FILE No.004 A事案確定
都内屈指の閑静な高級住宅街、世田谷区清常。
その緑豊かな一画に、一際広大な敷地を占める重厚な邸宅があった。
静寂の中に圧倒的な存在感を放つその邸宅は、門柱に【音和】と記された表札を掲げ、見る者に主の地位と財力を雄弁に物語っていた。
だが、今、その邸宅の周囲は異様な雰囲気に包まれていた。
邸宅前の道路には黄色い規制線が張られ、サイレンを鳴らして次々と到着する警察車両によって、普段の静けさは嘘のように掻き消され、辺りは騒然としていた。
一体何が起こったのか?
固唾を呑んで見守る近隣住民と、一報を聞きつけ駆けつけて来たマスコミ。
彼等を音和邸を取り囲んだ事で、現場は混乱の様相を呈していた。
邸宅内部では未だ鑑識作業が続いていたが、その難航ぶりは尋常ではなかった。
音和邸で発生した不可解な現象について、事件•事故•災害のいずれかを判断するのに、現場の捜査員達はかなり苦慮していた。
問題の現象は、邸宅2階に位置する音和代議士の書斎で発生していたのだが、驚くべきこ事にその書斎があった場所は、壁も床も天井も全て、抉り取られたかのように消失し、建物の残骸だけか僅かに散乱しているだけだった。
それゆえこの現象は、"破壊"と表現するには余りに静かで、不気味なほど穏やかであったため、“消失"と表現する方が適切に思えた。
さらに、書斎と共に中にいたとされる音和代議士本人も行方不明となっており、捜査員達は彼の痕跡を追うため、懸命に捜査を進めていた。
そんな緊迫感が漂う事件現場の庭先で、焰間警部補と氷御角警部補の2人は、事件の重圧をものともせず、楽しげに周囲を見渡していた。
その光景は、現場の異様さとは、まるで対照的で不思議な空気を醸し出していた。
焰間警部補は裸眼の左目を細め、単眼鏡を通して外壁の消失部分を鋭い表情で観察し…。
「こりゃ〜また綺麗さっぱり無うなってますなぁ。」
一方、氷御角警部補は敷地全体を俯瞰し、建物の残骸に目を走らせながら、この異様な事件の原因を探るべく思考を巡らせていた。
「ふ〜ん、なるほど、なるほど、なるほど〜ね。」
そんな2人とは対照的に、その場で力なく呟いたのは、音和代議士の秘書である普堂仁であった。
「一体、何がどうなってるんでしょうか…?」
今朝方、音和夫人からの悲痛な電話が、朝の静寂を破った所から、彼の一日が始まっていた。
夫人の取り乱した様子からただならぬ事態を察した普堂秘書は、急ぎ音和邸へと向かい、この信じがたい光景を目の当たりにしていた。
瀟洒な邸宅は、まるで巨大な獣にでも食い荒らされたかの如く、外壁から内部に至るまで跡形もなく消え去っていたからだ。
混乱する夫人や家政婦達を落ち着かせ、警察への通報を促した後、普堂秘書は震える足で、かつて書斎があった場所へと足を踏み入れる。
部屋の中は、殆ど何も残っていなかったが、崩れた床板や僅かに散乱する家具の破片を避け、残った床を壁伝い慎重に進んで行く。
そこで普堂秘書の目に飛び込んできたのは、半分ほど原型を留めた書斎机と、その天板の上に乗っている奇妙なモノ…。
それは異様な存在感を放つ、人間の『右手』であった。
右手は甲を上に、指先を椅子の方に向け、手首から上は跡形もなく消え去っていた。
それはまるで、ソコに置かれるためだけに存在している様であった。
手首から先は跡形もないが、周囲には血痕一つ見当たらない。
不自然なまでに消失したコノ光景に、普堂秘書は背筋が凍る思いだった。
「ほほ〜う。書斎机の上に右手だけっすか…。因みに他の身体の部位は見なかったんっすか?」
氷御角警部補は、少々場違いなほど軽薄な口調で、書斎のあった空間の状況を尋ねた。
「え…えぇ。右手しか見てませんが…。」
普堂秘書は、この異常事態が常識の範疇を超えた何かによるモノだと直感した。
そこでまず、音和代議士が24時間体制で雇っていた霊能者達を叩き起こしたのだが、この光景に驚くだけで全く役に立たなかった。
次に、普堂秘書は警察上層部を通じてフカシ係に捜査を依頼しようと試みた。
しかし、早朝という事もあってか、上層部は全く取り合おうとすらしなかったのである。
