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憧れの

「なんであんな依頼受けちゃったの!」


 ロージーさんが帰るや否やケイトさんに叱られてしまい、私はもう小さくなるばかりだった。ケイトさんの言うとおり、私は彼女の依頼を断るべきだったのかもしれない。魔女が舞踏会に出席するなんて前代未聞だし、そもそもダンスだって踊れない。だけどケイトさんはそんなことよりも、ロージーさんの態度が好ましくないようだった。


「彼女、なんだかすごく嫌な感じだった。なんていうか、会話をする“ふり“が上手いの。ああいうの、()もたまにするよね」

「彼?」

「王子様。私はあんまり接点がないけど、たまに施設の視察に来ると先生たちにあんな風に話してるよ。彼女ほど嫌味っぽくはないけどね」


 それは初耳だ。と思ったのと同時に、想像できるなとも思った。なんというか、彼は他人と壁を作るのがとても上手い。もっと正しく言うのなら、壁がないと思わせるのが上手いのだ。

 彼と初めて会った日のことをぼんやりと思い出す。

 激しい雨音と共にやって来た彼は、とても礼儀正しく、優しい笑顔をしていた。今だってそこに変わりはないけれど、今思えばあの日の私たちの間には気が遠くなるほどに分厚い壁があったのだと思う。「会話をするふり」とは言い得て妙だ。ロージーさんも、そしてノアも、心と頭を別にして話すのが上手いのだ。


「確かにちょっと怖かったですが、でも、たぶんロージーさんは悪い人ではないと思いますよ」


 私がそう言うと、ケイトさんは片方の眉だけあげて顰めっ面をした。「どうしてあっちの味方をするのよ」と顔に書いてある気がして私は内心おかしかったけれど、笑ってしまうとかえって彼女を怒らせるのは分かっていたので、私はコホンと咳払いをしてから話を続けた。


「出されたお茶に嫌な顔ひとつせず口をつけていました。今でこそ気にしない人も増えましたが、お店を始めた頃なんかは一口も飲まずに帰っていくお客さんも多かったんです。彼女のようなタイプの人は尚更。……だから私、彼女は悪い人じゃないと思うんです。これはただの勘ですけどね」


 私がへらりと笑うと、ケイトさんは納得したような、納得できないような難しい顔をして、しばらくしてからやっと


「……エマの勘は当たるからね」


 と観念したように笑った。


「じゃあ今はとにかくパートナーを探さなくちゃね。彼女、社交の場に慣れてる人がいいって言ってたけど、エマにそんな知り合いいる?」

「……」


 私は渋い顔をして無言を貫いた。

 そもそも私には、友人と呼べる人すらほとんどいない。異性だとか、社交場に慣れているだとか、それ以前の問題だ。ノアだったら彼女が提示した条件にもぴったり合うだろうけど、さすがにこの国の王子様を誘うわけにはいかない。

 そんな悩ましい状況に光を差してくれたのはケイトさんだった。


「一人、心当たりがあるわ」


 私はパッと目の前が明るくなるような気がした。

 下げていた顔をあげると、ケイトさんは片方の口角だけをあげていたずらっぽく笑った。


「エマったら薄情なのね。紳士の知り合いならいるでしょう?」





「なるほど。それで俺に声がかかったわけだね」

「はい。すみません、こんなことに巻き込んでしまって」


 社交の場に慣れている異性で、私とケイトさんの共通の知り合い。言われてみれば、騎士の彼なら確かにそういった場に慣れているだろうし、そうでなくても彼は社交的な性格をしている。この依頼にぴったりの人選と言えるだろう。

 急な申し出にも関わらず、私の依頼を二つ返事で受けてくれた彼──もといリロイさんには、本当に感謝しても仕切れない。


「大丈夫だよ。午前中は警備の仕事があるけど、どうせ午後からは空いてて暇だったんだ。それに、」

「それに?」

「俺から誘おうかと思ってたんだ。だけど、ほら……君にも事情があるだろうし、迷ってたんだ。だから声をかけてもらって本当はすごく嬉しかった」


 初夏の陽射しのように爽やかに微笑む彼に、私もつられて微笑んだ。

 彼はいい人だ。騎士だというだけで、どうして苦手に感じていたのか自分でもよく分からないほどに。だから、そんな私が彼の厚意に甘えてしまってもいいのか本当はとても悩んだのだけど、自分ひとりでどうにかなるような依頼でもない。今度、彼に何かお礼をしなくては、と考えていると、リロイさんがふと「あっ、そうだ」と呟いた。


「紳士としては失格だと思うんだけど、せっかくだから何かお礼を頼んでもいいかな」


 ナイスタイミングだった。

 「ちょうど私も、何かお礼をと考えていたところです」と伝えると、彼は嬉しそうに笑って、


「じゃあ勤務が終わる昼から舞踏会が始まる夜までの間、エマの時間を俺にくれないかな」


 と言った。


「そんなことでいいんですか?」

「全然“そんなこと“じゃないよ。ね、いいかな」

「それはもちろんいいですけど」


 小銭を貯めていた空き瓶を割る覚悟をしていた手前、拍子抜けだった。承諾する私に、リロイさんは人懐っこい大型犬のように愛らしく笑った。


「じゃあ約束だ」


 私は頷く。


「はい。約束です」


 思い返してみると、こうやって誰かと外で会う約束をしたのは初めてかもしれない。もちろん依頼でという形ならいくつか覚えはあるけれど、具体的な目的もなく、というのは初めてだ。……それってなんだかまるで、子供の頃に想像してた『友だち』みたい。

 そんなことを考えていると、急に頬が熱くなるのが分かった。きっと誰にだって、憧れのシチュエーションというものが一つや二つあるだろう。お姫様のピンチに駆けつける英雄(ヒーロー)だとか、険しい冒険の果てに掴み取る宝物だとか。私にとってはこれが憧れだった。「また明日」と手を振る帰り道。決まった予定もないのに、なんとなくで集まる広場。私には縁のないものだと見つめていただけのものが、いま現実になった。それで胸をときめかせないわけがない。


「じゃあ待ち合わせの時間と場所を決めようか。えっと俺の仕事が終わるのは……」


 話を続けるリロイさんをよそに、私は緩くなる口元を必死に結んで誤魔化した。お祭りが楽しみすぎて、いっそ明日がお祭りの日ならいいのにと思ってる……なんて魔女のプライドにかけて言えるはずがない。

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