幻想ロック~転生聖女は人に戻りたい~
百合ハイファンものです。15000字ほど、お付き合いくださいませ。
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~-1.『幻想』の魔法使い~
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右の拳に、固い感触。
目をつぶったまま、膝、腰、肩を回し――――腕を振るう。
「ぶるわぁぁぁぁぁぁ!?」
面白い悲鳴が聞こえ、口元が自然、歪む。だがボクは不機嫌絶頂だ。
カフェでうたた寝中に、周囲に多数の殺気を感じた。
気配の数は9……今一つ減って、8だ。
――――敵襲とみなす。殲滅まで、容赦はなしだ。
瞳を開く。
普段から青に近い黒の、ボクの目は、今。
緑色に、輝いているだろう。
魔力の、光だ。
「こ、こいつ魔法使い!? じゃなくて今のお前のつ――――」
体が声に反応し、一足にて接近。
左拳を握り込んで、雑に振り回す。
大柄の男の、右胸のあたりに突き刺さる。
革……おそらく魔物革の柔軟で頑丈な感触があったが、そのまま踏み込んで。
ものを投げ飛ばすように、力を込めて、拳を振り抜いた。
そいつはオープンテラスの木柵を乗り越え、盛大に吹っ飛んだ。
「ごばぁぁぁぁ!!」
悲鳴から少しの間を置き、重い音が二回、響く。
人間大のものが二つ、砂地の通りに落ちた音だ。
一回目、全力で振り抜いから……かなり遠くに飛んだな。見えないや。
少しの伸びをし、姿勢を正す。
自分のジャケットや、ロングのキュロットをはたいて埃を払い、しわを伸ばした。
徐々に目も冴え、頭も回ってくる。
うむ。あいさつ代わりの良い殴打だった。
いや、せっかくだから自己紹介したほうがよかったかね?
「魔法使い」だとは気づかれたみたいだし。それなら話を聞いてもよさそうだ。
大陸西部じゃ魔法使いは珍しい。
瞳の色を見ただけでそれと気づく人間は、限られている。
……何か知っているかもしれない。
ボクは首から下がった鎖の先で揺れる、銀製の装飾を右手でつまむ。
そして彼らに、見せびらかした。
「龍の紋章! アカデミーがどうしてここに!!」
おお、良い反応が返ってきたよ嬉しいねぇ。
尖塔に龍が絡みついた紋章の銀細工。
これを見せびらかすときは、いつも非常に気分がいい。
さる光圀公のアレの気分がよぉーくわかるってもんだ。
「仕事さ。君たち、『固い空気』って知らない?」
ボクが言って見渡すと、六人の男のうち……奥の一人が笑い声をあげた。
大きく、品がなく、癇に障る。
何がおかしいのさ。
「『固い空気』のことを聞いて回る魔法使い! 『幻想』か!」
おや、ちょっとこの辺で聞き込みしすぎたかな?
西部くんだりまで二つ名が売れてしまうとは、ボクらってば有名人だねぇ。
……それにしてもこれは、当たりかな?
「野郎ども、『幻想』は魔法が使えねぇクズ魔法使いだ!」
お? 情報知ってそうなのはいいがね、君。でも。
それは禁句だ。
ボクは殺気があると目を覚ます。習慣でね。
そしてボクの相棒は、『幻想は魔法が使えない』って言われると。
死んでたって、起きてくるんだよ。
「やっちまぐぶらああああああ!」
背の高い男の顔面を、横合いから棒が薙ぎ払った。
それは彼女の発明品の一つ。『如意金箍棒』。
変幻・伸縮自在の優れものだ。
オープンテラスから吹っ飛ばされた男の背後、通りの向こうに棒が縮んで戻っていく。
戻り先には、一人の女性。
砂塵を含んだ風が、彼女の長いフレアスカートのすそと、縦に巻いた金の髪を揺らす。
「誤情報を訂正しなくては」
手の中に棒をおさめた彼女が、悠然とこちらに向かって歩いてくる。
周りの男たちは全員彼女に体を向け、注目し……警戒しだした。
「一つ。『幻想』は魔法を使える。魔法の在り方が、少し違うだけです」
彼女の瞳が、赤く爛々と輝いている。
……おこだ。普段は青紫の目が、めっちゃ光ってる。
「二つ。そこの彼女を指して『幻想』と言うのは間違いです。なぜなら」
女性は服の襟元から鎖を引き出し、その先の飾りを見せた。
龍の紋章。
「『幻想』は二人で一組。わたくしたちに与えられた二つ名です」
彼女は飾りをまた服の中に落とすと。
手の中の細い棒を、オーケストラを指揮するように振り回した。
その棒は一瞬でこう……ミニガンっていうの? 機関銃みたいな図太いものに成り果てた。
棒の先にはでかい穴が空いており、全体が横回転して弾丸とか秒間何千発も吐き出しそうに見える。
「三つ。クズは貴様らだ」
……銃口、明らかにこっち狙ってるんだけど。
「ねぇロール! なんでボクにも向いてんのそれ!?」
ボクの相棒は、曲がっていたあごに手を添えて、こきりと直した。
そして両の手で機関銃を支え……明らかに魔力こめてる。
緑の雷光に包まれたそれは、猛然と回転を始めた。
「あごの分です。もってけロック」
…………ああ。
最初に殴り飛ばしたの、君か。
「……ごめんて、相棒」
ロールはにっこりと笑った。
魔力の緑の光が猛り狂う。
「くそくらえ、相棒」
轟音を立てながら、銃口から無数の小さな棒が飛び出した。
なんでさ、謝ったのに!?
