No.37 鎌×飴
「血戦と言うのは名ばかりだねぇ? 本当の目的は、僕を殺す事だなんてぇ」
「卑怯だなぁ」と続けながらも、Doubtはその顔に笑みを浮かべ、その長い髪はDoubtの眼を隠すように覆い被さっていた。
『それを分かっていながらも、血戦に“殺し屋たちを行かせた”のは、お前の計らいなんだろう?』
「ふーん……分かっていたんだぁ……」
Doubtは口の中でその飴玉をくるくると回しながら、そう告げた。
「まぁ、分からない方がおかしいかぁ。だってぇ、君の呼びかけだけで血戦に行こうと思う奴って言えば、莫迦な一宮の息子くらいしかいないよぉ。それじゃあ、血戦は中止になって、君は僕を殺しには来なぁい。だからぁ、情報屋として尤も信用されてる僕がぁ、殺し屋たちに促したんだよぉ?」
自分の目の前にある机に置いていた足を下ろし、椅子から立ち上がってみせるDoubt。
「さてぇ……これで初めて会えたねぇ? 首斬りぃ?」
明確な殺気を首斬りへと向けるDoubtのその表情はより一層、笑みを濃くしていた。
その表情の変化を見ていたPersonaはDoubtに尋ねる。
『何故、その千里眼で視えたはずなのに逃げなかった?』
「首斬りの存在が、僕にとっては邪魔なんだよぉ。だから、『この機会に消しておこう』と思ったわけさぁ」
その回答を聞いたPersonaは、仮面の内で笑みを浮かべて見せた。
まあ、そう言ってるお前が消えるんだけどな。
『で、場所はどこがいいんだ? お前が指定していいぞ』
「このビルの地下でどうだい?」
そう言って、部屋の扉を開けたDoubtはその手に一丁の銃と、鞘に収めた刀を持って、Personaと首斬りをその地下へと案内した。
体育館のような広い空間に三人は足を踏み入れた。そして、ホルスターへと銃を入れ、刀を握るDoubt。
その目の前には大きな鎌を持ち、黒衣を纏った男がいる。
「銃だと君ぃ……簡単に避けちゃうからねぇ。それにナイフじゃその大きな鎌は防げそうになぁい。だからぁ……仕方なぁく刀で遊んであげるよぉ?」
鞘から刀身を剥き出しにしたDoubtは鞘を放り投げ、右手で刀を握り、左手は飴玉に付いた棒へと向かう。
「いや、今の僕にとって君は、一番邪魔な存在なんだからぁ――――ちゃんと、殺してあげないとねぇ」
Doubtは、刀ではなく、左手に持った棒の先にある飴玉を首斬りへと向け、その顔に笑みを浮かべながら、眼を光らせた。
◇
血戦場
「なっ!? 何なんだよ! てめえはよぉ!」
叫び声をあげる男の目の前には、何人もの人が倒れた道が広がっており、そこに一人だけ立っている人物がいた。
初めて、人間の死体無しに創られた人形――DOLL。
DOLLは死体を元に創られた人形の身体能力を凌駕しており、殺し屋たちは次々と、DOLLによって、葬り去られていった。
「なんじゃ……何の手応えも感じぬではないか」
「だから、てめえは! 何者だって、聞いてんだよ!!」
もう一度、叫び声を上げる男は両手に握った銃をDOLLへと向けて、無闇に乱射した。
何発もの銃弾がDOLLを貫くが、DOLLは倒れない。血は噴き出るが、その傷はすぐに塞がっていく。
「そんな愚問を貴様ら人間の下種な口から吐き出すのか? まあ、答えてやろう。我は――貴様ら人間の科学力が生み出したモノだ。いや、科学力は貴様らのものではないな……その驕りが我を生み出したのだからな」
質問に答えたDOLLであったが、目の前の男は表情を固まらせたまま、動こうとはしない。
「反応は無しか……ならば、もう、貴様の人生は終わりで良いな?」
男の返答を聞かずに、DOLLは一瞬にして男の命を散らせた。
その様子を途中から見学していた人形の健兎はDOLLに向けて、拍手を送る。
「お見事お見事~! こんなにたくさんの人数を一時間も経たずに殺ってのけるなんて、思ってもみなかったぜぃ? その分、こっちゃあ、暇なんだけどなー?」
拍手の音を耳障りに思ったDOLLは健兎を睨みつける。
「ほう? それは奇遇じゃな。我も今、暇になった」
