表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/63

呪いと魔法

「ひとくちに呪いといっても、けっこう複雑なんだね」


 そう言ったノア王子の顔は、どっと疲れている様子だった。

 手の中には一冊の本。さらにはテーブルの上にも、床の上にも、部屋のあちこちに本が散らばっている。私たちは溜め込んでいた宿題にやっと手をつけるように、家にある呪いに関する本を読み漁っていた。


「そうですね。人形を使ってみたり、魔法陣を描いてみたり、東の方では虫を使うものもあるみたいですよ」


 家中をひっくり返してみると、呪いに関する本や物は意外といたるところから見つかった。本棚や、書斎の引き出し、工房の中、それこそ山のような数の本がこの家には隠れていた。


「魔女はこんなに難しいことをしてるんだね。気持ちとしては複雑だけど、ちょっと感心したよ」

「難しいこと……うーん。それは、どうでしょう」

「どうでしょう、って?」


 私は手の中に収まっている本をパラパラとめくった。確かにどの本にも難しい言葉で、難しいことが、虫が這ったような文字でつらつらと書かれている。強力な呪いには、あれこれが必要である。だとか、呪いの手順はこれをこうしてこう、だとか。ある意味で、恐ろしい執念のようなものがこの本たちには詰まっている感じがした。


「もちろん、規模が大きいものであればあるほど、魔女の知識やセンスが必要になります。……でも、小さい呪いはどこにだって転がっていると思うんです」


 いつの間にか、ノア王子はページを捲るのをやめていた。ただ静かに、私の話に耳を傾けている。


「たとえば、子どもの頃に言われた何気ない言葉や、言い返し損ねた理不尽な言葉が、ずっと癒えずに残っていることってありませんか?」

「……まぁ、うん。あるね」

「呪いというのは、突きつめてしまえば相手を不幸にすることです。いつまでも苦しめ続けられているのなら、それはきっと、呪いなんだと思います」


 たとえるなら、足元に転がる石のようなもの。

 身近にあって、少しだけ厄介。今さら、そんな小さな石で派手に転んだりはしないけれど、ときどき躓いて、血が滲んだりする。そして、なんだかすごく嫌な気分にさせられる。そうやって目の冴える夜を過ごしたり、静かに瞼を濡らしたりする日が、きっと誰にでも、平等に訪れる。何度も心をぺしゃんこにされて、その度に、起きあがる。そんな日々を、人も、魔女も、繰り返し営んでいる。


「言葉は刃物にもなる。かと思えば、クッションになることも、ね。……ある意味、言葉は魔法だね」


 お茶目に笑いながら、決して茶化したりしないところが彼のいいところだと思う。少なくとも私は、彼のそういうところが心地よかった。

 魔女の話を真面目に聞いてくれる人はあんまりいない。

魔女は人を騙したり、惑わせてよくない道へと導いていく存在だから、魔女の話を真剣に聞いてはいけない。……もちろん、これは悪い魔女の話。絵本に出てくるような、悪い魔女の。

 だけど見た目だけで、悪い魔女とよい魔女を見分けられる人なんていない。私だってそう。いい人と、そうでない人を見分けることなんてできない。そもそも、きっとみんな真ん中あたりを彷徨っているんだと思う。いい人になったり、悪い人になったり。


「──話を王家の呪いについて戻しましょう。今わかっているのは、ずっと昔、この国に災いをもたらした魔女が、王家に呪いをかけた可能性がある、ということですね。そうですね…400年ほど前のことでしょうか」


 私の言葉に、彼は小さく頷いた。


「そうだね。だいたいそんなものだ。この間、当時の記録を調べてみたんだけど、あまり詳しくは書いてなかったよ。ただ、その魔女とやらの名前はリリーというらしい」


 リリー。

 頭のなかで、その名前を復唱する。彼に「聞き覚えはあるかい?」と尋ねられたけれど、わたしは黙って首を振った。悲しいことに、そもそも私は人間を含めても知人と呼べる人が少ない。そのうえ、魔女は人間と比べると圧倒的に少ないので、もし聞いたことがあるなら、私はその名前を覚えているはずだった。覚えてない、ということは、そういうことだ。