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~-2.『固い空気』~
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しばらくして。
ボクらは今、近くにとってる宿の部屋で、テーブルを囲んでいる。
所狭しと並べられた料理をボクがつまみ、ロールと女の子が話をしている。
彼女は、あのカフェの店員。
どうも連中に絡まれてた、らしいんだよね。さっき聞いた。
そこをロールがかばって、一触即発の雰囲気に。殺気に当てられて、ボクが目を覚まして。
御覧の有様、と。
あの時のロールの狙いは正確で、カフェと従業員、お客は無事だった。
被害はならずもの連中と、ボクのあごだけ。
痛かった。何発もぶち込みやがって。
けど結局連中は、官憲に連れてかれてしまった。
何も聞き出せなかったのは、残念だ。
ボクらはカフェの人の口添えもあって、事情だけ聴かれてすぐ解放。
向こうからのお礼と……こちらが話を聞きたいのもあって。
ウェイトレスさんにこうして付き合ってもらってる、わけだけど。
……彼女、目が明らかにハートだ。
大丈夫かよロール。君、女難の相出てる系だぞ?
実家だって、そういうトラブルで追い出されたくせに。
「さすがですね! ロール様は。私なんて……」
ほら、様とかもうついてるし。
ロールはなぜか、女の子にすごい好かれる。
もう呪われてんだろ、それ。逢ったばかりやぞ。
ボクにはさっぱり効かないから、よくわからんのやけど。
「はつらつとして、いい接客でした。卑下するようなことは」
「違うんです、ロール様! あ、その」
「……よければ、話してごらんなさい」
君、なに親身になろうとしとるんや。
そういうことするからなつかれるんやで?
「実は……」
ウェイトレスのアイシアさん曰く。
ご両親は体に結晶ができ、体力が落ちてあまり働けないのだそうだ。
だからアイシアさんと、お兄さんがあのカフェで働いて稼いでいると。
彼女、まだボクらより……幼く見えるのに。13、4歳くらいじゃないの?
「兄は私よりがんばってて、少し心配で」
「心配、とは? 体が丈夫でないのですか?」
「いえ、兄は元気です。ただ、教会に出入りしていて」
……こんなところで繋がるとは。
ボクはガラス窓の外を見る。ここは二階で、少し遠くまで良く見えた。
町の中央付近に、豪奢な建物がある。
精霊教の教会だが……西部の辺鄙な町で建つ規模のものではない。
「マロッソ司教のお世話をさせていただいている、らしくて。
それ自体は名誉なこと、なのですけど。噂が……」
「それはどんな」
俯くアイシアさんに気づかれないくらいに、だが。
ロールが、前のめりになっている。
「…………司教の世話係が何人か、帰ってこない、らしくて」
ロールがそっとボクの方を見た。
彼女の青紫に近い瞳が、ボクに何かを訴えかけている。
ボクもまた、静かにまばたきして、応えた。
当たりだ。
「ならよければ、わたくしたちがお話をうかがってきましょう」
「ほんとですか、ロール様!」
「ええ。わたくしたちは、大陸魔法学機構からの依頼を受けていて。
この西部で、未登録の聖人に話を聞いて回っているのです。
マロッソ司教は癒しの御業を使う、聖人ではないか、と噂を聞きまして」
精霊教の中央教会は、聖人という……強く精霊の加護を受けた人物を、囲っている。
だが、在野にこれがあらわれることがあるため、随時情報を募っているのだ。
教会と協力関係にある大学でも、情報収集を行っている。
「あれ? 聖人様を探している、のですか?
かたい……空気? のことをお知りになりたい、のでは?」
アイシアさんが、拍子が抜けたように言う。
ロールがなぜか、ボクを睨んだ。
……ん~? ボクこの子には言ってないぞ? あの連中の前では言ったけど。
アイシアさんはテラスの奥、店のそばにいたはずだ。聞こえるわけがない。
おっぱじめる前に、ロールがそっちに逃がした……らしいから。
覚えがないので、ボクは肩をすくめる。
ロールはアイシアさんに向き直った。
「それもアカデミーの収集事項の一つですが。まずは司教様にご挨拶したいのです」
「はい、兄に話を聞いてみますね! あ、それなら早速……」
「いいのですか? 今日は疲れていらっしゃるのでは」
「いえ! ではロール様、また来ます!」
アイシアさんは慌しく席を立ち、一礼して部屋を出て行った。
ボクは彼女の座っていたあたりを見る。
ロールもまた同じところを見て……何かもの言いたげだ。
「食べて良いわよ」
「……二人で食べようよ。それ、君も好物だろ」
「……そうね」
アイシアさんのところだけ、料理が手つかずだった。
◇ ◇ ◇
で、小一時間ほど後。
ボクらはアイシアさんに連れられて、町のど真ん中の豪奢な教会に案内された。
入り口の大きな扉を潜ると、すぐ礼拝堂。
奥の檀上には、痩せておかっぱ頭の、法衣の男がいて。
「これはこれは、アカデミーの魔法使い様。それもかの『幻想』がお目見えとは」
天井が高く、広い空間に、男の声が朗々とよく響き渡る。
歓迎というより、待ち構えられていた、という雰囲気だ。
「ボクらはアイシアさんには、二つ名を名乗っていないはずなんだけど?」
ボクが尋ねると、司教の後ろ……奥の扉が開いて、そこから人が出て来た。
魔物革の鎧をまとった男たち。
さっきのカフェの奴らだ。
「なるほど、互助会ともご協力なさってるようで」
ロールが呆れたように言う。
互助会というのは、地域間移動互助会、のこと。
ならずものが日銭を稼ぐために、雇われていることが多い。
けど、魔物革の装備はめちゃくちゃ高い。互助会員でも、買えるのは一握りのはずだ。
司教が私兵として雇い、装備を買い与えているということだろうとは思うけど。
その上、官憲も買収して早々に引き取ったのか?