普堂秘書は、止むを得ず車を飛ばし、警察庁に向かうと、そこで氷御角警部補と焰間警部補に事情を説明し、半ば強引に音和邸まで同行させたのであった…。
そのため、奇抜でパンクな装いの2人が現場をウロウロしている光景が出来上がったのだ。
2人は普堂秘書と一緒に行動しているため、現場の捜査員達からは刺すような視線で見られていたが、2人にとってそんな視線など気に留めるものでもなかった。
寧ろ、その視線さえも楽しんでいるかの様に、堂々とした態度で振る舞っていたのだ…。
「これはやはり、先日のあの化物に襲われた事と関係のある事件なんでしょうか?」
普堂秘書は、先日、音和代議士の車に同乗中、飢䰦という低級妖幻に襲わる現場に居合わせていた。
その記憶が鮮烈に残る中、今回の異常事態との関連性を強く感じていたのである。
「まぁ〜十中八九、妖幻の仕業やろうて思いますえ。」
焰間警部補は、捜査員達の視線を挑発するかの様に、ワザと大きな声で言った。
「せやけど、捜一はんは現実的やけど、ちょい無茶な筋読みをしはるさかいなぁ〜。一体、何て仰るんやろ〜!例えば、“書斎を外から重機で壊した“なんて言い出しはらへんやろかぁ〜!そんなモン使うたら、搬入した跡かて残るはずどす!騒音かてエライ事になるやろに!?そんなん誰も聞いてまへんえ!!それに建物の残骸かて消えとんの、掃除なんかもあり得しまへんのになぁ〜!!!」
普堂秘書は不安げに問いかける。
「では、妖幻の仕業だとして、消えたモノは一体どこへ…?まさか別次元にでも転移したんでしょうか?」
焰間警部補は冷静に推測を述べた。
「この痕跡からやと、"呑み込まれた"ゆう表現が1番しっくりきますえ。異空間的な氣配も感じまへんし。ほんで、この傷跡見ます限り、何や内側から外側へ齧り付いたように見えますなぁ〜。」
「か…齧り付いた…?」
普堂秘書は声が震える余り、徐々に小さくなっていった。
「そうどす。コレ、歯形どすえ。書斎ん中で妖幻呼び出しはって、そん調伏に失敗しはったんちゃう?それとも…。何や知らんと開けはって、そこから召喚されたモンに、書斎ごと喰われたんやろか…?まぁ〜そん可能性が、高いんちゃいます?」
「それってつまり…音和先生はもう…?」
「そうどすなぁ。もし残っとる右手が、音和はんのモンやと確認されたんなら…。音和はんの生存確率は…。ほぼ0ゆう事になりますえ。」
焰間警部補の言葉は、冷酷ながらも現実的であった。
普堂秘書は堪らず天を仰ぎ、深い溜息を吐いた。
「あ〜!私が帰った後に、こんな事が起こっていたなんて〜っ!」
その様子を見た氷御角警部補は、励ますように声を掛ける。
「普堂さん、自分を責める事ないっすよ。で、因みになんっすけど、昨日は何時頃帰ったんっすか?」
普堂秘書は、少し考え込むようにして答えた。
「え〜っと確か…。10時前後だったと記憶してますけど…。」
氷御角警部補は、頷きながら続けた。
「なるほど〜。10時っすか。因みにその時間、音和家の皆さんは全員、ご在宅だったんっすかねぇ?」
氷御角警部補の事情聴取が進む最中、1人の強面刑事が堂々とした態度で普堂秘書に近づいて来た。
「音和先生の秘書をなさってる普堂仁さんですね?私、警視庁捜査一課の猪岡です。少しお話し宜しいですか?」
「あぁ…。警視庁捜査一課の刑事さん?」
普堂秘書が、スーツの胸元の赤いバッジを目視すると、猪岡刑事は周囲を見渡しながら、少し皮肉めいた口調で言った。
「はい、それでですねぇ。さっきから現場でチョロチョロなさっている、そこのお嬢さん方、お二人は、このお屋敷に寄宿されてる学生さんか何かで?」
「はぁ?ボク等…?」
「ウチ等は、こないな者どすけど。」
氷御角警部補は、左肩に無造作に掛けたニュースペーパーバッグの中を、焦れた様子で右手だけでまさぐると…。
隣の焰間警部補は、漆黒の革ジャンの内ポケットから流れる様な仕草で警察手帳を取り出し、猪岡刑事の眼前に堂々と見せびらかせた。
「け…警部補?エンマ…ュカ。えっ?警察庁ッ!?」
「ホムラマどす。」
