉については……いったん飲み込むことにした。


 そっとため息をついてから、応える。



<わかった。そっちのゲートを開けて、進むとしよう>


「ええ」




 ◇ ◇ ◇




 施設内は、人が少なかった。


 たまに互助会員と思しき、雇われの警備員がいるだけ。


 魔神で適当に殴り倒し、地上を目指して進み続ける。



 施設のスタッフがもっといてもいいはず、なのに。


 誰も出てこない。


 おかしい。



 さては。


 この町の教会関係者は、運営に携わっているだけで。


 作って用意したやつらは、別だな?



<これ、施設を作って納品したやつらがいるね>


「でしょうね。ここの者たちの所業ではない」



 しかし、これほど大規模な設備は初めて見る。


 西部側はこれまでは来ていなかったとはいえ……こんなものをバレずに作っているとは。


 明らかに大きな集団による仕業だ。だが、思い当たる節はない。



<ここ終わったら中央に戻って、少しつついてみようか>


「そうしましょう。教授も喜びそうですしね」



 教授というのは、大学(アカデミー)におけるボクらの上司だ。


 陰謀とかぶち壊すの、大好きなんだよね。


 よく今まで無事でいられてるよな……。



 お。



<センサーに感。曲がり角の先、あのおかっぱだ>



 ロールは答えず、前傾しつつ静かに走り込んで。


 ちょうど角を曲がってきた司教と二人の男を。



「ふげ」「ぷぎゃ」「ふぁ」



 雑に殴り倒した。


 いつも思うけど、魔神って手加減絶妙だな……。


 なんでこれで相手にケガさせず、気絶させられるんやろ。



「司教様!!」



 こちらが角を曲がったところで。


 目の前を、人間大の物体が通り過ぎた。


 それは、施設の壁を蹴り込んで、角度を変えてこちらに飛び込んできた。



 だがそれは。


 魔神の装甲を蹴って、びくともさせられず。


 振るわれた左手に掴まれ、床にたたきつけられた。



「……大人しくしてください、アイシア」



 彼女はうつ伏せで押さえつけられているが、ロールの言葉を無視し、激しく暴れている。


 魔神の力を、上回る勢いだ。


 魔神自体は傷つきはしないが……このままでは、彼女がケガをすることになりそうだ。



<……司教に服従させられているんだろう>


「でしょうね。アイシア……あなたのお兄さんは、生きていますよ」



 彼女の動きが、ぴたりと止まった。


 ロール……君さ。ほんと言葉で急所突くの、うまいよね。



「…………だからなんだっていうの」



 アイシアさんは、肩を震わせている。


 声も、力ない。



「生きてたって、これからどうしろっていうのよ!


 もう私は、私は! 普通の人間には戻れないのよ!」



 彼女から一転、膨大な緑の光が立ち上る。


 ちょ、大きすぎる! まさか自爆とか……。



「いいえ」



 その光に。


 魔神からあふれ出たものが、混ざる。



 ……まってロール。


 それやられるとボク、この後動けなくなるんだけど。



「あなたは人に、戻します。


 たとえ嫌がられようとも。


 たとえ恨まれようとも。


 必ず」



 ……なぜだろう。


 その噛んで含めるような、ロールの言葉が。


 とても、胸に、刺さる。



 ちくしょう、このたらしめ。



<もってけ相棒! 聖人指定No.006(ダブルオー・シックス)! 聖別反転(リバース)!>



<――――更新承認(アップデート)完全堕天(フォルティ)



 ボクの体から、炎が消え。


 そのまま、()()()()()ロールに宿る。


 完全性が反転し、不完全な精霊となる……この瞬間。



 この時だけ、ボクらは一つになれる。



「……確かに。ありがとう、ロック」



 呟く彼女の、心が伝わる。


 万の言葉よりも、ずっとずっと、温かく。



 さぁ、いつか流した涙を。


 乗り越えよう。



 このくそったれな悲劇を、反逆(Rock)(’n’)戯曲(Roll)で塗り替えてやろう!