どんだけ金回りいいんだよ。
そも昼間に倒したばかりの彼らは、本来なら二~三日は寝込んで動けないはずだ。
回復魔法で治療したということになるが……それなら金の出所は一つか。
精霊の力の薄いこの辺で、魔法なんて普通の人間は使えない。
アカデミーの魔法使いか、教会の認めた聖人か。
あるいは、あれがここにあるか。
「アカデミーとも協力できたら、と思うのですがな」
司教は、柔和な表情だが。
張り付いたような笑顔で、不気味だ。
「お近づきのしるしに、こんなものはいかがです?」
彼は、手の中のものをこちらに見せて来た。
緑の、球体。素材は革か、ある種の内蔵のようでもある。
細い管が表面を這っていて、脈打つさまはやはり臓器を思わせる。
それを目にした途端。
ボクの瞳が、緑に強く輝いた。
これだ!
しかし駆けだそうとしたボクの前に、ロールが背を向けて立ちふさがる。
「『固い空気・心』。生産に成功していたのですね」
精霊の乏しい土地で、魔法を使うことは困難だ。
強力な魔法使いや聖人を除けば、人々は魔法なしで恵み少ない荒野を生きることになる。
『固い空気』は精霊の固まりとも言われ、使用者に力をもたらすという。
本物ならば、死して精霊に成り果てた人間を、蘇らせるほどに。
それを作り、売ることができれば……巨万の富を得ることができるだろう。
「その通り! おひとつ、いかがです?」
ボクの左半身大部分が……ただの緑の光になっていく。
目の前にある希望に、自身を保てない……!
あれがあれば! ボクは人に戻れるかもしれない!
「落ち着きなさいロック!」
ボクの様子に気づいたロールが、慌てた様子で叫ぶ。
その向こうには、身を引きどよめく男たちと。
顔に喜色を浮かべる、司教の姿があった。
「すばらしい! 噂は本当だったか!」
彼は檀上から降りながら、続ける。
「アカデミー主席で二つ名を持ちながら、教会の指定を受けた聖女!」
左足がほとんど霊体になり、立つのがつらくなってきた。力が入らない。
司教の持つ緑のアレが、近づいてくるからだ。
影響を……強く受けている。
「精霊の教えに背いて存在する、異界からの召喚者!!」
司教が、通路の向こうで立ち止まり、こちらを向く。
張り付いた笑顔が。
憤怒のそれに、変わる。
「我らが主、精霊の怨敵め! やれ!!」
ボクの右の脇腹に。
背後下方から抉り込むようにして。
冷たい何かが差し込まれた。とても、熱い。
首を回して、後ろを見ると。
間近に、人の頭があった。
顔を上げた彼女と。
アイシアさんと、目が合う。
「ロール様から離れろ、化け物」
……ボクが何したって言うのさ。
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~-3.『聖女』は人に戻りたい~
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「ロック!!」
前に立つ相棒の声は、ほとんど悲鳴だ。
ボクが力なく右手を振るうと、アイシアさんはそのまま離れた。
脇腹に……緑に光る、刃を残して。
これ、『固い空気』で作ったナイフか!
「過剰な魔力で、魔法使いや聖人には毒となるそうで。
あなたのような化け物には、よく効くでしょう。
ふふ。こんなものを作れるとは……魔法とはまさに恵み。
すばらしい」
司教の顔が、また張り付いた笑顔に戻っている。むかつく。
確かに、体がかき乱されるような感触がある。
でも、これは。
この子たちは。
「……ざけやがって」
ボクは透けた左半身に、力を込める。
光が集まり、しかし実体にはならず、激しく明滅する。
その刃から流れ込む声に、怒りが収まらない。
「こんなまがい物を作るために、貴様らッ!!」
「まがい物だなどと……なに?」
司教の手の中の、緑の球体が。
ひび割れ、一気に砕ける。
ボクの脇腹に刺さったナイフも、砕け散った。
そして光だけが霧散せず、ボクに集まる。
精霊になった者たちの、光が。
……その中には、アリシアさんを心配する、声もある。
「精霊を! 魔法を! 何だと思ってやがるんだ!!」
ボクは叫び、一歩踏み出す。
気迫に圧されたのか、司教がたじろぎ、下がる。
「ま、魔法など! 私の願いを叶える道具に過ぎぬ!!
