FILE No.009 正義と悪
猛り狂う木村丸普堂の激しい攻撃が続く。
しかし、焰間警部補は最小限の動きでそれをいなし続け、その顔には何故か笑みさえ浮かんでいる。
「おい!どないした四郎木村丸!ワレの力は、そんないなモンか〜いッ!」
焰間警部補は木村丸普堂に対し、挑発的な言葉を浴びせ続けていた。
その様子は、戦っているというより、まるで相手をからかって遊んでいるようにしか見えなかった。
そのため、現場の混乱はますます激しさを増し、建物の外壁や庭の木々が次々と破壊されていった。
そんな混乱の中でも、焰間警部補は暴れ回る木村丸普堂の懐に難なく入り込むと、掌に炎をまとわせ、腹部目掛けて真上に掌打を突き上げる。
「グオッホッ!!」
掌打の衝撃と炎が、一瞬にして木村丸普堂の背中を貫く。
その巨体は腹部から『く』の字に折れ曲がり、苦悶の表情を浮かべたまま、前のめりに地響きを立てて崩れ落ちた。
木村丸普堂は腹部を押さえ、息も絶え絶えに長い舌を垂らしている。
その様子を見下ろす焰間警部補の表情は、さっきまでの笑みが消え、明らかに不機嫌そのものとなっていた。
「おい!」
焰間警部補は高圧的な声で木村丸普堂を呼びつけると、無言でその顔を踏みつけ、右目からはさらに禍々しく刺すような赤い光を放つ。
「何じゃワレ〜ッ!この様〜ッ!鬼ん中でも5本の指に入る云うてた大高頭四郎木村丸が、こないな"小娘"の身体から出される一撃で、何這いつくばっとんじゃい〜ッ!おうッ!!」
焰間警部補は木村丸普堂を罵り、足蹴にする。
その姿は近寄りがたい威圧感を放っていたが、背後から臆することなく近づく人影があった。
「ちょっとちょっと緋影丸!!」
赤い右目の焰間警部補を『緋影丸』と呼ぶ氷御角警部補が、青く禍々しい左手を突き出し、眉間に薄くシワを寄せ、険しい表情で迫る。
「あん!何や"蒼小娘"か!俺様ァ〜今、猛烈に忙し!せやから後にせぇ!」
「ボクのペアの哪由香の身体、オモチャにしといて、忙しいもクソもねぇ〜だろが!このバトルジャンキーが〜ッ!!」
「はぁ〜?オモチャ?人聞き悪い事ぬかすな!ボケ!」
今、焰間警部補の中にいる人格の名は『緋影丸悪太郎』と云った。
約1000年前、西国にて鬼の王を名乗っていた鬼の棟梁にして大妖幻である。
この緋影丸は焰間家の始祖にあたる鬼で、その性格は見ての通り厚顔無恥そのもの。
焰間警部補が右目を失い義眼を装着した事で、何故か緋影丸の右目と人格が現れるようになったのだが、その理由は未だもって謎のままである───
「ええかッ!よう聞けッ!俺様ァな〜ッ!ウチとこの小娘が、余りに不甲斐ないから、仕方なしに出てきたっとんねん!」
緋影丸は腕を組み、周囲を睨みつけながら声を張り上げる。
すると氷御角警部補は、肩を竦めて呆れたように溜息を吐く。
「あのさ〜。だからって無理矢理、哪由香、押し退けて出てくる事ねぇ〜んじゃね?」
緋影丸は苛立ちを隠さず、氷御角警部補を真っ直ぐ指差した。
「はぁ?そない文句言うんやったら、最初からお前等で、ちゃんとしといたらエエだけの話やろ!ちゃうんかい?!」
「イヤ、いつもちゃんと、やってますけど!!てか、今回はたまたま…。」
氷御角警部補は、悔しそうに唇を噛みしめて言い返す。
「あのなぁ〜。言うといたる!戦さ場にたまたま何かあらへん!そもそも、いっつも雑魚い妖幻ばっか、ちまちま相手しとるから、ちょい強めの雑魚妖幻相手にしたら、そんなんなんねん。俺様等の世界ではなぁ、あんな程度のモン、恥ずかしゅうて、よう、やってるなんて言へんのや!」