健兎はそのDOLLの視線に気付き、拍手を止める。そして、DOLLは健兎に視線を向けたまま、悪魔的な笑みを浮かべてみせた。
「まあ、暇つぶしくらいにはなろう……」
健兎に聞こえるか聞こえないかの小さな声でそう呟いたDOLLは、その笑みを一層、濃くしていく。そんなDOLLの様子を見て、DOLLが何をしようとしているのか察した健兎は慌てて、言葉を紡ぎ出す。
「まさか俺と戦って、暇潰そうとしてるんじゃないぜぃ?」
「察しが良いではないか。言葉を紡ぐ手間が省けるわ!」
放たれる言葉と同時にDOLLは地面を蹴り上げ、健兎の元へとその身を移した。もはや、その過程は健兎の目で捉える事は叶わなかった。
咄嗟にその両手を前に出した健兎であったが、DOLLはその差し伸べられた両手を握り、肘を逆の方向へと折り曲げた。
「ッ――――!?」
声も出せないくらいの痛みに健兎は膝を着こうとするが、DOLLはそれを許さない。自らの膝を健兎の腹へと振り上げ、両手を放し、宙に舞った健兎の身体に勢いよく、自らの足を振り上げて、健兎の腹にぶつけた。
地面に何度も叩きつけられながら、転がる健兎を見て、DOLLは溜息を吐いてみせた。
「なんじゃ。貴様も人間と何ら、変わらぬではないか」
そのDOLLの一言と共に健兎の転がっていた体は停止し、その時から健兎の腕は再生し始めていた。
口から血の混じった唾を吐き出した健兎は十五メートルほど離れてしまったDOLLの姿を睨みつける。
「てめえ……急に何しやがるぜぃ……」
再度、血の混じった唾を吐く健兎に対して、DOLLは嘲笑いながら告げる。
「使いようの無い駒を残していたところで意味はなかろう? ましてやそれが裏返って、“と”になるわけでもあるまい」
俺は歩兵か、ぜぃ……
心中でそう呟きながら、立ち上がる健兎。
その姿を見ながら、DOLLは嘲笑から喜びの笑みへとその表情を変えていく。
「いや……やはり、人間とは違うか。何度だって、立ち上がる……こっちの方が確実に手応えがあるではないか」
「おいおい……まだ、やるのかぜぃ……これじゃあ、ただの仲間割れだぜぃ」
消え入りそうな声で健兎が呟いたその瞬間、DOLLは健兎の目の前に存在し、その頭を右手で掴み、身体を宙に上げる。
「あ……ぁぁああああ!!」
呻き声を上げる健兎は必死にDOLLの右腕を掴んで、下ろさせようとする。
「なんじゃ? こんなものか?」
DOLLは健兎の頭を掴む右手に段々と力を入れていく。その度に健兎は呻き声を上げ、DOLLの握力に耐え切れなくなった頭蓋骨が悲鳴を上げた。
その瞬間、健兎は呻き声を上げるのを止め、その両腕はだらんとなり、力を失った。
「気を失いよったわ。貧弱な人形……目を覚まさせてやろうぞ」
DOLLは健兎の頭を放し、今度は自らの右腕を健兎の腹へと突き立てた。
DOLLの腕が貫いた腹から血が噴き出すのと同時に、健兎は目を覚まし、大量の血を吐き出す。
「ぐへぁっ……!?」
顎から滴り落ちる血を眺めながら、DOLLは笑う。
「まだ、死なぬか! 面白い……面白いぞ、人ぎょ――!」
DOLLの言葉を遮るように、DOLLの脳天を一つの弾丸が貫いた。DOLLはさっきまでの笑顔を消し、弾丸の飛んできたビルの屋上を見る。
「人が愉しんでおる時に……下種めが!!」
DOLLは健兎を貫いている腕を引き抜き、ビルの屋上へと飛んだ。そして、DOLLに弾丸を命中させた殺し屋がもう、この世に存在しない事は言うまでもない。
血戦に来た殺し屋はあと七十二名。
◇
某ファーストフード店 地下
そこではDoubtと首斬りとの戦いが繰り広げられており、Personaはそれを傍観していた。
Personaは二人の戦いを余裕の笑みで眺めている――つもりであったのだろうが、その仮面の内の表情は余裕など無い様子だった。
それも無理はない。何故なら――首斬りよりもDoubtの方が完全に押していたからだ。
何なんだ……こいつは……!? 首斬りがまだ、一筋の切傷も与えられてない……くそ! こいつの“身体能力は上げてない”のに!