化け物に説教される筋合いは、ない!!」
それが精霊の教えを信じる者の言うことか――――!!
「違います」
凛とした涼やかな声が響く。
少し冷たい彼女の右手が、ボクの左の……光となった手をとった。
……彼女は、霊体となったボクに、触れることができる。
冷たいのに……とても、温かい。
指が絡められる。気持ちが、落ち着いていく。
ロール。
君だけが。
ボクを人に、戻してくれる。
「魔法とは何か、未だ定義されていない。科学されていない」
彼女は左手に棒……如意金箍棒を取り出して。
それを器用に回しながら、続ける。
「貴様如きが、勝手に貶めていいものではありません。それから」
棒先を真っ直ぐ、司教に突き付けた。
「――――わたくしの精霊を愚弄するな!」
棒が伸び……司教の前に立ちふさがった、何かに当たる。
あっれ、アイシアさん!? いつの間に。
彼女の腕に防がれた如意棒は、そこから先に伸びられない。
かなりの力で押してるはずなのに……彼女、やっぱり。
「司教様、ここは私が」
「アイシア! お前たちもかかれ! その防具なら遅れはとらんだろう!」
アイシアさんに言われ、司教が指示を出す。
見ているだけだった男たちが、動き出した。
「しょうがねぇ、やってやるか。おい、マジとガジはボスをお送りしろ」
「「へい」」
男が二人、腰の抜けたらしい司教を抱えて奥の扉に向かう。
長椅子の並ぶ部屋の中、残りの者たちはボクらを取り囲みに回った。
「退きなさい、アイシア。あなたはただ、利用されているだけでしょう」
棒を引き、構え直してロールが語り掛ける。
「……ええ、その通り。でも、もう遅いのです。三週間、ほどは」
彼女の答えに、ロールが目を見開き、そして口を引き結んだ。
食事をとらなかった時点でそうかと疑いはしたが、やはりか。
つまり彼女がボクらに語った苦境は、三週間ほど前のこと。
その後に、彼女の兄は固い空気に変えられて。
彼女自身はおそらく、固い空気を埋め込まれたのだろう。
西部を旅するうちに幾度か遭遇した、危険な者たち。
人造魔法使い。精霊に近き人。
あれと同じものに、されたのだ。
強力な力を持つ代わりに、どこか精神が不安定だった。
依存性があったり、支離滅裂だったり。
誰かの命令に、絶対服従だったり。
「私はもう、司教様につき従うしかない――――覚悟!」
アイシアさんが掲げた手から、鋭い氷の塊が伸びる。
それをロールは。
身一つ動かさず、そのまま受けた。
「!? なぜ、避けないのです!」
アイシアさんも、同時に飛び掛かろうとした周りの男たちも、動きが止まる。
ボクの手を握るロールの体は、あっという間に凍り付き。
「ふんっ」
しかして、氷は気合い一つで完全に砕け散った。
そりゃそうだ。ロールにゃ魔法なんて効かない。
剣も、槍も、毒も、何もかも。
効き目があるの、ボクの拳くらいじゃないかな?
彼女は肩にかかったドリル髪を払って。
ボクを見て、不敵に笑った。
「行きますよロック! 聖人指定No.007! 解放申請!」
<――――不壊聖女、解放承認>
ロールの高らかな宣言に、世界の言葉が応える。
彼女が持っていた赤い棒と同じものが、幾本もボクらの周りに現れた。
棒は2mくらいの長さで、ボクらの周囲3mほどのところを取り囲んで、立って浮いている。
「さぁロック! 順番が詰まってますから!」
「それを言うんなら、そもボクが先だろー?」
ボクらが悠長に話していたら、敵さんも我に返ったみたいだ。
幾人か、剣や槍を片手に突っ込んで来るが、棒に阻まれている。
「どきなさい! これで!!」
アイシアさんがの声に、男たちが下がる。
彼女は魔力をこめ、腕を振るった。
天井付近に雲のような氷が出現し、つららが降り注いだ。
だが氷は、棒の高さのあたりまでくると、見えない壁に当たって弾けた。
不壊聖女の特性は、そもそもロールに宿るもの。
解放によって、今はそれの範疇が広がっているのだ。
しかしほんと、いいのかねぇ。
過剰戦力だと思うんだけどなぁ、これ。
ま、相棒は派手にやりたいみたいだし、期待に応えておこうか。
君のために。
今、ひとときだけ。
ボクは人間を、辞める。
「聖人指定、No.006! 解放申請!」
<――――完全聖女、解放承認>
世界の言葉の承認を受け、ボクの体が書き換わる。
ボクは、半分が人。半分が精霊。
そのすべてが霊体……完全なる精霊に変わり。
しかして実体を持ち、安定する。
緑にほのかに輝く右手を掲げ、次へと進んだ。
「『炎神、全開』」
これはボクの魔法。ものまね、のようなものだ。
さる魔法使いの御業を真似、体を炎に変える。
でもそれだけ。
ボクはただの、機関部だ。
「『魔神、駆動』」
ロールの魔法に応え、如意棒たちが変形していく。
大きくなり、複雑に形を変え、腕に、脚に、体になって。
2.5m大の人型ロボットが、ボクとロールの身を包んだ。
彼女がこの、赤い機械の鎧を動かす。
ボクはその、動力になる。
……けどさ。
<やっぱりこれ、過剰戦力だって。何する気だよ、ロール>
「そんなもの、決まっているでしょう。わたくしたちはいつだって!」
彼女は右の拳を掲げた。
男たちとアイシアさんが、警戒し、下がる。
「魔法を、科学するのよ!」
機械の拳が振り下ろされて。
床が思いっきり砕かれて。
そりゃあもうびっくりするくらい、深く深く穴が空いた。
…………これ、科学かんけいなくない?
