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姉弟の想い

「写真…誠さんの写真だわ…」


 七海は真っ直ぐと写真を見つめ震えた声でやっと声に出した。


「仏壇も…あるね」


 真衣も静かに放つと、リビングの入り口から三人にしか分からない気配を感じた。


「俺の写真だよ」


「誠さん…」


 聞こえてきた声の正体は七海の彼氏だった。

七海のか細い声を聞き、誠は頭を撫でた。


「門番の人に聞いてさ。勘違いしてるらしいから急いで来たんだ」


「じゃあ、これってつまり」


 いち早く察した真衣が写真を指さすと、誠は微笑みながら頷いた。


「そう。この女性は俺の姉さん」


 俯いて座ったままの女性の目線に合わせる様に屈んだ誠を見て、七海は絶望な表情に変わった。


「そんな…私はなんて事を…….」


「言わなくてごめん」


 悪くない誠の謝罪に、七海は慌てて目線を合わすように正座になった。


「あ…謝らないで! 誠さんのお姉様を脅かしてしまってごめんなさい」


「誠…お願い…姿を見せて…お願い…」


 女性のメガネ越しに大きな涙の粒が床に落ちてゆく。名前を何度も呼ぶ声に、誠は胸がぎゅっと締め付けられていく。


「姉さんはまだ、俺が居ないという現実を受け止められてないんだ。もう何年も経ってるというのに」


「だから、毎日会いに行っているの?」


 佳奈の問いかけに誠は女性を見つめながら苦く笑った。


「……俺にはこうする事しか出来ないんだ。見えていなくても側にいる事しか…」


「誠……ごめんね…誠…」









 俺には、世界一優しい三つ上の姉さんが居る。

そして、姉さんがたった一人の俺の家族だ。

 両親は、俺が中学一年、姉さんが高校一年の時に事故で亡くなった。

 突然親がいなくなった俺たち二人は、父方の身内に引き取られたが、それはとても窮屈で残酷である日、姉さんと手を繋いで飛び出した。


「私が守るから…絶対誠を守るからね」


 俺の手を握る柔らかい手は傷だらけで少し震えていた。

 

「俺が姉さんを守るよ」

 

 男らしい事を言ったが、姉さんの方がまだまだ身長が高く上目遣いになる。こりゃカッコつかないなと俯くと、姉さんの嬉しそうな顔が俺の顔を覗いた。


「ありがとう、誠!」


 それから、俺たちは二人暮らしを始めた。

親が残したお金は父方の身内に全部取られお金もないし、未成年だけの生活はギリギリで姉さんはいつの間にか高校を辞めて朝から夜まで働いていた。


姉さんだけにキツイ思いをさせるのは嫌だったが、俺はまだ働ける年齢にもなっていない。だから、子供なりに姉さんを助けられるよう色々考えて、俺は家事を担当する事になった。


 そしてある日、俺は学校が休みで朝からせっせと家の事をこなしていた。

 姉さんは俺が作った朝食を美味しそうに食べ終わると、掃除機をかけている俺に話しかけた。


「誠、いつも料理作ってくれてありがとう。頑張ってるご褒美に今日の夕飯は外食しよっか!」


 会話ができる様に掃除機を止め、俺は笑顔な姉さんとは裏腹に険しい顔をした。


「……お金は大丈夫なの?」


「んーっもう! 誠は何にも心配しなさんな。お姉ちゃんの仕事が終わったら行こうね」


 険しい顔をした俺の頭をガシガシと乱暴に撫でる。その乱暴さは嫌では無く自然と険しい表情は取れていった。


「じゃあ、迎えに行くから仕事場で待ってて」


「誠が迎えにきてくれるの〜? やった! 姉ちゃん行ってきます!」


 嬉しそうに言いながら玄関を閉め素早く階段を降りて行った。

 だが、今日の天気予報を思い出した俺は急いで扉を開ける。


「ーーあっお姉ちゃん傘!…って気付いてないや」


 もう姉さんの姿は無く、迎えるついでに傘を二本持って行こうと決めて俺は家事を再開した。


 家事と宿題を終わらせると、いつの間にか姉さんが終わる30分前なっていた。


「やべ! ギリギリじゃん!」


 対して着る服も持ち合わせていないので、パパッと着替えて玄関を出る。


「ーーあっ、傘、傘〜」


 雨が降っている事に気づいて慌てて傘を二本持つ。二人で暮らしになって初めての外食に浮かれているのか俺は鼻歌を歌いながら姉さんの元へ向かっていた。


 少し遅れて、やっと姉さんが待っている待ち合わせ場所に着いた。


「姉ちゃんごめん! ーーはい、傘」


「さすが、誠ね!」

 

 着いた頃には雨は更に強くなり傘無しでは歩けない。こんな時に雨だなんてと誠は落ち込むが、姉さんの笑顔に、まあいいかと絆される。


「そんなの良いから…俺、お腹空いた」


「はいはい。ーーほら、青だよ! 早く行こ!」


信号が青になり、姉さんは俺より先に子供の様にスキップして渡っていく。

 いつもよりテンションが高い姉さんに笑った瞬間、横から大きい何かが目の前を通り過ぎて行った。


「ーーま、待って…危ない…!」

 

