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物語のつづき

「あの、この町の魔女に関する伝説を詳しく教えていただきたいのですが」


 タイミングがいいと言うべきか、それとも悪いと言うべきか、神父様は教会の前で箒を握っていた。サッサっと気持ちのいい音を鳴らしながら教会の前を掃除している神父様に、私はありったけの勇気を振り絞って声をかける。

 声が震えていたかもしれない。気持ちを紛らわすために、ノアからもらったイヤリングを指先で触れると、少しだけ気持ちが和らいだ気がした。

 大丈夫。傷つくことは怖いけれど、勇気を持って前に進んだ私を、私は誇らしく思う。


「あなたは……」


 目が合う。逸らしそうになる目を、必死でとめる。魔女なら魔女らしく、胸を張って。


「あぁ、同じ魔女として話を聞きたいんですね。どうぞ。中にお入りください」

「……え、」


 拍子抜けとはこのことだ。機嫌良く案内する神父様に、私はかちこちに固まっていた体の力がスッと抜けるような気分だった。

 しばらく入り口で呆然としていると、神父様は振り返り、不思議そうな表情で「どうしました?中に入らないのですか?」と尋ねた。私は慌てて首を横に振り、初めて入る教会の中にどきどきと胸を高鳴らせていた。


 初めて入る中は思っていたよりも慎ましいものだった。赤い絨毯がまっすぐに伸びていて、その先には美しく微笑む女神様の像が飾られている。両端にはベンチが並べられていて、神父様は一番前の席に腰を下ろし、「隣へどうぞ」と目で合図した。ベンチは固くて、座り心地としては普通だ。だけど私にとってはどんな座り心地のいい椅子よりも特別なものに思えた。


「さて、どんなことを知りたいですか」


 神父様の声は優しかった。すべてのことを許してくれそうなほど優しく、穏やかだった。私はなんだか胸に詰まるような思いをしつつ、口を開いた。


「魔女の伝説は、事実なのでしょうか」


 私が尋ねると、神父様は少し意外そうに驚きつつ、それからまた優しげな表情に戻った。


「いえ、すみません。真実がどうかを尋ねられたのは初めてで、驚いてしまったのです」

「はじめて……」

「えぇ。この町の大抵の人は、伝説が真実であろうと嘘であろうとあまり興味がないんです。その物語がいかに魅力的で、胸を躍らせるものか。重要なのはそこなんです。でも勘違いしないで、それが悪いわけではありません。美しい物語は人生を豊かにしてくれますからね。…‥ただせっかくこの教会には当時の資料がある。どうせなら、知ってもらいたい。物語としてではなく、その時代を生きていた人々の悲しみや、喜びを」


 神父様はそう言って影を落とした微笑みを浮かべたあと、パッと表情を明るくさせて、「余計なことを話してしまいました」と言ってカラリと笑った。


「真実かどうか、でしたね。今言ったとおり、伝説は真実です。呪われた土地を魔女が救った。生贄になるはずだった少女は救われ、町は平和に。……ですがこの話には続きがあるんです」

「続き?」

「えぇ。物語でいうところの“エピローグ“というものです。ただし、真実を知ろうとしなければ辿り着けない秘密の続きですけどね」


 そう言って神父様は人差し指を口の前に持っていき、おちゃめにウインクをした。


「領主の娘、クロエは魔女にお礼をしたいと申し出ました。魔女はそれならばと、娘に種をいくつか渡してこう言いました。『この種を、私の代わりに育てなさい』と。──この町のバラは、その種が芽吹き、咲いて、散ってはまた育て……そうやって作り上げられてきたものなのです」


 神父様は誇らしげに微笑んだ。

 私は想像した。片手で収まるほどの種を受けとって、それを大事に大事に土に埋め、いつか魔女が見に来るのではないかとソワソワしながら水をまき、花が咲いて、散って、また種を蒔き、育てる。そして長い長い年月を経て、出来上がったバラの町を。

 それは、なんて美しい光景だろうと思った。少なくとも私は、この町を、愛しいと感じた。


「すてきですね」


 こんなありきたりな言葉しか出なかった自分が悔しい。だけど神父様は嬉しそうに、


「えぇ。そうでしょう」


 と答えてくれた。

 そうだっだ。難しい言葉を交わさなくたって、私たちは分かり合えるのだ。そんな簡単なことを、どうして今まで忘れていたのだろう。

 

「他に聞きたいことはありますか。私が知ることなら、なんでも」

「そうですね……。では、もうひとつだけ」


 恐れはもうない。疲れるだけの緊張も。あとはもう、私は私の仕事を果たすのみだ。





「あら、おかえり。神父様に話は聞けたかい?」


 宿に戻ると、店主さんが明るく迎えてくれた。


「はい。とても有意義な話を聞くことができました」


 私が返事をすると、彼女は満足そうに笑って「それはよかったね」と答えくれた。

 そんな彼女の笑顔を見ながら、私の頭にはふと素朴な疑問が浮かんできた。それを彼女に尋ねてもいいものか迷ったものの、旅の恥はかき捨て、なんて都合のいい言葉をつい思い出してしまったものだから、私は腹を決めて彼女に尋ねた。


「その、疑問だったのですが、この町の人たちはあまり魔女を警戒しませんよね。それはやっぱり伝説の魔女のおかげなのでしょうか」


 いつもの私なら、こんなことを尋ねることはしなかった。だって、『私たちは嫌われ者のはずなのに、あなた達は私たちを嫌わないんでいてくれるんですね』と、言っているようなものだったから。

 とんだ被害者面だ。魔女だって、人間に傷つけられることばかりを恐れて、自分から離れていったくせに。それなのに、離れては近づいて、近づいては反発しあって。そんなことばかりを繰り返している。


「そうだね。やっぱり魔女の伝説の影響は濃いと思うよ。……だけどさ、」

「……。」

「だけど時代は変わっていくんだよ。少しずつ、少しずつ、分かり合えるような時代に、きっとなる。と言うか、そう言う時代になってほしいと、きっとみんなうっすらと思ってるんだと思うよ。人間も、魔女も。この町は、変わるきっかけがあって、他の土地よりも時代の変化が早くきた。たったそれだけ。少なくとも私は、そう思ってる」


 時代の変化が早くきただけ。

 ……そうか。そういう考えもあるのかもしれない。自分にはどうしようもできない大きな壁を前に、一人で焦っていたってしょうがない。過去に起きた嵐も、目の前で起きている嵐も、止めることはできない。そんな力、私にはない。私にできることは、荒れてしまった土地に花を一輪植えるくらい。その花を見た誰かの心が、少しでも満たされればいいと祈るくらいだ。

 いずれ時間が解決してくれる。そう思えることが、希望になることだってあるのだ。


「そんな日が来ることを、私も願っています。人間と、魔女が、隣で笑い合える日が来ることを」


 店主は微笑んだ。希望のかけらは、確かにここにある。

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