じゃなくて。
<ぴやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??>
ボクらはその穴に、真っ逆さまに落ちて行った。
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~-4.『聖女』はその人を取り戻したい~
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暗闇の底に落ちたボクら。
床が近くなったのを検知したのか……ボクらの身を包む魔神の姿勢が、変わる。
一瞬ふわりと浮いて、無事に足から着地した。
魔神はロールの魔法製だけあって、いろいろと便利だ。
例えば……これだけ真っ暗でも、周りを認識するのには問題がない。
「やはり、ここでしたか」
人ひとりが入れそうな水槽のようなものが……たくさん並んでいる。
水が濁っているためか、中はよく見えないが。
魔神のセンサーは、水の奥に生きた人間がいると捉えているようだ。
……これはやはり、『固い空気』を作っているのか。
人は死んで精霊になると、すぐ霧散してしまう。
もし人から『固い空気』を作ろうと思ったら、それをどう固めるかが問題になる。
元となる人間を生かしたまま、そのエネルギーを抽出すればいい、と考えたわけか。
……これまで見た中では、比較的穏当な方だな。
で。なんでボクの相棒は、地下にこんなのがあるって知ってたんだか。
魔神は地下施設の床を、滑るように歩き始めた。
周囲状況を確認しつつ……データを集めている。
ひとまず考えねばならないのは、この人たちの解放だな。
<……今回の件。ロールは、だいたい何もかも分かってたってこと?>
ボクの方は暇なので、ロールの様子を見つつ声をかけた。
彼女は操作・情報収集・解析に忙しそうだが。
「おおむね」
こともなげに、そう答えた。
<いつから?>
「西部で多数の魔法使いが確認されている、と大学で聞いた時点で」
大学……大陸魔法学機構から受けた依頼は、聖人探しではない。
そちらは常に中央教会で言われてるし、ただの方便。
ボクらが受けた話は、ロールが言った内容についての……調査だ。
<ほー。だから出る前に、熱心に昔の地図とか調べてたんか>
「『固い空気』の生産施設があるなら、地下でしょうから。
大規模な設備を置ける空間があるところに目星をつけて、回っていました」
長年の水源の推移から、地下の状況を予測。
大空洞がある土地を探し出した、ということかな。
そういう西部の町を回り……8回目でようやくあたりを引いた、と。
<なーんでボクには事前に言わないのさ?>
「こうしてネタ晴らししたときの反応が、可愛らしいからです」
そういうこと言うなし。天然たらしめ。
……たまには反撃しちゃろう。
<君、他所の子に愛想振りまきすぎると、エイドさんに逃げられるよ?>
ロールは、押し黙った。
……さすがに軽率だったかな。
エイドというのは、ボクの生身の体の、持ち主。
ロールの婚約者で……結晶が多数できた自身の体を治すため、禁忌に手を出した人。
ボクは彼の使った魔法によって、地球からこの世界に呼び込まれた、転生者。
元の名は、川口 六美。
ひどい名前だろう? 向こうでは名字で呼ぶように周りに拝み倒していたよ。
こっちに来てからは、ロールがもじってつけてくれた「ロック」で通してるけど。
なお、どうしてボクが彼の体に宿ったのか?はよくわからない。
彼の魂がどこに行ったのか?もわからない。
体自体は魂に合わせて変わるのか、女の子のものになってるし。何が何やら。
ロールの表情は読めないけど……ボクは素直に謝ることにした。
<ごめんよ、無神経だった>
「いえ……」
ロールが少し、沈んだ声で答える。
かつてロールに聞いたところによれば。
彼女は、この体とボクに関する謎を解き明かし。
ボクを分離し、彼の体を取り戻したい……のだそうだ。
ボクは、生身に戻りたい。この不安定な体は、いつ命が失われるか、怖い。
生身にできてる石……魔結晶が、精霊化を食い止めているみたいなんだけど。
結晶も進行性のもので、いつかは全身が完全な石になってしまう。
ボクらは利害の一致をみて、問題を解消できる見込みのある『固い空気』を求めていた。
あれは受肉した精霊。ゆえ、使えばきわめて高い効力の魔法を行使できる。
先ほどアイシアさんが使っていた魔法なんか、地味に見えるがたぶん大型の魔物が一撃だ。
でも、それでは出力が足りなかった。
前に押収品で実験したことがあるから、間違いない。
あれは中途半端なまがい物。
探し求めるうち、伝説に語られる品は『固い空気』の完成品だとわかった。
『固気』と言うそうだ。
その現物も、製法も、まだ見つかってはいない。
『固い空気』絡みに突っ込んで目にするのは、大量のまがい物と。
関連する悲劇……アレを埋め込まれた人造魔法使いたちばかり。
<とりあえず、現物はともかく資料を持ち帰ろうか>
「……ロック。良い機会だから言っておきますが」
<ん?>
魔神に押し込まれてる間は、彼女の様子がだいたいわかるんだけど。
……なぜ瞳が赤く光ってるのだね、ロール。何におこなの?
