FILE No.039 半端者
「ちょっと!二人でConsent(納得)してないで、アタシにもちゃんとExplanation(説明)してくんない!?」
自分だけ蚊帳の外にされている感覚が許せず、猿樹解剖医の顔には露骨な不機嫌さが浮かんでいた。
「それで、その〜日本人特有の〜Umm、なんて言うんだっけ? Sympathy(共感)的で、Telepathy(念話)的なヤツ…。Umm〜一矢報いる…No, it's not!一身上の都合…No! Umm〜っと…。」
「もしかしてさぁ…。"以心伝心"って、言おうとしてない?」
氷御角警部補がふと口にした四文字こそ、猿樹解剖医が探している言葉であった。
「Yes!That’s it!以心伝心(通)!!」
興奮の余り、彼女は思わず机をドンと叩く。
ガランとした診察室にその音は反響し、積もった埃がフワリと舞い上がる。
「でも、誰にでも通じると思わないでよねッ!!」
しかし喜びも束の間、彼女は直ぐさま腕を組むと、態度を一変させ毒づいた。
「そりゃ〜無理やわ。ウチ等とお主やと、そないな関係まだ築けてへんし。言うたら他人同然やのに、いきなり以心伝心?イヤイヤ、厚かまし過ぎてホンマびっくりするわ(驚)!」
そんな猿樹解剖医を焰間警部補は、嫌味たっぷりの言葉で遠慮なく突き刺す。
「厚かましい?No, no, noアタシはちゃんと自己主張してるだけ!コレ、Globally(世界規模)的には常識なんだけど!寧ろ、日本人が美徳とする“察する”って行為の方が、よっぽどWhat?ってFeeling(感じ)なんですけど(是)!!」
それでも猿樹解剖医は眉一つ動かさず、首を傾げて『え?何が問題なの?』とでも言いたげな表情だ。
「ほぉ〜そりゃ結構なこっちゃな。お主は、中々イキリな人どすなぁ。」
「What?イキリ…?」
「あぁ〜っと…。粋な人いう事どす。」
口ではそう言いながら、その顔に苦笑いが混じる焰間警部補の声音には、“意気がっている"という棘が潜んでいた。
「Oh well!粋ね〜(喜)!」
京言葉の婉曲さなど、猿樹解剖医には全く伝わっていない…。
焰間警部補は、乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
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「…で、何か思い当たってるんでしょ?アタシにも、教えてくれないかしら。」
「はぁ?無理に決まってんじゃん。」
「Why?」
「何がホワイやの。お主は外部の人間どすえ。ウチ等、外様に内部情報ポロッと漏らすほど、アホな警察官ちゃうんやけど。」
「Shut up!今はそんな、警察官とか医者とかの小さな垣根を言ってるの場合じゃないでしょ!ほら、HORENSOってWord(言葉)もあるでしょ?だから、情報はちゃんとSharing(共有)しとかないと。」
「報連相…?それってビジネス用語じゃね?そもそも、ボク等が報連相しなきゃいけないのって、天使室長だけなんだけど!絶対、アンタじゃねぇ〜し!!」
「ちゃうちゃう清良!ホンマは陽無坂警部やから…。つうか、お主、以心伝心知らへんのに、何で報連相は知ってはんの(苦)?」
「No, no, no、そういうSmallな事、言いっこなし!それにアンタ達、アタシを外部扱いするけど、法医学の面では捜査協力しまくってるけど!!」
「う〜ん、どやろ…?」
「まぁ〜司法解剖とかで、協力してもらってんじゃね?」
「でしょ!だったらあながち、外部じゃないとは思わない?それに…。」
彼女の周りには、飯綱丸を筆頭に多くの妖幻達が纏わり付いている。
