Prologue
楽園でもエデンでも無かった。そこはただの現実であり、地獄だった。
何も変わらない、平然と流れていく世界だった。
「“アダム”! 私と一緒に遊びましょ!」
“イヴ”は私に対して、そう言うと私の手を取って果てしない草原へと連れ出す。そして、草原に寝転がった時、イヴは私に告げた。
「アダム知ってる? エデンには知恵の実って言う食べ物があるんだって!」
「りんご?」
聞いた事のある響きだった。そして、ふと思い出す。
「あー! それは食べてはいけないものだよ。エデンの王が言ってるじゃないか」
「王は絶対、そのリンゴを独り占めにしたいだけなんだわ! だから、こっそり、誰にも見つからないように食べに行きましょ、アダム!」
起き上がって腕を引っ張るイヴに連れられて、楽園の中心に存在する樹に辿り着いた。
「アダム、あの実よ! あの実! 早く取ってきて!」
急かすイヴに押され、樹に生えている赤い果実を樹に登って取った。
その果実はとても甘い匂いが漂い、口に含む事を誘っているようで、思わず唾を呑んでしまう。
樹から下りて、期待の笑みを浮かべているイヴへとその果実を手渡そうとすると、イヴの手は果実ではなく、私の手ごと掴み取った。
「運命の果実を、一緒に――」
その刹那、イヴは私の手の果実を私の口へと押し当て、私はそれに対して、その果実を口に含んでしまう。それは私にとって、一生の不覚であり、何よりも最大の隙があった。
そして、彼女は嗤った。
「アハッ……アハッアハッアハッアハッアハッアハッアハッアハッアハッアハッアハッアハ――」
彼女の嗤い声が辺りを包む。風に靡く草花の音しかしていなかったこの場所にその声は異様なものに他ならなかった。
「何がそんなに……可笑しい?」
自分の歯形のついた果実を片手に尋ねる。イヴはその後も答える気配も無く、ただただ嗤い続ける。そして、左にあった雲が右に流れていったくらいのところでイヴは言葉を発した。
「ごめんね、アダム。あなたは堕ちないといけないの。それがあなたの運命で、それをするのが私の運命」
「堕ちる……? どこに?」
その答えは分かっていた。だが、あえて問うた。そして、思い浮かべた回答と同じものを彼女の口は紡ぎ出す。
「何も存在し得ない闇。だけど、あなたならきっと生きていける場所よ――」
“何も存在し得ない闇”――それはエデンの外。
次の瞬間、私は果てしない闇に引き摺り込まれ、エデンを追放された。
つまり、これは誰かによって、仕組まれていた。