サザンカが咲くころに
【お題】へび・あの人・サザンカ
お題を出していただき、物語をつくりました。
ヘビ年生まれのあの人と焚き火をかこんで、よく歌った。
「さざんか、さざんか、さいたみち~」
楽しかったなあ。あの人との日々にはいい思い出しかない。でも、いつまでも、いなくなってしまった人に、とらわれているわけにはいかないかな。
そんな思いと、忘れたくないという思いが、私の頭をごちゃごちゃにする。
へび年生まれの息子とたき火を囲んで歌う。
「さざんか、さざんか、さいたみち~」
あの人の忘れ形見のこの子。たまに、どきりとするほどあの人のおもかげを感じることがある。
この子と二人ずっと過ごしていくんだなあ。
時の流れはあの人の思い出をだんだんと薄くしていく。
嫌だ。忘れたくない。しかしそんな思いを嘲笑う様に、私は目覚めの瞬間に、あの人が隣にいないことが不自然でないと感じる日が増えていく。
そんな時息子が私の顔を覗き込むと、胸に痛みを感じた。
「ごめん。ごめんね」
息子を抱きしめて、言う。
息子は不思議そうに「ママどうしたの?」と。
あの人の思い出が消えていくと、なんだかこの子との絆までもが弱まっていくような、そんな気がした。
だから、その言葉はあの人だけでなく、この子への言葉でもあった。
「さざんか、さざんか、さいたみち~」
息子が歌う。
「なんかこの歌好きなんだよね」
大きく成長した彼は、私が買った買い物の山を、両手に抱えて私と並んで歩いていた。
私はもうその歌を思い出すこともなくなっていた。だから彼がその歌を歌ったのを本当に懐かしく聞いた。
あの人が・・・。あの人が生きていたら・・・。私たちはどんな家族になっていたのだろう。
それは楽しい想像だったが、悲しくもあった。
「あなた、その歌覚えているの?」
そう聞くと、彼は不思議な顔をした。
「この歌?」
「そう」
私はあの人の話をしようか、どうしようか迷った。
彼にとって始めからいない人なのだから、こんな話をされてもどんな顔をしていいかわからないだろう。
でも。
「あなたのお父さんとね、よく歌ったの。焚き火を囲んでその歌を。お母さんのね、大切な大切な思い出なの」
そこまで言って、それでもそんな思い出を忘れてしまったのだ、と私は久しぶりに胸に痛みを感じた。
この痛みを感じるのも久しぶりだ。
ああ。私はあの人とこんなにも遠く離れてしまっていたのだ。
息子は「父さんの・・・」と言ってしばし黙り込んだ。
私は息子に言ってみる。
「ね、もう一度歌ってみてよ」
彼がうなずく。
「さざんか、さざんか、さいたみち~」
あ!
歌うその顔にあの人のおもかげをありありと見る。
私はこの子にはあえてあの人の話はしてこなかったが、
「お父さんの話聞きたい?」
と尋ねてみる。
「いいの?」
「もちろん!」
その日あの人の話を息子にしてあげる。
あの人の思い出が次々と甦ってくる。よかった。あの人は私の中からいなくなっていなかった。
そのうちまた息子とたき火を囲んであの歌を歌ってみるのもいいかもしれない。
楽しみだなあと、私は思う。
※物語と関係ありませんが、ペンネームを変えようと考えています。鳥公方で覚えてくださった方にはご迷惑をおかけします。