「妖幻絡みでも、アタシ、協力できるはずなんだけど!それでも外部扱いする気なの!?」
半ば強引な物言いではあるが、彼女の背後に蠢く妖幻の氣配が、不思議な説得力を与えていたため、二人は思わず顔を見合わせた。
「…はぁ。」
「しゃ〜ない…。」
両警部補は観念したように息を吐くと、静かに語り始める。
「猿樹はん。“闇社会”って言葉、聞いた事おまへん?」
「Umm〜闇社会って、アレでしょ?犯罪組織によって形成されるUnderground(非合法)なCommunity(社会)の事じゃない?」
「まぁ〜間違いじゃねぇ〜けど、破妖導師的には○じゃないよね。」
「せやなぁ、オマケで△どすな。」
「Eh?Not correct(不正解)…?破妖導師的って事は…。人間じゃなくて、妖幻の犯罪組織って事かしら?」
「おッ!やっぱ、察しいいトコもあんじゃん。」
「正解どす〜。」
両警部補に乗せられ、猿樹解剖医は得意げに右手で髪を掻き上げた。
「Oh well!」
いつの世にも、公的組織が統治する社会の裏側には、法の光が届かぬ世界が広がっている。
そこでは武器や薬物の密売、賭博や売春、恐喝、詐欺、強盗、誘拐、密航、人身売買、嘱託殺人、高利貸し、みかじめ料の徴収、マネーロンダリング、ハッキング等々、数多の犯罪活動が横行していた。
それも表側との境界が曖昧な領域になればなるほど、知らぬ間に無辜の人々が犯罪に巻き込まれるケースが多々あるのだ。
そんな闇のさらなる奥。最も光が届かぬ場所にこそ、非現実的で人智を超えた存在…妖幻が潜んでいるのであった。
彼等は裏社会の人間にとって格好の道具であり、時に犯罪をいとも容易く進める『最強の駒』となっていた。
現在、その存在を知る者は警察内部ですら、極一部に限られ、裏社会の人間でさえ真相に迫る事は叶わなかった。
ただ都市伝説として、囁かれる程度の闇の存在に過ぎないのである───
「なるほどね〜。基本的に人間はGood(善)とされてるけど、妖幻は存在してるだけでEvil(悪)って言うのが相場だからね。」
「そんな妖幻の中で、単独または徒党を組んで裏社会の犯罪行為に手を貸すモノ達の数は、うちの部署で把握してるだけでも、優に百匹は超えてんだけど…。」
「そん中でも特に今、ウチ等が目ぇ付けてる妖幻犯罪集団言うんが…。」
真っ直ぐ前を向く氷御角警部補は左の義手を握り締め、うつむく焰間警部補の右目の片眼鏡は白い光に包まれている。
この張り詰めた沈黙ののち、組織の名は告げられたのだった。
「そん昔、闇社会ん中で千年に渡って君臨しとった大百鬼夜行…。朧一家ちゅう妖幻組織があったんどす…。」
焰間警部補は、神妙な面持ちで語り出した。
「せやけど今は、その残党どもが結成した盗賊集団が“HAIFWIT FAMILY”を名乗って、義賊氣取りでやりたい放題にしとるんどすえ。」
「Halfwit(半端者)Family(一家)ねぇ…?」
その名が耳に届いた瞬間、猿樹解剖医の胸の奥で、深い闇が騒めくのを感じた。
ーー都立四ツ家高校ーー
「てぇ〜へんでやんす! てぇ〜へんでやんす! てぇ〜へんでやんすよ〜ッ!!」
放課後の校内を、女子生徒が猛烈な勢いで駆け抜ける。
「ちょっと新家さん!廊下は走っちゃダメよ!」
そう、教師に注意されても…。
「はぁ〜い!分かったでやんす〜!」
元気な返事だけで足は全く止まらない。その勢いまま目的地に向かって走り続ける。
「てぇ〜へんでやんす! てぇ〜へんでやんす〜ッ!!」
向かった先は2年B組の教室、窓際、一番後の席。
そこには、ぼんやり外を眺めるモブ感満載の男子生徒がいる。
「朧様〜ッ!てぇへんでやんすよ〜ッ!!」