「リリーという名前に聞き覚えはありませんが、400年前の魔女ということなら、まだ生きているかもしれません」

「あぁ。魔女はとても長生きだと聞いたことがあるよ」

「えぇ。でもそれは、古い魔女のことです。今の魔女のほとんどは、人間の寿命と変わりません」


 ノア王子は、ちょっと驚いている様子だった。

 それは無理もないことで、この国で魔女について正しく知っている人なんてほとんどいない。たいてい、噂話や絵本から知識をひろって、それが全てなのだと勘違いされる。誰も、本当の私たちになんて興味がない。興味がないのはべつにいい。嫌なのは、勘違いされること。悪い魔女しかいないと思われること。


「……僕は、いつか君に箒に乗せてもらって空を飛びたいと思っていたんだが、もしかして、」


 私は思わず声を出して笑ってしまった。

 そんな面白いことを、そんな真面目な顔で言われたのは初めてだった。


「あはは!そうですね。それは古い魔女が使う魔法です。私を含めて、魔法を使える魔女は今はとても少ないです」

「笑われたのは癪だが、まぁいいよ。ちなみに、理由はあるのかな?」


 顔を少しムッとさせたかと思うと、すぐにパッと表情を切り替えて私に尋ねた。やっぱり彼は、少し変わってる。

 噂に聞いていた王子は、不気味なくらい優等生だった。

 品行方正で、誰にでも分け隔てなく優しく、神の使いかと思うくらい美しい。実際、彼は美しかった。目元はやさしく、やわらかく、長いまつげに縁取られていて、口元はいつも少し微笑んでいる。まさに童話のなかの王子、そのもののようだった。

 だけど今の彼はちょっとイメージと違う。

王子というより、冒険家や学者のような探究心。それにちょっと、意地が悪い。私よりも魔女らしいと思うくらいに。そう思うと、私も所詮、噂で彼のかたちを決めていた一人に過ぎなかった。


「魔法は、信じる心と奇跡が重なってはじめて魔法になります。たとえば、空を飛ぶ自分をイメージするとします。すると、自分にかかっている重力だけが軽くなったり、足元に突風が起きて体が浮くんです」

「そんなことあるはずが……」

「ないと思いましたよね?だから人間には魔法が使えません。そしてそれは、いまを生きる魔女も同じです」


 ノア王子は黙っていた。ちょっと不満そうな顔だった。


「魔女はその奇跡を引き寄せる力があります。たとえば私は薬の調合が得意ですが、それは本来、調合の過程で失われるはずだった素材の効果を、奇跡的に保ったままにする。そのため、人間ではできない、できたとしても数パーセントの確率で出来上がるのものを私は確実に作ることができる、といった感じです」


 じゃあ、とノア王子は言った。じゃあ魔法だって同じじゃないか、と。私は静かに首を振った。


「空を飛ぶイメージはできても、飛び続けるイメージはなかなかできません。飛べた瞬間に、落っこちてぺしゃんこになる自分を想像してしまう。飛び続ける自分を信じられない」

「……あぁ、それは少し分かる気がするよ」


 彼は少し苦い顔をしてから、自嘲気味にすこし笑った。

 そうしてしばらく呪いだとか、魔法だとか、そんな話をしていたら、時間はあっという間に過ぎていった。いつの間にか外は暗い。ノア王子は「しまった」と呟いてから、慌てて上着を羽織って玄関の方へと向かっていった。


「明日まで片付けなきゃいけない書類があるのを忘れていた。僕はこれでお暇するよ」


 そう言ってから一度店を出たノア王子は、すぐにもう一度、店の扉を開いた。そして、「言い忘れてたけど」と前振りをしてから口を開いた。


「君は人間も、今を生きる魔女も、魔法は使えないと言ったが僕はちがうと思う。きっといつか人は空を飛ぶよ。箒じゃ、無理かもしれないけどね。それに陸だって、海の中だって、もっと早く、自由に動き回れるかも。少なくとも、僕はそう信じてるよ」


 そう言い残してから、彼は「それじゃあ、おやすみ」と言って今度こそ、城へと帰っていった。私は嵐が過ぎたあとみたいにしばらく放心していたけれど、我に返ると笑ってしまった。やっぱり彼は少し変わっている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