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DOLL―What can the hand of you save?―  作者: 刹那END
―第1章― 神の子
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No.07  接触

『何かあったらいつでも来い。できる範囲で助けてやる』

 そう言って(しょう)から渡された住所の書かれた紙を見ながら浦議(うらぎ)は寝転んでいた。

 本当にお礼の為に渡してくれたのだろうか。なら、“何かあったら”と言うのはどういう意味だ? それにここに行けば、何があるのだろう……

 浦議はその住所の書かれた紙を見つめたまま、腹筋を使って体を起こす。その脳裏には殺し屋と言う単語が過ぎった。

 浦議はその住所の書かれた紙を机の上へと放り投げた。

 それよりも、大貴(だいき)は大丈夫なのか……? あのK事件の犯人と言われてたドール……それに襲われたという事はもう一度、殺しに来る可能性は否定できない……

 その瞬間、傍に置いてあった携帯電話が鳴る。メールではなく、電話だった。

「おっ! 優美(ゆうみ)からだ」

 優美というのは正しく、浦議の彼女のことであった。

 開始ボタンを押して携帯電話をそのまま耳に当てる。

「もしもし、優美? どうしたの?」

『テレビつけて! 早く!』

 

 ◇


 事務所


 「ガチャッ」と事務所のドアが開けられ、入ってきたのは(ゆい)の姿だった。

「お前、あの銃、あいつに届けてたのか?」

 帰ってきて早々そう質問する唯のその姿を見ないまま、翔は答える。

「ああ。それも一週間くらい前にな。てか、お前ちゃんと病院行ってるのか?」

「うん。あんまり痛くないから、もうすぐしたら治るだろ。それより、お前もとんだお人好しだな。ま、俺はそういう奴、嫌いじゃないけど」

 唯はソファへと座り、自らの腕に抱えていた黒い毛むくじゃらの動物と戯れる。

 その唯が持ってきた動物に気付いた翔は視線を唯へと向けた。

「猫か。嫌いだから捨てて来い」

「酷いな、お前」

 黒い猫と戯れる唯は時折、「にゃー」と言う声を上げた。それと呼応するように黒い猫も「にゃー」と愛くるしい声を発した。

 少し飽きてきたのか唯は黒い猫を事務所に放った。

 翔の元へと向かう猫。翔はその猫をさり気なく、避けた。

「そうそう。面白い話題があったんだった!」

 そう言って翔のデスクを乗っ取ってパソコンをなにやら、(いじ)り始める唯。そして、唯はその面白い話題のニュースの記事をインターネットで開いて翔に見せた。

 それを見た翔は血相を変えた。

「K事件の犯人……!?」

 記事の題名は「K事件の犯人判明!」。そして、その犯人の人物の画像が翔を驚かせた一つの理由だった。

 もう一つ、翔を驚かせた理由があった。それは――

「おい! K事件の犯人は人形じゃなかったのかよ!」

 唯に向かって声を荒げる翔。

 それに対して唯は冷静に答えた。

「K事件の犯人は人形だよ。けど、警察はあおの倉庫の中にいた少年を犯人と断定した、って事はー……嵌めたな、こいつを」

 少し、思案するような間を開けてから、唯は言葉を紡ぐ。

「仮面の奴が絡んでるな……絶対に」


 ◇


「今……なん、て……?」

「お前をK事件の容疑者として逮捕する」

 え? どういうことだ!? 何が起こってるんだ!? 意味が分からない!

 今の自分の現状を把握できない俺は声を荒げる。逃げる、と言う選択肢など、今の俺の頭には存在しなかった。

「俺は人なんて殺したことない! それになんだよ! 証拠って!」

「被害者の所持品からお前の指紋が検出された。それも、全ての被害者からだ」

 全ての被害者の所持品から……?

 全身の力が抜け落ちるような感覚がした。

 今まで犯人は見つけられていなかったのに今になって証拠が挙がったと言い出すその男。

 俺は嵌められたのか……? 誰に?