緋影丸は鼻で笑い、わざとらしく肩を竦めてみせる。
「ざ…雑魚い?ちまちま…(怒)?」
その言葉に、氷御角警部補の眉がぴくりと動き、怒りが滲み出る。
「せやから今、この緋影丸様が直々に、戦い方ちゅうもんを教えてたってんねんから、お前もそこで黙ってよう見とけ!ほんで、ちびっと勉強せぇ!阿保が!!」
緋影丸は得意げに胸を張り、顎をしゃくってみせた。
「あ…阿保………?」
その瞬間、氷御角警部補の中で、まるで拳銃の引き金を引くかのように、能力のリミッターが外れた。
「唵摩訶迦嚕尼迦娑縛訶。我、左手に宿し鬼詛宿御腕よ。我、声に応え、悪霊怨霊を祓い清めるため、大いなる力を示せ!」
氷御角警部補が咒詞を唱えると、青い鬼の左手が淡い光に包まれた。
その瞬間、筋肉がうねり、骨ごと膨張し、膨れ上がった左手を勢いよく緋影丸へと突き出すと、開かれた掌の中央に刻まれた咒文字が青白く瞬き、ソコを中心に冷氣が爆ぜるように迸っていく。
「フッ!そんなモンで、俺様の炎は消えへんわ!」
緋影丸は悪態をつくが、氷御角警部補は冷氣を浴びせ続ける。
その間も冷氣の放出は止まらず、氷御角警部補は右手に握っている警棒を大きく振り上げると、地面を強く蹴り宙へ舞い上がった。
「これならどう!」
「チッ。小賢しい!」
緋影丸が鬼の右目を一層強く発光させると、突如として目から火の玉が放たれる。
それは大きく膨張し、冷氣を相殺させると同時に、緋影丸は警棒の一撃を右手の指先でガッチリと受け止めた
「今の攻撃は中々見事やったで。せやけど蒼小娘、俺様に攻撃するいう事は、同時に哪由香に攻撃してんのと同じやで。お前、ホンマに分かってやってんのか?」
緋影丸の言葉に、氷御角警部補は力強く答える。
「あぁ〜分かってるよ!哪由香の中に巣食う、邪悪な鬼を祓うためにやってんだよッ(威)!!」
受け止められた警棒をさらに押し込む氷御角警部補。
その様子を見て、緋影丸は不敵な笑みを浮かべながら叫んだ。
「い〜や。お前、分かってへん。いや蒼小娘ちゃうな。今も背後で蒼小娘の事、操ってんのやろ?せやろがぁ〜!蒼雹斎!!」
緋影丸の指摘通り、氷御角警部補の意思を背後で操っているのは『蒼雹斎太郎左衛門』と云う鬼であった。
約1000年前の東国で、鬼の王を名乗っていた棟梁で、緋影丸とは激しい覇権争いを演じていた大妖幻であり、氷御角家の始祖に当たる鬼でもあった。
「相変わらずコソっとして、辛氣臭いやっちゃ!早よ出てきてその顔見せんかい!!」
「………アンタみたいに、粗暴な輩に見せる顔なんかないってさ(笑)。」
「お〜し分かった。お前がその氣なら、こっちにも考えがある。この木村丸擬と一緒に、蒼小娘の事も始末したる!覚悟せいや!!」
「擬…?」
〈此の四郎木村丸、真の四郎木村丸に非ず。〉
「え、マジ?コレ本物じゃないんだ?でもコイツ、めっちゃ強いんだけど…。」
〈大高頭四郎木村丸と申す鬼は、鬼共の中にても屈指の力を誇る大妖幻なり。緋影丸は知らぬやも知れぬが、我はかつて1度、奴と相まみえし事がある。〉
「えっ?ヤバ!そうなの?」
〈されど、奴の力、斯くの如きものに非ず。我が知るところ、今目前に居る四郎木村丸、真の姿に非ずと断言できる。〉
「じゃあコレ、偽物って事?」
〈否、偽物とも異なる。ゆえにこそ、擬と呼ぶのだ。〉
「ん?どういう事?」