 誠の身体は直ぐに姉さんの元へと走っていく。

何も考えず、只々姉さんの元へと。守る為に。


「ーーま、誠!……誠!…誰か…誰か、誠を!」


 姉さんの震えた声が聞こえる。

泣きながら名前を呼ぶ声だけが最後耳に届いた。








「自分が死んだと分かった時、俺は心の底からホッとしたんだ。姉さんの人生を楽にさせる事が出来たって」


「でも、違うのよね」


 七海の優しい声に、誠は悲しそうに眉を下げ拳を握り涙を堪えていた。


「ああ。姉さんはずっと泣いていた。葬式中も、四九日も、一周忌も、その後もずっと…ずっとだ」


「お姉様は、誠さんの事お荷物だなんて思っていなかった」


 震えている拳を七海は優しく包み込むんだ。

すると、堪えていた誠の涙がスーッと頬を流れた。


「ーーなんで思わないだよ…俺が居たから姉さんは朝も夜も毎日休む暇なく働いてたんだぞ。なのに、毎日笑顔で帰ってくるんだ…なんで、そんなに…」


 自分の人生を捧げてくれた姉は、毎日楽しそうだった。そんな姉が大好きだが、理解はできなかった。

 隣にいる姉に聞こえもしないのに問いかける。すると、今まで黙っていた佳奈が口を開いた。


「大好きだから…唯一の家族だからだよ」


 普段見ることのない佳奈の真剣な表情。

その理由を知っている七海は思わず声が漏れる。


「佳奈…」


「お姉さんにとってたった一人の弟、たった一人の家族なんだよ。大事したいよ、守りたいよ、ずっと隣で笑い合いたかったんだよ」


 佳奈にも似たような過去がある。

だからだろうか、佳奈の言葉には重みがあって誠の心にストンと重みが消えた。


「……俺も姉さんと過ごす毎日楽しかった」


 横で俯いている姉に呟くと、誠の純粋な気持ちから起こったのか、夜中の三時に奇跡が起こった。

 この部屋に一時的に霊堂が通り、誠の姿、声が、姉に届くようになった。


「……ま、誠…?」


 目を丸くした姉の顔と目が合う。

突然の出来事に誠も頭がついていけてないが、滅多にないチャンスを無駄にすることはしなかった。


「姉さん… 聞こえる? 俺が見える?」


「う、うん。 聞こえる、見えるよ…」


 姉は瞬きもせずジッと誠の顔を見ている。

誠は、一か八かで姉の手を握った。


「俺、姉さんが大好きだ。姉さんの弟で本当に良かった」


 すると、誠の手に温かい手の感触が触れた。

姉も感じたようで誠の手を握り返した。


「ーー姉ちゃんもっ……私も誠が弟で良かった…!誠が側に居てくれたから私、毎日幸せだった」


「勝手に居なくなってごめん。……でも俺、姉さんを守れて良かったと思ってるよ」


 ボロボロと流れている姉の涙に釣られて、誠も涙を流す。でも、顔は笑顔でスッキリとした表情だった。その表情に安心した姉は、やっと心の整理が出来た。


「うん…そっか…ーー誠。お姉ちゃんを守ってくれてありがとう」


 

 そして、この一件から姉は元気を取り戻したようで、誠も姉に取り憑くことは一切辞めた。




 後日、また女性三人は行きつけの喫茶店、いつもの窓際の席で女子会を開いていた。


「浮気相手じゃなくて良かったね!」


 佳奈はチョコパフェのクリームを口につけながら笑顔で七海を見た。

 だが、七海は深くため息を吐き昨日の事を引きずっていた。


「良くないわよ。恋人の姉を怪奇現象で怖がらせてしまったのよ?」


「関係拗れなくて良かったね。佳奈の説教のおかげだね」


 真衣は他人事の様に言い放ち、佳奈を見てニヤリと笑った。

 にやり顔を見た佳奈は、パフェを食べていた手を止め、赤らめた顔を隠した。


「ちょっ…恥ずかしいから言わないでよ〜!」


「真剣な顔で…ねえ〜?」


 七海も一緒になっていじり倒す。

三人はいつものやり取りに笑い合っていると、佳奈は慌てて席を立った。


「あっ! 今日 私、家族に会いに行く日だ!」


「ちょっと! 早く行きなさいよ」


 今日は佳奈の一周忌の日だ。自分の為の大事な日に本人が居ないんじゃ残された身内もたまったもんじゃない。


「大事な日を忘れるなんて佳奈らしいね」


 そして、佳奈が居ない日の女子会は一時間で切り上げたのだった。



ーーーーーーーー


「あーあ、お坊さんの話つまんないの」


やっぱり遅れてきた佳奈は、長々と唱えているお経を右から左に受け流していた。


「お姉ちゃん、お坊さんのお話つまらないんだって」


 佳奈の両親の隣にちょこんと座っている小さな女の子が独り言を両親にそのまま伝えてしまった。


「……えっ」


 聞こえるはずもない言葉が通じてしまった事で佳奈は目を丸くしビックリしてしまう。


 そして、佳奈の両親も女の子の言葉に固まっていた。

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