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エンジョイ・プラネット

作者: ライス中村


ゲームセンターは、夜10時に一番素敵な場所になる。僕は近所の「エンジョイ・プラネット」に向かった。


機械がゴチャゴチャと置かれ、それらが出す音は混ざり合い、うるさくなっている。薄暗い店内の中で、光るボタンやライトがよく目立つ。


クレーンゲームコーナーへ進む。


見ると、ほとんどの筐体に「この景品は一人一個まで」との文言が載っていた。

これはゲームセンター側の策略で、「取れる個数を制限するということは、この景品はきっと取りやすいんだな」と我々に錯覚させて、警戒心を緩めさせようとしているのである。


流行りのキャラクターのぬいぐるみやフィギュア。そのほか、変な柄の時計や、あまり聞いたことのないメーカーが手がける謎のお菓子なんかがある。そのいずれにも個数制限が付いている。


僕は、騙されるのも癪なので、あえてその注意書きが無い筐体で遊ぼうと思い、少し店の中を探した。



そして景品「奇妙」を見つけた。奇妙な景品、ではなく、それは木のお札のようなものに「奇妙」と汚い墨の字で書かれたものだった。


UFOキャッチャーコーナーを越え、リズムゲームコーナーを通り過ぎ、メダルゲームコーナーを抜けた一番奥にあった、茶色に錆びた筐体。「奇妙」はその筐体の中にあった。


一回300円。好奇心から僕は一度プレイした。


①と書かれたボタンで横に、②で縦にアームを移動させると、ぴったりの位置に来た。

ウィーンとアームが下がる。と、「奇妙」は予想に反して、プルルン、と跳ねて、自分からアームに飛び乗った。


アームは緩まず元の位置に戻り、そのまま「奇妙」は景品出口に繋がる穴に落ちた。


僕は確かにそれが落ちたのを確認した。

しかしながら、ゲーム終了後、PRIZE OUTのところをいくら探っても、景品は全く見当たらなかった。



僕はモヤモヤした心持ちで家に帰った。


次の日の朝、玄関から出ると、扉のすぐ前のコンクリートのところに、腕が一本生えていた。肘から上の部分だ。一見するとそれは肌色の(イソギンチャクのような)変わった生物に見えなくもなかった。爪があるのでやはり人の腕だとは思うが。


僕は一旦家の中に戻って、ハンマーを持って戻ってきた。玄関前の腕の掌に柄をギュッと押し付けてみると、腕はしっかりとそれを握った。そして、コンコンコンコン!と腕は必死に周囲360°をそのハンマーで叩き始めた。面白い。


…しばらく観察していると、疲れたらしく腕は動くのをやめた。離されたハンマーを僕はそっと回収した。


ここで一つ気になった。この腕の下には、人が埋まっているんだろうか。それとも、腕は腕のパーツのみで存在しているのだろうか。


腕(もしかしたら人)と地面とを分離させようと思って、まずは大根や人参を抜く要領で腕を引っ張ってみた。が、びくともしない。人の体温を感じる物体を掴み続けるのが気持ち悪いというのもあって、この方法は諦めた。


次に、周りのコンクリートを砕くことを考えた。が、さっきのハンマーでここが簡単には割れないのは実証済みだし、第一、借りているアパートを壊してはいけない、と判断して実行はしなかった。


もういっそ切り取ってしまおうと思って僕は台所から包丁を持ってきた。


腕と地面との境目に刃を合わせ、シュッと引く。


と、肉を切る感覚がこちらに少し伝わってきたところで、腕がバタバタ暴れ出した。僕は思わず途中で切るのをやめてしまって、後には深い切り傷が付いた腕だけが残った。


ツー、と血が流れる。コンクリートを汚す。


これ以上見ていてもつまらないなと思ったので僕は包丁を片付け、外出の準備をした。最初は散歩の予定だったのを変更して、自転車で街を巡ることにした。


サドルに乗っかって浴びる風は心地よかった。足りなくなっていた米を2kgと、あとはシャンプーとボディソープの詰め替え用を買った。


再び家に戻ってきたのは3時間後だったが、腕はなおバタバタ動いていて、血はドクドクと止まらなかった。赤い水溜りができていた。




この日の夜もゲームセンターへ行った。


今日はパンチング・マシーンで遊ぼうか、と思って歩いていると、狸みたいな見た目をした従業員が前から歩いてきた。ネームプレートには店長と書かれてある。


「こんばんは。」


僕が言うと、


「所詮は300円の景品ですよ。どうしても我慢ならないなら、もう一度やってごらんなさい。」


とにっこり笑って彼は応えた。この人は分かっている。良い人だ。


昨日の錆びたクレーンゲームの方へ向かう。

と、景品が変わっていた。野球ボール大の黒い球に「無意味」と白文字で書かれていた。


一回100円。個数制限は無かった。


僕はひとまず一回やってみた。

①と②のボタンで、今回もジャストの位置にアームを合わせることができた。だが、前と違い、球は転がってアームを避けた。まるで触られるのを嫌がられるように、である。いくら頑張ってもこれでは取りようがないではないか。


僕はヤケクソでもう4回分だけ試してみて、やっぱり駄目なのを確認した後で、あとは諦めて家に帰った。






次の日、外に出ると、あの腕はすっかり消えていた。


一応薄赤い水溜りの跡らしきものは残っていたが、その痕跡は消えかかっていた。どうやら掃除の必要は無さそうだ。



これで終わりか、と思って自分の腕を見ると、丁度僕が昨日あの腕に刃を立てたような位置に、直線の形の大きなかさぶたが出来ていた。赤茶色で汚い。


なんて下らないんだろう。


僕はかさぶたをそっと反対の手で撫でた。

あとはもうその場所を気にするのは最後にして、僕は今日の昼ご飯を米にするか、パンにするか、という、そんな跡よりもっと有意義なことを、ワクワクしながら考え始めた。


楽して手に入れられるものなんて、所詮はこんなものだ、という話だ。


感動なんて手に入りっこない。

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