浮気相手は誰?
ある日の昼過ぎ、個性豊かな女性達がいつもの喫茶店で楽しそうに女子会を開いていた。
穏やかな街並みが見える窓際の席が女性三人のお馴染みの席だ。
艶のある黒髪の女性が目の前に座っている二個年下の女性へと目を向けた。
「ねえ、真衣ちゃん。最近、彼氏出来たんだって?」
氷たっぷりのオレンジジュースをかき混ぜていた真衣の手は止まった。
「も〜う。七海さんってば、情報が早いんだから」
真衣は世を去り此処に来て初めての彼氏ということもあり恥ずかしそうに微笑んだ。
秘密にしていた訳ではないが、恥ずかしくて二人に言えていなかった彼氏の存在を、早速七海の素晴らしい情報力のおかげで知られてしまった。
すると、七海の横で聞いていた後一人の女性、佳奈は静かな店に響き渡るぐらい驚いた声を出した。
「何それ! 真衣の彼氏見せなさいよ〜!」
幸い、店の中には店員一人と真衣を含め三人しか居らず迷惑になる事は無かったが、驚いたりすると声が大きくなる佳奈の性格に二人は苦笑いをした。
「え〜と ……この人なんだけど」
真衣は最近のデートで撮った写真を二人に見せた。
真衣の彼氏を見た佳奈は目をキラキラとさせ、七海はクールな表情を崩さなかった。
「超絶のイケメンじゃないの!」
「羨ましいわ。しかもエリートなんでしょ?」
七海の問いかけに遠慮がちに頷き、見せていた写真を閉じた。
「まあね。人間を脅かした数は三十人程らしい…」
この世界のエリートというものは、人間を脅かした数がエリートと呼ばれる代表的な一つだ。
大体二十五人以上であればエリートの仲間入りだ。
「ひゃ〜! 超絶イケメンで超絶エリートだなんて……!」
何もかも完璧な真衣の彼氏に良い意味で悲鳴を上げた佳奈だった。
話題の中心が自分の事に、居た堪れなさを感じた真衣は話を変えた。
「二人は最近、どうなの?」
話題を二人へと逸らすと、佳奈は首を傾げ話題になる様な出来事を思い出そうとしていた。
だが、クールな性格の七海が初めて顔を曇らせた。
「私の彼氏、浮気してるかも」
その一言で、佳奈も真衣も只事ではないと察した。
「証拠とか持ってるの?」
七海の彼氏は二つ年上で、クールな七海ととてもお似合いのカップルだと皆んなから羨ましがられていた。
真衣も佳奈も一度だけ会ったことがあるが、とても浮気する様な人には見えず、二人は半信半疑だった。
「友達から送られてきたの。ーー見てよ」
見せてもらった写真には、メガネを掛けた女性の肩を抱き二人で微笑んでいた。
「女性に取り憑いてんじゃん! 嬉しそうにしちゃってさ〜!」
「あり得ないわよね」
佳奈は、自分の事のように怒りを露わにしご立腹状態だ。真衣も同様、顔を顰めて浮気相手を責める。
「この女性もあり得ないね。取り憑かれて満更でもなさそうじゃない?」
勝手に彼氏が取り憑いているだけなのだが、そんな事は三人には関係ないらしい。
「この女性に呪いをかけなよ!」
七海より怒っている佳奈は気持ちが高ぶっている。
いい考えかもと思った七海だが、直ぐに眉を顰め首を横に振った。
「私、呪いは専門外なの」
七海は、穏やかにあの世を去った人物という事もあり呪いなどは専門外なのだ。
どう成敗しようかと悩んでいると、静かに小さく手を挙げる真衣が居た。
「……私、出来るよ」
「…じゃあ、お願いしてもいいかしら」
可愛い年下に頼るのは情けないだろうが、最悪に渦巻くこの感情を抑えられるのならと思いっきり甘える事にした。
♢
作戦決行の日がやってきた。
七海と佳奈も近くで見届けようと真衣の言う待ち合わせ場所で待っていた。
「お待たせ。七海さん、佳奈」
後ろから聞こえてきた声に二人は振り向いた瞬間、佳奈の顔は青ざめていく。
「……な、なにその…格好」
「…呪いをかける為にはこの格好じゃなきゃならないの」
普段は短めのスカートを履いて可愛らしい真衣だが、今日の格好は真逆だった。
膝下まである白いワンピースを着て、首には縄がキツく巻かれていた。
「もしかして、それが前言っていた……」
「この世を去った時の姿だよ」
目と口から血のりを流し再現は完璧だった。
「苦労したのね」
「今はもう、幸せだよ」
グロい格好のまま真衣は可愛らしく笑った。
ーーーーーー
やっと、七海の彼氏の浮気相手が住んでいるあの世へとやってきた。
あの世に行く途中、大きな門を潜り抜けるのだが、門番をしているがっしりとした体格の女性に止められてしまった。原因はもちろん、真衣の格好だった。
だが、理解の早い門番は直ぐに門を通してくれて、最後は『頑張れよ』と力強い応援をしてくれた。
「わあ! 久しぶりのあの世だ〜!」
今の時刻は夜中の一時過ぎ。静かさだけが残る街で、佳奈のワクワクした声が響いた。
「今は夏なんだね」
「そろそろお盆の季節だもの」
なんて、今から呪いに行くのかと疑うぐらい穏やかな会話をしていたらお目当てのお家へと着いた。