声を掛けられた少年は、感情を動かさぬまま、少女の顔を見るでもなく、ポツリと返事をした。
「何がそんなに大変なの?祭君。」
「何がって、朧様!落ち着いてる場合じゃないでやんすよ〜ッ!」
高めのテンションに、否応なく周囲の視線が集まる。
だが、少年がフッと息を吐いた途端、二人の存在は霞むように揺らぎ、誰の意識からも離れていった。
にもかかわらず…。
「朧さッ、う〜!」
少女がまた声を張った瞬間、少年は反射的にその口を塞ぐ。
折角、注目を散らしたばかりなのに、また目立ってしまえば元の木阿弥なのだ。
少年は窓の外を見つめたまま、素っ気ない顔をしながら少女を嗜める。
「祭君。今は昼間だよね?で、僕の名前は…?」
「あっ!」
一瞬、少女の顔は固まったが、その後、さらに大声を張り上げた。
「そ〜〜〜うでやんした〜ッ!読命先輩〜ッ!すまんでやんす〜ッ!!」
「いや…。全然、悪いなんて思ってないよね…(汗)? 」
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ー図書室ー
「…で、何がそんなに大変なの?祭君。」
放課後の図書室は、そこそこ静かで生徒の姿もまばらだった。
本棚に目を走らせつつ、背後にいる少女に無表情のまま尋ねるのはモブ男子生徒は、闇目読命。
彼は極めて平凡で、目立たない少年であった。
容姿的にも何の特徴も無く、成績も運動も中の下、友人も少なく、一瞬話題になってもすぐ忘れられるほど、影の薄い存在であった。
「実は二つ、ご報告があるでやんす。」
「二つも?」
少女は闇目の右横に移動すると、本を物色するフリをしながら、真っ直ぐに彼を見つめて話しだす。
彼女は、闇目の一学年下の後輩、新家祭。
小柄で人懐こい顔立ちの女子だが、独特な話し方が特徴だった。
「何?その様子だと、二つともかなり厄介な報告みたいだけど…。」
「はいでやんす。読命先輩、どっちから聞きたいでやんすか?」
「………任せるよ。祭君の好きな順に報告してくれるかな。」
「はい!それじゃまず一つ目は ───
───と、いう事でやんす。」
彼女が早口で説明を終えると、闇目はまるで他人事のような返事をした。
「へぇ〜そうなんだ〜。」
その無反応ぶりには流石の祭も、驚きの余り目を丸くせずにはいられなかった。
「えっ?読命先輩、ソレだけでやんすか?ちょっと冷た過ぎるでやんすよ〜!」
少し悲しげに抗議する祭を、闇目はチラリと視線で撫で淡々と言い残す。
「まぁ〜放っとけないとは思うけど、今んトコは様子見だね…。で、もう一つの話って何?」
最初の報告をあっさり受け流す姿勢は、一歩も崩れないようであった。
「あの〜寧ろ、コッチの方が厄介なんでやんすけどね。」
「へぇ〜。で、何?」
「実は先日…。治郎鉄のヤツが、横浜の方で殺されたんでやんすよ〜。」
「はぁ?」
「つっても、人間としてなんでやんすけどね…。」
「え〜っと………祭君、何言ってんの(困)?」
思わぬ言葉に、闇目の表情が僅かに跳ねた。
「でやんすから〜。今ちょうど、読命先輩の作戦通り、ターゲットに不動産ブローカーとして接触してたでやんしょ?治郎鉄のヤツ!」
「あぁ…あったね、そんな段取り。」
「で、その接触した相手に、どういう訳か殺されたっぽいんでやんすよ〜。」
闇目はしばし沈思してから、何度も首を横に振る。
「………イヤイヤイヤ、刺殺?治郎鉄君の身体を刺殺…?そんなの無理でしょ。祭君?」
「そうでやんす。本来なら無理な話でやんす。」
祭の言葉には、奇妙な含みがあった。
何故なら治郎鉄という男の肉体は、『名は体を表す』ように鉄の塊で出来ていたのだ…。