 彼女の赤と。


 ボクの緑が。


 歪に、重なる。



「『水神、招来(Unlock)』」



 魔神の鎧が、すべてロールの体から外れ、宙に浮かぶ。


 その色が……赤から、青へ変わっていく。


 鎧から魔力の雷光がアイシアさんに伸びて、繋がった。



 これは、一度半端に精霊にされた命を。


 元に戻す、奇跡の魔法。



「あ、ぐぅぅぅぅぅ!?」



 アイシアさんの中で。


 埋め込まれた『固い空気(ハード・エア)』が、生身の肉に戻っていく。


 適合の関係上、生成に使われたのは彼女自身の命のはず。うまくいけば……。



「――――っ、はぁ、はぁ……!」



 荒い息をつき、倒れ伏すアイシアさん。


 無事、だ。命に別状は、ないだろう。



 鎧も消え……赤い棒が一本だけ残った。


 如意棒を手に、ロールは立ち上がる。


 ボクは彼女から吐き出され、実体に戻った。



 ……この瞬間は、慣れない。


 戻れないんじゃないかという、僅かな不安がある。


 石だらけの右半身と、不安定な生身の左半身は……まだ確かに、残っていた。



 ほっとし、施設の床に大の字で転がる。


 力がさっぱり入らない。


 あの魔法、ボクの魔力ほとんど持ってくからね……。



「……アイシア。気分はどうですか?」


「…………体が重くて、最っ低です」



 彼女はだいぶ辛そうだが、そう辛辣に言う顔は。


 明らかに、笑っていた。



 そりゃ、人の身は精霊に比べりゃかなり重くて。


 とても安心、するだろうね。



「こりゃあ、ツキが回ってきたみてぇだな」



 低く、大きく……品の無い、声がした。


 通路の奥からぞろぞろと、魔物革の鎧を着た男どもがやってくる。


 ……めんどくせぇ。こいつらまだ残ってたか。





――――――――――――――――――――


~-6.『聖女』はクルマで旅に出る~


――――――――――――――――――――




 現れたならずもの、都合5人ほど。


 倒れている司教と奴らの仲間二人は、目を覚まさない。



 一方こちらは、アイシアさんが倒れて動けなくて。


 ボクも魔力切れで、体が言うこと聞かない。



 けど。



「お前らは捕まえて、そんで――――ぶげらぁ!?」


「「「「リーダー!?」」」」



 悠長に喋ってた大柄の男は、その顔面に棒を叩きつけられた。


 振り回された如意棒によって、そのまま壁に激突。


 ぴくりとも、動かなくなった。



 …………魔物革の鎧があるからって、これは。死んだんじゃないか?



「半日前に、わたくしに倒されたというのに。


 呑気な方たちですね……ふんっ」


「ぐべ」「がばぁ」「あぎゃん」「おぐぉぉ」



 それぞれ、いたそーなところを棒で叩かれ……残り4人も、床に沈んだ。


 元々ロール自身には、ほとんど消耗などない。


 魔神はボクの魔力で動かしていたし、さっきの反魂の奇跡もボクの魔力で成立した。



 不壊聖女(アンブレイカブル)が元気なのだ。


 こいつらに勝ち目など、あろうはずがなかった。


 ロールは棒先で床をつき、腰に手を当てて胸を張った。



「科学の勝利ですね」



 だから科学関係ねぇって。



 ふと見ると、アイシアさんが吹き出すところで。


 ロールはそれを見て、会心の笑顔を浮かべていて。


 ボクは呆れて……思いっきり肩の力が、抜けた。




 ◇ ◇ ◇




 その町には、しばらく滞在することになった。



 ボクらの報告が届くと、中央教会(セントラル)は迅速に手を入れてきた。


 町の教会とその組織は、いったん解体。


 マロッソ司教らが『固い空気(ハード・エア)』を売って得ていた資産は、被害者に還元されることとなった。



 司教や関係者、あのならずものたちは……精霊教の人らが連れて行った。


 末路は、知っている。ろくなことにはならない。



 アイシアさんのお兄さんは無事復帰。


 ご両親の体にできた結晶は、治らないものの。


 アイシアさんとお兄さんの分の補償金で、満足な治療が受けられるのだそう。



 結晶化は、進行自体をほぼ止めることが可能だ。


 できてしまった結晶分、体力などは落ちたままだが。


 これで当分、穏やかに暮らしていくことができるだろう。



 アイシアさん本人は、『固い空気(ハード・エア)』が抜けて、ただの人に戻った。


 このまま故郷のこの町で……人間として、生きていけるはずだ。



 ボクとロールは、後始末に奔走した。


 でも、それも昨日で終わり。


 これから中央教会(セントラル)大学(アカデミー)のあるグラウンド・ワンへ帰るところだ。



 ここは大陸西部、グラウンド・スリー。


 グラウンド・ワンへは結構距離があるので、帰るだけで長旅になる。


 グラウンドってのは……おっと、相棒が帰ってきた。またにしようか。



「済みました」



 彼女は扉を開けて、助手席に乗り込んできた。


 ボクがいるのは運転席。


 そう……こいつは乗用車。この異世界、クルマがあるんだよ。びっくりだろう?