「わたくしはあなたのことで、彼に文句を言ってやりたいだけです」
<は?>
なんだその話は、初耳だぞ。
「身勝手にもあなたを召喚し、婚約者を放って自分はさっさと死んだ。
そんな薄情者に6年も心奪われるほど、わたくしは都合の良い女ではありません」
うっそやろ、ずっとエイドさんをよみがえらせようとしてるんやと思ってたぞ??
<じゃあなんで、君は『固い空気』を>
さすがに文句言いたいからって、伝説の秘宝を求めて大陸中駆けずり回らないだろ。
どういうことだ、白状しろ相棒。
「あなたを助けたいのです、ロック」
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~-5.二人の『聖女』:ロック&ロール~
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ボクを、助けたい?
ロールは、確かにそう言った。
婚約者じゃ、なくて。なんで?
「その不便な体から救い出し、可能なら……故郷に戻して差し上げたい」
彼女の真摯な声に。
ボクは二の句が継げなくなった。
「……これですね。まずはこの方たちの拘束を解いておきましょう」
ロールが魔神を操作し、その右手を近くの端末らしきものに置く。
手からは細かな線やら棒やらが伸びて繋がり、そこから直接データやコマンドのやりとりをする。
いつ見ても、ダイナミックなハッキングだ。
すぐに水槽から排水が始まったようだ。
水はどこかに流れ出していき、間もなく水槽自体も正面のドアらしきものが開いた。
中の人たちはぐったりしてはいるようだが、拘束などはされていない。
魔神のセンサーは、彼らが健康体であることを示している。
生命維持には、気を遣われていたようだな。
そのうち目を覚ますだろう。
お……ボクからいくらかの光が、彼らに帰っていく。
さっきナイフとかから吸収した分だな。
「データも取りました。施設内を通って、上に戻りましょう」
上、ね。中を突っ切っていくのか。
ボクは先ほどの彼女の言葉については……いったん飲み込むことにした。
そっとため息をついてから、応える。
<わかった。そっちのゲートを開けて、進むとしよう>
「ええ」
◇ ◇ ◇
施設内は、人が少なかった。
たまに互助会員と思しき、雇われの警備員がいるだけ。
魔神で適当に殴り倒し、地上を目指して進み続ける。
施設のスタッフがもっといてもいいはず、なのに。
誰も出てこない。
おかしい。
さては。
この町の教会関係者は、運営に携わっているだけで。
作って用意したやつらは、別だな?
<これ、施設を作って納品したやつらがいるね>
「でしょうね。ここの者たちの所業ではない」
しかし、これほど大規模な設備は初めて見る。
西部側はこれまでは来ていなかったとはいえ……こんなものをバレずに作っているとは。
明らかに大きな集団による仕業だ。だが、思い当たる節はない。
<ここ終わったら中央に戻って、少しつついてみようか>
「そうしましょう。教授も喜びそうですしね」
教授というのは、大学におけるボクらの上司だ。
陰謀とかぶち壊すの、大好きなんだよね。
よく今まで無事でいられてるよな……。
お。
<センサーに感。曲がり角の先、あのおかっぱだ>
ロールは答えず、前傾しつつ静かに走り込んで。
ちょうど角を曲がってきた司教と二人の男を。
「ふげ」「ぷぎゃ」「ふぁ」
雑に殴り倒した。
いつも思うけど、魔神って手加減絶妙だな……。
なんでこれで相手にケガさせず、気絶させられるんやろ。
「司教様!!」
こちらが角を曲がったところで。
目の前を、人間大の物体が通り過ぎた。
それは、施設の壁を蹴り込んで、角度を変えてこちらに飛び込んできた。
だがそれは。
魔神の装甲を蹴って、びくともさせられず。
振るわれた左手に掴まれ、床にたたきつけられた。
「……大人しくしてください、アイシア」
彼女はうつ伏せで押さえつけられているが、ロールの言葉を無視し、激しく暴れている。
魔神の力を、上回る勢いだ。
魔神自体は傷つきはしないが……このままでは、彼女がケガをすることになりそうだ。
<……司教に服従させられているんだろう>
「でしょうね。アイシア……あなたのお兄さんは、生きていますよ」
彼女の動きが、ぴたりと止まった。
ロール……君さ。ほんと言葉で急所突くの、うまいよね。
「…………だからなんだっていうの」
アイシアさんは、肩を震わせている。
声も、力ない。
「生きてたって、これからどうしろっていうのよ!