〈四郎木村丸ほどの鬼の血、一滴なりとも身に入れば、人の肉体と馴染みて、四郎木村丸に類する鬼となる事叶う。すなわち、四郎木村丸にして四郎木村丸に非る鬼の生まれる所以なり。〉
「なるほどね…。だから偽者じゃないけど、木村丸のエッセンスを含んでる。でも、オリジナルじゃないから擬って事か。じゃあ、魔醒薬の成分は血?でも、木村丸ほどの大物の血をどこから…?」
〈其は我にも覚え無し…。〉
氷御角警部補は、自身に封じられた鬼の力を一部解放する事で、蒼雹斎と意識を直接接続し、脳内で会話することができた。
そのため、傍目には氷御角が独り言を呟いているようにしか見えなかったが、実際には蒼雹斎との緊密なやりとりが行われていた。
「おい、お前等!何、ごちゃごちゃ言うとんじゃい! 来えへんのやったら、こっちから行ったるぞ!!」
緋影丸は倒れている木村丸普堂の両足を乱暴に抱え上げると、ハンマー投げの要領で高速回転しながら氷御角警部補目掛けて投げ付けてきた。
「おりゃ〜〜〜〜〜いッ!!!」
しかも、投げ付けられた木村丸普堂の方も、訳も分からず本能のまま大きく口を開き、氷御角警部補に噛み付こうとしていた。
〈ちょいちょいちょい!これって体のいい、合体技じゃんか…(汗)。〉
〈清良、我に考えがある───
氷御角警部補は、迫り来る木村丸普堂をすんでの所でスルリと躱すと、鬼の左手で木村丸普堂の左腕を鷲掴みにした。
「黄泉の国を照らす暗黒の太陽よ。一切の慈悲を与えず、この世の全ての活動を停止させよ…。」
≒≒絶対零度≒≒
木村丸普堂の身体を瞬時に凍結させると、そのまま緋影丸に向かって投げ返したのである。
しかし…。
「折角の獲物、凍らしたら勿体無いやろッ!」
≒≒獄蛇炎≒≒
緋影丸は両掌から炎の渦を発生させ、木村丸普堂の凍結した身体に纏わせて強制的に氷解させた。
「グワォ〜ン!グワォ〜ンッ!ヤベェロ〜ンッ!!」
木村丸普堂は再び灼熱の炎に包まれ、立ち込める蒸気の中でのたうち回る。
そもそも木村丸普堂にしてみれば、2人の対極の属性を持つ鬼ノ王達に挟まれ、凍らされたり焼かれたりと、たまったものではなかった。
しかも、木村丸の血の作用で焼け爛れた皮膚はより強固に回復し、全身は最初よりも濃く太い体毛に覆われていく。
「チッ!キリあらへんな。」
だが、片膝を付き呼吸が荒い木村丸普堂の目付きは、最早鬼ではなく人間そのもののように見えた。
すると…。
「ゴ…ゴロジデ…グレェイ…。」
この一連の攻防の中で、木村丸普堂の中に眠っていた人間の自我が目覚めたのだった。
「ふ…普堂さん?もしかして、気が付いたんっすか?気が付いたんっすよね!!」
「ワ…ワダジグワァ〜。ゼンゼェ〜オォ〜ッ。」
木村丸と化していた普堂秘書は、自分が音和代議士を殺害した犯人である事を思い出し、ソレを理解していた。
「ワダジグワァ〜。ボォ〜ヒドデェバァ〜。」
「普堂さん…。御覚悟、いいんっすね?」
氷御角警部補は警棒を口に咥え、数枚の霊符を右手に持つと、静かに目を閉じて咒詞を唱え始めた…。
「ちょっと待て、氷御角!何をする気だ!」
その時、精神統一し咒詞を唱える氷御角の前に、成り行きを見守っていたはずの陽無坂警部が突然、割って入った。
「何なんっすか警部?!祓魔の邪魔っすよ!下がってて下さいって、言いましたよね?」
氷御角警部補は苛立ちを隠そうともせず、目の前に立ちはだかる陽無坂警部を睨みつけた。
「祓魔とは何だ?」
陽無坂警部は眉をひそめ、首を傾げる。
「はぁ?今、それ聞く時っすか?」