焰間警部補は京言葉を交え、涼しげな表情で応じた。
「警察庁警備局公安課特殊事案犯罪対策準備室不可視事案資料特命編纂係の焰間哪由香どす。ほいでこっちゃ〜ウチんペアで…。」
一方、氷御角警部補は未だバッグの中を探り続けていた…。
「え〜っと…。」
ゴソゴソゴソ。
〈ちょい何したはるん?〉
焰間警部補が小声で問いかける。
〈…ない。〉
氷御角警部補は焦りを滲ませて答えた。
〈えっ?〉
〈警察手帳ない!〉
〈何で?どこやったん?〉
〈どこって、絶対この中だし!〉
〈ちょい見して。ココは?〉
〈見た。〉
〈こっちは?〉
〈そっちも見た。〉
〈えっ〜?ほなコレ何なん?〉
その時、氷御角警部補は「あぁ〜あった!!!」と、声を上げ、探し当てた警察手帳を自慢げに掲げた。
「同じく、氷御角清良っす。」
猪岡刑事は、ドヤ顔で警察手帳を出す2人を見て、眉をひそめながら問い返す。
「同業者…?警部補…!?そんなんで?」
「そうっす。警部補っす…。えっと、今年入庁したばっかの新人の〜キャリア警察官っす。ペロ♡」
氷御角警部補は、あざとさ全開の笑顔で、舌を出して可愛らしさとキャリアをアピールした。
猪岡刑事は2人に対し「失礼しました!!!」と、慌てて背筋を正して頭を下げる姿を見せる事もなく、それ所か2人の態度に疑念を抱いていた。
「そんな服務規定違反全開のキャリア見た事ねぇ〜ぞ!お前等2人、何者だ?何か猛烈に怪しいなぁ〜ッ!」
猪岡刑事は2人の首根っこを掴みと「お前等2人、取調室でゆっくり話聞かせてもらおうか!」と連行していったのだった…。
2人にとって、偉そうな上から目線のベテラン刑事が、階級が上の自分達に対し、態度を一変する光景は、かなりの大好物な瞬間であったのだが…。
と言うよりも、その瞬間があるからこそ、キャリアになったと言っても過言じゃなかった。
だが現実には、それが通用しない刑事も存在していたのである。
そう、"出世なんか関係ねぇ〜感“丸出しで、"現場の叩き上げ感"満載の鬼刑事の類には、エリート感が全く伴わない格好での階級アピールは、全くもって通用しなかったのである。
猪岡刑事は、普堂秘書が止めるのも聞かず、焰間•氷御角の両警部補を有無も言わさず連行していったのだった…。
ーー警視庁•捜査本部ーー
「いや〜誰にでも間違いってモノはあるからね〜。」
磊田嘱託職員は、どこか他人事のようでありながらも、含みのある笑みを浮かべていた。
「はい。磊田さんとこの若い衆だとは知らず、すいませんでした。」
深々と頭を下げる猪岡刑事からは、磊田嘱託職員への畏怖の念が滲み出ていた。
「係長にじゃなくて、ボク達へは何も? 猪岡巡査部長(憤)。」
「ウキキ〜ッどす(怒)!!」
怒気を含んだ声をあげる焰間•氷御角の両警部補。
「磊田さん、何なんすか?コイツ等…?」
怪訝そうに2人を見つめる猪岡巡査部長が、磊田嘱託職員に問い掛けると、彼は引き攣った笑みを浮かべていた。
「まぁ〜猪岡君。ああ見えて彼女達は、優秀な警察官なんだよ。まぁ〜確かに、態度も服装も、かなりぶっ飛んでるけどね。」
「そうですよ。あんなのがキャリアだと言われても、自分は全く信用できませんでしたよ。」
納得がいかない様子で呟く猪岡巡査部長。
「でも私が思うに、彼女達、頭が良すぎるんだよね〜。それだからかなぁ〜。2人とも、普通の枠には収まらないんだよねぇ。」
磊田嘱託職員が遠い目をして言うと、その言葉を聞いていたのか、2人の声が被さって来る。
「ちょっと、何コソコソ言ってんすか(憤)?」
「早う、平伏しとおくれやす(怒)。」
焰間•氷御角両警部補は、自分達より背が高い猪岡巡査部長を見上げ、明らかに上から目線で謝罪を要求してきた。
その態度は、猪岡巡査部長の苛立ちをさらに募らせる。
「なるほど…。頭が良すぎるから、上司や目上の人間は馬鹿に見えるってヤツですか?」
「そうなんだよね〜。しかも、ああ見えて意外と武闘派でね。制服研修期間中の当番勤務で、被疑者と大乱闘した挙句、大怪我まで負ってんだよ。だから、彼女達が今付けてるアノ眼鏡と手袋、その時の『傷隠し』だって言われてるんだよね…。」