もう私は、私は! 普通の人間には戻れないのよ!」
彼女から一転、膨大な緑の光が立ち上る。
ちょ、大きすぎる! まさか自爆とか……。
「いいえ」
その光に。
魔神からあふれ出たものが、混ざる。
……まってロール。
それやられるとボク、この後動けなくなるんだけど。
「あなたは人に、戻します。
たとえ嫌がられようとも。
たとえ恨まれようとも。
必ず」
……なぜだろう。
その噛んで含めるような、ロールの言葉が。
とても、胸に、刺さる。
ちくしょう、このたらしめ。
<もってけ相棒! 聖人指定No.006! 聖別反転!>
<――――更新承認、完全堕天>
ボクの体から、炎が消え。
そのまま、ボク自身がロールに宿る。
完全性が反転し、不完全な精霊となる……この瞬間。
この時だけ、ボクらは一つになれる。
「……確かに。ありがとう、ロック」
呟く彼女の、心が伝わる。
万の言葉よりも、ずっとずっと、温かく。
さぁ、いつか流した涙を。
乗り越えよう。
このくそったれな悲劇を、反逆の戯曲で塗り替えてやろう!
彼女の赤と。
ボクの緑が。
歪に、重なる。
「『水神、招来』」
魔神の鎧が、すべてロールの体から外れ、宙に浮かぶ。
その色が……赤から、青へ変わっていく。
鎧から魔力の雷光がアイシアさんに伸びて、繋がった。
これは、一度半端に精霊にされた命を。
元に戻す、奇跡の魔法。
「あ、ぐぅぅぅぅぅ!?」
アイシアさんの中で。
埋め込まれた『固い空気』が、生身の肉に戻っていく。
適合の関係上、生成に使われたのは彼女自身の命のはず。うまくいけば……。
「――――っ、はぁ、はぁ……!」
荒い息をつき、倒れ伏すアイシアさん。
無事、だ。命に別状は、ないだろう。
鎧も消え……赤い棒が一本だけ残った。
如意棒を手に、ロールは立ち上がる。
ボクは彼女から吐き出され、実体に戻った。
……この瞬間は、慣れない。
戻れないんじゃないかという、僅かな不安がある。
石だらけの右半身と、不安定な生身の左半身は……まだ確かに、残っていた。
ほっとし、施設の床に大の字で転がる。
力がさっぱり入らない。
あの魔法、ボクの魔力ほとんど持ってくからね……。
「……アイシア。気分はどうですか?」
「…………体が重くて、最っ低です」
彼女はだいぶ辛そうだが、そう辛辣に言う顔は。
明らかに、笑っていた。
そりゃ、人の身は精霊に比べりゃかなり重くて。
とても安心、するだろうね。
「こりゃあ、ツキが回ってきたみてぇだな」
低く、大きく……品の無い、声がした。
通路の奥からぞろぞろと、魔物革の鎧を着た男どもがやってくる。
……めんどくせぇ。こいつらまだ残ってたか。
――――――――――――――――――――
~-6.『聖女』はクルマで旅に出る~
――――――――――――――――――――
現れたならずもの、都合5人ほど。
倒れている司教と奴らの仲間二人は、目を覚まさない。
一方こちらは、アイシアさんが倒れて動けなくて。
ボクも魔力切れで、体が言うこと聞かない。
けど。
「お前らは捕まえて、そんで――――ぶげらぁ!?」
「「「「リーダー!?」」」」
悠長に喋ってた大柄の男は、その顔面に棒を叩きつけられた。
振り回された如意棒によって、そのまま壁に激突。
ぴくりとも、動かなくなった。
…………魔物革の鎧があるからって、これは。死んだんじゃないか?
「半日前に、わたくしに倒されたというのに。
呑気な方たちですね……ふんっ」
「ぐべ」「がばぁ」「あぎゃん」「おぐぉぉ」
それぞれ、いたそーなところを棒で叩かれ……残り4人も、床に沈んだ。
元々ロール自身には、ほとんど消耗などない。
魔神はボクの魔力で動かしていたし、さっきの反魂の奇跡もボクの魔力で成立した。
不壊聖女が元気なのだ。
こいつらに勝ち目など、あろうはずがなかった。
ロールは棒先で床をつき、腰に手を当てて胸を張った。
「科学の勝利ですね」
だから科学関係ねぇって。
ふと見ると、アイシアさんが吹き出すところで。
ロールはそれを見て、会心の笑顔を浮かべていて。
ボクは呆れて……思いっきり肩の力が、抜けた。
◇ ◇ ◇
その町には、しばらく滞在することになった。
ボクらの報告が届くと、中央教会は迅速に手を入れてきた。
町の教会とその組織は、いったん解体。
マロッソ司教らが『固い空気』を売って得ていた資産は、被害者に還元されることとなった。
司教や関係者、あのならずものたちは……精霊教の人らが連れて行った。
末路は、知っている。ろくなことにはならない。
アイシアさんのお兄さんは無事復帰。
ご両親の体にできた結晶は、治らないものの。
アイシアさんとお兄さんの分の補償金で、満足な治療が受けられるのだそう。
結晶化は、進行自体をほぼ止めることが可能だ。
できてしまった結晶分、体力などは落ちたままだが。
これで当分、穏やかに暮らしていくことができるだろう。
アイシアさん本人は、『固い空気』が抜けて、ただの人に戻った。
このまま故郷のこの町で……人間として、生きていけるはずだ。
ボクとロールは、後始末に奔走した。
でも、それも昨日で終わり。
これから中央教会や大学のあるグラウンド・ワンへ帰るところだ。
ここは大陸西部、グラウンド・スリー。
グラウンド・ワンへは結構距離があるので、帰るだけで長旅になる。
グラウンドってのは……おっと、相棒が帰ってきた。またにしようか。
「済みました」
彼女は扉を開けて、助手席に乗り込んできた。
ボクがいるのは運転席。
そう……こいつは乗用車。この異世界、クルマがあるんだよ。びっくりだろう?