「………それでも“殺された”って言うんだ(汗)?」
「はいでやんす。」
「て事は相手、人間じゃないよね?」
祭は深く、何度も頷いてみせる。
「はいでやんす。どこのどいつでやんしょう?」
そう言いながら、祭は口元を掻いて笑っていた。
その仕草は一見、普通の女子高生にしか見えない。
だが、闇目だけは知っていた。彼女が人間でないとう事を…。
邪獺娘という妖幻である事を…。
--●邪獺娘 祭●-----------------------------------------------
水中を自在に遊泳し、巧みに魚を捕える獺の妖幻。
基本的に警戒心は強いが、時に突拍子もない行動に出る事もある。
酒を飲むと化けの皮が剝がれ、眼は黄に光り、口は大きく裂ける。
五感に優れるが腕力は乏しい。ただし、抜群の格闘技術を会得しており、『強さこそが正義』との信念を有するため、強者には絶対服従する。
密かに碁盤縞の模様を好み、必ずどこかに身につけているという。
[※妖文堂書院刊《妖幻大全輯第七篇》より抜粋]
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「でも、本当に死んだの?治郎鉄君。」
「まぁ〜、あの鉄の身体をどうやったのか、分かんねぇんでやんすが、一時的に仮死状態にされたみたいでやんす…。」
「じゃ〜何が問題なワケ?」
「仮死状態で死亡と判断された挙句、事件現場でも色々とあったみたいでやんす…。」
「色々?」
「詳しい事は、まだ分かんねぇんでやんす。ただ取り敢えず、鉄の身体のお陰で解剖は回避できたみたいで…。今は警察の霊安室に、安置されてるみたいでやんす。そういったSOSが、眷属の妖鼠を介して届いたんでやんすよ。」
足元に視線を落とした闇目は、一匹の小さな妖鼠と目が合う。
「…………あ。」
「どうするでやんすか?読命先輩…。」
「どうするも何もないよ。コレは今夜、方を付けるしかないね。まぁ〜面倒だけど仕方ない…。」
「了解でやんす!」
祭が嬉々として頷く。
「祭君、他の皆んなにも連絡しといてくれる?今夜、治郎鉄君を警察から取り返しに行くって…。」
「はいでやんす!」
闇目は手にしていた本を棚に戻すと、そのまま図書室の出口へと歩き出し、その後を祭もついていった。
「そう言えば祭君。」
「はい?なんでやんすか?」
「横浜のどこ?」
「え〜っとでやんすね───
ーー神奈川県警察•横浜港湊警察署ーー
午前0時ちょうど。署の前に五人の人影が立っていた。
ザァー、ザァー、ザァー、ザァー。
雪駄の底が渇いた地を擦る音が静かに響く中、銀髪の少年が羽織を翻し、一同へと近づいていく。
「皆んな、揃うとるのう。」
煙管の煙を燻らせながら声を掛けるのは、昼間とはまるで雰囲氣が異なる闇目読命。
否、義賊•HAIFWIT FAMILYの盗賊頭であり、大妖幻 銀妖辯仙 朧沙門掬之丞であった。
--●銀妖辯仙 朧沙門掬之丞●--------------------------------
身なりの良い和装を纏った妖幻。
夕刻、家人が忙しくしている隙をついて現れ、勝手に家へ入り込み、我が物顔で振る舞う。
家の者は、その存在に違和感すら感じないため、追い出す術がない。
親分気質で智謀にも長け、人間界に深く顔が利き、『魑魅魍魎の総大将』の称号を得るほどの大妖幻。
自由気ままで悪戯好き。己の特性を活かし、いかなる場所にも不法侵入が可能で神出鬼没。行き先も告げず、突如姿を消す事も珍しくない。
[※妖文堂書院刊《妖幻大全輯第十篇》より抜粋]
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