「さぁて……君の鎌を防いだり、避けたりするのもちょっと飽きてきたなぁ? てぇことでぇ……攻めるよぉ?」
瞬間、Doubtは自らの刀と首斬りの鎌が触れ合っていたのを振り払い、鎌を持っていた首斬りの右腕に向けて、下から上に刀を振るった。
宙を舞う右腕とは裏腹に、握られていた鎌は地面に落下した。
声も上げず、表情も変えない首斬りは斬られなかった左腕をDoubtに向けてのばした。しかし、次の瞬間にはその左腕も右腕と同様に宙を舞っていた。
Doubtはその後、何度も自らの刃を振り続け、首斬りを地面へと倒れこませるほど、戦況はDoubtの方に傾いていた。
口の中に入れた飴玉を「コロン」と左頬から右頬へと移動させ、笑みを浮かべるDoubt。
「Persona……君はまだ、目の前の事実を受け止められてないんだろうけどぉ、早く受け止めないと、首斬りが死んじゃうよぉ?」
くそ……首斬りを殺すのが目的だと言っておきながら!
『愚問だな……首斬りがお前なんかに負けるはずが無い』
「ああ、そう……」
笑みを消したDoubtは細胞分裂を繰り返す首斬りの方へとその視線を移し、その刀を振り上げながら、首斬りとの距離を一瞬の内にゼロにした。しかし、流石の首斬りも再生した右腕で鎌を振るい、その刃を防いだ。
「もう、そう簡単には斬らせないってことかぁ……ホントに甘いよねぇ……?」
刀と鎌が犇めき合う音が「ギリギリ」と響く中、Doubtはまたもや、首斬りの刃を振り払い、今度は腹を斬り裂いた。
大量の血と共に臓器が吐き出される中、首斬りは尚、その鎌をDoubtに向けて振るおうとする。がしかし、その鎌の刃がDoubtへと届く前に、Doubtは再度、自らの刃で鎌を持った右腕を宙へと舞わせた。
地面へと倒れる首斬りから何歩か退いたDoubtはPersonaへと目を向ける。
「はぁ……まだ、君は気付かないのかい? “首斬りの弱点”」
『――ッ!?』
驚きのあまり声が出そうになったPersonaであったが、必死にそれを呑みこんだ。
……首斬りに弱点……?
Personaの沈黙を「否」と受け取ったDoubtは口を開く。
「首斬りはいつも、一瞬の内に人を殺してきたぁ……即ち、首斬りは人と争った事が無いって事になるよねぇ? そこに隙が生まれ、僕はただ、その隙を狙っているだけってわけだよぉ?」
ごくりと唾を呑みこんだPersonaは大きく目を見開かせていたが、そっと、その口を歪めて見せた。
『千里眼はやはり流石と言うべきかな? Doubt? だが、お前がここで死ぬ事に変わりは無い……何故なら――』
その瞬間、傷を元通りにした首斬りが立ち上がって、Doubtに向けて疾走した。
それに呼応して刀を構え、千里眼を発動させるDoubtであったが、その眼で視たのは、首斬りと同様に動き始めたPersonaの姿であった。
首斬りは……囮かぁ!?
そう思って、Personaの方へと目を向けたDoubtの顔に、水のような液体がPersonaによって掛けられる。
Personaの手には小さな水筒のようなものが握られており、咄嗟に眼を閉じてしまったDoubtはPersonaに蹴飛ばされた。
地面に転がるDoubtは膝を着いて、Personaを睨みつける。
『「何をしたぁ?」って顔だな? Doubt……お前に掛かった液体。それがお前を死に至らしめる』
その瞬間、大きく目を見開かせたDoubtに対して、Personaは仮面の内で笑った。
『そうだ! お前に掛けたその液体が、人類を滅亡に追いやる殺人ウイルス――Deicidaなんだよ!』