タイヤがなくて、キャタピラみたいな魔力の流れが出て走るんだ。
多少揺れるが、荒野だって楽に行ける。
燃料は……人の体にできた結晶の、中にある。不思議な機構だ。
こいつは安物だけど、長年使っててね。頑丈で、メンテナンスがしやすい。
ワゴン車ってほどじゃないけど、それなりの空間で、荷物もたっぷり詰める。
居住性も結構あって、長旅に耐えうるんだ。
地球と違って、水や簡単な食料を生成するプラント機構があってね。
おかげで、ちょっとしたキャンピングカーの旅が楽しめるんだよ。
まぁ旅といっても……グラウンド間は魔物が大量に出て、危険だ。外には出られない。
このクルマの中は、安全なんだけどねぇ。魔物が寄ってこないから。
…………あれ?
いつもなら、シートベルトをして「出してください」ってロールが言うんだけど。
なんだどうした。さすがにベルト締めてない人がいるのに、出せないぞ。
ボクが眉根を寄せて、ロールを見ると。
彼女は、少し楽しげにほほ笑んだ。
「……来たようです。後部座席を開けてください、ロック」
来たって何が……と思ったが。
サイドミラーに、彼女が映った。
まじかよ。
ドアについた操作盤で、ボクの後ろの席の扉を開ける。
アイシアさんが、中に滑り込んできた。
「おいロール、荷物が多いと思ったら、まさか……」
「しょうがないでしょう。元人造魔法使い。
一度は大学に連れていきませんと」
そりゃあ精密検査とかした方がいいけどさ。
「大丈夫なの? アイシアさんは」
「私ですか? 大丈夫です。両親にも兄にも、別れを告げて来ました」
……ちょっとまて。なんだその、長い別れしてきたような言い方は。
「おいロール」
「大学は、才あるものを常に求めています。
口頭審問は合格です」
いつの間に!? あのテスト簡単じゃないぞ合格したんかアイシアさん!
いやそうじゃなく。
確かにボクら二つ名持ちは、魔法使いの卵をスカウトできるけどさ??
なんでこの子に声をかけたし??
「私、がんばって勉強して、ロール様のお役に立ちます!」
「おいロール」
ボクは言外に、「君、女性とは深くかかわるなって、教授にも言われてるよな?」と訴えたが。
「才能があるのは本当です。放置できません。
なので……よろしくお願いします、ロック」
「はぁ!?」
ボクは思わず声を上げてしまった。
おい君、自分が責任持てないからって、ボクに押し付けんのかよ?
「よろしくお願いします、ロック先輩!」
…………くそったれ。
君、ボクのこと化け物呼ばわりして刺したろうが忘れとらんからな?
ボクはため息をつき、二人がシートベルトをしたのを確認して。
ハンドルに手を掛け、アクセルをゆっくりと踏み込んだ。
クルマが町はずれから荒野に向けて、滑りだす。
「よろしく、後輩」
「はい!」
彼女の元気な返事を背に、ボクは助手席のロールを流し見た。
……釘を刺しておくとしよう。
「ロール」
「なんです?」
「……ボクは別に、帰りたいわけじゃないんだ」
「…………へ?」
珍しい、ロールの間の抜けた顔が見られた。
つい、口角が上がる。
「ただ死にたくないだけ。
君との二人旅は……楽しいからね」
ボクは精霊の体から、人の身に戻りたい。
でもそれは、地球に帰りたいからじゃない。
この6年、ずっと一緒の君と。
これからも、生きていきたいからさ。
「そう……わたくしもです」
…………おい、なぜ顔が赤いんだロール。
ボクは別にそういう趣味じゃないし、今のはそういう意味でもないぞ?
ないんだったら。
ただぽっと出の後輩に君を取られるのは、ちょっと癪なんだよ。
多少の照れ隠しもあって……ボクはアクセルを強めに踏み込んだ。
「ほわぁっ!?」
クルマが盛大に揺れた。
後部座席からの悲鳴が、少し心地いい。
咎めるような君の視線は、この際気にしないことにしよう。
なんたって、今日は快晴だ。
この自由な荒野を。最っ高の気分で走らなきゃ、もったいない。
↓完結済みの「逆行した幼女と令嬢は車で旅に出る」の世界から、面倒な設定説明を省いた作品です。
別時代、別地域なので直接のかかわりはありません。