磊田嘱託職員はそう言って、2人が身につけている特徴的な装飾品に目をやった。
磊田嘱託職員から2人の話を聞いて、年長者である自分が大人になるしかないと悟った猪岡巡査部長は、深く溜息を吐きながら頭を下げた。
「この度は誠に、申し訳ありませんでした。焰間警部補殿。氷御角警部補殿。」
その声は深く静かで、先ほどまでの苛立ちが嘘のようだった。
「まぁ〜今回だけは、係長に免じて許すっすよ。猪岡巡査部長(悦)。」
「せやせや。以後、気ぃつけとくれやす。猪岡巡査部長(悦)。」
焰間•氷御角の両警部補は、謝罪を受けながらもドコか挑発的な態度を崩さなかった。
「は…はい…。そりゃ〜ど〜も、すいませんでしたね…。」
それでも猪岡巡査部長は、年長者として冷静さを保とうとしていた。
「ホンマに以後、気ぃつけとくれやす。猪岡巡査部長(悦)。」
「何度も言わなくても、分かりましたよ!焰間警部補殿!!」
この時、猪岡巡査部長は完全には大人になりきれない自分を少し反省しつつも、刑事たる者、多少の気性の荒さがなければ務まらないと自らを鼓舞し、奥歯を噛み締めていた。
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警視庁の取調室から解放されると、日は傾き始め、街は静けさを増し、影が長く伸びていた。
外の空気を吸い落ち着いたところで、磊田嘱託職員は焰間•氷御角両警部補に問い掛ける。
「それで焰間君、氷御角君。音和代議士ってどうなってたの?行方不明?それとも殺人?何だか凄い規制かかってんだけど…。」
「今の状況やと、事件とも事故とも災害とも言えへんおすけど…。まぁ〜うちの事案の可能性が大Death。」
焰間警部補は、舌を出し中指を立てながら答える。音羽邸で不穏な氣配を感じ取っていたのだ…。
「それはそうと現場に残ってた右手って、結局誰のか大体見当はついたんすかね?」
「えっ?何?右手って何?」
磊田は目を丸くする。
「係長、何も知らねぇ〜んっすねぇ。実は…。」
氷御角警部補は、苦笑いしながら説明する。音和代議士が書斎ごと消え、現場には右手だけが残されていたという怪異な事件を…。
「なるほど、これはかなり怪異な事件だね。となると、その右手の鑑定結果も、大物政治家絡みだから、DNA型鑑定も本来より慎重に時間かけてやるんじゃない?」
磊田嘱託職員は、手をさすりながら呟く。
「で、係長、うちに捜査協力か依頼的なモンって、まだ来てないんっすか?」
氷御角警部補の問い掛けに、磊田嘱託職員は肩を竦めて見せる。
「さぁ〜来てないと思うけど…。でも、政治家絡みの事件だから、表立ってうちに依頼くるかなぁ〜。まぁ〜来るとしたら、天使室長経由じゃないかなぁ…。」
「そない言うたら、係長がココにいてはるんなら、今電話番したはるんは…?」
焰間警部補の指摘に、磊田は苦笑いを浮かべる。
「焰間君、補佐ね係長補佐。今、物置で、電話番してるのは当然、陽無坂警部、新係長がしてくれてるよ。」
「え〜ッ!大丈夫なんっすか?」
氷御角警部補は目を剥いて驚く。陽無坂警部といえば、真面目で融通の利かないタイプだからだ…。
「大丈夫大丈夫。私でさえ、ヒョヒョイとできるんだから。まぁ〜最初は、陽無坂係長がこっちに来るって言ってたんだけどね。ほらあの人、若い割に責任感の塊みたいな感じだから…。」
「そうどすなぁ。何やそない感じしますわ。」
焰間警部補も納得したように頷いた。
「それでココにも、私が行った方が話が丸く収まりますって言って、留守番頼んじゃったんだよね〜。」
磊田嘱託職員は、どこか得意げであった。
「流石、係長。実にいい仕事してはりますなぁ〜。」
焰間警部補が感心した様に言うと、磊田嘱託職員は照れた様に咳払いをした。
「あぁ〜そうかね。それと補佐ね補佐。」
「それじゃあ係長。折角解放されたんで、ボク等もう1回、音和邸に行ってくるっす。」
1歩前に駆け出す氷御角警部補は、振り返って焰間警部補にアイコンタクトを取った。
「へっ?戻るんじゃないの?それと氷御角君も補佐つけてね。補佐。」