 “警察はある人物によって乗っ取られてしまった”

 蔵貴(くらき)さんが俺に言った言葉を俺は思いだした。

 そうか……そのある人物が俺を――

「ご家族にはもう伝えてある。今から警視庁へと連行する」

 そう言ってスーツを着た警察官の一人が俺の右手首に手錠を掛けた。

「もう終わりだ。連続殺人犯」

「……俺は……俺は無実……です」

 小さな声でそう呟いた俺だったが興奮して叫んだ男性に殴られ、地面に叩きつけられる。

 それ以降、俺に何も述べることなく、車の中へと無理矢理、乗せられた。

 もう、諦めるしかない……のかな……


 ◇


 2011年7月20日


 朝のニュース、新聞の一面を全てが一つの事項で飾られる。

 “K事件の首謀者――天谷(あまや)大貴(だいき)の逮捕”

 警視庁は緊急の記者会見を開く。

 多くのマスコミはそれに出席するだけでは飽き足らず、大貴の通っていた北川高等学校、自宅周辺、入院していた八草病院などにも押しかけた。

 殺到するマスコミの群れを大貴の母は家の窓から怯えながら眺めていた。永遠と鳴り響く電話に出ることもせずに。

 そんな中、浦議(うらぎ)は昨日の彼女からの電話を振り返っていた。

『テレビつけて! 早く!』

 そうして、テレビをつけた浦議が見たものはK事件の犯人が判明したと言うニュースだった。そして、その犯人が大貴だった。

 それからベッドにはついたものの一睡もできずに一晩中、ずっと考えていた浦議。

 本当に大貴が犯人なのか? いや、違う……あの人も言っていた。K事件の犯人はあのダッフルコートを着た奴だ……けど――殺し屋のいう事なんか、信憑性が無い……

 浦議は脳内でずっとその考えを巡らせながら頭を悩ませていた。

 そして、携帯電話を手にとってメールを試みた。

 宛先は(じん)。内容は『大貴は本当に犯人なのかな……』というものだった。送信してから返信を待つ浦議はベッドへと横になった。

 バイブ音と共に甚からの返信が来た。内容は『分からない……けど、俺は大貴を信じてる。絶対に大貴は犯人じゃない。けど……そう思っていても、俺たちの力じゃ、何をする事もできないんだ』というものだった。

 深く溜息を吐いた浦議。

「『俺たちじゃ何をする事もできない』か……」

 甚の言っている事は正しかった。浦議もそれは十分と言うほど理解していた。

 それでも浦議は大貴を助けたかった。そして、その言葉が浦議の頭の中で蘇る。

『何かあったらいつでも来い。できる範囲で助けてやる』

 浦議にとっての希望はそれしかなかった。

 机の上に置いていた紙を手に取り、勢い良く部屋を出た。

 あの長身の人に何ができるかは分からない……けど、何もしないまま、終わるにはまだ早いんだ!

「母さん! 今日はたぶん、学校休みだろうから、出かけてくる!」

 と、玄関を出た。

 住所を見て、携帯で地図を確認しながら、その場所へと浦議は向かう。

 浦議の行動は大貴を信用しているからこその行動であった。


 ◇


「ここかぁ……」

 二階建ての建物の前に浦議は手に持った紙と携帯電話を交互に見ながら、呟く。

 その二階建ての建物は正しく、(しょう)の殺し屋としての事務所であった。

 期待はしないほうがいいかな……今の大貴の状況を助けられる人なんてほんの僅かな人だけ……いや、誰一人としていないだろう。けど、それは日の当たっている世界の話。殺し屋……陰の世界の人なら、何とかなるかもしれない!

 浦議は唾をごくりと飲み込んで、建物の二階へと繋がる階段を緊張しながら一段一段、上っていく。

 そして、ドアの横についたインターホンを押して浦議は応答を待った。

 ドアが開き、そこから現れた人物は紛れも無く、長身の男――翔の姿であった。

「ああ、お前か。来るのが早いな」

 そう言って翔は浦議を事務所の中へと上がらせると、ソファに座らせた。

「後ろの物体は気にするな。そして、質問もするな」

 訝しげな表情でソファの後ろの人形を見ている浦議にそう忠告して翔はコンロへと向かう。

 浦議は疑問に思いながらも、ソファの後ろの人形から目を放した。その後、デスクの椅子に座っている(ゆい)を不可解な目で見る浦議はあの倉庫にいた女性と気付いた瞬間に頭を下げた。そこに翔の声が響いた。