氷御角警部補が呆れたように肩を竦める中、陽無坂警部は困惑した表情のまま続けた。
「私は、この手の事に皆目見当が付かない。付かないが、祓魔とは逮捕ではないんだな?そうなんだろ?氷御角。」
「ま…まぁ〜逮捕…じゃ〜ないっすねぇ〜(困)。」
困ったように氷御角警部補が答えると、陽無坂警部はさらに問い詰めてきた。
「じゃあ法的には、何に相当するんだ?」
「はぁ?法的?まぁ〜駆除?それとも退治?っすかね〜?」
〈めんどくせぇ〜(怒)。〉
心の中で、そう悪態をつきながらも、なんとか返答する氷御角警部補だが、それでは納得できない陽無坂警部は、声を張り上げる。
「要するに祓魔とは、被疑者の確保ではないんだな!!」
「まぁ〜そうっすね。」
氷御角警部補が投げやりに答えると、陽無坂警部は毅然とした口調で宣言した。
「ならば、警察官として、不可視事案資料特命編纂係係長として、祓魔なる行為を黙認する事はできない!!」
「はぁ?何言ってんだテメェ〜!この状況見て言ってんのかぁ!?正気か!?こんなの確保して、誰がどう処理すんだ!?てか、テメェ〜言ってみろよ!!」
氷御角警部補の怒りが爆発するが、陽無坂警部は首を振った。
「分からん!!」
「あん(怒)!?」
「分かるワケないだろ!こんな事件、本来、警察は処理してないんだからな!」
陽無坂警部の叫びに、氷御角警部補は呆れ果てる。
「だから、妖幻が絡んでる時点で法的もクソもねぇ〜んだよ!馬鹿か?ホント、馬鹿なのか?」
「馬鹿とは何だ!上司に向かって!!第一、警察官たる者、被疑者を確保する事が本分だろ!!」
「だからボク等は、妖疑者を祓魔する事を認められてんだよ!非公式だけど!!」
陽無坂警部は、眉をひそめて尋ねた。
「非公式?何だ非公式とは?そんなモン、誰が認めてるんだ?」
「そりゃ〜上の方?」
「上の方って…?何で曖昧なんだ?お前達の背後には誰がいるんだ?」
氷御角警部補は思い出したように、少し声を落とした。
「てか、ボク等が知るワケねぇ〜し。天使室長が───
☆「哪由香ちゃんと清良ちゃんは、警察官として、じゃんじゃん妖疑者を祓魔しちゃっていいからね。非公式だけど、上の許可は取ってあるから安心してね♡」☆
───て言ってたんで、取ったんじゃねぇんすか?」
「天使室長が…?」
陽無坂警部が呆然としていると、木村丸普堂の唸り声が響いてきた。
「グワォオォオォオォ〜!ダメダァ…。オザエギレナイ…。」
氷御角警部補が振り返ると、木村丸普堂は今にも暴れだしそうであった。
「へぇ?」
「何ッ?」
その時、緋影丸が不敵に笑いながら割って入る。
「クククッ…。お前等、ホンマ阿保やなぁ。グダグダくっちゃべって千載一遇の好機逃しとんのやさかいなぁ。」
木村丸普堂の中に残っていた普堂秘書の意識は、完全に呑み込まれていった。
そして再び、ただ獰猛なだけの野獣と化した木村丸普堂だけが残り、目の前にいる氷御角警部補と陽無坂警部に、敵意を剥き出しにして襲いかかってきた。
「グワォオォ〜ンッ!!」
氷御角警部補は咄嗟に、手にしていた霊符を投げようと身構えるのだが…。
「ぐっ!」
目の前で陽無坂警部が、氷御角警部補を庇うかのように防御姿勢を取っていた。
〈てか警部!そうされると、逆にめっちゃ邪魔なんだけどなぁ…(怒)!!〉
反撃のタイミングが遅れ、やむなく身を挺して陽無坂警部を庇いに行くしかなかった。
氷御角警部補の動揺をよそに、状況は刻一刻と悪化していく…。
グワシャ〜ン!!!