 タイヤがなくて、キャタピラみたいな魔力の流れが出て走るんだ。


 多少揺れるが、荒野だって楽に行ける。


 燃料は……人の体にできた結晶の、中にある。不思議な機構だ。



 こいつは安物だけど、長年使っててね。頑丈で、メンテナンスがしやすい。


 ワゴン車ってほどじゃないけど、それなりの空間で、荷物もたっぷり詰める。


 居住性も結構あって、長旅に耐えうるんだ。



 地球と違って、水や簡単な食料を生成するプラント機構があってね。


 おかげで、ちょっとしたキャンピングカーの旅が楽しめるんだよ。


 まぁ旅といっても……グラウンド間は魔物が大量に出て、危険だ。外には出られない。



 このクルマの中は、安全なんだけどねぇ。魔物が寄ってこないから。



 …………あれ?


 いつもなら、シートベルトをして「出してください」ってロールが言うんだけど。


 なんだどうした。さすがにベルト締めてない人がいるのに、出せないぞ。



 ボクが眉根を寄せて、ロールを見ると。


 彼女は、少し楽しげにほほ笑んだ。



「……来たようです。後部座席を開けてください、ロック」



 来たって何が……と思ったが。


 サイドミラーに、彼女が映った。


 まじかよ。



 ドアについた操作盤で、ボクの後ろの席の扉を開ける。


 アイシアさんが、中に滑り込んできた。



「おいロール、荷物が多いと思ったら、まさか……」


「しょうがないでしょう。元人造魔法使い(ハード・コア)


 一度は大学(アカデミー)に連れていきませんと」



 そりゃあ精密検査とかした方がいいけどさ。



「大丈夫なの? アイシアさんは」


「私ですか? 大丈夫です。両親にも兄にも、別れを告げて来ました」



 ……ちょっとまて。なんだその、長い別れしてきたような言い方は。



「おいロール」


「大学は、才あるものを常に求めています。


 口頭審問は合格です」



 いつの間に!? あのテスト簡単じゃないぞ合格したんかアイシアさん!



 いやそうじゃなく。


 確かにボクら二つ名持ちは、魔法使いの卵をスカウトできるけどさ??


 なんでこの子に声をかけたし??



「私、がんばって勉強して、ロール様のお役に立ちます!」


「おいロール」



 ボクは言外に、「君、女性とは深くかかわるなって、教授にも言われてるよな?」と訴えたが。



「才能があるのは本当です。放置できません。


 なので……よろしくお願いします、ロック」


「はぁ!?」



 ボクは思わず声を上げてしまった。


 おい君、自分が責任持てないからって、ボクに押し付けんのかよ?



「よろしくお願いします、ロック先輩!」



 …………くそったれ。


 君、ボクのこと化け物呼ばわりして刺したろうが忘れとらんからな?



 ボクはため息をつき、二人がシートベルトをしたのを確認して。


 ハンドルに手を掛け、アクセルをゆっくりと踏み込んだ。


 クルマが町はずれから荒野に向けて、滑りだす。



「よろしく、後輩」


「はい!」



 彼女の元気な返事を背に、ボクは助手席のロールを流し見た。


 ……釘を刺しておくとしよう。



「ロール」


「なんです?」


「……ボクは別に、帰りたいわけじゃないんだ」


「…………へ?」



 珍しい、ロールの間の抜けた顔が見られた。


 つい、口角が上がる。



「ただ死にたくないだけ。


 君との()()()は……楽しいからね」



 ボクは精霊の体から、人の身に戻りたい。


 でもそれは、地球に帰りたいからじゃない。



 この6年、ずっと一緒の君と。


 これからも、生きていきたいからさ。



「そう……わたくしもです」



 …………おい、なぜ顔が赤いんだロール。


 ボクは別にそういう趣味じゃないし、今のはそういう意味でもないぞ?


 ないんだったら。



 ただぽっと出の後輩に君を取られるのは、ちょっと癪なんだよ。


 多少の照れ隠しもあって……ボクはアクセルを強めに踏み込んだ。



「ほわぁっ!?」



 クルマが盛大に揺れた。


 後部座席からの悲鳴が、少し心地いい。


 咎めるような君の視線は、この際気にしないことにしよう。



 なんたって、今日は快晴だ。


 この自由な荒野を。最っ高の気分で走らなきゃ、もったいない。


↓完結済みの「逆行した幼女と令嬢は車で旅に出る」の世界から、面倒な設定説明を省いた作品です。

別時代、別地域なので直接のかかわりはありません。

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逆行した幼女と令嬢は車で旅に出る(クリックでページに跳びます) 

完結済み百合冒険ものです。たまにSS出します。
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― 新着の感想 ―
[一言] まあ同じ時代だとハイディ一味が速攻で片付けちゃうからね
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