「コーヒー飲むか?」

 その問いに対して浦議は首を振って「……結構です」と遠慮する口ぶりで言う。

 翔は自分の分のコーヒーだけ用意して浦議と対峙するソファへと腰をかけた。

「そういやぁ、名前、聞いてなかったな。俺は(しょう)だ」

「僕は浦議了汰(りょうた)って言います」

 コーヒーを口にして聞く翔は早速、本題へと移った。

「で、何の用でここに来た? 俺はできる範囲でしか助けてはやれないぞ」

 できる範囲か……

 浦議は言葉に(つまず)く。

「……あの……それは……」

天谷(あまや)大貴(だいき)。あの入院していた少年、倉庫で君と一緒に捕まっていた少年がそうだったんだな」

 翔にそう言われて浦議は顔を下に俯けた。

「彼は……大貴は無実です」

「ああ、前にも言ったように俺はK事件の本当の犯人を知ってる。だから、そいつじゃないって事くらいは分かってる」

 浦議の中の(もや)が少しだけ晴れた。だが、まだ濃い。

「本当にあのダッフルコートを着た人形が、犯人なんですか……?」

「そんな質問をする為にお前は来たのか?」

 ここに来てから浦議は翔に心を悟らされているような気がしてきた。

 そうだ。この人の言うとおり、俺はそんな事を聞きに来たんじゃない。

 浦議は真剣な眼差しを翔へと向けた。その眼差しを受け取る翔の目も真剣そのものだった。

「大貴を――助けたいんです」

 翔は暫くの間、浦議の目を見つめ続けてその後、頭を掻いた。

「……無理だな」

 その一言によって浦議の希望は完全に消え去った。

「俺は警察に喧嘩を売るなんてのはごめんだ。それに――」

 翔は何かを企んでいる笑みをその顔に浮かべ、言った。

「――代価が足りない」

 その翔の笑みを見て浦議も口元を少し歪ませた。

 なら、それ相応の代価を払えば――

「何をすればいいんですか?」

 さっきよりも口を歪ませて翔は告げた。

「俺の職業は殺し屋だ」

 その殺気の入った目で睨まれた浦議の心中は恐怖だけが支配していた。

 殺し屋……やっぱり本当なのか……

 翔と目をあわせようとしない浦議は顔を俯かせた。

 浦議のそんな様子を見て翔は溜息を吐く。

「お前は天谷(あまや)を助けたいんじゃないのか……俺が殺し屋だって」

 はっと気付かされる浦議は顔を俯けた顔を上げる。

 そして、覚悟をした眼差しで翔を見つめて言った。

「大貴を助ける為に僕は何をすればいいんですか!」

 翔はその浦議の様子を見て少し笑った。

 こいつ……天谷の親友か……

「一億円だ。それを約束するなら協力してやる」

 いっ……一億円!?

 覚悟の目がまた揺らぐ。

「その金額を……払えという事ですか?」

「ああ。なんてことないだろ? お前の家の家計ならな」

 僕の事はもう調べ済みという事か……

 浦議は暫くの間、思案するような沈黙を続けた。しかし、翔はそんな時間を与えはしない。

「どうした? 迷う暇なんかないと思うが?」

 そうだ……迷ってる暇なんかないんだ……

 浦議は覚悟を決めて口を開いた。

「分かりました。一億円を払います」

 翔は狙い通りとばかりに笑みを浮かべた。

「なら、天谷を救出する為の策を練らないとな」

 すると、デスクの椅子に座っていた唯がまたもや立ち上がった。

「俺も協力する」

 いつもどおりの男口調で唯はそう告げた。

 浦議は安堵の息を吐いた。しかし、安堵の息を吐くにはまだ早い。大貴を救ってから初めて、安堵の息は吐けるのだ。


 ◇


 警視庁内にある事情聴取室


 そこに大貴はいた。しかし、睡眠薬によって眠らされており、その眼は完全に閉じていた。

 体は椅子に拘束され、手足を動かす事はできない状態となっている。そして、大貴の他にもう一人の人物がその部屋にはいた。

 翔の前に現れ、翔の父親をその手で殺したと告げた仮面を付けた男。自ら、こう名乗った。Persona(ペルソナ)

 その怪しい仮面の内を見たのは翔と他、数人ほどしかいないであろう。

 その仮面の男――Persona(ペルソナ)はイヤホンをして大貴と机を挟んで対峙するように座っていた。Persona(ペルソナ)はそのイヤホンを使って盗聴していたのだった。その盗聴していた場所、それは――翔の事務所の中であった。

『フフ……大貴を取り返しに来るか。翔に浦議に唯』

 独り言を呟くPersona(ペルソナ)

『ちゃんと返すよ。“今は”これを手に入れるだけで十分だ』

 そう言ってポケットから取り出した試験管。その中身は黒く紅い液体が入っていた。

『これで翔たちに大貴を奪わせて大貴を指名手配犯にする……俺の計画通り。動かしやすくて助かるよ、人間は』

 Persona(ペルソナ)は仮面の内で口元を歪ませ、自らの手に持った試験管を揺らしながらそれを眺めていた。

 揺れる黒く紅い液体。それは――人の血液のような色をしていた。

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