頭を抱え倒れ込む陽無坂警部が、静かに目を開け周りを見渡すと、自分の目の前には身体を入れ替えるように氷御角警部補が覆い被さっていた。
「おい、氷御角!大丈夫か!?」
「あつ〜。てか警部。邪魔っすよ。今、何がどうなって…(驚)。」
2人が互いの無事を確認し合う中、目にしたのは…。
「ほ…焰間?」
大口を開けている木村丸普堂の口を素手で受け止めている焰間警部補の後姿であった。
「あん?!何でや!何で俺様がこんな事しとんねん!」
「何でて?ウチがウチの身体をどう使おうが、御先祖はんには関係あれへん思うけど。」
その異様な光景に、場の空気が一変する。
「小娘!お前、いつ起きたんや?」
「いつって…今?」
この時、焰間警部補の顔は、器用に左右で別人格の表情を浮かべていた。
それはまるで、1つの身体に2つの魂が宿っているかのようであった。
「取り敢えず御先祖はん。一旦、ウチに主導権譲ってくれまへん?」
「何やて!正気か!?まぁ〜別に譲ったってもええけど、お前等だけでコイツの処理できるんかい?」
「う〜ん…まぁ〜大丈夫ちゃいます?今なら御先祖はんの咒通力かて、ウチが使えますやん。」
「何や、お前、他力本願かい!」
「他力本願って人聞き悪いわ。ちょい、手助けしていただくだけどす。そんな事よりまず…。」
焰間警部補は木村丸普堂の口を腕力で強引に閉じると、革ジャンの右袖口から鎖を伸ばし、それを大口にぐるぐると巻き付け、口が開かぬよう縛り付けた。
その素早い動作に、2人は思わず息を呑む。
「清良!今、お主の霊符でこの鎖もっとガッチリしといてぇ!ほんで、口、絶対開かんように封じたってなぁ〜!!」
「えっ?なんか目覚めるなり人使い荒っ!でも、まぁ〜仕方ねぇ〜か………。凍獄より生まれし真なる力よ。今この場にて邪悪なる力を削ぎ封印せよ。急急如律令!」
氷御角警部補が咒詞を唱えると、放った数枚の霊符は聖なる光を発し、木村丸普堂の大口に巻き付いている鎖に貼り付いた。
その瞬間、鎖は咒通力によって強化され、大口の開閉は不可能な状態に氷でロックした。
木村丸普堂は鎖を解こうと必死に踠き、爪を立てて引き千切ろうとするが、強力な術と道具によって縛られているため、その必死の抵抗も全くの無駄であった。
焰間警部補は、その間隙を縫って陽無坂警部へと歩み寄り、確かな決意をその眼差しに宿していた。
「警部はん。警部はんの仰る事は、ホンマごもっともどす。せやけど、今の普堂はんを確保したかて、一体誰が、どないして始末できるんどす?」
「それは…。だが…!」
焰間警部補は陽無坂警部の口元に手を寄せ、そっと首を横に振った。その仕草には、言葉以上の説得力があった。
「分かってます。せやけど警部はん。現状の法の中やと、妖疑者を捕まえたかて、ただただ好奇の目に晒されるだけどすえ。おまけに、こないな事案でも、きちんと御勤果たそう思うたら、他の警察官やったら、命あらへんかもしれまへんえ。」
「だが…。だからと言って、法で裁けない存在の被疑者であったとしても、退治と言う名の"処刑"を秘密裏に行うなど、越権行為もいい所だとは思わないのか!?そんなモノに、本当に警察官としての正義はあるのか!?」
「正義どすか…。警部はん、ウチ等は正義や悪や言う物差しで、妖幻相手に御勤してるワケやおへんのどすえ。」
「何(驚)?」
「まぁ〜どちらか言うたら…。例え法がウチ等の事を法的に“悪”やて決めつけはっても、ウチ等は人に仇なす妖幻を見逃す事はしまへんし、時には取り込まれた人ごと、迷わず祓魔します。それがウチ等、破妖導師にとっての絶対的正義なんどす! せやし警部はん、今はちょい黙って見といてくれまへん。」
しばらく沈黙した後、陽無坂警部は複雑な思いを滲ませながら呟く。
「分かった…。本当は納得できないが、分かった事にしよう。」と…。