「ここが、あの女性の家だよ」
真衣が立ち止まり指を差した方向を見ると、表札に『佐藤』と書かれており、お目当ての女性の家だと二人は確信する。
「立派な一軒家じゃん」
佳奈は明かりがついていない二階建ての一軒家をマジマジと眺めた。
「どう呪うか決めているの?」
「まあ…身の回りを死なない程度に危なくさせようかと思ってるよ」
少し不安そうに聞く七海をチラッと横目で見た真衣は、想像してるより酷くはしないと安心させた。
クールそうに見えて一番心の優しい七海の事だ。家の目の前に来て今からする事に罪悪感でいっぱいなのだろう。
だが、あまり空気の読めない佳奈は能天気に言い放つ。
「あっまいなー真衣は! 呪ってこの世に引き摺り込もうよ!」
引き摺り込む動作をしながら容赦ない佳奈の言葉に、七海は一瞬顔が引き攣り、また不安そうな目で真衣を見つめる。
が、それに気付いている真衣は大きく首を振った。
「そんな勝手な事したら私が罰せられちゃう」
七海を安心させようと言った事でもあるが、この世の世界には、あの世の人をこちらの世界へ連れてきてはいけないという立派なルールが存在している。呪いを専門としている真衣みたいな人物は、口煩く言われ続けている。だから、七海が想像している酷い呪いは御法度なのだ。
「お邪魔しまーす!」
佳奈は聞こえない、見えないことを良い事に遠慮なく家の中に入っていく。
二人も佳奈に続き入ると、同時に玄関の扉がガチャリと開いた。
「ただいま…」
その声に三人は一瞬で身体を固まらせた。
誰なのか確実に予想はついているが、目だけ動かし人物を確認すると、やっぱり七海の浮気相手の女性だった。
「ハァ〜……疲れた〜」
女性の気怠げな独り言だけが家に響く。
三人は、聞こえもしないのに口を固く閉ざし動いてもいない心臓をバクバクと鳴らしているようだ。
女性は三人に全く気付いていない様で横を通り過ぎて一階のリビングへと入って行った。
「……っぷはぁー……ビックリした!」
何故か息を止めていた佳奈は息切れをしながらこの緊張感に笑っている。
「まさか、今帰って来るとは思わなかったわ」
「心臓に悪いね……心臓ないけど…」
佳奈に釣られたのか、緊張感が解けて安心したのか七海は微笑み、真衣は滅多に言わない幽霊ギャグなんか言ってしまっている。
「でもこれってさ、チャンスじゃない? 起きてる間に悪戯しちゃおうよ!」
佳奈は二人の肩を寄せ交互に二人は見つめると、真衣もその言葉に頷きニヤリと笑った。
「まず最初は、電気で悪戯してみる?」
「大丈夫かしら……」
二人は七海の不安そうな声を軽くスルーし女性の居るリビングへと近づくと、ぼーっとソファに座りながらテレビを見ている女性を確認した。
佳奈は目で合図を送ると真衣は軽く頷き、横にあるスイッチをパチパチとさせた。
「ーーえっ……なに!?」
ぼーっと座っていた女性は、びっくりして立ち上がり点いたり消えたりする照明を眺めた。
佳奈と真衣は、女性の驚いた表情にとても満足していると同時に、七海は一人冷静にツッコミを入れた。
「物理的なのね…」
だが、七海のツッコミは真剣にスイッチを切り替えする真衣には聞こえていなかった。
「次々〜!!」
佳奈は楽しくなったらしく、真衣にどんどん注文していく。満更でもない真衣は二人を手招きした。
「じゃあ、佳奈も七海さんも手伝って欲しいことがあるの」
内容を聞いた佳奈は笑顔で頷き、七海は恥ずかしそうにゆっくりと頷いた。
「せーの!」
そして、真衣の合図で三人同時にバラバラな方向で走り回った。
「おりゃおりゃおりゃ〜」
「……うぅ…やっぱり物理的なのね…」
楽しそうに走り回る佳奈とは対照的に、七海は顔を赤め、だが、一生懸命走り回っていた。
「ーー足音!?……誰?…まこと?…誠なの?」
恐怖で耳を押さえ目を瞑っている女性の叫びに、いや、名前に三人は足音を止めた。
「……どういう事?」
真衣は七海の居る方向を見つめたが、目が合うことなく七海はリビングに繋がっている隣の部屋で上を眺めていた。
「止まった……? うそ……本当に、誠なの…?」
恐怖で縮こまっていた女性は、顔を上げキョロキョロと誰かを探してる。震えていた声は落ち着き、少し嬉しそうな声に変わっていた。
そして、真衣は呪いのスイッチを切り佳奈は隣の部屋で上を眺めて動かない七海に近寄り静かに聞いた。
「誠って…七海の彼氏の名前だよね?」
何故彼女の口から七海の彼氏の名前が呼ばれたのか、佳奈には理解が出来なかった。
誠は幽霊で彼女には見えるはずも会話だって出来るはずもない。それなのに何故。と、佳奈は混乱しながらも七海の目線の先を見つめた。
「……なにこれ…」
そこには予想外の光景が佳奈の目の前に広がった。
最後までお読み頂き有難う御座います!
続きますのでどうぞ宜しくお願いします!