磊田嘱託職員は、一瞬戸惑ったが、直ぐに何かを察してニヤリと笑う。
「さっきは、普堂さんと一緒に現場に行ったんすけど、鑑識作業中だったんで、ボク等なりの詳しい現場検証、まだしてないんすよねぇ〜。」
氷御角警部補は、意味ありげに笑みを浮かべた。
「それに聞き込みの方かて、これからやる方が、ウチ等には都合いいはずやし。せやから、心配しいひんでくださ〜い。ほなら!」
焰間警部補は軽快に手を振ると…。
「よっしゃっしゃっす!」
氷御角警部補もそれに続き、2人は勢いよく走り出して行った。
「あ、ちょっと、2人とも!」
磊田嘱託職員は、慌てて声を掛けたが、2人の背中は既に見えなくなっていた。
しかし、彼のその顔には心配の色はなく、寧ろどこか満足げな笑みを浮かべていた───
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その頃、物置で電話番をしている陽無坂警部はというと…。
--//ですから、その猫の霊がですね。うちの金魚鉢を覗き込んでいるんですよ!どうにかしてください!//--
「あ、はい…。そうですか…。」
受話器の向こうから聞こえる、訳の分からない非常識で非現実的な訴えに、陽無坂警部は額に脂汗を滲ませ四苦八苦していたのであった…。
―――――
夕闇が迫る音和邸の前は、未だマスコミでごった返し、パトカーの赤色灯が辺りを不気味に照らし出していた。
現場には規制線が張り巡らされ、正面門には屈強な警察官たちが仁王立ちしており、関係者以外の立ち入りを厳しく拒んでいる。
そんな厳戒態勢の中、焰間•氷御角両警部補が、堂々と現場に姿を現した。
「君達、何?ココの関係者?でも今は通れないよ。」
事件が政治家宅で起きた事もあり、門前の警察官は現場の緊張感を背負い、2人に対しても尊大かつ冷淡な態度を崩さない。
だが、そんな状況でも2人は動じなかった。
「警察庁警備局公安課特殊事案犯罪対策準備室不可視事案資料特命編纂係の焰間どす。」
「同じく、氷御角っす。」
2人の警部補は不敵な笑みを浮かべ、見張りの警察官に警察手帳を堂々と提示したのである。
それはまるで、時代劇の御老公が印籠を出す様に、下っ端の役人には絶大な効果を発揮するはずの㊙︎アイテムであった。
〈これで「失礼しました!」と敬礼し、門が開かれるはず…。〉
2人の脳裏には、そんな光景がよぎる。しかし、現実は彼女達の期待を大きく裏切ったのである。
「申し訳ございません。上からの命令で、警察庁から来た2人組の女性警察官を決して中に入れてはならないと厳命されております。どうぞ、お引き取り下さい。」
「「えっ(固)?」」
下っ端の制服警官は敬礼こそしたものの、鉄壁のガードは崩れず、2人は門前払いを食らう事となった。
この時、氷御角警部補は思わず、警官に対し口汚く罵声を浴びせのだが、周囲の騒然とした雰囲気のおかげで、その言葉が世間に広まる事が無かったのは、不幸中の幸いであった。
しかし、警察内部では、より悪い噂が広まる結果となったのは言うまでもない───
「あのクソ警官め〜(怒)!」
「清良、女の子が言う台詞とちゃうよ。それより、どないする?何や知らん意図が、働いてるんやけど…。」
「普堂さんがボク等のトコに来た時には、大手を振って捜査できると思ったのに…。チッ!」
「て事は、やっぱソレが原因やないの?」
焰間警部補の何気ない呟きが、氷御角警部補の中で点と点を結びつける。
「あ〜なるほど…!そうか!今回の事案、やっぱ妖幻が"妖疑者"つ〜事か!だから、中にはまだ、ボク達にしか分からない痕跡が残ってるっつ〜事か!!」
「せやからウチ等には、何が何でも捜査されとないんやろうね。」
「そんじゃ〜屋敷周辺で、ボク達特有の聞き込みから行っとこうか(笑)。」
「せやね。音和邸に出入りしてる妖幻、仰山おったらええけどなぁ〜(笑)。」
こうして2人特有の聞き込み捜査が始まった。
当然その様子は、傍目には挙動不審な怪しい人物そのものであり、近辺を巡回している警察官からは、職務質問を嵐の様に受ける羽目となっていた…。